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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
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儂が可愛いのは事実

――外は雨が降っていた。

室内に充満する、幾度となく嗅いだ、血と臓物の匂い。

この匂いを嗅ぐと、自分がここにいるべき人間だと、改めて認識させられる。


ただ不快だったのは、その香りを放つ肉が、よく知っている仲間たちだったことだ。

ほとんどの人間たちは肩口から脇腹へ、一直線に切断されており、一瞬で絶命している。

中には立ち向かおうとしたのか、肉塊と化すまで叩き潰された、無残な姿を見せている者もいた。


そのあまりにも凄惨で一方的な被害を見て、ノークロースに拠点を置く犯罪組織フェアレスのボス、ホールイートは苛立たし気に車椅子の肘置きを叩いた。


「喧嘩くらいしか取柄のない奴らが……!! なんということだ!!」

「まあまあ、落ち着いてくだせえ」


彼の側近の護衛であるボンバイは適当に宥めながら血に塗れた室内へと進む。

ボンバイは飄々とした男で、細くしなやかな四肢を持っていて、とても見た目には強そうにも見えない。

しかし腰には一振りの立派な刀を携えていた。


実際、組織の中でも武術や暗殺術については長けており、その能力の高さから、ホールイーターの右腕として重宝されていた。

この辺りの地域で、彼よりも武芸に秀でた者はいないだろうとすら言われていた。

それほどに剣術に秀でており、同業者からは畏敬の念を込めて『月鬼神』とすら呼ばれている。


ボンバイは、正体不明な巨大なバラの花には近寄らないようにして四角の肉片になって息絶えている仲間の体を触る。

断面は全て滑らかで、肉も骨も筋も、全て一刀の元に分かたれている。


「すごい力で切断されてますねえ。素人の仕事じゃない」


ボンバイは生唾を飲んだ。

周知の事実だろうが、肉と骨は硬さが違う。

実際には腱や筋繊維など複雑なのだが、単純に二分するならそのふたつだ。

このふたつを一刀の元に断ち、あまつさえ断面を揃えることは、ボンバイにも難しい手腕だ。


恐ろしさと共に、その迷いのない軌跡にも畏怖を感じる。

圧倒的筋力、技術力の他に魔法の力でも用いたのだろうか。


そして、部屋はどういうわけか、高熱で焼かれたような跡がある。

奥へ続く扉は壁に貼りついてびくともしない。


「腕前はお前と同じくらいか?」

「さあ……。私より上かも」


謙遜しながら、あごひげを指先でさわる。

そんな会話をしていると、カウンターの下から、うめき声が聞こえた。


「う……」


今にも死にそうな若者がそこに倒れていた。

ボンバイの記憶が正しければ、彼は最近入った新人で、小間使いをさせられていた者だ。


「おい、息があるのか? 待て、騒ぐなよ。『エクスキュア』」


ボンバイは杖を取り出して、一振りする。

回復の魔法が血まみれの男にかかると、ゆっくりと傷口を塞いだ。


「止血はできたが、失血が多い。すぐ病院に運ぼう」


ボンバイが指をパチンと鳴らすと、店の天井が開いて、黒装束の者が四人現れた。

彼らは直属の手下で、『ネズミ』と呼んでいる、影の精鋭たちだ。


「壱式、弐式。この男を迅速に医者のとこまで運べ。安定したら報せろ。証言をとる」


彼らは頷いて、大怪我の男を背負って走り去る。


「ボス、詳細はあいつが生きていたら聞きましょう。しかしまあ、この状況でよく生きていたもんですねえ」

「生かされていたということはないか?」


ホールイートは動揺することなく鋭い視線を投げかける。

瞬時に激昂を納めて冷静に頭を働かせられる辺り、さすが、抜け目のない男だ。


「……たしかに、考えられます。これだけのことができる手練れが殺し損ねるとは考えにくい。奴の証言とは別に、こちらでも独自に調査しましょう」

「ボンバイ、三日以内に探せるか?」

「やってみましょう。これだけ被害を受けて、野放しにしたくないですしねえ」


「俺は姿を隠す。もしかしたら刺客かもしれんからな。敵が捕捉できるまでは動かんつもりだ」

「たしかに、そうした方が良いでしょう。では、緊急の連絡はいつも通りネズミを放ちます。場合によっては、町を脱出した方がいいかもしれませんから」

「頼むぞ。たったこれだけの人数をやられたくらいでは“本業”には差し支えないが、面目が立たん。俺たちは絶対に舐められてはならんからな」

「仰る通りです。組織の面子のため、一生懸命頑張りますよ」


ボンバイは、曖昧な薄笑いを浮かべた。






儂の洋服店は、それはもう繁盛していた。

