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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 上辻樹
第二章 マーナガルムと雷の魔女
35/86

指輪を渡しなさい

やがて夜は更け、シーリントルも客間のソファで毛布にくるまって寝息を立てている。

もう大丈夫だろうと思い、ユーリはこっそり手紙の封を開いた。


「これは……」


内容は星読みの暗号で、ロアの話の裏付けとなるセンのことが書かれていた。

そして、そのセンとは別に、ロアも排除するつもりらしく、刺客を雇ったらしい。

理由は不明だが、この町でも争いを起こそうとしているのだ。


(この事をお嬢さまへお伝えしなければ……)


そう思って立ち上がるも、体が進もうとしない。

ユーリはその事実にひどくショックを受けた。


自分自身の意思と五星団の意思のどちらを優先すべきか、躊躇ってしまった。

以前ならすぐに家――家族のことを優先して動けたはずなのに。


無意識であったとしても、その理由には見当がつく。

きっと、ロアに計画を狂わせられたことが気に食わないのだろう。


しかしそれはシュナやイライアの身の安全に勝るものではないし、シーリントルだってそうだ。

ロアは認めないかもしれないが、すでに子供の手には余る出来事になっている。


ロアを説得して魔力大結晶を五星団へ納めさせてもらいたいのが本音だ。

だがそのためにはまず、魔力大結晶の装飾がされた指輪を託されたイライアを説得しなければならない。

事情が複雑なうえ、相手は子供だ。

話がうまく通じればいいのだが、と一度は頭に浮かんだが、すぐに考え直した。


(……いや、説得はしなくてもいい。石さえ手に入れば、私は五星団へ貢献できる)


