助けてくれ
茫然自失、とはこのことだろうか。
自慢ではないが、儂はここ数十年、周囲の森から出ていない。
生活に必要なものを全て、精霊の力に頼っていたからだ。
したがって、町がどの方向にあるのか、覚えていない。
夜闇の中、焼け焦げた木材の上に座り、ため息をついた。
部屋着として使っていたローブも予備の衣服も燃えてしまったため、今身につけているかぼちゃパンツとキャミソールしかない。
食事は、不死だから必要ない。
いや、まったくないわけではないが、栄養分だけを吸収すればいいので、経口摂取の必要がないのだ。
しかし服装がこれでは他の人間に会うこともままならない。
大事にされたくもないし、できれば目立たない格好をしたい。
「さて!」
吹っ切るようにして、勢いよく立ち上がる。
もうじき夜が明ける。
何事もいい方向へ考えよう。
ちょうどよかったのだ。
目的も達したし、モノがモノだけに、他の誰かへ製法を渡すわけにもいかない。
薬の製法も屋敷の思い出も儂の脳内だけにあれば良いのだ。
見方によっては、背中を押してくれているとも考えられる。
何が、誰が、などとそのようなことは考えない。
全ては星の巡り合わせだ。
幸い、時間だけは無限にあるし、歩き続ければいつかどこかへ着けるだろう。
「我が呼びかけに応えよ、サラマンダー」
ボッと炎が上がって、地面に赤茶色の大きなトカゲが姿を現した。
四大元素のうち、火を司る精霊のサラマンダーだ。
とにかく、まずは服を作ろう。
「サラマンダー、儂に似合う服を作れ」
そう支持すると、彼は戸惑った様子を見せた。
服など作ったことがないのだから、それはそのはずだ。
しかし、やる前からできないと決めつけるのもいかがなものかと儂は思う。
時には信じることも重要だ。
儂の命令に困惑ながらも、サラマンダーは火を操り始める。
そう時間もかからないうちに、火でできあがった衣が儂の身体を覆った。
仄かに暖かさも感じる、メラメラと燃える衣服。
明るさもあり、暗い夜道でも照らしてくれることだろう。
しかし――。
「着られるか! 森の中が火事になるわ!」
飛び散った火の粉が周囲の草を焦がしている。
これを着て歩けば儂自身が歩く火種になってしまうだろう。
「もうよい! 次、我が呼びかけに応えよ、ウンディーネ!」
地面から水柱が上がり、その水が固まって女性のような形をとる。
水を司る精霊のウンディーネは、優しく微笑んでいる。
「ウンディーネ、儂に似合う服を作れ」
彼女は頷くと、一瞬のうちに、儂の身体を水で覆った。
限りなく薄く、肌にまとわりつく感覚は、まるでシルクのようだ。
これならば森に火をつけることもなく、軽くて疲れることもない。
だが、問題はある。
「限りなく服に近いが、透けておるなぁ! 肌着丸見えではないか!」
そう、この服の透明度は、ほとんど浅い水面のようなものだ。
これでは丸裸とほとんど変わらない。
光の角度によっては見えないようだが、そんなもの使えるか。
「貴様ら、まともな服を作れないのか!?」
精霊相手に説教をしても仕方がないとわかっていても、そう言わずにはいられない。
「次、シルフ」
雑に呼びだした風の精霊シルフは少女の姿で現れた。
「シルフ、お前は服を作れるか?」
作れ、ではなく、作れるか聞くところから始めた。
シルフは首を傾げたあと、横に振った。
「そうだろう、そうだろう。精霊に服を作れと命令することが間違っておったのだな。儂が間違っておった。それは受け入れよう。しかし、なんだ、貴様らだって人間と関わって数百年も数千年も経っておるのだろう。少しくらい記憶していてもいいのではないか?」
問うてもどうにもならない。
精霊へ、生得的な能力の他に、後天的に学習させるのは本当に大変な作業なのだ。
