使いに出ろ
地図にあった場所へ行くと、通り沿いにボロボロの空き家があった。
大通りに面しているのに維持すらされていないのには何か理由があるのだろうか。
二階建てで大きさもそこそこあり、なぜ買い手がついていなかったのか分からない。
「あっ、ここ、強盗が入ったんですよ。一家惨殺で、犯人もまだ捕まっていなくて……」
「それでこんなに壊れているのか?」
「らしいです。気味悪いですよね」
「変な話だな。土地屋はどれだけでも早く修繕して売りに出したいものではないのか」
「ついこの間ですからね。もしかしたら、ロアさんが修理してくれることを見越して無償で渡してくれたのかもしれませんよ」
ありえない話では、ない。
人の善意にはだいたい裏があるものだ。
「どうするんですか? お金ないんですよね? 今から修理してたらいくらかかるかわかりませんよ……」
「自分でやるからいらん」
「え?」
儂は四体の精霊を呼び出して従える。
「お前たち、この家屋を直すぞ。シルフとノームは、だいたいわかるな? 儂の家を修理してた時と同じだ。ウンディーネは水道の方を儂といじるぞ」
作業に取り掛かろうとすると、センが何か言いたげな顔をしてこちらを見ているのに気がついた。
何もせず待っているのは手持無沙汰なのだろうが、ここで彼にできることはない。
魔法が使えるなら別だが、彼は魔法が使えないと言っていた。
どうやら幼少期を貧乏な家庭で育ったらしく、魔法学校へは行かせてもらえなかったらしい。
そのうえ、何の専門職にもついておらず、筋力も並以下、持っている技術はせいぜいが逃げ足くらいのもの。
つまり、家の修理には何の役にも立たない。
「邪魔にならないところでサラマンダーと遊んでいろ」
「そんな……。俺だって何かやらせてくださいよ」
「不満か? お前は今のところ儂の所有物、さらには七十キログラムのゴミに等しいのだぞ。大人しく従え」
サラマンダーを差し向けると、センは恐々としながらも隅の方へ行って座り込む。
彼のことはひとまず放っておくことにして、儂は屋敷の水道管の方へ向かった。
地下水を魔法でくみ上げる機構は昔からあるが、ここの仕組みも、儂が知っているものとは変わっていた。
昔は使用者が杖を使って地下を走る水の流れを上向きに変えていたのだが、今は魔力のこもった石を使っているらしく、使用者は何の負担もなく、ネジ――蛇口と呼ぶらしい――をひねると水が出る。
おそらくは力のない子供や老人にも優しい仕組みに変わったのだ。
だから魔法は生活に必須のものではなくなり、彼のように魔法を使えない者も、今の世の中にはたくさんいるのだろう。
順当な技術の進歩と退化だが、炊事場と風呂と洗面台が別々の水道を使っているのは管理が面倒くさい。
少なくとも儂には必要がない。
魔力代わりに使っているこの石だって貯蓄しておかねばならないだろうに、魔力を消耗品とするのは逆に面倒ではないか?
「ウンディーネ、逆流しないように水の流れをせき止めておいてくれ。儂は水道を繋ぎ直す」
儂は懐から年季の入った魔法の杖を取り出した。
樫の木でできた昔ながらの小さな杖だ。
長さは手の平から肘くらいまでの取り回しのしやすいものを選んだ。
儂はそもそも魔法を真面目にやらなかったから、その辺の店で安価で売っているものを百年も使っている。
「エアマ・チア・ガ・チシニエ・マガヲ・ユテツオク(鋼鉄よ、我が命に従いたまえ)」
呪文を唱えると水道管がゆっくりと動き出し、壁の中をヘビのように這って他の水道管と繋がる。
魔法はあまり得意な方ではなかったが、これくらいのことはできる。
昔はこれくらいできないと暮らしていくことが困難だったからでもあるが。
一晩をかけて、儂は精霊たちと共に修繕に励んだ。
シルフは風を使って木材や石材を持ち上げられるし、ノームは材料を作り出せる。
ウンディーネに接着剤を出してもらえば、釘を使わずともそれだけで簡単な修繕は済む。
やはり魔法は自分で使うよりも精霊に使ってもらうに限る。
多種多様な魔法を覚える時間を、そのまま別の勉学に使えるのだから効率的にもいい。
しかし、普通はこれほど数多くの精霊を使役することはできないため、儂の才能のなせる技でもあるのだが。
