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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 上辻樹
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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あの子は私よりも

朝の日課も終え、学生たちも登校する時間になり始めたころ、イライアは何事もなかったかのように、教室へ向かった。

助言のような邪魔のようなよくわからないものをもらってから、ずっと心がモヤついていて集中できなかった。


彼女はあの後校内で見かけることはなく、ミセスマーガレットとも会わなかったため、きっと自力で解決できたのだろう。

しかしそれにしても、怪しい少女だった。


具体的にどこが怪しかったのかと言われたら何も答えられないが、纏う雰囲気が普通の人とは違い、イライアの直感が危険信号を発していたのだ。

まるで曾祖母と初めて話した時のような――――。


「おはようございます。イライアさま」


急に横から声をかけられ、イライアは現実に引き戻された。


「……ごきげんよう。シャロミー、ハリエット」

「どうかなさいましたか?」

「いえ、何もないわ」


学校にいる時はいつも彼女らふたりが、イライアについて回っている。

荷物を持とうとしたり、使い走りをしようとしたりする。


イライアは一度もそんなことを頼んだ覚えはない。

自分のことは自分でできると証明するために家を出たのだということを忘れないためにも、他人を顎で使うようなことはあってはならないと思っていた。


そしてさらに、その純粋な尊敬のまなざしが、イライアの自尊心をさらにちくりと刺す。

いっそ、誰からも支持されない方が、気楽に自分のことだけに集中できる。


決して孤独が好きなわけではない。

しかし、周囲の過剰な期待の重圧に耐えられるほど、イライアは強くなかった。


朝の授業を担当する教諭が来て、その後ろには、今朝会った銀髪の不思議な少女ともうひとり同じ年ごろで眼鏡をかけた桃色の瞳をした少女がついてきていた。


(そう言えば転入って言っていたけれど、もしかして、この教室に?)


イライアは十五歳で、もうじき中等部を終える。

しかし彼女たちはどうみても幼く、とうてい同じ年齢には見えない。


飛び級という制度もあるが、それならば転入という手段を用いてきたことに違和感がある。

彼女たちなりに事情があるのかもしれないが。


疑問を抱いているのはイライアだけではないようで、教室全体がざわついていた。


「静粛に! 彼女たちは特別な事情でこの教室へ編入されます。極めて個人的な事情であるため、余計な詮索はしないように!」


先生がそう言っても、皆のざわつきは収まらない。


(みんなを納得させる理由には、なっていないわね……)


それはそのはずで、この場にいるのは、激しい競争に勝ち抜いてきたエリートなのだ。

どこから来たのか、どれくらいの才能を持つのかわからない人間がこの場にいることを簡単に許せるものか。

他のみんなが考えているのは、きっとそんなところだろう。


イライアの取り巻きのふたりは見るからに苛ついていて、ハリエットなどはわざとらしく爪を噛んでいる。


「イライアさま。あのような者、この学校に相応しくありませんよね?」


シャロミーが小声で耳打ちしてくる。

こうやって意見の同意を求められるのは、本当に嫌いだ。


イライアが反対の意見を言ったらどうするつもりなのだろうか。

それとも、言えないことをわかってやっているのだろうか。


「……シャロミー。そのようなことを言うものではありません」

「でも、どうせコネですよ。あんなに小さいし、それも半年の滞在のために編入するだなんて、私たちを侮辱しています」

「それを侮辱と感じる理由が私にはわかりかねます」


イライアはぴしゃりと言う。

そもそも自分が曾祖母のコネで入学したこともあり、そういう話題には人一倍敏感であった。


(――だとしても、あの子は私よりも……)


銀髪の少女は、イライアの雷魔法に対して多少なりとも理解を示していた。

たったそれだけでも、この場にいるほとんどの人間よりは、魔法に精通していることがわかる。


自分が使えない魔法の知識へ情熱を注げることは、限られた時間で研鑽を積むことを余儀なくされている魔法使いにとって特異なことである。

特に雷の魔法など、一子相伝の特殊な魔法をどうやって学ぶことができようか。


「あー、すまん。少し話をしてもいいか?」

「え、ええ。どうぞ」


銀髪で紅の瞳の少女は先生に許可をとり、教壇に立つ。

教卓から顔を覗かせようにも頭の半分しか見えないことに気がついて、彼女は何の躊躇もなくその上に立った。


「お初にお目にかかる。儂はロア、こっちのがシーリントルだ。さて、急な転入によってお前たちを驚かせてしまって本当にすまなく思っている」


全く臆することのない尊大な態度に、教室内が違う意味でざわつき始める。

この中には『お前』呼ばわりされたことのない者もたくさんいるはずだ。


「お前たちも我々がこの学び舎に相応しいか気になっているところだろう。そこで、だ。少しばかり、我々の実力の程を見せてやりたいと思っている。反対意見のあるものはいるか?」


