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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 上辻樹
第三章 エルフと風の魔力大結晶
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その子とあたしが?


ロアとシーリントルを呼んできて、『ガダモン』の前で宿の説明をした。

ここで部屋を貸してくれると伝えても、ロアは疑っているようだった。


「金を払って普通の宿に泊まった方がいい」


ロアはきっぱりとそう言った。


「ぐ、む、だって、泊まらせてくれるんだったらその方がいいじゃない」

「さすがに儂とて疑うぞ。連れのいない子供に泊まることを勧めるなど、普通の感覚ではない」

「じゃあ、自分で聞いて判断してみてよ」

「このまま別の宿を探した方が面倒がない」

「もう!」


分からず屋、と言いかけ、ふと、ロアの背後に覆いかぶさる影に気がついた。


「――見つけた!」


その人は、夜空のように深い蒼色で、絹のように美しく長い髪をしている女性だった。

しかし容姿とは反対に、格好はところどころほつれている薄汚れた普段着で、恐らくはここに住んでいる人なのだろう。


彼女はロアの脇の下に手を回して、軽々と抱え上げていた。


イライアは彼女が近づいてきていることに気がついていなかった。

状況の理解に精一杯で、呆気にとられ、どうしたらいいのかわからず、声も出せない。


そんな時、シーリントルが動いた。


「ロアちゃん!」


シーリントルが伸ばした手を、彼女はロアを抱えたまま、空中を舞う羽根のようにひらりと躱す。


「――あ?」


ロアは振り回されながらも小さく呟いて後ろを見る。


「先生! 久しぶり!」


彼女は親し気に笑いかけている。

顔を確認して、ロアは少し考える素振りを見せて、思い出したように言う。


「狂死郎か」

「酷い! 忘れてたの!?」

「いや、お前に会いにきた。とりあえず降ろせ」

「はい」


言われた通り、彼女――狂死郎はロアをそっと降ろす。

話に聞いていた狂死郎が想像とかなり違い、イライアはまだ状況が飲み込めずにいた。


「狂死郎、さんって、女の人、だったの? 私、剣の達人だっていうからてっきり」

「お初にお目にかかる。あたしが狂死郎、剣の達人で、ロアの弟子さァ」


わざとらしく口調を変えてそう言う。

どうも、調子がよくわからない人だ。


「……で、どういうことだ? どこまで知っている?」


ロアの質問は、おそらく五星団との繋がりのことだろう。

情報が伝わっているから、彼女がロアを見つけられたに違いない。


「何も。あたし、先生のこと知らされてないし」

「はあ? だったらまず、なぜ儂が分かった?」

「そこは説明が難しいんだよねェ。そうだ、こんなところも何だし、座って話そう。あたし今、そこに住んでんの」


狂死郎が『ガダモン』を指さす。

ロアが大きなため息をついたのを、イライアは見逃さなかった。


店に入ると、さっきと同じく奥で老齢の男性が店番をしていて、他に客はいなかった。


「フウゲツ、この子ら、あたしの知り合い。よろしく」


フウゲツと呼ばれた男性は表情を変えず、一礼する。


「あー、あの人はフウゲツっていって、暗殺の仕事やってた人」

「穏やかではないな。今は退職したのか?」

「まァ、そんなとこ。そんで、今はここでお店やってんの。――フウゲツ、この子らに適当なもの出してあげて」


フウゲツは嫌な顔ひとつせず、紅茶の準備を始めた。


「まるで主従関係があるみたいだな」

「ん、鋭い。彼らはあたしに逆らえない約束をしてる」

「どういう生活をしているのだ」

「どうもこうも、向こうがめちゃくちゃなことしてくるから、一回ちゃんとこらしめて、仕返しのチャンスをあげる代わりにお店をやってもらっているだけなんだけど」

「やはり、争いにはことかかなかったか」

「思ってたのとは違ったね」


ふたりの会話は、イライアが理解するには足りない情報がたくさんある。

しかし、ふたりが楽しそうに会話をしている様子を見て、割って入るような無粋はできない。


「あたしのことよりさ、そっちの話聞かせてよ」

「リゲルに聞けばよかろう」

「いや聞いてよ! あいつさァ! 最近全然何も教えてくれないの! コソコソしてさ、何から隠れてんだろうって思ってたんだけど、先生だとしたら納得できるかもね」

「お前は五星団ではないのか?」

「いいや、五星団だよ。風の魔力大結晶も持ってるし」


狂死郎は服の中にしまっていたペンダントを取り出す。

翡翠の宝石が嵌まっている金縁の綺麗なペンダントだ。


「これ、欲しいんでしょ?」

「いや、いらん」

「そっちの子が、土の魔力大結晶を持ってるから?」


狂死郎の視線が唐突にイライアへ向く。


「え、なんで……」


当てられたことに驚いて、イライアは目を見開く。

それを見たロアが、ため息をつく。


「馬鹿者、カマだ」

「まァ、そんなにあてずっぽうでもないんだよ。これってさ、先生の持ってた知識の書と同じことできるんだよ」


知識の書をイライアは直接見ていないが、シーリントルから聞いた。

たしか、精霊王の記憶を引き出すための本で、この世界のことが全てわかる精霊だったはずだ。


「……何だと?」

「これだけ大量の魔力があるのはさ、すなわち、世界と繋がってるようなものなんだよ。そんで、先生は分かると思うんだけど、そんなものを身につけていたら、普通は気が狂う」


