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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第三章 エルフと風の魔力大結晶
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テリトリー

山林へ入って十日後。

イライアは足の痛みや重みを雷の魔力によってやわらげ、誤魔化しながら、シーリントルについていっていた。

彼女はちゃんとペースを合わせて歩いてくれているが、もはや歩くという行為そのものがイライアにとって苦痛となっていた。


我慢ならばいくらでもできる。

しかし、足が動かなくなるのは肉体的な限界だ。

そこが訪れるのは時間の問題だろうと思えた。


それとは別に、毎日、夜寝る前に魔法の練習を始めた。

初日からずっとロアがいないため、やることは自分で考えないといけない。


ひとまず、今自分ができることから考えた。

雷の矢を、鉄の弓で弾き出す。

土で弓を大きくして、さらに大きな雷の矢を弾き出す。


今のところ試したのはこのふたつだけだ。

新たに何か生み出すか、今できることの練度を高めるか。


そう考えた時に、今までやってきた九式雷魔法のことを考える。

あのひとつひとつの魔法を、改めて、自分用に変えていくのはどうだろうか。

どうしても微細な魔力操作の必要なものは無理かもしれないが、いくつかは使えるものもあるはずだ。


そう考えて、最初に思いついたのが、玖の雷撃『春雷』だった。

雷の性質を用いて、発射点と着地点との間を高速移動する魔法だ。

これを今の出力でやるとどうなるだろうという好奇心と、単純に移動が楽になれば山道でも歩きやすくなると考えたからだ。


練習を始めた頃は、以前のように移動することができなかった。

身体が雷に乗らない、と言うのが感覚的には正しいだろう。

雷だけが先に目的地に走ってしまう。


しかしだからといって、小手先の技術に頼ろうとは思わなかった。

どこか無意識に緊張して、全力を出せていないのだと感じていた。

恐らく、全力を出すのが怖いのだ。


――三日目の夜、やっと身体を動かすことに成功した。

しかし、今度は、止まることができない。

視線を動かした先に、移動し続けてしまう。


シーリントルに捕まえてもらって、何とか止まることができた。

彼女が言うには、合計で二百回ほど移動していたらしい。


――七日目の夜。

シーリントルに手伝ってもらいながら、今度は止まり方を覚えた。

同じ強さの魔力を反対方向にかければ止められる。


ただし、その瞬間身体にかかる負担は大きく、イライアは止まるたびに吐いた。

内臓がひっくり返るような最悪な気分になるが、前進している感覚もある。

その細い糸を手繰り寄せるようにして、身体にかかる負担も限界を超えないように、拷問に近い特訓を毎晩繰り返した。


そして、十日目の夜。

ようやく、吐かなくなった。

移動と停止もある程度は制御できる。


しかし一日に使える回数に制限があった。

二度か三度。

それ以上は身体が負担に耐えられない。

しかしもっと使い続ければ、回数は徐々に増やせるだろう。


そして、高出力で行えば、長距離の移動も可能であることが分かった。

平地に限定されるが、おおよそ百メートルほどの距離ならば一瞬で移動できる。

これは以前に比べると十倍にも及ぶ。


肉体的な苦痛と引き換えに、圧倒的な成長と手に入れた気がする。

今はまだ回数の制限もあって使い所は難しいが、このままいけば、イライアの目指す華麗な雷魔法使いになれるかもしれない。


そんな日々が続いて、十一日目がやってきた。

朝起きて、水辺で顔を洗い、昨晩の魚の残りを焚き火で温めて、シーリントルとふたりで朝食をとる。


ここ最近の、いつも通りの朝の風景だ。

しかし、エッジアンの最奥へと向かうに従って、シーリントルがそわそわとしているのを、イライアは感じていた。


周囲を落ち着かない様子で見回し、少し魚を食べて、また見回す。

今日は特にその回数が多く、イライアは我慢できずに聞いた。


「何かあった?」