夜通し作業をして、日が昇ったころにサラマンダーと抱き合って冷たい床の隅で眠っていたセンを叩き起こす。
サラマンダーの物理的肉体は体温が高く、暖の代わりになるとはいえ、人が仕事をこなしている隣でよくもこう堂々と眠っていられるものだ。
「あ、おはようございます……」
覇気のない声で彼は言う。
「おい、使いに出ろ」
「え、何を買えば……」
「金など儂も持っておらんわ。この町の人気の服屋に行って服と店内を隅々まで見てこい。冷やかしであることがバレないようにな」
「見てくるだけ、ですか?」
「ああ。あとで抜き取る」
「抜き取る……?」
「うるさい。さっさと行け。これは薬草と芋をこねたもの――お前の昼飯だ。夕方までには戻って来い。……サボっていたら逆さづりにするからな」
センを追い出すと、儂は家具もなく広々とした屋敷内に目をやる。
ここを店にするにはまだまだ改良の余地がある。
入り口だって、もっと通りに対して広く作り直さなくてはならない。
ひとまず、センが戻って来るまでは休憩することにして、儂は椅子に座って軽く眠った。
どれくらい眠ったころだろうか、頬にウンディーネの冷たい指を感じて、儂は目を覚ました。
彼女なりに驚かせないように気をつかったのだろう。
儂が寝ぼけ眼をこすりながら正面入り口を見ると、顔を腫らして血を流すセンが立っていた。
「ロアさん、すみません」
「なんだ、どうした。因縁をつけられたか?」
トラブルでも起こしたかと儂は身を起こした。
買うつもりもないのに店内の散策はやはり難しかったか。
「お店、三軒までは順調に行ったんですけど、そこでたまたまこの人と会ってしまって……」
センの後ろには、頭を丸めた大男が控えていた。
身の丈はセンと同じ位だが、厚みがまるで違い、さながらクマのようだ。
服装はシワや穴もなくきちんと整っているが、まるで憤怒の像のように眉間には深いしわが刻まれており、これだけ離れていても威圧感がある。
「このガキがお前の主人だぁ? テメー、適当こきやがったな」
「ち、違います。本当に――うっ!」
センが殴られて吹き飛ぶ。
それを見て儂も何となく、事情を察する。
「おいおい、やめないか。暴力など野蛮だ」
「うるせえぞ、クソガキ!」
恫喝すれば黙ると思っているのだろう。
しかし儂にしてみれば、こいつの方がまだまだクソガキだ。
子供を侮って背中から魔法を撃たれた事件を聞いたことがないのだろうか。
儂の世代ではそれが原因で捕まったやつがいたというのに。
「借金の話は、あの若造共に伝えていたはずだが」
「ああ? 知らねえよ。俺がこいつとした約束に何か関係があるのか?」
「……ん? これはそういう話になるのか?」
子分が勝手に決めたことだから、自分は無関係だとでも言うのか。
その理屈で金銭を損するのは自分だろうに、面子という精神的なものを大切に守っている。
そもそもセンに返済能力はないのだから、これ以上の譲歩は不可能だろう。
彼は金銭の精霊でもないのだから、殴ったってお金が出てくるわけではない。
それにしてもこの男はこれだけ大きな体をしているのに、損得勘定のできない馬鹿なのだろう。
馬鹿の相手を真面目にやっても仕方がない。
「言い分は理解した。貴様はつまり、こいつから借金を巻き上げることよりも、留飲を下げる方を優先したいのだな?」
「……あ?」
「よいよい。儂はそいつが生きようが死のうが、特別何とも思わん。だが、お前はそいつを殺しても小銭すら得られんが、それで組織に申し訳は立つのか? 無くなった金の補填は誰がする? お前か? お前の子分か? 無駄な手間だと思わんか。黙っていればこいつの借金は利子をつけて返してやれるぞ」
「あのな、俺たちは舐められたら終わりなんだよ。返済期限を過ぎても返せばいいって前例を作ることが、どれだけのことか分かってねえだろ」
「いいや、わかるぞ。でも、お前が黙っていれば誰にもバレないことではないのか? 期限が気になるならこいつの借金を肩代わりしてやるといい」
「なんで俺がこいつの肩代わりをしなきゃならねえんだ? テメー、舐めてんのか?」
「舐めておらん。儂は最善とはいかずとも、ひとまずは場の収まる提案しているつもりだが」
「クソガキが!」
男は突然儂の襟首を掴んで持ち上げた。
