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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
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臭かったですかい

明け方、日の出と共に儂は起き出す。

時計のないところで長年暮らしていたため、身体に染みついた習性なのだと思う。


洗面台で顔を洗い、夜通し店内で警護をしていたウンディーネを撫でてやる。

まだセンは起きてこないし、ひとまず開店時間まで掃除でもしておくか、と店先に出てみると、黒装束の怪しい男が、儂の仕掛けた防犯用の魔力を帯びた太いツタに絡まっていた。


「……物盗りか?」


このツタは動くものに自動で反応するため、よほど接近しない限りは発動しないように作ってあるのだが、それでも引っかかっているところを見るに、壁に寄りかかったか、中を覗こうとしたか、何にせよ怪しい行動をとったに違いない。

黒装束の男はもがいていたが、このツタの罠はクマを捕まえるために作ったものであるため、人間の筋力で対抗できるものではない。


「そう騒ぐな。口が利けないのか? 何も盗ってはいないようだし、事情を話せば解いてやる」


そう言っても、彼は何も言わない。

無口なやつだな。


困った儂はとりあえずツタを解いてやることにした。

怪しすぎるほどに怪しいが、見た目の怪しさだけで判断するのは良くない。

服の黒さで言えば、儂だって似たようなものだしな。


この罠は根元を切れば全体が即座に枯れるようにできている親切設計だ。

男は枯れ枝をまき散らしながら、すぐに動けるようになった。


「ほら、行け。もう余計なことするんじゃないぞ」


野兎の子供がかかった時のように優しい声をかける。

彼は戸惑いながらも、通りを走って、朝霧の中に見えなくなった。


不思議に思いながらも気にしないことにして、店内を振り返る。

すると、長身の痩せた男が立っていた。


「こんばんは。いや、おはようございますかな」

「なんだ貴様。ウンディーネは何をしている」


店の奥を見ると、ウンディーネは寝息を立てていた。

男はひらひらと手に握った白い花を見せる。

妖精の泉でだけ咲く、幻惑作用のある花だ。

これは人間にも使えるが、妖精や精霊などには特別に効き目がある特殊なものだ。

儂のことを調べて準備してこなければ、たまたま持ち合わせているということもないだろう。


「サラマンダー」

「おっと、待ってくれ。話がしたいんだよ」

「待たん。仕掛けてきたのはお前の方だ」

「私はあまり手荒な真似はしたくないんですがねえ」


炎が集まり、サラマンダーが生み出されるよりも早く、男は腰の長刀を抜いて儂の首元に突きつける。


「大人しくしてくれませんかねえ。私はあなたに聞きたいことがあるだけなんですよ」

「ふん、子供相手に刃物を突きつけねば話もできんのか」

「だから、先に仕掛けたのはそっちでしょう? 酷い人だ」

「切ってみるがいい。力で儂を屈服させることはできんぞ」


儂は刃を手で掴み、自分の頬に突き刺した。

皮膚が裂けて、赤い血が滴る。

脅しというのはこうやるのだ、と彼に見せつけてやる。


「……女と子供は切らない主義でね。しかし、女の子が顔を傷つけるものではないよ」

「問題ない」


血が煙となって霧散し、傷口がまるで水面のように揺らいで閉じる。

前回、不必要な怪我を負ってしまったことから学習して、常に五感の活性化と再生能力を高める機能を搭載しておいた。

儂はきちんと失敗から学べるのだ。


「まるで悪魔だ……」


人間離れした現象を魔法も使わずに起こした儂に驚いたのか、彼は目を丸くしてそれ以上刺さらないように力を込める。

