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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第三章 エルフと風の魔力大結晶
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未熟

月夜の晩に、タンタン、と軽い音が鳴り響き続けている。

狂死郎とシーリントルの素手での戦闘はすでに十五分以上続いていた。

ふたりとも息は切らしておらず、汗をかいているものの、まだ余裕そうに見える。


ホダツはただただ驚嘆するしかない。

狂死郎も本気ではないが、これだけの長い間、打ち合い続けられた者は見たことがない。


「どうだ、お前の目から見て。うちのシーリントルは」


いつの間にかとなりにきていた、ロアと名乗った白銀の髪をした不思議な少女が言う。


「凄まじい。どんな訓練を積めばこの年齢であれだけの動きができるのか、想像することもできない」

「訓練だけじゃない。心の在り方が、普通とは違う」

「我々、武に生を捧げた者たちを、普通だと?」

「そりゃあ、そうだ。強くなるという目的があり、そのために努力する。それは普通だろう。だが、あいつは強くなることに生を捧げていない。なのに、あんなに強い。これが異常でなくて、何だ?」

「…………」


異常とは、人の道から外れることだけに限定されない。

通常ならば成し得ないことを成せるのが、異常というものだ。


「儂はこういうものの知識がからきしでな。凄さもイマイチ理解できんし、それに至るまでの努力もイメージできん。だからお前に意見を求めたのだが、お前にもわからん領域か」

「……少なくとも、常人に達せられることではない」

「羨ましいか?」

「それを認めることは、俺の今までの武を否定することになる」

「頑固なやつだ」


ホダツは集中して闘争を見ていたが、身に沁みついた習性というものがある。

町の方から漂う、異様な熱気に、注意を奪われた。


「どうした?」

「……何かがこの町に入り込んだようだ」

「儂は何も感じなかったが……」


通常の観光客や、娯楽を楽しむ人たちの気配を、色に例えるならば黄色だ。

しかし今、ホダツの目には燃え盛るような赤色が見える。

以前、地下闘技場で幾度となく目にしたことのある、強者に共通する気配の色だ。


「失礼。俺もしばらく席を外す」

「何だ、見なくていいのか?」

「逆だ。これほどの戦いを見せられて、じっとしていられるほど、大人しい人間ではない」


ホダツは槍を背負い、気配へ向かって進む。

戦うために、進む。


――戦いとは麻薬のようなものだ。

誰かがそう言っていた。


特に、力を持て余す者にとって、食事や睡眠と同じように、長い間抑制していれば、飢え、渇望する。

狂死郎の存在によって、彼女を倒すこと以外考えられなかった生活に、突如現れたご馳走の気配。

我慢できるはずがなかった。


気配の元へ向かうと、町の出入口についた。

そこではイライアがふたりの少女と何やら話し合っていた。

彼女たちから漂っている気配ではない。


「ホダツさん? どうしてここに?」


イライアが不思議そうにホダツを見る。

ホダツの視線は、彼女ではなく、遠く、町の光も届かない暗闇の方へと向いていた。


「下がっていろ。アレは俺の獲物だ」


イライアは何も言わず少女たちを連れて少し離れる。

何も聞かず指示に従えるとは、こういう状況に慣れているのだろうか。


「そこにいる者! 出てこい!」


ホダツが声をあげると、暗闇から深緑色のマントを被った人影が、ふらりと姿を現した。


「……あんた、目がいいんだ」

「殺気を隠すのが下手な相手に褒められてもな」

「あー、そっちか。ならいいか」


頭巾を外すと、顔に大きな傷跡のある女だった。

経験から得た観察眼で、重心から何となく、ホダツには相手の武器が分かる。

彼女は何も持っていない、もしくは、ごく軽量の武器だろう。

投擲武器であったなら、近寄る必要はないはずだ。

ならば、ナイフだろうか。


「それ以上近よれば、敵だとみなす」

「まだ敵だとみなしてねえの?」

「気配で俺よりも強いかどうかわかる。敵に値しない」


気配の色は、赤に近ければ近いほど、危険な相手であることを本能が察している状態だ。

その基準でいけば、彼女は紅のような赤――これほどの赤さは極めて稀であり、それはホダツ自身が彼女を脅威と感じている証拠であった。


「へえ、じゃあ、やってみるかい?」

「昂っているな」

「あんた強そうだからさ。その小娘どもの馬車が真っ直ぐここまで進んできてくれたおかげで私は楽にここまで来られたわけだし、体力が有り余ってんだよ。わかるだろ? 据え膳は食わねえと」

「承知」


ホダツは大槍を握り締める。

彼女の獲物が何であるか見定めてから動くつもりだった。

彼女がマントを脱ぎ捨てた時、その考えはすぐに改めざるを得なかった。


軽装という言葉でもまだ足りない。

彼女が身につけているのは、動きやすそうな袖のないタンクトップのみ。

武器も防具もなく、ただその両腕は、まるで革の手袋のように分厚く、鈍い光沢を放っている。


「――一番強い武器が何か、知ってるか?」


彼女が語りかけながら、歩みを進める。

徒手に余程の自信があるのだろう。

ならば、こちらから攻め、相手には何もさせない。


ホダツは地を蹴り、槍を振り回す。

間合いに入ると同時に、槍で地面をこすり上げ、土の礫を彼女へぶつける。


当然、目つぶしを防ぐため、両腕で顔を覆う。

その腕をまずは潰すため、ホダツは振り上げた槍を、袈裟切りにするかの如く振り下ろす。


轟音、血の匂い。

切っ先は触れたが、ホダツの両腕に伝わった違和感が『浅い』と告げる。


半歩、彼女は後ろへ下がっていた。

槍の長さを完璧に見切り、なおかつ、ホダツの動きを予測して、最低限の動きだけで槍を防いだのだ。

もしも大きく後退していれば、体勢を立て直す前に、ホダツは内臓を深くえぐるように突いていただろう。

その反応の速さと空間把握能力の正確さに、感心する。


(――並ではない。槍の間合いの広さを熟知している……)


