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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
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毒舌だな

夕方、シルフと共に店じまいをしていると、昼にあった時とはほとんど別人のように身なりを整えているラッセルが現れた。

ヒゲや髪も整え、儂の指摘した悪臭も消えて、妙にこざっぱりとした格好になっている。

マントも羽織っておらず薄着になっており、鍛え上げられた筋肉がうっすらと浮かんでいる。

こうしてみるとまるで彫像のようだ。


「やあ、改めて尋ねに来たよ」


彼はにこやかに手を上げて挨拶をしてみせた。


「そういえば、昼に聞き損ねたんだけど、ここの経営はどっちが権利を握っているんだい?」

「一応、儂だが……」

「そうか。ああ、怪しまないでくれ。商談だよ。元々そのつもりで訪ねたんだ。兄貴が服屋を始めたって聞いてね」

「商談? 毛皮は取り扱っていないぞ」


儂の店で使用している素材は基本的に木綿だ。

毛皮はごく少量のものしか使っていない。

理由は単に調達が面倒だったからだ。


「だから開拓の機会だと思ったんだよ。取り扱っていないってことは、これから取り扱うことも可能ってことだからね。落ち着いたところで話さないか?」


彼に対して信用というものを一切していないが、商談となれば少し話は変わる。

この家にあげたくないという気持ちを押し殺しつつも、儂は彼にも分かるように深いため息をついて、指で階段をさした。


「二階でセンが売り上げの計算をしている。そこで待て」

「ああ、やっぱり賢いお嬢さんだ。話がわかる。……セン?」

「あー、今の奴の名だ」


端的に説明すると、彼は納得したように頷いた。


「――なるほど、古の魔術、魔女文字か」


彼は納得したように言う。

ぴたりと言い当てられ、儂は少しばかり緊張を覚えた。


「……博識だな。こんな旧式の術など知っている者は多くないはずだが」


ラッセルは首を振る。


「僕も人から聞いただけだよ。古い魔法で、名前を縛るっていうのがあるってさ。過去との区切りを無理矢理作るものなんだろう? でも大丈夫だよ。君なら信用できるしさ」

「その無根拠な信用は多少不快だが、これでも儂は魔女だ。やり方にはある程度の節度を持っている」

「へえ、君は魔女なんだ」


「これに関しては隠すつもりはない。儂のアイデンティティでもあるしな。よって、おかしな真似をすれば無事では済まぬぞ」

「怖いなあ。魔女の魔術って、とんでもない種類があるんだよね? 僕はそんなに信用ないのかな。傷つくよ」


彼は笑いながら、儂の隣を通って二階へ向かっていく。

兄貴とは違って掴みどころのないやつだ。


纏う雰囲気、漂う死臭から毛皮商人というのは本当だろうが、何に対してどの程度の知識があるのかわからない。

旅をしていると雑多なことに詳しくなるのだろうか。


儂もこの一件が終わったら彼のように旅に出てみるのも悪くない。

九十年ほどの間に、世間は大きく変わっているだろう。

見たことのないものだって、山ほどあるはずだ。


実際、物価や品物、文明も変化している。

進歩しているものも、退化しているものもあるに違いない。

儂とて退化が激しく、金銭の勘定ができず、ひとりでは買い物にも出られないのだから。


明日の準備と戸締りを終えて二階へ行くと、何やら談笑する声が聞こえた。


「それで、シーがさ……」


陽気に娘の自慢話をしているセンの声がする。

兄弟仲は良いようで、ふたりの笑い声は外までよく聞こえている。

部屋に入ると、センは赤ら顔でこちらを見て笑みを浮かべる。


「……お前、酒を飲んだな」

「まあまあ、兄貴も仕事が終わったことだしさ」


ラッセルが宥める。


「商談をすると言ったのはお前だろう。酔わせてどうする」

「兄貴が商談に必要かい?」

「毒舌だな」


しかし、嫌いではない。


「余計な手間は省こう。単刀直入に、俺は南から北まで、幅広く色んな動物の皮を取り扱っている。要るものがあれば、何であれ用意できる」

「大した自信だな。まだ品質すら見られていないのに」


「毛皮商人のラッセルって言えば結構有名なんだけど、知らないなんて落ち込むな」

「普段はどこに品物を降ろしているんだ?」

「どこでもさ。俺が気に入った相手には何だって売るからね。金があっても粗悪な客には何も売らない。俺は、誇りを持って仕事をしている。生き物の命を奪って金を得る人間なら誰でもそうだろう。少なくとも、品物をちゃんと扱ってくれる人さ」