この軽い体はさぞ投げやすいだろうな。
足はプラプラと宙に浮いている。
精霊たちを呼んでいたら今の時点でこいつを消し炭にしてしまっているところだが、生憎今は全員をしまっている。
なかなか運がいい男だ。
あとは相手が儂でなければ完璧だった。
「――投げても構わんぞ。この華奢な身体だ。骨を数本折るくらいは簡単だろう。しかし、一度力を振るったなら覚悟をしておくことだ。儂はあまり大人ではないのでな。きっちりやり返すぞ」
挑発のつもりではなかったが、それが彼の最後の理性を飛ばしてしまったようで、儂は思い切り壁に叩きつけられる。
「――かはっ!」
衝撃で肺の空気が抜けて、儂は四つん這いになって咳こんだ。
やはり、暴力は嫌いだ。
今はまだ痛みを感じないが、あとで死ぬほど痛むことだろう。
「ぐ……」
男は儂の頭を踏みつけて、見下ろす。
「あまり調子に乗るなよ。お前くらいすぐに殺せるんだぜ」
「だ、だったら、殺したら、どうだ。むしろ推奨する――がっ!」
不意に顔を蹴り飛ばされ、儂の意識はそこで途切れた。
――真っ暗な部屋の中で、儂は目を覚ました。
異常に頭と首が痛む。
どうやら気絶したあと、そのまま放置されたらしく、日が落ちて真っ暗になっただけのようだ。
あれからの経過時間は五、六時間といったところだろう。
「いっ……!」
体を少し動かしただけで全身が痛む。
やはり骨が折れているではないか。
脊椎は損傷していないようだが、肋骨は折れて肺に突き刺さっているようだ。
鼻は血が固まっているのか、詰まっている。
口の中に何か小石のようなものがあるな、と吐き出してみると奥歯だった。
「はぁ……」
痛みに耐えながら体を起こし、壁に寄りかかって座る。
少しでも気を抜けばすぐにまた闇の中に落ちてしまいそうだった。
ため息をつき、目を閉じた。
(――しんどい)
それは正直な感想だ。
年をとると大抵のことには執着しなくなるらしいが、儂も恨みや怒りが持続しないことを感じる。
見た目こそ若いが、精神はしっかり老人なのだ。
「ウンディーネ……」
か細い声でウンディーネを呼び出すと、心配そうに顔を覗きこんだ。
「……ああ、ああ。大丈夫だ。なにしろ儂は不死身だ。それより、アレを出せ」
センが殺される前に追跡して解決してしまわなければならないのだ。
一応は自然に修復していく身体ではあるのだが、このままでは体が修復を終えるころには夜が明けてしまう。
それまでここで座っているわけにもいかない。
ウンディーネがスプーン一杯ほどの銀色の液体を作り出す。
超活性剤、と儂が暫定的に名付けた薬だ。
液状の生命体であるスライムやショゴスなどの体液を精製し、調整した人の身体には過ぎた麻薬。
高密度の再生魔力を注入し、細胞の活動を無理矢理に活発化させ、増殖、体を健康体へと戻すものだ。
もちろん、儂の肉体以外では細胞の増殖に身体が耐えられずにどろどろに溶けて即死する。
右腕を差し出すと、ウンディーネが活性剤を針状に変えて、静脈へ打ち込む。
「あ、あ、ああああ!!」
動悸が高鳴り、血液が沸騰したように熱い。
死ぬほど苦しいが、それを乗り越えると、世界の全てが澄みきって見える。
夜闇でさえ昼間のように明るく、音と匂いが触れるほどにはっきりと感じ取れる。
町中で使うのは初めてだが、森の中ほど騒がしくない。
感覚が研ぎ澄まされて、遠くの人間の位置まで把握できる。
センの匂いはこれだ。
独特の色のついた匂いは、目に見えるほどに、はっきりとわかる。
通りに出て、北の方へ向かっている。
動き始めると、肉体の損傷が回復していく様子がわかった。
折れた奥歯も生え代わり、胸の痛みもとれ、鼻が通る。
活性剤の効能は知っていたし、実験も繰り返した。
しかし、自分の体で試したわけではなかったため改めてわかったことがある。
急激な回復はかなり不快で、感覚と現象の差で酔ったような状態になり、ふらふらと柱に手をつく。
薬にはまだ改良の余地があることがわかって良かった。
「しかし、あまり、怪我はしない方がいいな」
至極当然のことを呟きながら、儂は匂いを追い始めた。
歩き続けるごとに、匂いは段々と強くなっていた。
路地裏に差し掛かったとき、たしかに彼の匂いを強く感じた。
しかし、それ以外の嗅いだことのない匂いも感じる。