「……え、何?」

「ずっと警戒してるから」


「警戒、かな。わからないけど落ち着かない。何だか、人の家、みたいな感じで」

「人の家?」

「うん。変な感じ。森の中なのに、誰かの家にいるみたいな……」

「……テリトリー?」


パッと浮かんだ言葉を口にすると、シーリントルが納得したような顔をした。


「それかも。誰か、獣じゃない……。精霊のテリトリーなんだ。だから、変な感じがする。ここにいたら危ないような……」

「不吉なこと言わないでよ。ロアだってまだその辺にいるんでしょう?」

「うん。たまに風上から匂いがするから、近くにはいると思う」


「そのロアが私たちに何も言って来ないのなら、問題ないんじゃない?」

「そうなのかな。ロアちゃん、集中すると周りが見えなくなっちゃうから……」

「まあ、それは、そうかもね。だったらすぐに移動しましょう。その、あなたの言う『変な感じ』がなくなるところまではさっさと進んだ方がいいわね」


「うん、そうしよう。イライアちゃん、今日はちょっと早く進むね」

「大丈夫。あなたの勘を信じてるから」


イライアたちが焚き火の処理を手早く済ませ、すぐに荷物をまとめようとした、その時だった。


「イライアちゃん、止まって」


シーリントルが周囲に配らせる目を、さらに鋭くさせている。

何かが、そこにいるのだろう。


その異様な雰囲気に飲まれ、イライアはいつでも魔法を使えるように、指輪に魔力を集中させている。

ガサガサ、と藪をかき分ける音と共に、光る何かが放たれた。


シーリントルは回転しながら飛びかかるそれを、難なく掴み、河原に投げ捨てる。

その時に初めて、それが鋼鉄の斧であることがわかった。


「誰!?」


その声に反応して出て来たのは、巨大な体躯をした、緑色の人型の精霊『オーク』だった。

オークに関してはイライアも少しだけ知っている。

精霊の中でも特殊な種族で、ほとんど人間に近い容姿や能力をしているが、魔力を扱う力を持たない稀有な存在。


しかしその暴力性は極めて高く、縄張りに入った者へは容赦なく攻撃を仕掛ける。

山林へ入る際に必ず注意しなくてはならない存在だ。


「あなたたち、誰?」


シーリントルは一匹のオークへ向かって問う。


「ちょっと、シー。あれはオークよ。話が通じる相手じゃ……」

「私たちはただここを通っているだけ。そちらが手出しをしないなら、こちらはただ通り過ぎるだけ。ここは引いてください」


イライアはシーリントルとオークを交互に見る。

彼女たちにだけ伝わる何かがあると信じたい。


しばらくの沈黙の後、オークはすごすごと帰っていった。


「説得、したの?」

「うん。向こうも戸惑ってたみたいだったから、事情を話せば聞いてくれると思って」

「精霊と話って、できるの?」

「できるってロアちゃんは言ってたよ」


精霊とは意思のない存在であるはずなのに、そんなことがありえるのだろうか。


「通り過ぎるだけなら大丈夫みたいだから、とにかく、行こう。あんまり長く滞在したらまたトラブルになるかもしれない」

「わ、わかったわ」


言われるがまま、イライアはシーリントルの後ろをついていく。

森の中に緊張感が走っているような気がし始めて、今まで何とも思わなかった景色が怖く見えてきた。

木陰のちらちらとした日射しのシャワーの中に何かいるのではないかという疑心暗鬼に駆られる。


「――大丈夫だよ」


シーリントルが振り返らずに言う。

後ろに目でもついているのだろうか。


「今、近くに悪い精霊はいないよ」

「な、なんでわかるのよ」

「出会っちゃったからかな。それとも緊張のせいかもしれないけど、さっきまでより見える」


見えないイライアにはどう変わったのかはわからないが、その口調には確かな自信があった。


「えっと、とりあえずロアちゃんとは合流した方がいいと思う。悪意はなくても出会ったらどうなるかわからないし。今なら場所もわかる」

「すごいわね。急にそんなに感覚が鋭くなるものなの?」

「イライアちゃんだって、雷魔法で人の気配を感じたりできるでしょ?」

「いや、私のはそんなに範囲広くないわ。せいぜい二、三メートルだし」

「そうなんだ。どんなふうにわかるの?」