儂が手を離すと、長刀を納めた彼は両手を上げて少し離れた。


「私はボンバイ。君自身に質問があるわけじゃなくてですねえ。ただ、昼間と夕方に君の所を訪ねてきた大男のことを聞きたいだけなんですよ」

「それであんなドブ臭い部下をよこしたわけだ」

「臭かったですかい? それはすまないことをしたね。よく言っておく」


部下をよこしたことを否定しないところに、儂は眉をひそめる。

ここに来てどうも変な連中にばかり会う。

それとも人間というものは皆こういう自分勝手なものだっただろうか。

隠居する前よりも、他人というものがよくわからなくなったようだ。


「ああ、もう面倒くさい。回りくどい駆け引きはいらん。何だ、何が聞きたい。聞いたら帰るか?」

「帰るとも。はっきり言うと、君のところに訪ねてきた、あの大男は裏の人間だ。君はどのくらいわかっている?」

「奴はただの毛皮商人だ。儂も直接話したが、特別変わった様子は見られなかった」

「そうかい? 私から見れば少なくとも十人は殺してるやつに見えましたがね」

「……話を聞きたいのか聞きたくないのか、どっちだ?」


儂は店の裏に回って、彼に向けてサラマンダーの火炎口を向けたまま、ラッセルについて話した。

とはいえ、儂も知っていることは多くない。

彼が毛皮商人で、センの弟で、古臭い知識に精通していることくらいだ。


これくらいのことで何かわかるのだろうか。

彼は興味深そうに話を聞いて、頷いていた。

その様子を見ていると、だんだん除け者にされていることに腹が立ってきて、今度は儂が訪ねた。


「で、何がわかった? 儂にも教えろ」

「それはできないねえ。部外者だしねえ」

「儂が部外者? 儂は森羅万象、全てのことに関係している。だから今度の話題にも関係がある。少なくともお前は儂に話しが通じると判断して接触してきた。話せ。もうすぐ店を開く時間だ。簡潔にお前が何を調べているのかだけ、話せ」


彼は肩をすくめる。

どうやら逃げるつもりらしい。


「あいつが悪人だと言うが、お前もよっぽどのものだろう。染みついた血の臭いは簡単に落ちはしない」


最初に見た時から、ずっと臭っていた。

薄く、雑多な血の臭いだ。

これまでにたくさんの人間をその刃で切ってきたのだろう。


「その服、気に入っているようだな。儂には血痕が見えている。さきほど臭いと言ったのは、そういう意味だったのだが、お前もそこまでは見抜けなかったようだな。――裏だとか、表だとか、儂は興味のないことだが、どんな手段を用いていもいいのなら、儂の方が数段上だぞ」

「君はまるで人間ではないみたいだ。やっぱり悪魔なのかい?」

「悪魔というものは知らんが、儂のように可憐で優しいと思うか? それに、人間の定義などひとそれぞれだろう。十把ひとからげに語るものではない。さあ、話せ。我慢は時間の無駄だ。お前の自由を奪って正直になってもらう方法はざっと百通りはある」

「そうだねえ……」


彼は顎を撫でた。

目を細め、何かを考えている素振りを見せて、やがて重々しく口を開いた。


「協力、してもらえるかい?」

「なぜ儂に言う? そんなに頼りにできるような人間に見えたか?」

「君が思うより、私は君のことを調べていますよ。それに、血の匂いを臭いと言ったからのもある。彼と仲間だとは思えなくてねえ」


この男は何か勘違いしているようだ。

儂は善人でも悪人でもないのに。


「――臭いとは言ったが、嫌いと言った覚えはない。しかしどうやらよほど人手不足のようだな。儂はお前と違って正直に言うが、五感を先鋭化していて、ただこうやって喋っているだけでも、お前のことが手に取るようにわかる。部下をこっぴどくやられ、怒りと失望を覚えている。――ほら、心拍数が上がった。本当のことだな。やれやれ、報復に付き合うなどくだらんことだ。実にくだらん。だが、こちらも条件を飲むなら手伝ってやってもいい」

