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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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精霊舞踏を始める


「――――精霊舞踏せいれいぶとう?」


馬車の車輪の音にかき消されないくらいの声で、シーリントルは口なじみのない言葉をそのまま繰り返した。


「うむ。精霊舞踊せいれいぶようとも言う。複数人の精霊術師が各々の精霊を舞わせ、煌びやかな踊りを見せる催しだ。これを行えば、我々の評価は天高いものとなり、凡人どもは地にひれ伏すだろう」


ロアは背伸びして手を高く掲げる。

初耳だし、よく知らないが、そこまでのことなのか。

そして、言いたいことはわかるのだが、具体的な様子が頭の中に浮かばない。


「私のウィル・オ・ウィスプくらいじゃそんなこと……」

「誰がお前の精霊を使うと言った。やるのはお前だ」

「へ?」

「新しい方法を思いついた」


ロアは懐から木の仮面を取り出す。

オオカミの顔を模してあり、目のところには小さな穴が空いている。


「どうだ。儂も器用なものだろう」

「作ったの?」

「夜の間、暇なのでな」


寝ずに過ごす夜はどれだけ長いことだろう。

シーリントルは夜な夜な作業をするロアを想像しながら、木の面を受け取った。


木材の種類はわからないものの、防腐剤でも塗ってあるのか、独特な匂いが鼻をつく。

仮面の表面はささくれひとつなく、滑らかに磨かれており、とても手のこんでいることはわかる。

しかし彼女の作ったものにしてはやけにシンプルに思えた。


「これって、普通の仮面?」

「ああ、それは本当にただの木だ。何の魔法も使っていないぞ。何か期待したか?」


シーリントルは素直に頷く。

彼女のやることで特別でないものがあるのか、と逆に驚くくらいだ。


「なに、特別なことは必要ないのだ。それはただ顔を隠すためのものだからな。ノークロースにいた時、病院で滅鬼と戦っただろう。あれと同じようなことをもう一度やればいいのだ」


彼女は簡単に言ってのける。

滅鬼と戦った時、体は勝手に動いた。

無我夢中だったせいで、あまり何も覚えていない。


「自信ないなあ。私にできるかな」

「マーナガルムとかいう精霊はたしかにお前の中にある。怒りの感情と共に分断されてはいるものの、お前とマーナガルムはひとつの生命体なのだ。お前は幸い、暗示の効きやすい方だ。仮面というものは人を変える。お前がお前の感覚のままにお前の体を動かすことは、思っているよりも容易なことかもしれんぞ」


何だか小難しい言い回しで丸め込まれているような気がして、シーリントルは仮面をじっと見つめた。


「ともかく、人はそう簡単に体に刻まれた記憶を失くしたりはしない。たとえ頭の方が忘れていても、な」


馬車が大きくガタンと揺れた。






シーリントルの放つ熱気は、次第に中庭全体へと広がっていた。

イライアもこれほどの魔力的な圧力を感じたことはあまりない。

それこそ、曾祖母がまだ元気だったころに一度見せてもらったくらいだ。


校舎の窓に、異変を感じた見物人が見える。

この熱気は建物まで伝わっているのだろうか。


「――これより精霊舞踏を始める!」


ロアが、パン、と手を叩く。


滅鬼と呼ばれた石でできているような人型の精霊が、シーリントルへゆっくりと近づいていく。

半身になって左腕を軽く上げると、シーリントルも同じ型をとった。


ふたりは同時に動き始める。

それは、舞踏というにはあまりに荒々しく、雄々しく、そして美しく流麗であった。


イライアは自分の知識不足を恨んだ。

今目の前で、自分の認識できる以上のことがここでは行われているのに、その全てを理解することができない歯痒さを感じていた。


彼らの腕や脚が緩やかにぶつかり合うたび、細かい火の粉と水しぶきが一瞬だけ破裂し、まるで花火のように散る。

それを可能にしているのは、ロアの背後にいつの間にか従えられている二体の精霊だ。


さっきの水の精霊――ウンディーネと、新たに姿を現したトカゲの形をした火の精霊。

数は知識のない者への分かりやすい指標となる。

いや、ここはロアのパフォーマンスが素晴らしいものだったことの方が大きいのだろう。


いつもは自分の学力や魔法の力に自信を持って、胸を張って、大人すら見下しているような少年や少女たちが、今やただの子供のように目を輝かせ開いた口を閉じることすらせず、祭りの出し物のような煌びやかな演舞に心を奪われている。

