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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第三章 エルフと風の魔力大結晶
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お前はここが好きそうだな

イライアたちは休息の後、無人になった村で出来る限りの準備を行って、ストックリーへ向かい始めた。

今度は山道ではなく、馬車が幾度となく行き来した、踏み固められた道だ。

歩きやすさは天と地の差だった。


しかしとて、ストックリーまでおおよそ十二日の行程が必要だと知らされ、イライアはまた気後れする。

しかし山道を日数もわからなくなるほど歩くよりはよっぽど良い。


今度はロアたちも横道にそれることなく、一緒に歩いてくれている。

何だか気持ちが晴れやかで、気分も上がる。


「それにしても、なかなか落ち着くことができないわね」

「八割くらいはお前のせいだぞ」

「心が休まらなかったでしょ! あんな状況じゃ!」


エッジアンでの一件は自分のせいじゃない、とイライアは言い張る。


「どこへ行ったって大小様々な問題はある。お前は我慢を覚えないとな」

「そう! じゃあわかったわ。次、ストックリーに行くんでしょ? 私、何があっても解決しようとしないわ。我慢する」

「ハッ、できんだろ」

「そんなことないわよ。ねえ、シーリントル」

「我慢しなくてもいいんじゃないかな。手を出さない方がもやもやするよ」

「そんなこと言って、今回は手を出さなかったじゃない」

「だってあれは、私になんとかできることじゃないと思ったから」


彼女は幾分かイライアより冷静に物事を見ているようだ。

イライアは自分にできるかどうかを考えて動いたわけではなかったから、余計にそう感じる。


「私も気になってたけど、やろうとは思わなかったから、イライアちゃんはすごいよ」

「そ、そう?」

「うん。それに、新しい魔法も使ってたし」

「あ、ああ。あれね」


連続した高速移動を使いこなせるようになったのは、シーリントルとの練習のおかげだ。

弓を手にしたまま移動し、止まった先で放ち続けることを思いついたのは、自分よりも大きくて強くて早い相手と対面した咄嗟の判断だった。


当然ながら動体視力も反射神経も追いつかず、視界はずっとぐちゃぐちゃで、止まった先で何があるのか認識する前に移動してしまう。

そんな中でも雷を放ち続けられたのは、移動する際に矢を連れて行かないことを無意識のうちにやっていたからだった。

止まった瞬間に生成し、移動、停止と共に生成。

そうやって、あの雷の矢の檻は出来上がったのである。


「私も無我夢中だったからもう一度できるかどうかわからないわ」

「やってみたら?」

「……いい?」


ロアに聞くと、彼女は首を傾げて笑う。


「聞く必要はなかろう。やってみるといい」

「よ、よし。じゃあ……」


弓を取り出し、移動してみるも、弓がついていかず、元居た場所にぽとりと落ちる。


「あれ?」


もう一度、と雷の魔法で移動すると、またも、弓はついてこない。


「ねえ、これどうしたらいいの?」

「練習」

「練習……。そういえば、シーリントルはどうなの? あれから進歩あった?」

「私? 私はね、もう精霊の檻の中に精霊見えるようになったよ」

「へー、何の精霊だったの?」

「石の精霊だった」

「石の精霊? それって普通の?」

「普通だけど、すごく薄いの。見えるけど、見たまま他のことはできない感じ。いつも見えてたらだいぶ違うんだろうけど……」


イライアにその感覚はわからないが、そういうものなのだろうと納得してロアに話を振る。


「ロアはいつも見えてるようなやつなの?」

「儂は見ることもできるし、見ないこともできる。そもそも人間の体は常にそれが見えるようにはできていない。その状態を切り替えられるようになるのが、シーリントルの修行の一部だ」

