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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
34/86

興味をそそる

イライアたちが出て行った後、ユーリは夕食の片づけをして、シュナの様子を見るため寝室へ行った。


――シュナへ仕えて、もう二十年になるだろうか。

イライアが生まれたころは、まだ本家の屋敷でメイドたちを束ねていて、メイド長などと呼ばれていた。


シュナは、自分の心臓が悪いことが分かると、すぐに学校のあるこの町へ引っ越したいと言って出て来た。

ユーリは彼女が他人の手を煩わせることを嫌っていたことを知っていたため、せめて自分だけでもと説得してついてきたのだ。


ユーリも不安がなかったわけではない。

しかし、シュナとふたりで暮らすことになるのは名誉なことだ。

その最後を看取ることになるだろうとは、事前に彼女からも聞かされていた。

だからすでに主を失う覚悟も、その後の準備も常に済ませてある。

――その、予定だった。


ベッドの中で死んだように眠るシュナの顔は月明かりに照らされて、きらきらと輝いている。

ユーリは手にした五芒星のペンダントを強く握った。


(こんなところで計画が狂うなんて……!)


まさか、彼女が死ぬ前に指輪をイライアへ譲るとは思っていなかった。

ユーリから見ても、イライアは一族で前例がないほど魔法の下手な子供だったからだ。


土の魔力大結晶の指輪は、彼女の死後、こっそりと抜き取るつもりだったのだ。

それが五星団から与えられたユーリの一生をかけた使命だった。


シュナへは本気で仕えている。

偉大であり、尊敬できる人間だ。

だから彼女をこの手で殺すつもりはなく、自然に息絶えるのを待とうと思った。


このままいけば、円満に指輪を手に入れられたのに、あの『天蓋の大魔女』が現れた。

彼女が本物であるかどうかは、シュナの様子からすぐ分かったし、信じられた。

むしろ、信じた上で計画を変更すべきだとは思った。


しかしそれは、口で言うほど簡単なことではない。

二十年かけた計画の最終段階で、さして大きな変更など行えない。


シュナの寝顔を見たあと、ユーリは居間へ戻った。

誰もいない暖炉の前の椅子に座り、ひと息つく。

頭が働かないのは突然の事態に驚いたせいに違いない。


今日はまだこれからロアとシーリントルが宿泊するのだから、その準備をしなくてはならない。

客室の用意はいつもしてあるため、あまりやることはないのだが、それでも子供をふたり泊めるのだから、それ相応の気遣いは必要だろう。


しばらくすると、ロアとシーリントルのふたりが帰宅した。


「戻った。すまんが風呂はあるか? 予定以上にシーリントルが汚れてしまってな。ないなら儂が何とかするのだが」

「おかえりなさい。そんなことだろうと思ってお風呂の準備はしていますよ。お嬢さまはどうでした?」

「儂の睨んだ通り、アレには才がある。使い方次第では化けるな」


ロアは嬉しそうに言う。

彼女だけに分かる何かがあったのだろう。

指輪が欲しいユーリにとっては、決して嬉しい報告ではないのだが。


シーリントルを浴室へ案内し、ロアの様子を見るために居間へ戻ると、彼女は椅子にふんぞり返って座っていた。


「お疲れのようね」

「儂は何もしておらん」

「温かいお茶は?」

「もらおう」


市場で購入した乾燥ハーブでお茶を淹れていると、それまで黙って暖炉の火を見つめていたロアが口を開いた。


「……なあ、人はどうして死ぬのだろうな」

「奥さまのことですか?」

「それも含めてな」

「あなたは死を克服したのでしょう?」

「儂はな」


彼女もシュナとは長い付き合いなのだろうから、思うところはあるのだろう。


「……若いころ、ヤツはよく言っていた。人間の生とは何を残せるか、だと。だからヤツは学び舎の道を選んだ。結局、それは正解だったのか。ヤツが死ぬまでそれはわからん。だが、死ぬことでしかわからん正解に価値はあるのか。儂は今日一日、ずっと考えていた」