「言ってみなよ」

「儂も人手がほしくてな。物覚えが良くて体力のある人間をひとり寄越してほしい」


絶好の機会だ、と儂は微笑んだ。






協力、と言ったがラッセルを調査することは難しいことではない。

捕まえて記憶を抜き出せば、何の障害もなく完遂できる。

ボンバイは彼が犯人だとほぼ確信に近い疑惑の目を向けている。

その考えにはそれなりの証拠があるのだろう。


儂は本来なら他人の言うことをそのまま受け取る方ではない。

現場を見て、自分で判断したい方だ。

しかし今回は彼の依頼であるため、ラッセルが犯人でなかったら犯人探しの分の手数料も上乗せさせてもらおうと、先にラッセルを調べることにした。


「奴は北西の民宿に泊まっていると言っていた。狩人は大衆的な場所であまり良い顔をされないんだと」

「でしょうねえ。あの独特の獣臭は嫌いな人間には我慢できないもんですから」

「お前もそうか?」

「私は別に……」


興味がなさそうに首を振るボンバイから目を離し、宿の前で止まる。

時間が早いせいか、まだ誰も起きておらず、中は静まり返っている。

この時間ならどこかへ出かけているということもあるまい、と儂はラッセルの匂いが一番強い部屋へと勝手に足を進めた。


「ここだ」


そう言うと、ボンバイは長刀に左手をかけ、右手で軽く二回ノックをする。

しばらく待ち、もう一度行う。

――返事はない。


「儂が中を見よう。おい、ラッセル。儂だ」


警戒しているボンバイを廊下に寄せ、儂は扉を開いた。

――鍵が開いており、中には誰もいなかった。


「いない……」

「何だと?」


ボンバイも慌てて中を覗く。

ラッセルの荷物は無く、彼自身もまたここにはいなかった。


「待て、残り香はある。ほんの数分前まではここにいたはずだ。その証拠に、ベッドが温かいだろう。儂らとは入れ代わりだったようだな」

「どこかで嗅ぎつけられたか」

「やたらと疑っているな。たまたまかもしれんぞ」

「悪いが偶然は信じていないのでね」

「ふむ。さて、どうする? まだ儂に要求するなら、ここからの主導権は儂が握るが」

「どうするつもりだ?」

「会う約束を取りつければいいだろう。そんなに難しいことか?」


儂は懐から紙切れを取り出して、ウンディーネを呼び出してインクを用意させる。


「簡単なことだ。置手紙をする」

「奴がまた戻ってくるとは限らないだろう」

「戻って来ないならそれこそシロだ。儂らに気がついて逃げたのなら、儂らが何をしに来たのか、絶対に確認したいはずだからな。ええと、待ち合わせ場所は、お前の仲間が殺されたところでいいか? そう書いておけば来ざるを得まい」


そう言うと、ボンバイは目を丸くした。

こういう時は、全て見透かしているぞ、という強固な態度でいるべきだ。

どこで何が起きたかは彼から聞いていないが、だいたい何があったかは予測できる。

報復以外で、これほど執着するとは考えられないからだ。


手紙を書き終え、机に置くと、儂はボンバイを連れて宿を出た。

時間も早いため、とりあえずボンバイの使っているねぐらへと向かうことにした。


「ところで、奴のことに何か思い当たることがあるのか? 例えば、前科があるとか、別のところで恨みを買っているとか」

「雰囲気、ですかねえ。日常的に人を殺めている人間というのは、纏う雰囲気が違うんですよ」

「ふうん。儂はどう見える?」

「正直に言うと、あなたも普通じゃないように感じますねえ。だからこそ、声をかけた。殺人に精通しているようには見えないが、命そのものには精通しているような気がする。時たまいるらしいですよ。善悪の垣根を超えて、生命を意のままにしようとしている人が。まあ、これは私の先生の受け売りですし、実際に見たことはありませんがね」


儂は眉をひそめた。

何だか、聞いたことのある台詞だ。

もっと言うと、言われたことのある言葉。


「――ああ、もしかして、お前の先生というのは、狂死郎か?」


ボンバイの表情が固まる。


「お知り合いで?」

「狂死郎は儂の弟子だ。なんだ、ここに来て数日で随分と儂の弟子の関係者と会うな」

「……あなたが先生の先生であるなんて信じられませんねえ」

「そりゃそうだろう。儂の専門は薬学と精霊術。奴の専門は武器術や暗殺術。頭を使う者と体を使う者として対極にいるようなものだ。奴が儂の門下を叩いた理由も、人間を超えた強さが欲しいというものだったしな。儂も来るとこ違うだろうと言ったのだが聞かなくてな」