「うーん? こう、ビビビって感じ?」


磁場の感覚は他に例えようがない。

水の流れのように常に一定の強さがあるわけでもなく、弱かったり強かったり、混線しているものだ。


それを他人に伝えるのは難しい。

自分が質問したことも、おおよそそういうことなのだ。

今シーリントルに見えている世界は今のイライアに口頭で伝えることはできない。


イライアは話題を変えようと、口を開く。


「そういえば、今ってエッジアンの中にある村を目指しているのよね?」

「地図の通りならそのはずだね」

「いきなり斧を投げてくるようなオークがいるところに村が?」


「自衛手段を持っているのかも。精霊は共通して嫌なことがあるから」

「嫌なこと?」

「特殊な匂いとか、魔力の壁みたいなのとかでも嫌だと思うよ。私も嫌だし」


「あなたいつから精霊になったのよ」

「実際、もうほとんど精霊みたいなものだと思ってるよ。少なくとも人間じゃないよ」


シーリントルは淀みなく言い切る。


「……人間でしょ。私から見たら普通の女の子よ」

「……うん。ありがと」


それっきりシーリントルは口を閉ざした。

変なことを言ってしまっただろうか、とイライアはもやもやとしながらもシーリントルの磁場には変化がなかったことから、感情が大きく動いたわけではないことを理解する。

道案内を彼女に任せているのだから、適当に話しかけるものではなかったな、と反省した。


それから、黙々とふたりは歩いた。

家から小型のスライム時計を持ってきていたおかげで、山の中でも時間はわかる。

あと二時間もすれば日が暮れるだろう。

そろそろ今夜の野営地を探さなければならない。


そんな時、ようやくふたりはロアの姿を見つけた。

後ろ姿だったが、大きな木を見上げて、何かぶつぶつと呟いている。


「ロアちゃん」

「ん、おう、どうした。何かあったか?」

「この辺り、オークがいるわよ」

「わかっておる。この木を見てみろ」


ロアの指さすところに、大きなバツ印がついていた。


「これはオークが自分の縄張りを示す時にやるものだ。もしかして会ったのか?」


シーリントルが頷く。


「会ったよ。でも事情を話して何とか見逃してもらった」

「そうか。ならば早く抜けた方がいいな」

「ね、ねえ。オークってひとつの群れでどれくらいの数がいるの?」

「だいたい、二十から三十だな。まあ、我々ならすぐに殺されるくらいの数だ」


ロアは呑気にもそう言う。


「じゃ、じゃあ、それこそ早く逃げないといけないじゃない!」

「習性がわかっていればそれほど怖いものではない。それに感知能力にかけてはこちらの方が圧倒的に上だ。たとえ近くにいたとしても、避けることは難しくない」

「ま、任せて大丈夫なのよね? いきなり刃物が飛んできたり、しないわよね?」

「するかもしれんが、どっちみちお前たちなら対応できるだろう。気にすることはない。さて、今夜は儂が寝る場所を作ってやろう」


ロアの足元に、三角帽子を被った小人が現れた。


「わあ、かわいい」

「ノームだ。ノークロースで一度やられた個体だが、この森の魔力を吸って少しだけ成長させられた。ノーム、かまくらを作ってくれ」


ノームが地面に両手を向けると、そこが膨れ上がり、やがて土でできた大きなかまくらになった。


「そんなことできたなら、私たちは一体何のために今まで葉っぱの上に……!」

「先程ようやくここまで戻ったのだ。仕方あるまい」


土でできたかまくらの中は、中央には囲炉裏があり、それを囲うようにして、硬そうなベッドがある。


「さあ、敷物になる葉を探して来い。儂は火を起こしておく」

「わかったわ!」


軽く了承したイライアとは反対に、シーリントルは荷物を置きながら淡々と言う。


「ダメだよロアちゃん。火を起こすのってサラマンダー使ったらすぐでしょ。一緒に葉っぱを取りに行くよ」

「む……。しかし、儂は眠らなくとも……」

「三人でやった方が早いでしょ。行こ」


シーリントルが強引に決定し、イライアも遅れないよう後ろからついていった。


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