狂死郎やシーリントルの動きは野生の勘のようなものだった。

彼女の強みは経験による正確な目測、それと複数の選択肢から最適解を選ぶ頭の良さ。

まだ、防御のみしか見ておらずとも、これほどまでに雄弁に語られている。


「名を、聞いておこう」

「これから死ぬやつに名前教えて意味あんのかよ」


彼女の前足が素早く動く。

踏み込み。

フェイントはなく、純粋に真っ直ぐな一撃を予感した。


ホダツは槍を大きく回転させ、柄で顎を狙う。

しかし、それは間に合わなかった。


鋼鉄のような重さの拳が、ホダツの左腕を撃つ。


「ぐむぅ!」


想定以上の怪力。

なぜ、頭や胴ではなく左腕を――と考えるまでもなく、次の拳が迫る。

今度は右腕を狙っていたことがわかったため、半身になって避ける。

槍を薙ぐと、彼女は間合いの外へと逃れた。


「貴様……!」


左腕は折れていない。

しかし、痺れによって槍を握る手に少し影響が出ている。


「まずは腕を潰す。刃物の一発逆転には期待するなよ」


彼女は羽根を思わせるような、軽い跳躍を繰り返し始めた。


「なんだ、その動きは……」

「見りゃわかるだろ」


まるで滑り込むように、彼女は近寄ってきた。

間合いの優位を、速さで殺しにきたのだ。


何という技術、それにどれだけの訓練を重ねたのか。

彼女の努力に想いを馳せる。


ホダツは全身に力を込め、彼女の攻撃を受ける。

鍛え上げられた肉体を本気で固めると、殴打による攻撃はある程度防げる。

それでも効かないわけではない。


以前戦った中に、彼女よりも速かった者はいた。

特にナイフを主体に使う者は素早い。

しかし、彼らはナイフを使っていたが故に、攻撃の手段が少なかった。


――殴り、払い、掴む。

その多様性において、素手は決して武器に劣りはしない。

だがそれはあくまで、徒手を極めた者の話だ。


ホダツは槍を振り回し、つきまとっていた彼女を退かせる。

そして、地面に槍を突き刺して手放した。


「降参か?」

「貴様の徒手へのこだわりに敬意を表す。俺もそれでいこう」


ホダツは両手をぶらんと垂れ下げさせる。

それを隙と見たのか、彼女は一気に間合いまで入ってきた。


「槍使いが槍を捨てるな!」

「武芸は武具に依存せん。槍しか使えん者を、武芸者とは呼ばん」


拳が放たれ、当たる直前に、ホダツは彼女の手首を掴む。


「――は?」

「痛いぞ」


ホダツは彼女の手首と肘を掴み、外側へ捻じ曲げる。

不意に加えられた回転の力。

自然と、体はその回転についてくる。


肩から地面へ叩きつけられ、悲鳴こそあげなかったものの、彼女の顔は苦痛に歪む。

ホダツが手を放して下がると、彼女は吠えた。


「て、てめえ!」

「どうした。お前の得意分野だろう」


彼女は右手だけを握り、戦う姿勢をとる。

今の一撃で、左腕はもう使えまい。


「――かつて、ひとりの武術家がいた。拳を鋼のように鍛え、素手で熊を倒せるほどの筋力の持ち主だった。しかし、彼は指の使い方を知らなかった。関節の極め方を知らなかった。人間の投げ方を知らなかった。それゆえに、同じく徒手空拳を使う者に破れ、死んだ」

「何の話だ……」

「無頼と呼べば聞こえはいい。しかし、師事する相手がいない不幸もある。お前は無知故に負けるのだ。怪力だけでは立ち向かえぬ世界がある。――俺は、狂死郎から人を殺すことを禁じられている。殺しは楽な道だとな……。今それを実感している。お前を殺さずに倒す難しさ。槍を捨てて尚、殺す以外の選択肢が見つからない」

「てめえ、私のこと舐めてんのか? 片腕壊したくらいでよ」

「その闘志が、邪魔をしている」


彼女は立ち合いの経験が十分で肉体的強さも胆力もある。

しかし、知識だけが大きく不足している。


初めに感じた彼女の危険性は、何をしてくるかわからなかったことも含まれている。

だから、今はもう赤く見えなかった。


「恵まれた肉体を持ちながら、その程度の武しか持たんのは不憫だ」

「勝手に哀れむんじゃねえ!」


右拳を、ホダツは額で受けた。

彼女の手の甲から折れた骨が飛び出ているのが見える。


自慢の分厚い皮膚も、骨が入っていなければただの皮だ。

しかし、彼女はまだ、懸命に壊れた手を振り回す。


(折れた手をも振るう粋や良し。だが――)


さっきまでの速さはすでに失われていた。

ホダツは左手で弾き、掌底で彼女の顎を突きあげる。


「ッ――」


その衝撃は脳を揺らす。

一瞬の脱力を見逃さず、顔面を掴み、足払いと共に後頭部を地面へと叩きつけた。


「未熟」


ホダツはそう言い放ち、踵を返した。



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