その眼差しは真剣で、言っていることに嘘は感じない。

だが、儂相手に商談を持ちかけた理由にまだ納得いかない。


「儂が品物をきちんと扱う人間であるとどうやって判断した?」

「ああ、例外もあるんだよ。それは可愛い女の子さ」

「先程までの立派な志はどこへいった」

「臨機応変ってやつさ。厳格なルールは判断基準のひとつにすぎない。それに縛られて自分のやりたいことができないなんて、バカらしいだろう」

「それには同意する」

「わかってもらえてよかった。で、何か必要なものはあるかい? こちらも商売だから格安とは言えないけど、兄貴の店だしそれなりに良い物を入れさせてもらうよ」


彼はそう言って、一枚の紙を取り出す。

そこに書いてあったのは、彼が取り扱っている物の一覧だった。






医者の元に運ばれたボンバイの部下は、間もなく息絶えたと連絡が入った。

どうやら間に合わなかったらしい。

壱式の報告によれば、最後に『頭に麻袋を被った大男』という言葉を残したようだ。


ボンバイは表通りにある喫茶店でコーヒーを飲みながら、次の手を考えていた。

現場を調べて分かったことは、犯人は明確な殺意を持っていたということと、金銭が目的ではなかったということだけだ。

現場だけを見れば、どこぞのシリアルキラーの仕業なのだろうとは思う。


それとは別に、まだ謎の大きなバラが残っている。

今のところ、害はないようだが、これを調べるには時間が足りない。

中にひとつと外にふたつあることを思えば、侵入者の仕業であることは間違いない。


ボンバイは直近で組織に恨みを持っていそうな人物を探していた。

敵対組織であったなら、書類や金銭の残っている理由がわからない。

だから、敵は単独犯であると予測した。

債務者の名簿で、取り立ての済んでいない者を下から順番に当たっていくことに決めた。


(一番下はアルケイド・ケッシーナ? 偽名だろ、これ……)


アルケイドは魔法具メーカーで、ケッシーナはそこで売られている魔法具のランプだ。

本当の名前であるかどうかも確認しないまま、金を貸していたことにボンバイは頭を抱える。

この調子ではきっと住所も詐称しているだろう。

大金が動いているのだから、そんなにずさんな管理をされては困るのだ。


しかし、組織の若者となれば浅慮もいいところで、暴力を見せれば言うことを聞くと信じている。

人が皆、暴力や死を恐れていると錯覚している。

それを前にして真実を語る者ばかりではないところまで、想像が及ばないのだ。


過ぎたことに苦言を呈しても仕方がない。

このアルケイドとやらを探すことに決めて、残りのネズミである参式と肆式に捜索を頼む。

壱式と弐式には直近で組織が殺す命令を出した人間を探すことに決めた。


そして自分は最近この町に来た中で、怪しい人物がいないか探す。

死んだ若造の身長は百八十センチもある。

その彼が大男と言ったなら、かなり大きな体をしている。

百九十から二百だとすれば、成人男性の平均を大きく超えている。


そのような余所者であるなら、探すことはそれほど難しくない。

大きな体というのは、それだけで大変目立つものだ。


自慢ではないが、ボンバイはこの町に住んでいる人間をほとんど把握している。

それができるだけの能力があるから、この地位にまでつけたのだ。


コーヒーを置き、昼下がりの大通りへ繰り出す。

この町に来たばかりであるなら、路地裏の小さな店をわざわざ探すようなこともしないだろう。

人の波を見ていれば、目立つ人物はすぐに見えてくる。


(やたらデカいやつがいるな)


毛皮商人だろうか、山の民の格好をしている。

町まで降りてきて、毛皮と食糧を交換して帰るのだろう。

それだけなら特別おかしなことではない。

しかし、今は彼と親し気に話す痩せた男がいて、ボンバイはそちらが気にかかった。


(あれはたしか、最近服屋を開いたやつだ。雰囲気が似ているな。親戚――兄弟か)


同じ環境下で育った者には特有の空気感がある。

彼らは、どちらが兄だかわからないが、まるで養分を片方に吸われたかのように対照的な外見をしている。

少し後を追うと、彼らは件の服屋へと入って行った。


この町の治安を管理している組織という表の看板を掲げるフェアレスへの届けもなく突然大通りの空き家で開店した服屋に、見たことのない他所者。

疑うには早すぎるが、この体の大きな男へ対して、どうしてもボンバイの勘に触る部分があった。


(こいつ、人を殺したことがあるな)


わずかな視線の動きや、体の動かし方でわかる。


裏の人間は裏で暮らすのが掟だ。

表と裏を行き来するような者は、どちらにとっても得のない、害虫のようなものだ。


ボンバイにはそういうはっきりしない人間が許せない。

どちらに着くか選べないのではなく、選ばない。

この一件と無関係であったとしても、彼については詳しく調べなくてはならない。


「壱式、奴をつけろ。明日の朝まででいい」


影に隠れていた壱式は、音も無く消えた。

ボンバイは他に怪しい人物がいないか調べるため、引き続き大通りへ視線を戻そうとした。

しかし、今度は店先に現れた白銀の髪を持つ少女が気になってしまった。


白銀の髪というのは、大陸の北西にある諸島に住む人種の特徴で、純血でなくてはあれほど綺麗な色は出ない。

裏で流れている奴隷でも金や宝石と並ぶほどに希少なものだ。

それがこんなところで、あのような怪しい連中と付き合っているのは腑に落ちない。


(やはり、きな臭い)


ボンバイは静かに目を細めて、監視の手を強めることを誓った。

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