「どうせノームにも無理なのだろう? 土くれか硬い木の皮でできた服を着せられるのだろうな。儂の薬を作る技術では服を作ることなどできないし、この際きっぱり諦めるか。他人にこの格好を見られることもないしな。その辺の獣でも狩って、皮を剥いだ方がよっぽど可能性がある」
そう言いつつも、諦めきれずに土の精霊ノームを呼び出す。
「さて、ノームよ。服を仕立てられるか? まあ、どうせ無理だろうが――」
ノームが命令を受けて取り出した衣服は、土などではなく、黒い布に白いフリルのついた可愛らしいワンピースだった。
「……何?」
儂は一瞬、幻覚でも見せられているのかと思ったが、受け取ってみると、確かにきちんとした服だ。
魔法で生み出した木の繊維を編んであるようだが、その繊細さ故か、硬さは感じず、むしろ肌触りは綿のように滑らかだ。
元が魔法であるため、損傷を魔力の消費によって直せる性質が視える。
要するに、半永久的に使用が可能な衣服だ。
「これ、どうした?」
聞いても、言葉を話すことのできない精霊に説明することはできない。
大方、こうして儂の元へ来る前に、どこかで得た知識なのだろう。
儂はこのような服を彼の前で着たことはない。
意外にも、土の精霊ノームは、服を作る技術を持っていたのだ。
「やるじゃないか」
素直に感嘆の言葉を告げる。
精霊を使役して九十年ほどになるが、服を作らせたことなどなかったし、何もかもを失って初めて気がつくこともあるのだ。
他にも何かできることがあるかもしれない、と思うと試したい欲求が沸き起こって来る。
しかし今はそのようなことをしている場合ではない。
まずは目の前の問題をひとつずつ解決していかなくてはならない。
儂はサラマンダー以外の精霊を還して、彼にまたがった。
「とりあえずはひとつ、目標を達した。次は町を探すぞ。まずは、この辺りで一番高い場所へ行く。周囲を見渡せるからな。理解したか? さあ、一番高い場所へ向かえ」
サラマンダーは走り始めた。
歩くときの高低差がないため、肩があまり上下せず、振動も少ない。
実際のオオトカゲは人間を運ぶ力など持っていないが、精霊となれば話は別だ。
「あはははは! 速いぞ!」
景色が飛ぶような速さで、サラマンダーは這い進んだ。
肌身に風を感じたのなど、どれほどぶりだろうか。
儂の身体が小さいせいこともあり、狭いところでも気にせず進んでいく。
このようにして足に使えるのであれば、鞍を作った方がよさそうだ。
あっという間に、辺りで一番高くなっている丘の上へと着いた。
遠くの地平線まで見渡せる場所だが、周囲には森が広がるばかりだ。
ここから見える景色のほとんどは儂の敷地だ。
手入れなどはされていないが、他人に研究を邪魔をされないためには、整備のされていない敷地を潤沢に用意する必要があった。
まあ、敷地だけではなく、様々な魔力的処置もしてあるのだが。
ともかく、国やら学会やらの権威という面倒くさい肩書きと立場を持つ人間は、こんなところを通ってまで儂に干渉しようとはしてこない。
そんなに気合の入ったやつが来たのは、今まで三回だけだ。
その三度、三匹ともに儂は各々へ必要なことを仕込んだ。
ゲイザーには魔術と占星術の基本を、狂死郎には剣術を、リゲルには薬学を。
目標が見えており、足元が見えてれば、過程を導くことなど容易い。
儂の噂を聞きつけ、ここにすがるしかなかった者たちは、構うなりふりもなく、呆れるほどの貪欲さで知識を習得していき、一番早いものは十年でここを卒業した。
儂は彼らを拒絶することはなかったし、むしろ貪欲な者ほどよく好んだ。
せっかくだ。
彼らに会いに行くのもいいかもしれない。
最後に卒業した弟子が五年ほど前だ。
面白い変化を起こしていると、儂も嬉しい。
一番高い丘へ上がると、心地よい風が吹いていた。
これが追い風となることを祈り、森を見渡す。