「ちなみに、ずっと見てたらどうなるの?」

「疲れる」

「あー、ずっと集中してるから?」

「お前が魔法を使っている時と同じような状態だ。訓練次第でその時間を伸ばせる」

「ふーん。それって私にもできる?」

「精霊術師になりたいのなら教えるが」

「――いや、いいわ。今は自分の魔法で手一杯だし。そのうち必要になったら、また、改めて」


興味がないわけではないが、今必要なことだとは思えない。

あっさり断ったからか、ロアがぽつりと呟く。


「お前は取捨選択のできる人間だな」

「なに? 今けなした?」

「褒めている」


素っ気なく言われたが、悪い気はせず笑みがこぼれる。

ロアが思いついたように言葉を発する。


「ああ、そうだ。せっかく妙な森を抜けられたのだから、今日からふたりでできる訓練を始める。シーリントル、指で輪を作れ」

「こう?」


シーリントルが親指と人さし指で小さな輪を作る。


「うむ。イライアは魔法でそれを開かせろ。指が離れたらイライアの勝ち、指を離せなかったらイライアの勝ちだ」


シーリントルの筋力に打ち勝てるくらいの雷を流せたらいいという単純明快な話だと、イライアは理解した。


「今、試しにやってみてもいい?」

「今日から死ぬほどやることになるぞ」

「試しだってば」


イライアはシーリントルの手首を握る。


「軽くね、軽く」

「うん。いつでもいいよ」


相手はシーリントルだ。

半端な魔力じゃ筋弛緩を起こさせることはできないだろう。

だから、悪戯のつもりで、本気を出した。


バチッと光が走り、シーリントルの立っていた地面が焼け焦げる。

シーリントルも驚いた顔はしているが、けいれんを起こしている様子はない。


「お前、今――」

「やっぱりシーはすごいわね!」


ロアが言おうとしたことを遮る。

本気でやったのに、全然効いていないなんて軽くショックだ。


「ううん、イライアちゃんの魔法、前よりずっと強くなってた。けっこう痛かった」

「痛かった!? ごめん……」

「大丈夫。火傷もしてないし、どこも焼き切れてないと思う。でもこれ、わかったんだけど、イライアちゃんに勝ち目ないよ」

「どういうこと?」

「だって、雷の魔法に当たると、体が固まるよね? 指を動かすなんてできないよ」


普通、生き物は雷に当たると筋肉が硬直する。

それが流れ去った後に弛緩が起こるのだ。


「えっと、つまり、私はあなたの意識を失わせないといけないってことになる……?」

「私の体で意識がなくなるくらいの雷に当たったら、さすがに死んじゃうんじゃないかな……」


ふたりでロアを恐る恐る見る。


「そうならない方法を考える訓練だ。それに、ふたりとも気がついているだろうが、シーリントルに雷の魔法は効果が薄い。原因は何となく想像はついているが……。まあ、それは今はいい。イライアは力を出す方法を学んだのだから、次は力の方向を制御することを覚える。シーリントルは、自身に向けられた魔法を受け流す方法を覚える。今のは、雷の性質だったから、自然と地に流れていっただけだ。地面へ雷を流すのではなく、魔力へ変換し、空中に散らせるようになれ」


随分と難しいことを言っている気がする。

しかし、以前よりできることが増えているのは確かであるため、疑う余地はなかった。


「ちなみに、大ばあさまなら、どれくらいできるの?」

「あやつは、意識のない人間を歩かせるくらいのことなら簡単にできる」


簡潔に才能の差を思い知る。

まあ、それでこそ尊敬できる曾祖母なのだが。


「さあ、昼のうちは歩くぞ。魔法の練習は日が暮れてからだ」

「あ、あともうひとつ、さっき勝ち負けがどうこうって言ってなかった?」

「ああ、お前が一度でも勝ったら次の町で特別なものをくれてやる。勝てなかったらシーリントルに譲る」


何かプレゼントが用意されているようだ。

それがわかっただけでも、俄然やる気が出てくる。


「絶対負けないわよ」

「うん、私もご褒美欲しい」


ストックリーに着くまであと十二日。

短い修行の旅が始まった。






元々は活火山だったところにできた町であるストックリー。

その寂れた環境とは裏腹に、この国でも不夜城と呼ばれるほどに、昼夜を問わず賑わっている町でもあった。


そんな華やかな色とりどりの魔法灯が照らす繁華街の一角に、小さな寂れた酒場がある。

他の店とは違い、灯りは落ち着いた橙色で、営業しているが客の呼び込みはしていない。

看板には『ガダモン』とあるが、それ以外に何の説明もない。


一見入りづらい店だが、そこを行きつけとしていた男がいた。

身の丈は九尺ほどあり、背にはその体型に似合った大槍を携えている。


男の名はホダツといい、この町に来て半年くらいになる。

最初はただ明るくて騒がしい場所だと思った。

しかし時が経つにつれて違和感は薄れ、やがて自分もその町の一部となった。


――だから、初めから知っていたのではない。

“それ”は他所の店で偶然耳にしたのだ。


ガダモンの扉を開くと、中には数人の客がいた。

いつも見る顔ぶれで、今日新しく増えた人物はいない。


そう、ずっと同じ空間にいたのに、気がつくこともなかったのだ。


酒場の隅で、孤独に酒を煽る女がいる。

今までいることは知っていたが、特別気に留めたことはない。

今日、大槍を持ってこの店に来た理由は、彼女だ。


ホダツが傍に立つと、彼女はフッと笑みをこぼす。


「何だい? 今日はえらく物騒なものを持って……」

「――武神とお見受けいたす。勝負願いたい」


ホダツは敬うようにして深々と頭を下げる。

彼女のことを敬う武人は多く、ホダツが槍を始めたのも、彼女に憧れたからだった。

そして、彼女に憧れた者は、ほとんど全員が、彼女を目指す。

灯りに群がる虫のように、ただひたすらにその影を追い続ける。


「勝負ねェ……。そりゃお前さん、見世物ってわけでもあるまいし、あたしと戦いたきゃ、勝手にかかってくればいいんじゃないかい?」

「承知した」


彼女は、気にする素振りも見せず、酒を口に運ぶ。

それを隙と見て、ホダツは即座に大槍を抜き、彼女に襲い掛かった。


十尺槍と呼ばれる鋼鉄の大槍が、椅子を粉々に粉砕する。


(消えた!? 後ろか!)


