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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 上辻樹
第二章 マーナガルムと雷の魔女
40/86

めちゃくちゃだよ

シーリントルは男を病院へ担ぎこんだあと、廊下のソファで死んだように眠った。


男は速やかに病院の若い医者に引き取られ、どうなったかはわからない。

事情の説明などの難しいことはシュナが行ってくれていたようで、シーリントルは休息をとるように言われ、そのまま眠ったのだ。


夢を見ることすらない深い眠りから目が覚めた時には、日が高く昇っていた。

仮面のせいで狭まった視界で周囲を見回すと、シーリントルの足の方にちょこんとロアが座って本を読んでいる。


「む、起きたか。器用に眠ったものだな」

「ずっといてくれたの?」

「誰かに好奇心で仮面を外されたら面倒だろう」


ロアは本を閉じて小さな肩掛けカバンにしまった。


「いつ、買ったの?」

「これか? 昨日の晩に町をうろついている時に見つけたのだ。良いだろう。防水加工もしてあるらしいぞ」

「うん、かわいいね」


皮でできているようで、てらてらと光を反射している。


「それにしてもここへ到着してから何やら慌ただしいことばかり起こっているな。本来ならばもっとゆっくりと町を見て回り、学校にも通わせてやりたかったのだが」

「仕方ないよ」

「実のところ、お前のことだけではないのだ。儂も世界を見て回りたいと思っていてな。その手始めに融通の利きそうな町を選んだのだが、失敗だったかもしれん」

「そんなことないよ。あの人たちって、私たちを狙ってきたんじゃないんでしょ? 昨日、私たちが戦わなかったら、もっと大きな被害が出ていたかもしれない」

「ノークロースのように、か?」


シーリントルは頷く。

ノークロースは怪我人こそ出なかったものの、町の被害は壊滅的だった。

二度とあんなことは起こしたくない。


「仮面、外してみろ」

「え、でもまだなんじゃ……」

「今は誰の気配もない」


仮面を外すと、下あごがだらりと垂れる感触がした。


「なぜこうなるのか不思議だったのだが、多すぎる魔力に皮膚がただれているのが一番の原因か。自分の力で閉められるか?」

「できるけど、ずっとはできない」


すぐに重みに耐えかねて、だらしなく開いてしまう。

噛む力は強いのに、閉じ続けることが難しいのだ。


「戻していいぞ。ふむ、魔力を吸い取って貯蔵する道具があればどうにかなりそうだな」

「ほんと?」

「お前の魔法への食欲はマーナガルムによるものだ。お前の知覚とは分断されているが、お前が外側から魔力を取り入れられたら、奴も少しばかり力を取り戻せるようだ。貪食の精霊などと呼ばれていたころはこれほど複雑な仕組みを持つ精霊だとは思いもよらなかった」

「普通はこんなことならないの?」

「普通は一度溶けたあごが戻ることなどない」

「そっか」


改めて自分が特殊な環境にいることを感じる。


「あっ、そうだ。イライアちゃんと、シュナさんと、ユーリさんは? 怪我、してる?」

「慌てるな。まず、全員命に関わるような重体にはなっていない。ユーリが少しばかり大きな怪我をしていて動けるようになるまで時間はかかるだろうが、じきによくなる。シュナはここの病室で眠っている。あいつは普通のババアだからな。夜中に動きまわったら眠たくなるのは道理だろう。それにイライアだが、あいつが一番元気かもな」

「どういう意味?」

「あのまま学校へ戻って授業を受けると言っていた」

「え、あのまま?」

「色々とあったからな。興奮が冷めなかったのだろう。まあ、今頃は机の上で眠っているかもしれないが」


ロアはくすくすと笑う。


「あの人たちは、どうなったの?」

「あ? ああ……。男の方は入院中だ。女の方は学校へ戻した。昨晩のことは我々しか知らんことだ。職務を全うして、普通の暮らしをすればいい。イライアともそういうことで話はついている」

「優しいね。てっきり、もっとひどい目に合わせるのかと思ってた」

「そんな意味のないことをするか。それよりも、今更こいつらが焦って魔力大結晶を狙いに来たことが気になっている」


「ロアちゃんが、町に出て来たからじゃないの?」

「お前もそう思うか。実は、あの女の方が五星団の関係者らしくてな。そこから手が回ったと考えれば、今回の件も納得がいく」

「五星団に知り合いがいるの?」

「何を言っている? ノークロースの病院でお前も会ったではないか。――リゲルとジュイチだ」

「へ?」

「儂らの行先はあいつらにしか告げておらん。他にいないだろう」


あんなに優しかったふたりが、こんな乱暴なことをしてくるなんて考えられない。

しかし、ロアも無根拠に言っているわけではないだろう。

何か彼女だけにわかる理由があるに違いない。


「そこで、だ。念のためにこの後は予定外の方へと進もうと思う。儂らだけならいくら襲われたところで大した被害はないだろうが、町に着くたびに騒ぎを襲われてはかなわんだろう」