ボンバイのねぐらは、通りから路地に入ったところにある廃屋だった。

ここは彼の組織の土地らしく、ボロ家に見えて中は手入れが行き届き、しっかりとした造りになっていた。

休息に使用する部屋は完璧に外から覗けないようになっている。


「狂死郎のやつは、とにかく強さを求めた。お前も奴の元で教えを受けたなら知っているだろうが、奴は異常者だ」

「言い切りますねえ。ま、否定はしませんが。私も散々無茶苦茶な訓練させられましたよ。大岩背負って冬の山登らされたり……」


雑談しながら、ボンバイの視線は外に向いている。

監視が日常に染みついているのだろう。


「奴の特訓も無茶苦茶だった。奴の訓練のためだけに新しい精霊と契約する必要があったくらいだ」

「新しい精霊?」

「四元素とは別の――あまり詳しく話せんが、人工精霊とでも言おうか。名を『滅鬼』と言って、とある刀剣に宿った人間の意識が形をもったような精霊だ。儂には一生使う必要のない精霊だな」

「そりゃ、強いんですかい?」

「強いとも。狂死郎が勝ったのは、卒業前、最後の一戦だけだ」


「この事件が終わったら、私にも稽古つけてほしいですねえ。自分より弱い相手ばかりだと腕が鈍ってしまって」

「構わんが、別料金をとるぞ」

「払える範囲で頼みますよ。いや、しかし、先生に教えを授けた方がこんなところにねえ……」

「運命のようなものを感じるな。儂は星の巡りを何よりも信じる。全ての状況には意図があり、理由がある。儂がここにいるのも、何か大きなうねりのひとつなのだろう」

「しかしその理由を私たちが理解できるかどうかは別、でしたっけ」

「よく教えられているな。その通りだ」


全てのことには理由がある。

しかし、その理由が理解できるものであるとは限らない。

儂の教えがその孫弟子にまで伝えられているのは嬉しいものだ。

そもそもこの言葉も、友人からの受け売りなのだが。


思考の基礎とはこうやって浸透していくのだな、と感慨深いものを感じる。

あの友人にも何か礼をせねばなるまい。

まだ生きていれば、だが。


「思い出話もいいが、ラッセルがお前の仲間を殺した犯人だったとして、お前はどうするのだ?」

「わざわざ聞くことですかねえ」

「いや、殺して終わりなのかと思ってな。ずっと考えていたのだが、動機が不明だ。何者かの命令であったなら、犯人は殺すよりも有用な使い道があるだろう」

「それが、この町で私らフェアレスに弓を引く奴なんていないんですよ。末端の兵士を殺したところで、我々にも背後に大きな組織がある。個人的には痛手ですけどねえ。見ての通り、報復に全力を出している。ちょっかい出すだけのメリットがある相手なんていませんよ」

「じゃあなぜ殺された? 個人的な恨みだけで、あれだけの数を殺せるのか?」

「腕試し、ですかねえ。私から見ても、腕前は充分。それを披露できる、切ってもいい人間を探しているとしたら、納得できると思えませんかい?」

「辻斬りか。しかし、腕試しならいくら雑魚を切っても仕方ないだろう。それに、お前が狙われなかったのはなぜだ? この町で絶好の腕試しができる相手なのではないのか?」


そう聞くと、ボンバイは黙った。

今回のことは違和感がありすぎる。

この事件が起こったのは儂が脅しを行った直後だ。

そして、他には全く被害が出ていない。


ボンバイが言うには周辺地域で似たような事件が起きたという報告もないらしい。

彼は犯人のことを偏執的な殺人狂だと推測している。

だが儂にはどうしてもそうとは思えず、誰かの命令で何でもやるタイプの人間ではないか、と感じていた。


それはボンバイと同じ立場の人間だということでもある。

彼らの組織同士の抗争であったなら、儂は手を引くつもりだった。

加担しても面倒なことにしかならないからだ。

日が暮れて、待ち合わせをした場所にラッセルが現れるまでは、儂もまだ彼が犯人だということには半信半疑だったのだ。



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