センの接客も最初は不安だったが、何日かすれば堂々とできるようになってきていた。


昨日、センの娘が来てからというもの、彼はよりはりきるようになり、この調子なら今年いっぱい働けば借金の返済は可能な様子だった。

自主的に仕入れに行くことも多くなり、儂は彼のこの短期間での成長に感動すら覚える。


とはいえ、衣服の作り手はノームだけだから、目標を達するまでに仕立て屋を見つけねば、儂が離れたあと、店を続けられなくなる。

彼の商売に一生付き合っていくつもりはないし、いいところで離脱するつもりだったのだ。


その日のお昼ごろ、センに昼食をとらせるために外へ出した。

儂は身体を改造しているため食事は必要なく、日光と水分があれば充分に生きていける。

単純に内臓の類を他のものに置き換えているだけで、それほど大層なことではないが、それでも食費がかからないのはいい。

そういう理由もあって、この家にも食具や食材の類は一切置いていない。


休憩に入ると、一度店内は静かになって、落ち着いた。

店の見張りは風の精霊シルフに任せて、儂は二階のソファに腰かける。


最近ウンディーネばかり働かせていたから、たまにはシルフも使ってやらねば妬いてしまう。

精霊をいくつも使役する者として、そういうところには気を使ってやらねばならない。


シルフは白いモヤの渦巻きが女性の形をしている精霊だ。

身長は子供くらいで、目や口もある。

こやつらは容姿が人間に近いため、服を着ていればそれなりに見られるのだ。


森に住んでいた頃はよく部屋の掃除などを任せていた。

喋られないから店番はできないが、警備目的の留守番くらいなら可能だ。


しばらく休んでいると、風の竜巻が儂の頬を撫でた。

シルフには人が来たら合図するよう言っていたが、センが帰ってきたのだろうか、と儂は店に降りる。

すると、たしかにセンがいたが、その後ろに顔のよく似た、小汚い男もいた。


またトラブルか、と呆れながらも観察しが、以前彼が連れて来た荒くれとは少しばかり表情が違う。

なかなかの巨漢で、熊のような体つきをしているが、表情は温和なものだった。


「ああ、ロアさん、この人、俺の弟のラッセルです」

「どうも、こんにちは」


ラッセルは朗らかな笑顔で手を差し伸べてきた。

握手を返さず、彼の容姿をよく見る。


小汚いと感じたのは、彼が土埃に塗れていたからだ。

着ているマントは薄汚れて、端の方は破れている。

所々に血の滲みも見えていた。


「狩人か? 随分と年季の入った格好だな」

「お嬢さん、小さいのによくわかったね。その通り、僕は狩人さ。獣の皮を売って歩いてる、毛皮商人だよ」

「だからそんなに獣臭いのか。人前に出るなら仕事の後は風呂に入れ。悪臭をまき散らすのはあまり褒められたものではないぞ」

「ははは、ごめんよ。昨晩も獣を捌いていてね、まだ風呂に入れていないんだ」


独特の獣や血の臭いに、儂は顔をしかめる。

死臭は儂の嫌いなもののひとつだ。


「して、何用だ? 服を買いに来たのでなければ、すぐにでも退去願いたいのだが」

「いや、僕の兄貴が世話になっているって聞いて、どんなに可愛い女の子かと会ってみたかっただけだから、すぐに帰るよ」

「少児性愛者か?」


儂が皮肉を込めて言うと、彼は快活に笑った。


「よく勘違いされるけど違うよ。ただ可愛い女の子が好きなだけさ」

「褒め言葉だと受け取っておこう。儂が可愛いのは事実だからな。さあ、帰れ。午後の営業をもうすぐ始める。お前のような臭いやつがいたら客が寄りつかない」

「ははは、そうだね。次はもっと綺麗な格好で会いに来るよ。じゃ、兄貴もまた後で」


はっきり拒絶したおかげか、彼は食い下がることもなく、爽やかに去って行った。


「ちょっと、人の弟に酷いじゃないですか」

「風呂にも入らず人の店にずかずかと踏み込んでくるやつとどっちが酷いか、その空っぽの頭でもう一度よく考えてみろ」


シルフに消臭と芳香の魔法を使わせ、店の匂いを作り直す。


「だいたい、なぜ奴は儂を見に来る? お前、何を喋った?」

「俺は、自分の状況と、助けてもらったことと、お店を始めることになったってことを言っただけですが……」

「儂のことは?」

「色んなことができて、精霊を沢山使える小さい女の子だと……」


儂は眉間にシワを寄せて、ため息をつく。


「……あのな、そんな風に説明したら誰だって興味を持つだろう。次からは友人の子だと言え。助けてくれたのはその友人だということにしろ」

「そんな、絶対バレますよ! どんな友人なんですか!」

「自分で考えろ、馬鹿者が」


午後の営業に向けて、儂は外の準備中の札をひっくり返した。



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