「それもそうだね。迷惑になっちゃうし……」

「ああ、今度こそもっとゆっくりと過ごそうではないか。実際、土の魔力大結晶をイライアが持っている限り、儂らは急ぐ必要がないのだからな」

「どういうこと?」

「四つ集まらねば目的を果たせない石の内のひとつを持っているのだから、こちらから集めて回る必要はないということだ」

「そっか。たしかにそうだね。でも、四つ集めるとどうなるのかって、まだわからないんだよね?」

「うむ。だがどうせろくでもないことだ。アレがひとつでどれだけの魔力を持つか、お前も見ただろう」


イライアの指輪から飛び出した巨大な魔法石。

一瞬にして魅入られ、ただ立っているだけしかできなかった。

潤沢という言葉でも表せないほどに、密度の濃い魔力の塊。


「……うん。すごく、おいしそうだった」

「お前、だんだん魔力を食い物とすることに抵抗がなくなってきているな。今度魔法石でも舐めてみるか?」


そんな話をしていると、病室が開いて、シュナが姿を現した。


「あら、起きていたのね。ふたりとも、昨晩はありがとう。本当に助かったわ」

「もっと感謝しろ。儂らがいなかったら今頃この町は火の海だぞ」

「まったく、返す言葉もないわ。あなたがいなかったらユーリだって今頃……」

「それについては逆だ。儂がいなかったらお前たちが家から出ることはないだろう。怪我もしなかったはずだ」

「謙遜でもないところが逆に気持ち悪いわね。シーリントル、お疲れさまでした。あなたのおかげでイライアが助かったことも聞きました。ありがとう」

「いえ、私もイライアちゃんがいなかったらやられていたところでした。助けられたのは私の方です」

「そう言ってもらえるとあの子も喜ぶわ。本当にありがとう」


シュナと握手を交わす。

握る力は弱々しく、今にも折れてしまいそうな指だった。


「ああ、そうだ。あの娘の件でお前に文句を言っておかないとな。なぜあそこまで放置していた? 儂が納得できる言い訳を出せ」

「放置ではないわ。待っていたのよ」

「ハァ?」


明らかに軽蔑を込めた返事をする。


「あの子は、大出力の魔法しか使えない、特殊体質だった。雷の魔力とは別にもうひとつの枷を生まれながらにつけられて、とても見ていられなかった。あなたは知らないと思うけど、あの子、半年前までろくに話もできなかったのよ。何を聞いても言葉が出てこない様子で、大人の顔色を伺っていて……。きっと家で酷い目にあっていたのね」

「他人事みたいに言うな。お前の家だろうが」

「ごめん、それは、そうね。私の落ち度だわ。私にもどうしたらいいかわからなかったのが正直なところだった。ユーリと相談して、実家と絶縁にしてもらうくらいしかできなかったの」

「情けない」

「……魔法を教えるかどうか悩んだのは、彼女が魔法のせいで家を出ることになったからなのよ。ただ彼女に住む場所を与えることしかできなかった。私は逃げたの。彼女と向き合えなかった」

「だから、儂に押しつけて、問題を解決した気になったのか?」


ロアが段々と苛つき始めたのを感じて、シーリントルはふたりの間に割って入った。


「ふたりとも、やめてよ。みんな精一杯やったし、イライアちゃんにシュナさんを責める気持ちがあるかどうかもわからないのに、勝手に代弁するのはよくないよ」


シーリントルの言葉に、ロアはバツが悪そうに頭を掻く。


「まあ、いい。イライア次第だが、こちらで預かることになっても構わん。お前が指輪を託したことで危険も増えるだろうからな」

「ええ、指輪は確かにあの子に託したわ。それを守るのがあなたよ」

「守るも何も、儂は一度手に入れたものは絶対に手放さない主義だからな」

「知っているわ。だからお願いしたのよ」

「フン」


仲が良いのか悪いのか、ふたりはずっとそんな調子だった。


シーリントルもノークロースにいたころの友達を思い出す。

――思い出そうとした。

――誰の顔も思い出せない。


シーリントルは自分が思うよりずっと、自分が変わっていることに、その時初めて気がついたのだった。

怖さは感じないが、ただただ、胸中には暗闇が広がっている。


「――シーリントル、次に行く町のことだが」

「え、あ、何?」

「今度はもう少し北へ向かおうと思う。恐らく西にある王都へ近づくほどに敵は多くなるだろう。敵とて人であることには違いないのだから、旅の道具を揃えやすい商いの町は避けたい。一度山奥の村へ向かい、少し時間をずらして、今度は儂の弟子のひとり、狂死郎を訪ねるつもりだ」

「うんうん」

「そこで、馬車は邪魔になるからここで捨てる。今度は整備された街道などないからな。基本的には徒歩での移動になるだろう。だから、休息も兼ねてこれから十日ほどここに滞在する。イライアのこともあるしな。この病院を寝泊まりする宿として使わせてもらえるよう手筈は整っているから、お前はここへ帰ってくればいい。そしてその間、学校へ行くか、食って寝て暮らすかは、お前に任せる。夕方になったらイライアにも同じように伝えてくれ。もちろん、共に行く気があるのなら、という話だが」