警戒しながらも、人が隠れていそうな場所を探した。
するとすぐに、テント状の粗末な物置を見つけた。
そこを覗きこむと、醜く顔を腫らしたセンが鉄の檻の中に閉じ込められていた。
「まるで珍獣だな」
「ロアさん、助けてください。俺、このままだと人買いに売られるって……」
「お前の処遇が一周したようだな。まあ、待て。すぐに出す」
儂はサラマンダーを体内に呼び出し、左腕の中に浸透させる。
これは精霊纏いと言われる精霊術の高等な技術であり、精霊の魔力を技術を以て肉体から発せられるようにするものだ。
しかし、普通は使える精霊にも種類があり、普通の人間が火などの自然物の精霊を腕に宿せば、すぐに肉体は使い物にならなくなる。
つまり、超回復能力を持つ儂にしかできない芸当というわけだ。
……それでも痛いものは痛いのだが。
鉄格子に手をかけると、儂の手の平が焼けただれるのと同時に、鉄の棒も熱で曲がっていく。
通れるほどに格子を曲げると、儂はすぐに手を元に戻した。
「行くぞ、セン。立てるか?」
「は、はい」
逃げられないように両足を折られていなかったようだ。
きっと逃げるとは思いもしなかったのだろう。
センはふらつきつつも、のそのそと儂の後ろをついてきた。
犯罪組織というものは見たことがある。
だから、彼らがどういうことを生業をするか、よくわかっているつもりだ。
需要はあるが、供給のないもの。
それこそが、彼らにとって最高の商売となる。
センのいた小屋の中は、完全に暗くなっていた部屋の隅に、大量の衣服や爪や髪が落ちていた。
拷問ですらなく、それはただの処分といったような様子だった。
腐っていなかったのは、直近のものだったからだろう。
儂は苛立ちを隠せずにはいられなかった。
人間は有用な生き物だ。
どんな命であっても無碍にしていいものではない。
殺さずにいれば、いずれ価値を生む可能性を、誰しもが持っている。
あの大男の匂いはセンの捕まっていた小屋から路地裏にある地下の階段へと続いていた。
人間の匂いが集まっていることから、そこがたまり場であることは疑いようもない。
――それにしても、地下とは都合がいい。
儂はセンには上で見張りをするように言い、地下へと降りて躊躇なく扉を開く。
中は酒場のようになっていて、屈強で柄の悪そうな男たちが、ご機嫌に酒を飲み交わしている。
そんなところへ十歳ほどの外見をした儂が入っていくと、全員が会話をぴたりと止めて、視線を向けた。
「嬢ちゃん、迷子かい?」
「酒でも飲むか? 俺がおごってやるよ」
こんなところへ子供が入ってきたら、十人が十人迷子だと思うだろう。
彼らは大笑いしながら儂をなじった。
ひとりだけ、儂を殴った大男は眉間にしわを寄せているが、何が起きているかはまるで理解していないようだ。
「あー、あー。儂はロアという者だ。お前たちが、ちと目障りなのでな。潰しに来た」
ざわつき、嘲笑が起こる。
まあ、わかっていた。
許可が欲しかったわけでもないし。
騒ぎになっても困るから、とっととやるか。
「サラマンダー」
儂は隣にオオトカゲの姿をした火の精霊を呼び出す。
それを見て、一気に雰囲気がひりついた。
魔法の杖を取り出したり、剣に手をかける者もいる。
しかし、それでは対応が遅い。
せめて先に仕掛けてこなくてはな。
「焼け」
儂の命令と共に、室内は業火に見舞われた。
逃げ場もなく、窓もないこの空間で、身を守ることは難しい。
咄嗟に魔法で盾を構えた者もいるが、火は防げても焼けた空気から身を守ることができず、やがてはうずくまってしまう。
巨大なオーブンで死なない程度に焼けたところで、儂はサラマンダーを止める。
「ウンディーネ、こいつらを治せ」
次は水の精霊を呼び出し、焼けた彼らが死ぬ前に、ストックしてあった回復薬で傷を癒す。
火傷が治っても、まだ信じられない顔をしてこちらを見ている。
奥へと逃げ出そうとしている者もいるが、後ろにある扉は先程の炎で溶けて開かなくなっているようだった。
「よし、治ったな。サラマンダー、もう一度焼け」
「ひっ……」
「なんで……」
悲鳴も怒号も起こらなかった。
ただ淡々と、彼らへ傷と回復を繰り返す。
三度もやれば、喋る気力すら薄れるというものだ。