ホダツは振り向く。

――と、同時に、顔面に鋭い痛みが走り、光が消える。

目つぶしをされたのだ、と遅れて気がつく。


思考が体へ追いつく前に、反射的に体を丸めてしまっていた。

そこに上からの衝撃があり、ホダツの意識が揺さぶられる。


「お前さん、椅子の弁償しときなよ」


退屈そうに言うその声を聞くと同時に、ホダツは床に倒れ込んでいた。






イライアたちがストックリーに着いたのは、昼間だった。

森を抜け、ひたすらに山を登り、ようやくたどり着いた町は、今までに見たどの町とも違う様相を見せている。

くぼんだ火口跡にできた町は、遠くからだと、そのごちゃごちゃとした景観が不気味さを感じさせていたが、入り口まで来ると、逆に期待感を煽るようにして奥行を出している。


この先に何があるのだろう、と好奇心をそそる形になっているとでも言えばいいのだろうか。

とにかく、建物の屋根や壁は派手に塗りたくられ、昼間なのに灯りがついたままになっているお店もある。


「何か、音が沢山だね」


シーリントルが少し緊張したように言う。

イライアは気にしていなかったが、言われてみると、確かに四方八方から人の声が絶え間なく聞こえている。

それは笑い声だったり、怒った声だったり、とにかくここにたくさんの人が住んでいることの証拠でもあった。

しかしそれは、感覚の敏感なシーリントルには少しうるさすぎるようだ。


「ロアはここに来たことあるの?」

「まだ町がなかったころにはな」


ロアはいつもより素っ気ない。

ふたりとも、この環境が苦手なのだとひと目でわかる。


「先に宿屋を探す? 荷物預けた方がいいわよね?」

「お前はここが好きそうだな」

「え、面白そうじゃない? まあ、不健全そうではあるけども」

「儂らは人の多いところはどうも落ち着かんな。宿で休んで、夜になったら狂死郎を探すぞ」

「なんで夜?」

「酒飲みだからな」


酒飲みだとどうして夜なのか、と聞きたかったが、特に質問することもせず、イライアは宿を探す方に意識を移す。


「なんか、見た目よりもふたりともつらそうね。私が町の人に聞いていいとこ見つけてくるから、ここで待ってて」


ふたりにそう言って、イライアはひとりで町の奥へと踏み入った。

得体の知れない町とはいえ、大通りは商いの町と同じような様子で、露店が出ていたり、食事処の美味しそうな匂いが漂っている。

宿屋はすぐに見つかりそうだと進んでいくと、イライアの目を引く店があった。


「ガダモン……?」


聞いたことのない響きの、珍しい名前の店だ。

佇まいはおとなしく、他の店に比べると些か物悲しく落ち着いた雰囲気がある。

扉のプレートは『開店中』となっており、昼間でもやっているようだ。

何か由来があるのかな、と考えながら、お店を訪ねてみることに決めた。


「すみませーん。やってますか?」


扉を開き、奥にいる老齢の男性へ向かって話しかける。

彼は何も言わず、手の平をカウンターの席へ向ける。

メニューはカウンター奥の壁におしゃれな筆記体で書かれている。


「あ、えっと、パンケーキと、紅茶のセットをお願いします」


彼はこくりと頷き、黙々と準備を始めた。

カウンター席からは中の様子がよく見える。

どうやら、注文が入ってから焼いてくれる店のようで、彼は手際良くパンケーキを焼き始めた。

紅茶もイライアにはよくわからない綺麗な作法で、流れるように作られている。


「あの、この辺りで、子供だけでも泊まれる安全な宿屋ってありますか?」


パンケーキのセットが出てくるときに、イライアは聞いた。

こういう場所では、注文をしてから質問をするのが定石だとどこかで聞いた覚えがある。


「……ここだよ」


彼は初めて口を開いた。

なかなか痺れるような低い声だ。


「え、あ、ここって宿屋もやっているんですか」

「やっていないがね。お客さん、訳ありだろう。空き部屋はある。サービスはないが、自分たちで掃除をするなら、貸してやってもいい」

「あ、あ、ありがとうございます! あの、今友達と来ていて、呼んできてもいいですか?」

「……冷めるよ」


彼はパンケーキを指さす。

焼きたてのパンケーキの上では、バターがとろけ、はちみつが滴り、甘い匂いがイライアの嗅覚をくすぐっている。


「えと、じゃあ、食べてから……。――おいしい!」


ころころと表情を変えるイライアを気に入ったのか、それまで仏頂面だった彼が、初めて口元を歪めた。




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