「――違う! 私は一体何を!?」


ユーリは自分が強奪すら思い浮かべたことに、恐怖を覚えた。

一体、いつから自分は雷の家系に仕えるメイドではなく五星団の構成員になったのだ。

優先すべき事項が間違っているのに、理性とは違う部分が認めることを拒んでいる。


ユーリも魔術を修めた身だ。

考えられる理由はただひとつだけある。


「……催眠の魔法ね。でも、どこで……」


催眠の魔法はかける時に髪や爪などの術者の一部をかけたい相手に飲ませる必要がある。

そして、それを解くには、術者の一部が必要になる。

つまり、誰がかけたか分からなければ解くことができない。


不安になり、五芒星のペンダント握りしめる。

これを握ると、温かい力が全身に巡って心が落ち着くのだ。


「とりあえず、ロアさんに連絡をとりましょう。これから起こることは彼女に伝えておかなければ……」


ロアが消えていった夜闇に目をやり、室内に視線を戻す。

外へ飛び出して行きたいが、今この小屋から離れてはいけない気がする。


ユーリは壁に立て掛けていた古い杖を持ち、ロアの使っていたティーカップへ魔法をかける。


「生無きものよ、我がしもべとなれ」


白かったカップは鳥へ姿を変えた。

簡単な使い魔を作る魔法だが、手順をいくつか省略しているため、そう長くはもたないだろう。

ユーリは他の人間には解読できない古い文字を用いて手紙を書き、使い魔の足に結んだ。


「頼むわよ。なんとか彼女を見つけて、この手紙を届けてちょうだい」


ユーリはこっそりと窓から鳥を放った。

イライアのことも心配だが、五星団の命令でロアを追っているのなら、学校へ手は出してこないだろう。

そうしたある種当然でありながら、甘い考えを浮かべていたのだ。






――――イライアが目にしたのは、床に倒れ伏す級友たちの姿だった。

最初、何が起こっているのかわからなかった。

眩暈と頭痛がして、吐き気がして、壁に手をつく。

身体の芯が冷えていく感覚がする。


「……う、うぇ、なに、これ」


視界が歪む。

耳鳴りがする。


今にも途切れそうになる意識を繋ぎ止めていると、何かに背中を引っ張られて、乱暴に教室から廊下へ引っ張り出された。


「痛っ!」

「あっ、ごめん! イライアちゃんは無事?」


素早く扉を閉めてそう言ったのはシーリントルだった。


「な、何よこれ」

「わからない。私もさっき来たんだ。ここだけじゃなくて、他の教室も先生たちも、みんな同じ状態だった。死んではなかったけど、眠っているみたい。……立てそう?」

「え、ええ。でもさっきのは……」

「毒、かな。たぶん、そんな気がする。絶対、良いものじゃない」


シーリントルは教室を睨みつけている。

彼女だけに見えている何かがあるのだろうか。


「……起きたらユーリさんもいなかった。昨日の夜に何かあったかもしれない」

「大ばあさまは?」

「大丈夫だったよ」


イライアはふらふらとしながらも立ち上がった。

何かがおかしい。

違和感の正体を探ることに全神経を集中させる。

そう、いつもと違うことがあるのだ。


「今の状況が異常事態だってことはわかったわ。でも、ここから出るのはまだ早いわよ」

「どうして?」

「だって、変じゃない? ――どうしてみんなが教室にいるの?」

「……え?」


シーリントルはきょとんとしている。


「ちょっと冷静になったの。本当なら、いつもこの時間に登校している生徒は、私だけなのよ」

「どういう意味?」

「あなた、時計は読める?」

「あっ、そっか」


そう、まだ始業まで時間がある。

そして、本来ならイライアは朝の練習をしている時間なのだ。

今日はたまたま、昨日の疲れが抜けきれていなかったから、練習をせずに教室へ向かった。


いつもなら、この時間には先生も生徒も来ていない。

ではなぜ、ここにこれだけの人が倒れているのか。


「考えたくない仮説だけど、私たち、罠にかかったんじゃないかしら」


学校そのものへ魔法がかかっていたのか。

それとも、どこかで誰かにかけられたのか。


図書館で読んだ幻覚の魔法に状況が似ている。

魔法で偽物の教室を見せられている可能性は、充分にある。


「昨晩、私の他に誰かに会った?」

「ううん、会ってない。イライアちゃんも?」

「帰ってすぐ眠ったわ。それから今まであなた以外に会っていない」

「じゃあ、どうやって……」


もし記憶を奪われるような魔法を受けていたら、ここへ向かうまでの道筋で不明瞭な部分があるはずだが、それもない。

ならば、今この瞬間にかけられたと考えるのが自然だろう。


「ねえ、シーリントル。あなたはいつここに来たの?」

「それはさっきだって……」

「さっきって、いつ? 毒ガスが充満する前? 後?」

「それは……」

「私ね、あなたをとても信用しているの。だから、校舎がやけに静かで、倒れている人がたくさんいる中で、偶然教室に入った私を見かけて助けるなんてこと、しないと思うの。だって、明らかに胡散臭いこの現場の、唯一の目撃者である自分まで倒れたら、誰がみんなを助けるの? あなたは頭がいいから、絶対にやらない。救う手段を持っているはずのロアに伝えることを最優先に考えるんじゃない?」

「買いかぶりすぎだよ。私はイライアちゃんを助けようと思って……」

「じゃあ、もうひとつ。あなたは他の教室を見て回って、職員室も見て、毒ガスであるとも見抜いた。なのに、外へ行かなかったのはなぜ? ガスだって分かったのに窓を開けなかった理由は? 廊下は安全だと知っていたんじゃないの?」


イライアは密かに右手の指輪に魔力を込める。

シーリントルは俯いて、何の返事もしない。


「あなた、シーリントルじゃないわね。誰?」


直後、視界が歪む。

廊下の壁も床も歪んで、気がついたらグラウンドにいた。

シーリントルの姿が消えて、そこに現れたのは、いつもこの学校で掃除婦をしていたミセス=マーガレットだった。


「そんな、あなたが……」

「お見事。さすがシュナ理事長の血筋ね」


マーガレットはいつもの曲がった腰もどこへやら、背筋は伸びていて、とても老齢の女性とは思えないくらい、ちゃんと立っていた。


「……あなた誰? マーガレットはもう腰が上がらないと言っていたわ! あなたは誰なの!?」

「イライア。私がマーガレットよ。正確には、三代目になるわね」

「三代目……?」


マーガレットの容姿がみるみるうちに変化していく。

そこにいたのは、年のころ二十前後の若い女性だった。


「そうよ。私はあの人が失敗した時のための保険。まったく、守護者の老人がくたばるまでにこんなに人材を使い潰されるなんて、私も思わなかったわ」

「ちょっと、何の話をしているの!?」

「わからない? あなたの指輪のことよ。みんなそれを欲しがっている。なのに、いつまでたってもシュナが死なないものだから、前任のふたりは辞めたのよ。務めながら外見の年齢を重ねていけば、そう違和感はなかったでしょう? とはいえ、あなたと接したことのあるマーガレットは私だけなのだけれど」


マーガレットは聞いたことのない甲高い笑い声を発した。

高慢さと傲慢さを感じる、耳障りな声だ。


「この指輪が何なのよ。あなたに関係ないでしょう?」

「それがあるのよ。二度は言わないわ。それを渡しなさい。そうすればすぐに全部元通りになる。あなたは今まで通りに学校へ通えるし、目障りな魔女とその犬もこの町を出て行くわ」

「目障りな魔女とその犬……?」

「ああ、アレにも名前があったかしら。覚えてないけど」


ロアとシーリントルのことを言っているのか?

