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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第三章 エルフと風の魔力大結晶
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儂には関係ない話だ

肆式は、弐式と共に妙な馬車を追っていた。

子供だけでベルツェーリウスを出発した馬車があるという情報を裏から仕入れたのは偶然だった。

それは寄り道もせず真っ直ぐストックリーへ向かっている。


肆式が壱式から渡されている、魚の形をした木製の精霊は、進む先を指している。

ストックリーの方角で間違いない。


「てめー、まだそんなもん持ってんのかよ。捨てちまいな」

「……これは任務に必要なものだ」

「ケッ、真面目だね」


ふたりは馬に乗って、ゆっくりと見失わない距離を開けてで馬車を追っていた。

護衛もなく、馬車には御者がひとりと子供がふたりだけだ。

襲って奪うため、そのタイミングを見計らっていた。


「――お前よ」

「…………」


いつになく、弐式が真面目な口調で話しかける。


「これ終わったらどうするんだ?」

「……質問の意図がわかりかねる」

「フェアレスに残るのかってことだよ」


弐式がそのようなことを口にするのは意外で驚いたが、肆式は表情には出さずに首を振る。


「……わからない」

「私もさ、考えたんだよ。頭が死んで、フェアレスに残る意味あるのか、こだわる必要はあるのかって」

「……壱式と参式は残るぞ」

「だからお前に聞いてるんじゃねえか」

「…………」


火照った頭が冷めてきたのは、肆式も同じだ。

一時的にはボンバイが忠誠を誓っていたフェアレスに継続して仕えるのは当然のことだと考えていた。

しかし、弐式と同じく、こだわる理由はもはやないのだと気がついていた。


ネズミの四人は、フェアレスに拾われた身寄りのない子供たちだった。

組織に入ったばかりのボンバイにつくよう命じられた以外、組織から何かを受け取ったことはない。

しかしボンバイや他のネズミと過ごした日々は、何にも代え難く、一度は失った家族の存在を胸中に抱かせるに十分だった。


苦しみや喜びを共に分かち合えたことは、この先忘れることはない。

それでも、いつかは違う道に進むこともある。

自分自身の意志を問う時が来たのかもしれない。


「……俺は、花が好きだ。花の仕事をしたいと思っている」

「は、花? お前が?」

「……変か?」

「――いや、それもいいかもな」


弐式はしみじみと言う。

彼女も彼女で何か考えているのだろう。


「だったら、何が何でもセンの野郎をぶっ殺して仕事を終えないとな」

「……やる気が出たか?」

「ああ、お前のためにもな」

「…………」


恩着せがましい言い方が余計だが、気持ちはもらっておこう。


夜になり、馬車が停まったところで、手早く襲った。

うめき声もあげさせず、肆式は鋼鉄のツメで首を掻き切る。


弐式が子供を黙らせるために中を覗くと、中のふたりはまるで人形のように、宙を見つめて全く動いていなかった。


「あ? どういうことだ?」

「……妙な馬車だったから、何か都合の悪いものでも運んでいたのだろう」

「ふーん、ま、廃人なら放っておいてもいいか。私らは町が近くなったら乗り捨てればいいだけの話だしな」

「……これからでも善行は積むべきだと、俺は思う」

「まともぶるなよ。今までのことが帳消しになるわけじゃねえんだ」


彼女の言う通り、今更ひとりやふたりの命を救ったところで、何がどうなるわけでもない。

しかし、変えていくのなら、手の届く範囲からではないだろうか。


「……町までは送り届けよう」

「勝手にしな」


弐式はそう言うと、ふたりの様子が見える荷台の角のどかっと座る。

乱暴ではあるが、見張りをしてくれているのだ。


到着までの十数日の間、子供たちは全く何も口にしなかった。

それどころか、言葉さえ発しない。

しかしそれでも、衰弱する様子は見せなかった。


その時点で、肆式と弐式には彼女たちが精霊に憑りつかれていることがわかった。

精霊纏いを長時間行っていると、生命活動に必要なことを全て魔力で補えるようになると聞いている。


だからこそ、気味悪く感じる。