「答えは出たの?」

「わからん」


ロアはユーリから受け取ったハーブティーを少し飲み、テーブルに置いた。


「お前はどう思う? 例えば、人生の全てをかけた偉業を成したとして、その後はどうしたらいい? 成果として得られるものを得るには生きてなければならんだろう」

「あなたの思う成果って、何なのですか?」

「……時間の経過により得られるもの全て、だろうか。シーリントルやイライアのような世代の違う人間も、そうかもしれんな。儂らの撒いた種が芽吹き、実を結んだ。成果物を見てみたいと思うのはそれほどおかしなことだろうか」

「私には難しい話ね……。そんなに長い期間で計画を立てたことなどありませんから」

「お前は、そうだろうな。だが、儂やシュナがやっていて、他の人間が思いつかないことなどありえない」

「それは、お昼に聞いたセンというお方のことですか?」

「だけとも言えない。儂が隠居生活をしている間に多くのことが動いていた。魔力大結晶にしろ、五星団にしろ、な。正直、興味をそそる」


ロアはその外見に似合わない邪悪な笑みを浮かべた。

背筋に悪寒が走る。

彼女はもしかして全て知っていて、自分に話しかけてきたのではないかと感じるくらいだ。


しかし、その可能性は万が一にもあり得ない。

二十年、雷の魔女シュナにも見抜けなかった計画を、今日会ったばかりの彼女に知られるはずはないからだ。

今日だって、まだおかしなところは見せていない。

いつも通り家事をして、いつも通り客人の応対をした。

彼女には分かるはずがないのだ。


「ロアちゃん! お風呂あがったよ!」

「おう。お前、髪がびしょぬれじゃないか。暖炉の前で乾かせ」


シーリントルが現れて空気が和み、ユーリはホッとした。


「ロアちゃんも入るんでしょ?」

「いや儂は入らん。代謝機能が普通の生物とは異なるのでな。汗や皮脂などの汚れが溜まらんようになっている」

「でも砂埃とかは?」

「それは、まあ、あとでサラマンダーを使って焼けばいい」

「ダメだよ。焼いても匂いは消えないよ。お風呂入りなよ」

「うー……」


シーリントルから背中を押され、ロアは浴室へ消えていく。


「そうだ、ユーリ。風呂の前にもうひとつだけ聞きたい」

「はい?」

「――センと接触はしなかったか?」

「……していませんが」

「そうか」


それだけ言うと、ロアはシーリントルと共にいなくなった。

どういう意図があったのかわからなかったが、今の言葉に嘘はない。


ユーリも五星団の構成員を全て把握しているわけではないが、彼女の話を聞く限り、センという男はユーリの所属する五星団とは別の勢力だ。

五星団なら間違っても町の人に被害が出るような騒ぎは起こさないだろう。


しかし、ひとつ気がかりがある。

ノークロースの町には五星団の最高幹部のひとりであるジュイチがいるため、大きな事件があればユーリのように魔力大結晶を近くで見守る特殊構成員へ伝達があるはずなのだ。

だから、こちらには何の連絡も入っていないことには違和感がある。


(一体、何が起こっているのかしら……)


五星団が魔力大結晶を手に入れようとしているところまでしか聞いていないユーリには、全体像は掴めない。

わからないならわからないなりに、自分の任務の遂行を一番に考えるべきだろう。


そのためには、どうにかして、指輪をイライアから奪取しなくてはならない。


思い悩んでいると、窓ガラスをコンコンと叩く音が聞こえた。

こんな夜更けに誰だろう、と表の扉を開くと、黒づくめの装束を着た者が立っていた。


「どなたですか?」


ユーリの言葉には答えず、彼は一枚の封筒を彼女に手渡した。

宛先も差出人も書かれていないその封筒にされた封蝋に描かれているのは中心に目の描かれた五芒星。

五星団の密書である証だ。


視線を上げると、いつの間にか彼は消えていた。

密書を懐に仕舞い込むと、背後から声をかけられた。

ロアはシーリントルに風呂に入れられたが、よほど嫌だったのか、最低限のことだけやって出て来たようだった。


「誰か来たのか?」

「い、いえ。ノックされたような気がして扉を開いたのですが、誰もいませんでした。きっと風の音でしょう」

「そうか。まあ、海風というものは激しいからな。シーリントルの寝床を作ってやってくれ。儂は体の都合で眠らんから、夜の町を散歩でもしてこようと思う。朝には戻って来る」


そう言うと、ロアは一枚のマントを羽織って、ユーリの隣を抜けて夜闇の中へ消えていった。

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