そう思った瞬間、イライアは感情がふつふつと煮えたぎるのを感じていた。

抑えきれなくなった魔力が身体から溢れ、バチバチと音を立てている。


威圧には充分だったようで、マーガレットは数歩下がった。


「そう、そう。もういいわ。もう怒った。あなたを捕まえて、全部話してもらうわ。マーガレット、あなたには感謝をしている。だけど、今日でお別れよ」

「学生風情に何ができるのよ」

「見せてあげるわよ! 九式雷魔法、参の雷撃『軽雷』!」


イライアは昨晩のことを思い出しながら、雷の矢を精製する。

無数に浮かぶう雷の矢を見て、彼女はさぞ驚いているだろうと思い、視線を向けると、彼女はあざ笑うような表情を浮かべていた。


「それが毎朝の鍛錬の成果なの? やっぱりあなた才能がないわね」

「……え」


雷の矢は一本も浮かんでいなかった。

数本の、弱々しい電気の糸くずが、イライアからつかず離れずの距離で浮かんでいる。


(――昨日魔法を使いすぎたんだ!)


魔法の使い過ぎによる、魔力切れ。

簡潔で解決不可能な、魔法使いの致命的な欠点。

あれだけの魔力消費をしてしまうと、一晩寝たくらいでは戻らないのだ。

そんなことでさえ、感情の昂りによってすっかり忘れていた。


「イライア、哀れな娘よ。あなたは我々に歯向かうにはあまりに弱すぎる。指輪を渡しなさい。私も暴力は苦手だから、できればあなたに苦痛を与えたくない」

「……やってみなさいよ。私はあなたに指輪を渡さない。こんなやり方をする人には、渡せない」

「強情な……!」


マーガレットが杖を振ると、地面から茨が生えてイライアを取り囲んだ。


「そんなの、どうせ幻でしょ? 学校の幻を出せるくらいだもの。これくらいできるわよね」

「……幻は時に現実を凌駕する」


じわじわと、トゲだらけの茨がイライアの身体に食い込んでいく。

彼女は呪文を唱えなかった。

だから、これは幻で間違いない。

なのに――――。


「くっ、うっ、ああ……!」


腕に突き刺さる痛み、傷の熱さ、滴る血の感触。

全てが本物のように、鮮やかに感じられる。


「指輪を渡すまで、この苦痛は止まない。さあ、渡しなさい」

「この、程度で、私が降参するとでも思って――――うあっ!」


茨が腕を這いあがり、絞めつける。

わけがわからないほどの痛みが襲いきて、イライアは吐き気を必死にこらえた。


「苦しいでしょう? イライア、あなたが指輪さえ渡せば、その苦痛からは解放されるのよ」

「ふ、ふふ、ふふふ」


イライアは苦痛とは裏腹に、こらえきれない笑い声を漏らす。


「……あーあ、痛みに耐えられなくて頭がおかしくなってしまったのね。だから嫌なのよ、拷問って」


マーガレットがイライアへ近寄り、顎を掴んで顔を上げさせる。

イライアは口を引きつらせて笑みを見せていた。


「――耐えられない? 違うわ。これくらい、何よ。私はずっと我慢してきた。あなたには想像もできないような色んなことを。体が痛いとか、そんなことで上回ることのできないことよ」

「フン、強がりね」

「諦めて死んでしまうことを選ばなかった者の強さを、あなたは知らない。こんな程度の痛みじゃ、たとえ五臓六腑を引きずり出されたって、私は屈しない」

「……じゃあ、お望み通り、死にたくなるような苦しみを与えてあげる。殺してくれと懇願したくなるような責め苦を味わうがいいわ」


茨がまた蠢き、今度はイライアの全身を包み始めた。

全身に針を突き刺すような痛みが走る。


――しかし、イライアに恐怖はなかった。

彼女の作り出した幻は、魔法ゆえに、彼女の想像した以上の苦痛を生むことができない。

それはイライアがこれまでに体験したことのある痛みを超えないものだと判断した。


(馬鹿正直に私の体を痛めつけるがいいわ。さっさと指輪を奪っておくべきだったって、後悔させてやる)


イライアは、焦る様子を見せるマーガレットの姿を見つめながら、沈み込むようにして茨の中へと姿を消した。


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