誰に言われたでもなく、ネズミが魔法や精霊に嫌悪を示したのは、そうした生き物の道理に反したものをいくつも見て来たからだ。

こんなものが存在する世界は間違っているとすら思う。


魔法や精霊に頼らない生活を行える人間は、もはやこの世界には数えるほどもいないだろう。

ネズミたちは魔法を使わずに火を起こし、過酷な自然環境でも生き抜く術を身につけた。

動物を捕え、生き抜く術を知っている。

自分たちは他の大多数の人間よりも、生き物として、この世界に適合していると思っていた。


決してそれが驕りであるとは思わない。

なぜなら、相応の努力をし、苦汁も辛酸も舐めたからだ。


そういったものが時には間違いであったとしても、それを素直に認めることは難しい。

努力はその量に応じて目を曇らせる。


ネズミ全員がそうであるとは言えないが、少なくとも、肆式は今まで自分が身につけたものが間違いであるとは思っていない。

思えないのだ。


ストックリーに着いたのは真夜中だった。

弐式が子供たちの様子を見て、肩をすくめる。

目的地に着いたはずなのに、降りる様子が見られない。


「こいつらが何しに来たのか知らねえが、放っとくか。肆式、ここからは別行動でロアを探すぞ」

「……ああ」


肆式も、概ね弐式と同じつもりでここへ来た。

ロアは必ず捕えて情報を聞き出す。

決して、下手に出てはいけない。


そうしていると、子供たちが急に同じ方を向いて固まった。

弐式が手を出す前に、馬車から飛び出す。


「何だ?」

「追うか?」

「……気になるな。私がこいつらの目的を探る。精霊関係なら、もしかするとロアに繋がっているかもしれないからな」


弐式はそう言って彼女たちの後ろを追う。

肆式は、彼女とは別に、準備していたこの町の住人の格好へと着替える。


少し質素で、しかし外へ出るには恥ずかしくない格好。

この町の住人はあまり外面を意識しない。

着飾るよりも食費などの生活費にお金を使う習性がある。

だから、綺麗すぎると観光客として認識され、かえって目立ってしまう。


肆式はすぐに支度を終えて、夜闇に紛れながら町中へ向かう。

眠らない町とも揶揄されるストックリーのうるさすぎる町並みは、人探しには向いておらず、意識が散漫になりがちだ。

この町には各方面で手配されているならず者たちが潜んでいるとの噂もある。

余計なトラブルに巻き込まれぬよう、細心の注意を払いつつ、ロアを探す。

木製の魚は未だに一点を指し続けている。


(――見つけた)


遙か遠く、入り組んだ町の奥に、白銀の髪をした少女が確かに見えた。

肆式の視力は常人を遙かに上回っており、鷹の目とも言われている。

あれほど稀有な外見の者を見間違うはずがない。


その方向へ進んでいくと、やがて町の外れへと向かっていた。

肆式は町から出ず、一番高く、灯りの強い場所からロアを見張る。


草原で何か始めるようだ。

ロアと、あと何人かがふたりを置いて、距離をとる。


片や身長の高い女で、腰にはボンバイと同じような刀をぶら下げている。

もうひとりは少女だが、顔にはオオカミの面をしていた。

どちらも異様な出で立ちの、そのふたりが、戦いを始めた。


肆式はこれだけ離れているのに、固唾を飲んで見守っていた。

凄まじい攻防が行われている。


そのうちに、観戦していた彼らのうちのもうひとりの少女が町へ消え、背の高い男もいなくなった。

残すはロアと、戦っているふたりだけだ。


接触するなら、ロアがひとりの時でなくてはならないが、彼女がその場を離れる様子はない。

何か、餌のようなものが必要だ。


肆式は懐を探る。

木製の魚――道標の精霊を使えないだろうか。


魔法の基本的な使い方は知っているが、精霊の使い方はほとんど知らない。

試しに魔力石を近づけて見ると、道標の精霊は微かに振動する。


(……なるほど。こうすれば――)


魔力石をくっつけると、精霊は激しく震え、もはやロアを指してはいない。

上も下も無く、ぐるぐると空中で回転を始める。


魔力を感知する訓練をしていない肆式でも、それが異常な反応であることは理解できる。

ロアの方へ目を向けると、いつの間にか彼女はいなくなっていた。


「――おい」


背後から声をかけられ、肆式は驚いて振り返る。


「今度はやかましい精霊を連れてきたな。お前と会うのは二度目な気がするが、儂は人間を覚えるのが苦手でな。それに、どうでもいい。何の用だ。駆け引きをする気はないぞ。はぐらかす気なら記憶を読む」