狂死郎の眼が怪しく光る。


「いや、待て。仮にそうだとするとこいつが正気を保っている理由がわからん」

「この子、もしかしてさ、知覚の閉じ方を知ってるんじゃない?」


ふたりがイライアを指しながら言う。

知覚の閉じ方、と言われても何ひとつピンと来ない。


「イライアは不器用だ。そういう細かい感度の調整はできない。しかし、世界に繋がらずにいられる方法を知っている。……違う。知らなくていいことを選択できるのか。稀有な精神性を持っているのは分かっていたが、本能に抗うまでだったか」


ロアはひとりで呟き、勝手に納得した様子で腕を組んだ。


「答え出たみたいだね。普通の人は、知りたいんだ。何でもね。だから、これを持っていられない。知ってしまうから」


フウゲツが紅茶を四人分持ってきて、テーブルへ置く。


「残りふたつを所持してる五星団でも、持て余してるんだよ。これ、実はけっこう繊細なモンでさ。誰かが持ってないと消えちゃうから、人柱を大量に用意して、死んだら次に守護者を移す。そんなことをずっとやってる」

「ふん、やはり碌なことをやっていないようだな」

「それも、四つ全部揃ったら終わりなんだけどね」

「何を企んでるかは話せるのか?」

「うーん、さすがに無理。約束は向こうが先だし」


どういう理屈かはわからないが、彼女にとっては順番が重要なようだ。


「じゃあ、条件をつけてもいいか?」

「条件?」

「そこの子供がお前に勝ったら、五星団の目的と風の魔力大結晶を寄越せ」


ロアが指さしたのは、もちろんシーリントルだ。


「は、ははは。滅鬼ならまだ分かるけど、その子とあたしが?」

「冗談は言っていない。勝てるぞ、こいつは」


ロアは狂死郎を正面に見据えて言う。

狂死郎の顔から笑みが消えていく。


「――やっぱり、この町で待ってて良かった。先生はいつもあたしの想像を超えてくる」

「どんな想像をしていたのだ?」

「そりゃまァ、先生が直接戦ってくれることかな。精霊全部召喚して、そんで、あたしが――それを全部ぶっ殺す」


狂死郎の目が座った。

磁場も大きく揺らいで、イライアの目にはふたりの間の空間が歪んでいるようにさえ見える。

間にいるだけで息が詰まりそうになる。

先に空気を壊したのは狂死郎だった。


「……いや、冗談だよ。あたしのは」

「やりたいことではあるだろう」

「それよりさ、そんなに強いならちょっと見せてよ。見た目は普通の子だし、わかんないしさ。そうだ、腕試しの相手はあたしが準備するから、夜にその人と戦って、勝ったらその条件飲んでもいいよ」

「子供の相手は気後れするか?」

「まさか。でもあたしは誰かれ構わず戦うわけじゃない。弱い相手とはやりたくない」


つまらないから、と狂死郎は続ける。

シーリントルはそもそも話を聞いておらず、いつの間にかフウゲツの焼いてくれたパンケーキを頬張っていた。


「イライアちゃん、これおいしいよ」

「私もさっきいただいたわ。すごく柔らかくて、甘いわよね」

「卵白をメレンゲにしてるのかな」

「メレンゲ?」

「泡立てたやつだよ。知らない?」

「私、料理はあんまり知らないのよ」

「そうなんだ」


そう言ってシーリントルはまたパンケーキを口に運ぶ。


「――負けた時の条件は?」

「滅鬼ちょうだい」

「いいだろう」

「やった!」


こちらはこちらで交渉が進んでいる。

イライアだけが蚊帳の外だった。


「じゃ、準備しようかな。あ、それとフウゲツ! この紅茶、毒入れたでしょ。いつもと微かに匂いが違う。ヘビの毒? ともかく、あんたは今月もう終わりね」

「……そんなこと、ありませんよ」

「騙せるわけないでしょ。だいたい、やるなら正面から来なさいって。小細工が通用する相手じゃないって、一年経ってもわかんないかな」

「では」


その言葉と同時に、フウゲツの元から何かが放たれた。

イライアがそれを目視できたのは、狂死郎がそれを掴んだからだ。


「ナイフ? 客人のいるところで投げるなんて危ないなァ」

「――爆ぜよ、ブレージング・アロー」


狂死郎の握っていたナイフの持ち手が突如発光、刃の部分だけが射出される。

それはきっと、雷の矢よりも早かったはずだ。

しかし、狂死郎は少し首を動かすだけでそれを避けた。


「握った瞬間にわかったっての。あんたが仕込みのないナイフを投げるわけないし。はい、今度こそ終わり。また来月」


フウゲツは少しだけ肩を落として、食器の片づけに戻った。


「毎月、こんなことやってるんですか?」


イライアは我慢できずに聞いた。


「毎月、全員からね」

「全員?」

「そ、ここに泊まってる八人。あたしに挑んで負けたやつら。一か月に一回なら、いつでも狙ってきていいことにしてるの。そうしないと死ぬまであたしと戦うことを諦めないやつらが残ってる」

「でも、勝ってるんですね」

「みんな強いのよ? 表でも裏でも名をはせた奴らばっかりだし、そいつらが、現役を引退して暇になってたり、強すぎて戦う相手に苦労したり、それぞれ勝手な理由で、あたしを見つけて、襲い掛かってきたってわけ。いい迷惑だけど、つきまとわれるのも面倒だし、条件つきで相手してんの」

「狂死郎さんは、違うんですか?」

「……ん? 面白いこと言うね。あたしもそうだよ。でも、あたしの場合は最初っからだったから、みんなみたいに甘美な勝利に酔いしれることもなかったわけさ」

「最初から?」

「そ。すごい頑張って強くなったのにさ、そんときにはもう戦う相手なんかいなかったんだから」


狂死郎はどこか寂し気に、そう言った。


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