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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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ふざけんな

ロアたちが町から出て行くところを、リゲルは病院の屋上から見ていた。

彼女たちの乗った幌馬車はゆったりと進んでいく。


「はあーっ!」


わざとらしく、青空へ向かって大きなため息をつく。


全く、散々だ。

このタイミングで色々なことが起きすぎている。


本当に、センと名付けられた謎の男は、余計なことをしてくれた。

師匠が出てくることなど、計算に入れているはずもない。

これまで表舞台に出てこなかったことから、もうすでに死んでいると思っていた。


「リゲル氏、大変なことになりましたね」

「ジュイチ、他人ごとじゃねえぞ」

「いやあ、まったく。噂に聞く『天蓋の魔女』があれほどの力を持つとは、思いもよりませんでした」


「俺たち、五星団のことも半端に知ってしまったしな。どこかで止められたらいいが……」

「刺客でも送りますか? 子供を庇いながらでは、満足に動けないと予測しますが」

「馬鹿言え。あの人がそんな甘いことやるはずがない。いざとなれば、こちらの情報を引き出すために何でもするぞ。本当に、何でもな」


「古の魔法は恐ろしいですねえ。だったら、どうしますか? 下手に手を出せば、こちらが疑われかねない。彼女たちの行先を聞いているのは、我々だけですし」

「ああ。だから、直接学校の方を狙わせてもらおう。どうせ師匠は大結晶を回収するつもりだ。五星団の狙いも分かっている以上、襲われることくらいは覚悟しているはずだ」


「それでも怯む様子を見せないのは、さすが大魔女ですね」

「あの人はそういう人だ。俺たち弟子はよく知っている。行動を常識で考えてはいけない」


リゲルの脳裏に思い浮かぶのは、いくつもの、彼女の突飛な行動だ。

動植物の改造に飽き足らず、精霊を人工的に造り出すことまでやってみせた。


その全てが思いつきで、何ひとつ事前に計画立てて行ったことはない。

あるとすれば、彼女の頭の中だけだ。

ともかく、その直感と悪魔じみた思考速度だけは用心しなくてはならない。


「そうだ、師匠もいなくなったことだし、お前に聞いておかないといけないことがあった。センについて、わかる限り教えろ」

「彼と会ったのは一度きりですからねえ。あの時は完璧に気弱でダメな大人の典型といった様子でした」

「演技か。お前でも見破れないほどの」

「ですねえ。いやはや、僕も目には自信があったのですが、まんまと騙されてしまいました」

「奴はずっとお前の前にいたか? 例えば、席を外したりとかは?」

「席……。一度、目を離しましたが……」


思考を巡らせる。

自分が奴なら、何をするか。


「……ジュイチ、通話機を調べろ。細工されている可能性がある」

「盗聴ですか!? そんなこと……。いや、でも、ありえない話ではありませんね。すぐに調べましょう」

「見つかっても、見つからなくても、これからは通話を控えた方がよさそうだ」


その時、唐突に、屋上の隅から声が聞こえた。


「――そう、通話は控えた方がいい。フェアじゃない」


そこには黒くて小さな箱のようなものが置かれていた。

リゲルはジュイチと目配せをして、他の者が入ってこられないよう屋上の扉の鍵を閉めた。


「やっと気がついてもらえたか。はじめまして、リゲルどの。俺がセンだ。よろしく」

「ふざけんな。てめえ、どういうつもりだ」

「君らはすぐ理由を聞こうとするけど、別に理由なんかどうでもいいだろう? 大事なのは、これから起こることだけだ」

「こんなバカげた装置まで作って、何の話かって聞いてんだよ。てめえ、まだこの町にいやがるんだろ」

「それは言わないよ。技術の進歩は常に我々の知らないところで行われている。こういう形の長距離通話機があったとしても、何ら不思議じゃない。俺が君たちに話をしたかったのはね、五星団のメリットにもなる話なんだよ」