「わかった。何だか、久しぶりにゆっくりできそうだね」

「うむ。小遣いも渡しておく。好きに使え」


ロアから渡された小さな袋はずっしりと重たかった。


「え、こんなに?」

「不満か? ノークロースにいたころ、服屋で少しばかり金を稼いでいたのだが、そもそも儂は生きていくのに金がいらん。生命維持に物資が必要ないからな」

「でもカバン買ってたよね?」

「欲しいものがあったら買うだろう」

「んんん?」


まあいいか、ともらったお金を懐にしまう。

こんなに大金を持ったのは初めてだ。

顔が戻るまでどこへ出かけるわけでもないのに、そわそわと落ち着かない。


「そうだ、イライアばかりに構っていたから、お前にもここでできる訓練方法でも教えておこう」

「精霊術?」

「うむ。ここに、三角錐の檻がある」


ロアの手の平の上には何も乗っていない。


「ないよ」

「あるのだ」

「ないって」

「これは目を養う訓練だ。まずは檻が見えるようになること。そして、その次はその中が見えるようになること。そのあとは……。まあ、おいおいやっていくことにしよう。全部で五段階ほどある訓練だが、終えるころにはそこらの精霊術師とは比較にならないほどのことができるようになっている」

「いつまでにできたらいい?」

「生きているうちにできるようになれば万々歳だな」

「めちゃくちゃだよ……。でも、やってみる」


ロアが廊下の花瓶のとなりに置いたそれは、見えるようになるまで場所を動かすことすらできないものだ。

つまり、ここにいる間に、最低でもその形を捉えられるようにはならないと持ち運べない。


「では、解散しよう。シュナもユーリの傍についていてやりたいだろう?」

「余計なことを言わなくてよろしい。シーリントル、彼女の教え方は乱暴で無茶だけど、きっと無意味なものではないから、がんばってね」

「はい。シュナさんも、お元気で」

「まるで今生の別れのようなことを言うのね」

「…………」


シーリントルはつい、目を伏せてしまった。

昨晩よりも心拍が不安定で、表面上は何事もないように見せているが、きっと立っているだけでも辛いはずだ。


彼女はユーリを看病するためだけに病院へ残るのではない。

自分がいつ倒れてもいいように、だ。


「シー、気にするな。人はいずれ死ぬ。むしろこの年までよく生きた」

「あなたには言われたくないわね」

「何? だったらお前も不老不死になるか? 材料さえ揃えれば作れるぞ」

「お断りします。私は最後まで人間でいたいから」

「いちいちムカつくやつだ」


永久に生き続けることを選んだロアも、生を終えることを選んだシュナも、正反対でありながら仲違いせずにいられるのは、互いが互いの主張を認め、敬意を表しているからだろう。


本音を言えば少し羨ましい。

もはや友人の顔すら思い出せない自分が、そういう相手とこの先出会えるだろうか。


「時間があると変に話し込んでしまうな。老人の悪い癖だ。儂はしばらく外をぶらついてくる。シュナももう休め」

「そうね」


ふらついて壁に手をつきながら、シュナはゆっくりとドアノブを回す。

何とか扉を開いて中に入ったところを見届け、ロアはふっと短く息を吐く。


「お前から見て、あとどれくらいだ?」

「……今夜、かな」

「そうか……」


一瞬だけ、残念そうな顔を見せたものの、ロアはすぐに笑顔を見せる。


「まあ、死ぬ前に顔を見られただけでも良しだ。本来、儂はこの時期にここにいる人間ではなかったはずだ。お前の父親がいなければ、シュナと会うことはなかった」

「会えてなかったら、どうなってたんだろう」

「儂が知らないところで死んでいただけの話だ。他の大勢の人間と同じくな」


「長い付き合いなのに、そんなふうに言うんだ」

「付き合いの長さは関係ない。人は死ねば精霊と共になる。儂からしてみれば、死んだら終わりだとは考えられんのだ。まあ、物質的には不可逆ではあるが」

「じゃあやっぱり終わりなんじゃないの?」

「一度終わるだけだ」

「終わってるじゃん」


彼女の中では複雑な理屈があるのだろうが、シーリントルに砕いて説明するのが難しいのだろう。

眉をひそめ、ロアはふんと鼻を鳴らす。


「そのうち理解すればよい。お前はまず目の前の課題からやっていけ」

「それもそうだね。まだ先のことだしね」

「無根拠にそう思えるのが若さの特権だな。じゃあ、儂は出てくるぞ。適当に頑張っておけ」

「うん!」


ロアはくるっとスカートをたなびかせ、颯爽と出て行く。


彼女を見送って、ひとりになって、視線を三角錐が置かれているであろうところへと戻す。

感覚を研ぎ澄ませば、微かな匂いはする。

しかしそれは、その物体がごく少量の魔力によって作られたものであることの証拠でもある。


――目には見えないものを見ること。

シーリントルは精霊術の基礎を思い出す。

精霊術の契約は精霊との繋がりを可視化させたもの。


目に見えないものを見えるようにするには、自分の知っているものに落とし込む必要がある。

だから、ロアはわざわざ『三角錐の檻』とヒントをくれたのだろう。


(三角錐って、どんな形だっけ?)


シーリントルは首をひねった。

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