「――では聞け。この町から出ていけとは言わん。だが、真っ当に生きろ。他人に迷惑をかけるな」
儂は彼らの中で唯一顔見知りの、あの頭を丸めている男へと近寄る。
「な、なんだ」
「動くな。噛みづらい」
男の首筋に噛みつくと、血の味が口の中に広がった。
儂は犬歯を改造して尖らせてある。
歯の形をした注射針のようなもので、そこからは強力な従属効果のある薬液が出る。
要するに、噛みつけば相手を操ることができるのだ。
儂が口を離すと、彼はその場にへたり込んだ。
「これでこの男は儂の支配下となった。お前たちが変わらなければ、この男がひとりずつ始末しにくる。そうはなりたくないだろう? 言うことは聞いた方がいい」
「どうして、そんなことを……」
「貴様らを潰すと言っただろう。これ以上の枷が必要か? じゃあのう。二度と会わないことを祈れ」
儂が踵を返すと、背後で誰か立ち上がる気配がした。
後ろから魔法を打つつもりなのだろう。
まあ、それくらいのことをやる気概がないと、暴力を売りにはできない。
「死ね! 『ファイアボール』!!」
儂は火の球が飛んでくることを感じながらも、振り向くことはなかった。
瞬時に懐が膨れ上がり、巨大な植物の蔦のうねりが、その火球を捕える。
『魔力喰らいの種』は、儂が精霊が魔力を食す習性から着想を得て作り出した人工植物だ。
魔法が使われる瞬間の膨張した魔力を感じ取り、種が光のように瞬時に膨れ上がって、トゲのついたツタが魔法を放った男を捉える。
みるみる増殖し成長していく蔦の波が彼の身体をすっかり覆ってしまうと、頭部のあったところに真っ赤なバラの華が咲いた。
魔力を吸い、生物の身体を支えにして咲く寄生植物だ。
実験以来久しぶりに見たが人間相手に使うとこんなにグロいのか、と儂は少し引いた。
周囲の男たちはもっと引いているようだ。
ともかく、これで充分な脅しにはなっただろう。
「他にやりたい者はいるか? ……いないな。だったら、儂は帰る」
これで一件落着だ。
彼らは別の町に移るか解散するか、どうするかはわからないが、この町でこちらに危害を加えることはもうないだろう。
扉を開いて外へ出ると、センが人間大のバラふたつを前にして慌てていた。
「ロ、ロアさん! 奴らの仲間が帰ってきたから投げてしまったんですけど、これなんですか!?」
「気にするな。帰るぞ」
「えっ? 中の人たちは?」
「そっちも気にするな。――ああ、そうだ。奴らはもう機能していないが、借金はしっかり儂に返してもらうぞ。お前が金を借りたのは事実だからな。そのままにしておいて家族の元へ帰るのは、お前も後ろめたいだろう」
「いや、俺は返さなくていいならそれはそれで――痛っ!!」
儂は生意気なことを言う彼の腕をつねりあげた。
ノークロースへ来て二日が経ち、服屋として開業するに至った。
ノームは儂の着ているふりふりの可愛らしい服だけでなく、多種多様な服を作る技術を持っていた。
他所の店の服から技術を盗み、少しデザインを変えて売れば、きちんと現代の流行を反映することもできる。
材料は精霊たちを使えば魔法でいくらでも生成できるし、できないものはセンが買いに走ればいい。
仕入れを自力で行えるのは儂の意外な強みだったというわけだ。
内装は、センの記憶を抜き出すことで良い雰囲気に改装することができた。
記憶を抜き出すには彼に薬品を飲ませ、魔法を使って引き抜くのだが、臆病な彼にこれをさせるのに骨を折った。
店構えは大通りであったこともあり、外に花壇を作り、ハーブや花で飾りつければそれなりに見栄えもよくなる。
宣伝の必要もなく、初日から沢山の客が来た。
一日中彼らの相手をして、疲れ果てたところに、センの妻がやってきた。
「お、お前……」
会えないと思っていたら向こうからやってきたことに驚いたのか、センは目を丸くしていた。
「この子の服を見繕ってくださる?」
妻の背後には、儂と背丈の変わらない、銀縁の眼鏡をかけた可愛らしい少女がいた。
センの娘だろうか、髪や目がよく似ている。
彼女はセンを見ても怒ることなく、淡々と言った。
「……まだ許してないから」
彼女はばっさりと言い放って、すぐに服の方へと視線を移した。
その口元には、うっすらと笑みが浮かんでいた。