彼女は流れるようにとんでもないことを口にした。

自分に対する疑念が沸くことを事前に計算しており、その上で反論をねじ伏せようとしているのだ。

それは完全な宣戦布告だった。


(でも、そんなに簡単なことじゃ……)


通常の魔法学校ならともかく、実力主義のこの学校だ。

半端なものでは納得どころか更なる反感を買うだけになってしまう。

理解してやっているのなら大した自信と胆力だ。


「……反対する者はおらんようだな。では、校庭に集合しろ」


彼女はいやらしい笑みを浮かべてそう言うと、教卓から飛び降りた。






授業の時間であるにも関わらず、先生を含めたクラスの全員が校庭に集まった。

それは先生ですら、彼女のことを詳しく聞いていないことの証拠でもある。


一体何をするのだろう、とイライアは緊張で痛くなる胸を抑えながら、彼女を見た。

ロアから不敵な笑みが消えることはないが、その背後にいるシーリントルは青ざめた顔をしていた。

それを見て、イライアも少し安心する。

この空間に何の重圧も感じていないかのようなふるまいを見せられる、異常な精神構造をしているのはロアだけのようだ。


「さあ、まずは儂にできることを見せてやろう! ウンディーネ!」


彼女が命じると、地面から一メートルほどの水柱が緩やかに上がり、やがて女性の形を成した。


「精霊? 時代遅れな魔女ですこと!」


イライアのとなりでハリエットがわざとらしく嘲笑する。

しかしイライアはそれを咎めることはなく、聞き流した。


精霊を見慣れていない者にはあの精度の高さが分からないのも無理はない。

精霊というもの――日常的に見られる精霊全般――は、とにかく単純な形をしているものだ。

それは球であったり箱であったり、とにかく無機質で、生物的な特徴を持つものは珍しい。


図書館の蔵書なら獣の姿をした精霊もいくつか載っているものがあるくらいで、つまりはそれくらいに人目にはふれないものなのだ。

授業で取り扱われないとはいえ、エリートを自称するシュナ魔法学校の生徒でも普通はその程度の知識と認識しか持っていない。


この中でもロアの精霊ウンディーネの異様さに驚いているのは、二、三人といったところだろう。

知識がなくては驚くことすら困難な領域なのだ。


そしてイライアにはもうひとつ難解なことがあった。


(この精霊は一体どうして女性の姿を……?)


精霊は鏡のようなものだ。

水場に関係あるものの姿であれば、人ではなく魚や両生類になるはずだ。

でなければ、彼女はこの精霊を自分で作ったとしか考えられない。


それに女性の姿を持つ精霊として最も有名なのはエルフだが、エルフほどの生理的な嫌悪は感じられず、むしろ母性を強調しているような気がする。

纏う魔力の滑らかさや柔らかさがそういった印象をもたらすのだろうか。


「濡れたくない者は離れておけ」


警告もそこそこに、ロアはウンディーネに目だけで命令を送る。


(合図だけで精霊を動かせるの?)