正直に言うと、別段、自然の中で地理や方角を判別することに長けているわけではないので、見てもわかることはほとんどない。
遠くに見える山と山の間なら道が通っているだろうか、とぼんやり考える。
「お前は向こうであっていると思うか?」
サラマンダーは喉をクククと鳴らすばかりで、否定も肯定もしない。
腕を組んで大きくため息をつくと、ふと、風の中に聞き覚えのない声が聞こえた。
「……声?」
それはおかしな話だ。
ここは私有地であり、他人が勝手に入り込むことはないはずなのだ。
「声の方向、わかるか? 行け」
指示を出すと、サラマンダーは走り始める。
進むにつれて、声ははっきりと聞こえ始めた。
「助けてくれー!」
声の主は、ボロ布のような服を着た男性だった。
頬は痩せこけており、体も枯れ枝のように細身で、まるで何日も彷徨っていたような印象を受ける。
こちらを視認すると同時に、化け物でも見たような驚いた顔をしたが、すぐにサラマンダーへすがりついた。
「助けてくれ!」
「うるさい、落ち着け。何だ?」
「あ、あいつらが!」
彼が後方を指さすと、見るからに人相の悪い屈強な男達が五人ほど追ってきているのが見える。
皆、片手には鉈や斧や魔法の杖を持ち、シカの皮で作られた粗末な服を着ている。
「理由は後で聞く! お前もそこで止まれ! おい、貴様らは何だ! ここは儂の土地だぞ!」
声をかけると、男達は立ち止まった。
お互いに顔を見合わせ、その中で統率をとっていると思わしきものが、一歩前に出た。
「その男を渡せ」
「理由を述べよ。これほどの人数で追うような価値のある男か?」
「ひ、ひどい!」
「黙れ。煩わしいのは奴らも貴様も変わらん」
儂はサラマンダーから飛び降りて、男達の方へ歩み寄る。
「小娘、二度は言わんぞ。ここで死んで、森の獣の餌になるか?」
「思慮の足りんやつだな。儂のような小娘がこのような薄暗くて広い森の中にたったひとりでいる理由を考えれば、必ずしも自分たちが上であるとは限らないことなど、容易に想像がつくだろうに。それとも貴様らは、見た目で相手を判断できるほどの観察眼でも持っておるのか? ――いや、持っておらんよな。そのようなものがあれば、こうして儂と対峙することの愚かさなどとうに気がついておるだろう」
「――よく喋るガキだ。どけ」
近寄ってきた男の足が跳ね上がる。
そうやってひとたび暴力を手段に選んだのであれば、それが自分に返ってくることまでは、覚悟しなくてはならないものだ。
「え、な、なんだ……!?」
「ウンディーネの仕業だ。悪いな。こやつらは防衛本能が強くて、お前のような奴に対しては儂の言うことをあまり聞かん」
男の足は、糸のように細く伸びた水が、いくつも巻き付いていた。
まるで絞り上げるように、食い込んで行く。
「や、やめろ、俺の足が!」
「ウンディーネ」
儂が声をかけると、地面から水が集まってウンディーネの姿を作り出す。
その表情には怒りのような様相が浮かんでおり、瞳のない目で、男を睨みつけていた。
「離してやれ、問題ない」
渋々解除したものの、男は痛みに悶えた。
骨までは達していないだろうが、しばらくは動けまい。
ウンディーネは儂の背後に回って、不満気に腕を組んでいる。
「おかしな犬に乗っていると思ったら、精霊だったのか……!」
「気がつくのが遅いな。まあ、そういうことだ。儂に危害を加えようとすれば、こいつらが黙っていない。ここはおとなしく話し合いをしようではないか」
そう言って周囲を見回すと、男の仲間達が剣を捨てて杖を構えていた。
見た目も様々で、先端には輝く宝石が嵌まっている。
儂の世代では見なかった形だ。
「貴様ら、見た目と武器に随分と差があるな。やはり、ただの賊ではないな。プロか?」
「精霊を引っ込めろ」
「ははは、脅しはきかん。儂は魔法はあまり得意ではないのでな、得意なやり方でならやりあってもいいぞ」