ロアは苛ついた様子で言う。

すでに先手をとられている。

受け答えを間違うわけにはいかない。


「……俺たちはセンを追っている」

「知っている。五星団の命令だろう」

「いや、違う。……ボンバイが死んだ。その犯人がセンである可能性が高い」


彼女はボンバイが死んだことを知らなかったようで、紅の瞳を一瞬だけ伏せるが、すぐにこちらを真っ直ぐに見つめる。


「で、何だ? 儂には関係ない話だ」

「……センの情報を、聞き出すために来た」

「お前たちの力では、もはや追うことすら叶わんか」

「知っていることを聞き出さなければならない。手荒なこともさせてもらう」

「こそこそ隠れていたくせに、態度だけは――――」


その後に続く言葉はなかった。

肆式は、素早く彼女の首を掻き切る。

爪に装着した鋼鉄の刃は、相手の命だけでなく、声も奪う。


彼女が簡単には死なないことはわかっている。

だから、先制攻撃を仕掛けた。

たとえ死なずとも、回復には時間がかかるはずだと思っていたからだ。


結果から言えば、その目論見は外れていた。

ロアの傷口からあふれ出るはずだった血しぶきは、その全てが霧状になり、すぐに彼女の体内へと返って行く。


「ノークロースの一件から、儂が手を加えなかったと思うか? 傷が瞬時に治るよう、調整をした。儂の体にもう液体は流れていない」

「……化け物め」

「随分な言い草だな。いきなり切りつけたのはお前だろう」


傷もすぐに塞がり、まるで何事もなかったかのように、彼女は首を回す。


「正直、つきまとわれるのは面倒なのだ。こちらも独り身ではないし、お前たちのことを気にかけてやる義理もない。勝手にセンを追って消えてくれるとありがたいのだが」

「……俺は、ネズミの中でも忍耐強い方だ。簡単に諦めはしない」


口先で時間を稼ぎながら、手を考える。

肆式の考えていた彼女の弱点、再生時間の遅さはすでに克服されていた。

本来ならば、失血により行動不能に陥らせ、頭部を切り取って持ち去るつもりだったのだが、それはもう不可能である。


一介の魔術師ならばまだしも、稀代の天才精霊術師であり、自身も圧倒的な回復能力を持つ彼女と対面で戦うことは避けたい。

暗殺ならまだこちらに利があった、と思いたい。


「で、どうするのだ。どうしたら諦めてくれるのだ? 儂とやる気か? それでもいいぞ。この要件を終わらせるにはそれが一番早い」

「……そのつもりはない。だが、最低でもフェアな取り引きでなくてはならない。センの居場所を吐くならば、お前にとって有益な情報を渡す」

「情報を通貨として使える相手に見えるか?」

「……五星団の本当の目的を知りたくはないか?」

「本当の目的、とな。面白いことを言う。まるで儂から何かを隠しているようではないか」


ロアが瞳を細める。

嫌な予感が背筋を撫でる。


彼女は人から確実に情報を引き出せる手段を持つ。

こちらは常に心臓を握られているのだと自覚しなければ、今の危うい立場ですら失いかねない。


「……俺たちも全部知っているわけじゃない。だが、断片的にでもわかれば、お前には十分だろう」

「ふん、その交渉ごっこに乗ってやろう。今後一切、儂らに関わらないと誓え。それが前提だ」

「……了解した」


肆式はこれでいいのだと自分を納得させる。

最大限の努力はした。

弐式であればすぐにでも掴みかかっていただろうが、今この状況における敗北は、こちらが何の情報も得られないことだ。


プライドを捨てるだけで得られるのなら安いものだと自分に言い聞かせる。


「センの居場所か……。アレはどういうわけか、居場所を知られても追えない位置を進み続けている。定住はしていない。今は、この町の近くにいる。町中ではない。周辺の火山群のどこかだ」

「……どうしてわかるのか、聞いてもいいか?」

「単純なことだ。そういう精霊がいる」

「……俺たちも精霊は試した。しかしセンを追うことができない」


ロアは鼻で笑う。


「センは儂がつけた仮の名だからな。『セン』そのものに記憶はないのだから、追跡などできるはずあるまい。こういう時は直接追うのではなく、遠回しに調べるのだ。奴が何を身につけているか、何を食べ、何を飲んでいるか。あらゆる事象に耳を傾け、足跡を調べろ。――そもそも、精霊を使役することに長けているわけでもないのに、困った時だけ頼ろうとするから上手くいかないのだ。ボンバイであればそのようなミスは犯さなかっただろう。人を追う術を学んでいても、それが少し通用しないだけで容易に、簡単に思える方へ流れる。自分の力量を信じきれないお前たちは未熟なのだ」

「……お前に何がわかる」

「具体的な対応策のないやつの台詞だな。なぜお前たちの事情をいちいち汲んでやらねばならんのだ」

「…………」

「おい、黙るな。次はお前が喋る番だろう」


ロアがせっつく。


「……ゲイザーは『扉』を開こうとしている」

「『月の扉』か」


ロアには思い当たる節があるようだ。


「……そういう名前なのかは知らない。五星団がフェアレスと通じ始めたころ、そういう噂を聞いた」

「漏らしていい情報なのか?」

「……もうフェアレスはこの件から手を引く。組織的な体力の問題だ。センを始末して、俺たちは別の仕事を探す。お前が五星団を潰してくれると、我々にとっても利益がある」

「なるほど。それがその素直さの理由か。納得がいった」

「……情報は対価に見合うものだったか?」

「十分だ。詳しく調べるための手がかりになる」


彼女は満足そうに笑う。

その笑みはまるで悪戯を企む子供のようでもあり、それが逆に不気味さを煽る。


「ん、ああ? アレ、お前の仲間じゃないのか?」


ロアが草原の方をあごでしゃくる。

いつの間にか、いなくなった人たちが戻ってきており、そしてなぜか弐式がそこに加わっていた。

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