イライアも例外ではなく、しばしそれがロアの策略であることも忘れて没頭していた。


やがて、ロアたちの精霊舞踏が終わり、皆は教師の指示に従って、無言で教室へと帰って行く。

まるで素晴らしい美術展を観賞した帰り道のように、軽率な感想でさえ口にすることができず、どう言葉にしたらいいのかわからないに違いない。


それはイライアもそうだ。

この場にいた学生で、彼女たちの行いを解説できるだけの知識のある者がいない。


ただ、その凄さだけは心に伝わった。

難癖をつけるために集まった自称批評家たちが想像していた以上に度肝を抜かれてしまい、全員がただの観客にされてしまった。


そんな雰囲気のまま始まった午前中の授業は、多少の緊張感をはらみながらも、いつも通りに滞りなく進んだ。

そして徐々に興奮の咀嚼が終わってくると、この教室の中心人物であるイライアが、そのわだかまりを解消すべき使命を与えられたことを無言の圧力によって感じる。


(なんで私がこんなことを……)


イライアは不満に思いながらも、休み時間に彼女たちへ接触することを試みた。

自信の興味も少しはあったが、彼女たちから話を引き出そうと考えを巡らせるのは正直なところ心が折れてしまいそうだった。


どう考えてもこちらが上手をとれるとは思えなかったからだ。

見透かされた心理戦ほど馬鹿げたことはない。


しかしながら、幸運にもロアとは初対面ではないし、シーリントルも勝気な子には見えないから、交流を試みるくらいのことはできるはずだ。

近くで見ると、やっぱり普通の初等部の子にしか見えず、イライアは言葉を選びながらも話しかけた。


「ごきげんよう。ロアさん、シーリントルさん。私はイライア。以後、お見知りおきを」


一礼すると、ロアは手を差し出して握手を求め、イライアも流れのままに手を握る。


「おう、短い間だが世話になる。早速だが、儂はこれから少し用事があってな。お前、シーリントルを預かってはくれないか?」

「え?」

「え?」


イライアもさることながら、当のシーリントルもきょとんとしている。


「放課後には戻って来るつもりだが、ここに着いた以上、早めに挨拶をしておかねばならない相手がいるのだ」


ロアは面倒くさそうに言う。


(なるほどね。やっぱり、縁故ってことかしら)


イライアは確信を持った。

自分もそうなのだから、否定するつもりはないが彼女たちが才能だけで入ってきていないことに少々落胆した。


「じゃあな」

「……え、あの、ちょっと!?」


ロアはイライアの返事も待たず、悠々と去って行った。

どこまで自分勝手な人なのだろう、と先程までの感動も一気に失った。


「……ねえ、あの人って、いつもあんなに自由なの?」

「まあ、だいたい……」

「あなたも苦労しているのね……」


イライアはシーリントルに同情して、ため息をついた。


「一緒にご飯食べる?」

「は、はい。いいんですか?」


シーリントルの視線は、遠巻きにこちらの様子を伺っている同級生たちに向いている。


ほとんど全員が、あからさまにこちらを見ている――監視しているのだ。

これが貴族による庶民の弾圧でなくて何なのだろう。

こんな場所で踏み込んだ話などできるものか。


(こっちもこっちで……。なんて大人気ない人たちなの?)


イライアは同級生たちに苛立ちを覚えつつもそれを隠し、優しい笑みを浮かべてシーリントルへ言った。


「大丈夫よ。でもここだと人の視線が気になるから、校舎の外に移動しましょうか」


シーリントルは、おずおずと頷いた。






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