リゲルは眉をひそめる。


「刺客を送る口実になってあげよう。俺の手によるものなら、不思議ではないだろ?」

「お前の名義で殺し屋を雇えと? ふざけんな、てめえが自分でやれ」

「できないから頼んでいるんだよ。人前に顔を晒すことは極力避けたいんだ。この町には、大きな組織がいるじゃないか。知らないとは言わせないよ?」

「フェアレスか」

「そう、ホールイートのところの、大きな裏組織。彼らは今大きな損害を被っていてね、少しでもお金が欲しいはずなんだよ。だからさ、彼らのところに依頼を出してはどうかな」

「お前のことを知られていないはずがないだろ」

「もちろん。だけど、彼らは従わざるを得ない」

「根拠は?」

「もうじき、エルフの出品がある。競り落とすには金がいる。単純な話だ。金が一番必要な時期に、金を失ったんだ。あははは、今俺を一番殺したいのは、彼らだろうね」


フェアレスが商売のひとつとしてエルフの売買を行っていることは、リゲルも知っている。

だが、それは当然倫理に反するものだし、医療協会からすれば関わること自体が大きなリスクだ。

万が一にでも明るみに出れば、協会内にだって反発する者が出るだろう。


「……悩んでるね。でも君たちだって、他に選択肢はないはずだよ。なに、直接面と向かって取り引きをするわけじゃない。連絡だけなら俺がとってあげるよ。金を所定の場所に用意して、向こうは人員を派遣する。とてもシンプルだ」

「お前は信用できない」

「だったら、代理の者を立ててもいいさ。俺は案を出しているだけだ。今、彼女たちの旅路を把握しているのは君たちだけだ。俺だって、細かい位置まではわからない。それにさ、全員で一丸となって、悪しき魔女とその手下をやっつけようって話だろ? 違うのかい?」

「てめえ、自分の娘を何だと思っている」

「俺はもう父親じゃない。親の役目が教育であるなら、もう全て済んでいる。さて、無駄話が長くなってしまったね。この機械はもう使わないから廃棄していいよ。でも、通話はズルいから使用禁止だ。君たちが通話を使ったら、俺はその内容を魔女に伝える。君たちが『五星団』の一員であることもね。じゃ、健闘を祈るよ」


通話は一方的に切られ、しばらくリゲルは茫然としていた。

五星団同士の連携をとりにくくすれば、どこかでほころびが生じる。

そのほころびを、もしも師匠が拾い上げたら……。


考えただけでぞっとする。

時間の感覚を薬で狂わせて、百年分の苦痛を味あわせるくらいは、軽くやる人だ。

どうにかして、退場してもらわなくてはならない。

たとえ、どんな手を使ったとしても。


「ジュイチ、狂死郎に封書送ってくれ。あいつのことだから、会ったら全部喋りかねん。ゲイザーの方には俺から送っておく。なるべく、怪しまれないよう、公の理由を作ってから送るようにな」

「承知です。いやあ、お互い頑張りましょう」


ジュイチは緊張感のない笑みを浮かべる。

この男もなかなか曲者なのだが、センには劣るようだ。


そもそも五星団はまとまりのない組織だ。

リゲルとジュイチを含む、五人の幹部が中心となっている。


全員が、それぞれの望みを叶えるために動いている。

表では星読みの組織として、裏では手段を選ばない正義の使徒として。


この世界が、滅びの危機に瀕していることを最初に読んだのは、ゲイザーだった。

星読みの長老として星を読んでいたある日、世界がそう遠くない未来に滅びることを伝えた。


だから、今はそれを回避するために、この世界を新たな世界へと作り変える準備を行っている途中だった。

あとは、『鍵』さえ見つけることができたら、終わるはずだったのだ。


しかしその計画は、センの手によって考えられる限り最大の障害を生み出された。

正体を探ろうにも、その娘は師匠の元へ、その妻は娘の手足へ、その兄弟は娘の心臓へ。

手がかりとなりそうなものは、全て、師匠が奪い去ってしまった。


彼女はセンまで辿りつけるだろうか。

いや、微塵もそんなこと考えていないだろう。

今はきっと、シーリントルとの旅路で頭がいっぱいのはずだ。


センの案に乗るしか、五星団のリゲルには道がない。

ひたすらに後手に回ることしかできない自分に、少し苛立って、屋上を囲う柵を蹴飛ばした。



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