儂は自分の杖を出すこともなく、不敵に微笑んだ。
「……嬢ちゃん、俺達もガキに舐められるわけにはいかねえんだよ」
「そうか。儂のあずかり知るところではないな」
予想外だったのか、儂の素っ気ない返事に、離れたところから様子を見ていた彼らはついに業を煮やしたようだ。
「あのガキを殺せ!」
「『ファイアボール』!!」
「『アイスキャノン』!!」
口々に簡潔な呪文を唱え、彼らの前に球体の炎や氷が浮かぶ。
どうやら昔とは違い、長々とした詠唱は必要ないようだ。
――しかし、つまらん。
儂の思ったことはそれだけだった。
詠唱がないことによって風情のないこともそうだが、球状にして飛ばすだけならば、火や氷を使用する必要はない。
石でも飛ばした方が魔力の消費も抑えられる。
儂の知らぬうちに、特性を理解せず活かすことすらできない者も魔法を行使する世の中になっているのか。
その事実には、少なからず落胆せずにはいられない。
そんな儂の想いとは関係なく、雨あられと魔法が飛びかかってきたその時だ。
儂の後方から、炎が放射状に発射され、大きな口のように上下に開くと、放たれた魔法の一切を飲み込んでしまった。
儂が振り返ると、サラマンダーが舌をペロリと出して得意気な顔をしてこちらを見ていた。
どうやらお腹が空いていたらしく、反射的に飛び出した魔法――魔力の塊を吸収してしまったようだ。
「あー……」
儂と足をやられて立てない男はその様子を茫然と見ていた。
「何をした!?」
「こんな精霊見たことがないぞ!」
サラマンダーの火炎の温度を近くで感じた彼らは、怖気づいて近寄ることも逃げることもできずにまごつく。
それはさながら、追い詰められた獲物だった。
まずい、と儂が感じた瞬間、先程よりも大きな火炎が、怯えた彼らを包み込んだ。
「サラマンダー! やめろ!!」
数秒と待たずに、山賊たちはすっかり黒焦げとなってそこに倒れていた。
怯えが発する微量の魔力は、彼の本能を刺激した。
サラマンダーは魔力を放つ彼らを食糧とみなしたのだ。
「ウンディーネ、聖水を出せ。ノームは命の葉を。シルフ、これを風で混ぜ合わせろ」
空中で、儂は手早く回復薬を作り、雑に彼らへ振りかける。
完全に死んでいなければ、精霊の力が機能して治るはずだ。
「……まったく、焦って死ぬことはないだろうに。お前はどうする? もうやめるか?」
返事はなかったが、唯一足が折れただけの軽傷で済んだ男の顔に、もう闘争の意思は見られなかった。
「――そうか。つまり、貴様らは、ここには人の目がないことをいいことに、死体を捨てに来ていたというわけか」
儂は彼らを座らせ、一段高い石の上から見下ろしていた。
逃げてきた男は、彼らから多額の借金をしていて、返せなくなって逃げ出したところを捕まり、ここで処分されるところだったらしい。
何とも迷惑な話だ。
どこで誰がどういうトラブルを起こそうが知ったことではないが、私有地に人の死体を捨てるな。
「あのな、貴様ら。まず第一に、この一帯は儂の土地だ。好き勝手にゴミを捨てていいところではない。それと、貴様。借金をしたなら返すのが筋だろう。それを放って逃げ出すなど、もってのほかだ」
「そうはいっても、こいつら、法外な利息をとるんですよ!」
まるで自分は間違っていないかのように、彼は言う。
自分が優勢になったことを感じているのか、先程までは淀んでいた桃色の瞳を輝かせている。
今気がついたが、茶色の髪に桃色の瞳とはなんとも珍しい組み合わせだ。
血筋が特殊なのだろうか。
「そんな法外な利息をとるようなところからしか借りられないお前は何だ? 自分だけまともだとでも言いたいのか?」
「それは……」
男は押し黙った。
この様子なら、他所からも借金をして踏み倒しているに違いない。