そういえば、召喚の際にも杖は使っていなかった。

イライアは初めて見る本物の天才に胸が高鳴った。


四本の水の柱が高く吹きあがり、飛沫がかかって悲鳴があがる。

そんな中で、イライアはまばたきすら忘れて、その現象をじっと見ていた。

起こっていることを理解しようと頭をフル回転させているのだが、非現実的すぎて眩暈がしそうだ。


「ふん、たったそれだけのことで、何を得意げにしているのかしら」


シャロミーが我慢できなくなったのか突っかかる。


「いい? ここにいらっしゃるイライアさまは唯一無二の雷の魔法を使えます。水の精霊だか何だか知らないけど、その派手な演出に学術的な価値がありまして?」


ウンディーネの技術に感心しており、急に引きあいに出されたイライアはたまったものではない。

しかしロアはシャロミーの反応も予測していたようで、人さし指を立てて口元にあて、無言で彼女を黙らせた。


「これはただの準備だ。これより『精霊舞踏』を行う」

「精霊舞踏?」


シャロミーが首を傾げてイライアを見る。

恐らくは聞いたこともないのだろう。

それを見て、ロアはイライアに向かって意地悪そうに笑いかけた。


「聞いたことはあるか? 何分古いからな。知らなくても当たり前だが」

「……精霊舞踏とは、百年ほど前に主流だった魔術の芸ですわ。精霊術師たちが互いの精霊を舞わせ、いかに精密な動きができるか競い合うもの、だと認識していますが……」


イライアは記憶の片隅から引き出しながら、恐る恐る言葉にする。

明らかに自分よりも知っている相手に説明することほど怖いことはない。

正直、生きた心地がしないくらいだ。


「自信がなさそうだな。何か疑問があるのか?」

「いえ、文献によっては表記に若干の違いのあるものですから、私の認識が正しいものであるか、正直に申しますと、わかりません」

「よろしい」


ロアは満足したように頷く。

まるで精霊術の教員ではないか。


「シーリントル、出番だ」


それまで大人しくしていた眼鏡の子が、恥ずかしそうに水柱で囲われた中央へ歩み出た。


「あ、あの、えっと、はじめまして。シーリントルといいます」


緊張しているのか、声が上ずっている。

彼女も少女だが、ロアと同じくらいの術師なのだろうか。


「わ、私はロアちゃんみたいな精霊術師とはちょっと違くて『精霊纏い』というものをします。精霊纏いというのは、精霊を体の中に入れて、その特徴をちょっと借りることで、魔法のような現象を起こすことを言います。これからそれを使って、ロアちゃんの精霊と、精霊舞踏を行います」


たどたどしく説明して、ロアの方へ視線を送る。

ロアはまた大きく頷く。


「――と、いうことだ。儂が舞踏に使う精霊はこいつだ」


地面が盛り上がり、騎士のような体躯に二本の角が生えた精霊が現れた。

表面は鈍色の滑らかな石でできており、角のうちの一本は半分ほど切断されている。


兜の隙間から目は覗けず、ただ暗黒が広がっている。

腰には立派な一本の刀剣が携えられており、全体を見るに、戦うための精霊であることはすぐにわかった。


しかし、ここでもまた、常識はずれなことが起こっている。

二体目の精霊を、ロアは当然のように出現させた。


(精霊って、ひとりにひとつの契約しかできないはずなのに……)


イライアにはもうどこから驚けばいいのかすらもわからなくなり、ただただ絶句することしかできない。

精霊を二種類出したことで、他の生徒にもその異様さが理解できたのか、先程とは違い恐ろしく静まり返っている。


「では、精霊纏いを見せる。シーリントル」

「はい」


返事と共に、彼女は眼鏡を外して上着のポケットにしまうと、目を閉じて集中を始めた。

じわじわと大気に揺らぎが起こる。

彼女の周りだけ温度が高いのか、暑い夏の日のように、水蒸気のうねりが見える。


イライアの知っている精霊纏いは、人体に悪影響を及ぼす危険な技だ。

理由は単純で、人間の体は火に耐えられるようにはできていないし、それはもちろん水も風も土もそうだ。


精霊とは本質が形を成したものであって、魔法の代わりを務めるための存在ではない。

その前提がありながら、彼女はあの小さな体で精霊纏いを行おうとしている。

何の精霊であれば、人間の体を扱うことができるのだろう。


――答えはすぐに出た。

イライアは他人より少しだけ直感が鋭い。

これは雷の魔力が体に流れているせいなのだが、シーリントルから感じていた磁場が、急激に変化した。

そこにいるのが人間ではない、と結論を出すのに充分な変化だ。


その理屈は一切わからないものの、一生に一度も見られないことが、今目の前で起ころうとしていることだけが、たしかにわかる。


獣か、人か。

彼女に宿ったものが、ゆっくりと顔をあげる。


いつの間にか彼女は、オオカミの面を被っていた。




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