「……だいたい、殺しては金にならんだろう。なぜそうやって短絡的なことしか考えられんのだ。奴隷として売り飛ばすなり、医学の発展に役立たせるなり、使い道はあっただろうに」
「あの、今は奴隷の売買は禁止されていて……」
「やかましい!」
儂は一喝した。
「そもそもな、簡単に人間を殺すな! 人間なんぞ死んだら何の価値もない。食肉にすらならん! 生きてさえいれば、全ての人間は何かしらの価値を持っている。それは、貴様らも同じだ。だから、軽率に人を殺すな。わかるか?」
反論する者はいないが、表情に納得の色は見えない。
まあ、そんなものだ。
しかし表面上だけでも止められたら、内心でどう考えていても、そこまで干渉する必要はない。
「こいつには儂が責任を持って、借金を返させる。異論はあるか?」
「そんなことできるのか? そいつ、クズだぞ」
「できる。させる。一生かかったとしてもな。して、お前、名前……」
「名前ですか? それは――」
「よい! 喋るな! 今までの名前は捨てろ。金を返し終えるまで、お前は、そうだな、『セン』というのはどうだ? 『銭』とかけてあるのだ」
「セン……」
「ちなみに、これは古い魔術でな。名前を縛るものだ。この名前でいる限り、お前は元の名前、生活に戻ることが許されん」
センはうなだれて、頭を掻く。
納得いっていない様子だが、拘束力はそこそこにある魔術なので、心配はいらないだろう。
「では、セン。お前は近くの町まで儂を案内しろ。貴様らは、元のところへ帰れ。そして、二度とここへは来るな。死体を捨てるな。わかったか?」
「…………」
「わかったか?」
センの目の前でサラマンダーが大きな口を開く。
彼は怯えたように目を丸め、大きく頷いた。
「よし。ならば、すぐにでも行動開始だ。再三言っているが、約束を破ったら、お前たちは潰す。――この世界に生まれたことを後悔させるからな」
できるだけ低い声で脅したつもりだが、所詮は子供の声だ。
それでも、彼らは一度燃やされたことに恐怖を覚えているようで、文句ひとつ言うことなく、従順に頭を下げた。
儂はサラマンダーに乗って、センに道案内をさせながら、森の中へと入って行った。
--しばらくは、無言で歩いていた。
すぐに雑談を始めては威厳がないと思ったからだ。
侮られないよう、細心の注意を払っておきたい。
彼らのいた場所から離れ、儂はセンに聞く。
「ところで、町はどっちだ?」
「ここから東に行ったところに大きな町があります。ノークロースってところなのですが、ご存知ですか?」
「いや、知らん」
もしくは、覚えていない。
町や国の名前などを覚えていないのは、今までの生活に必要がなかったからだ。
それに、時間の経過と共に町の名前が変わることなどよくあることだ。
横たわった大木を、サラマンダーが乗り越える。
「そのノークロースにお前は住んでいるのか?」
「そうですね。一応、その、家族と……」
「――お前、家族がいるのか!?」
「いますよ。俺だって、子供もいますし……」
「当然のように言うな。お前、家族を置いてひとりで逃げ出したのか?」
「それは……」
彼は口ごもる。
何とも情けのない男だ。
儂が若いころであったら小突き回しているだろう。
「もうよい。それより、借金の理由を話せ」
「……カードです」
「カード?」
「え、あ、あの、賭け事で……」
「はー?」
呆れて、開いた口が塞がらない。
賭博で多額の借金を作り、家族を置いて逃げ出し、ここで追手に捕まりかけていた事実を思うと、あまりにも同情の余地がない。
むしろ彼に金を貸した業者の方が不憫だ。
「お前、やっぱり奴らに捕まっておいた方がよかったのではないか?」
「そんな!」
「何年かかろうとも必ず返させるぞ。借金を全て無くしてから家族に会え。まったく、ろくでもない人間を拾ってしまった」
大きなため息をつき、儂は青々と茂る木々を見上げた。