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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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まだ少し難しいか

旅の準備は慌ただしく進んだ。

ロアが言うには、シーリントルの中で血液の代わりに流れる精霊の水が体の代謝を一手に引き受けているらしく、基本的には栄養が必要なく、食事も欲求を満たすためだけでいいらしい。


なんだか見た目も中身も随分と変わってしまったな、とほんの少し寂しい気持ちになる。

人間ではなくなって、両親もいなくなって、急激な環境の変化に心がついていけない。


しかしそれでも、自分が自分であることは変わりがないことを確信している。

自分の中に別の人格がいることは分かっていることで、完全には混ざっていないおかげもあって恐怖よりも安心が勝っている。


茶色の馬が引く馬車の荷台に、ロアが飛び乗ると、黒いスカートがはためいた。

シーリントルたちはこれから、表向きは衣服を取り扱う行商人として、海辺の町ベルツェーリウスへと向かう。


そこにある、シュナ魔法魔術学校へと行くらしい。

詳しいことはシーリントルも聞いていないため、目的もよくわからないが、どうやらロアの知り合いがそこにいるようだ。


「悪いな。急な出立になって」


簡素な木製の座席に座ると、馬車は進み始める。

御者は滅鬼が行っており、馬を巧みに操って町を出た。


「いえ、私はただ待っていただけなので……」

「ああ、敬語はやめていいぞ。お前は十か十一だと聞いていたが、ややもすれば儂の方が年下に見えるのに、その振る舞いは他所から見て違和感が強すぎる」

「そうで……そうだね」


シーリントルがため息をつく。

しばらくは馴れなさそうだ。


「これから行く魔法学校へは、仮編入というややこしい形になっている。お前は本来受けるはずの試験をせずに、学校へ転入するのだ」

「普通に通うの? 学校に?」

「うむ。こちらも準備があるのでな」


ロアの視線が馬車の外へと向く。

人の気配を伺っているのだろう。


「お前は事情が事情なだけに移動することは極秘なのだ。この町にいる限り父親やったことの恨みを買うこともあり得る。……シュナ魔法魔術学校には風の魔力大結晶がある。センはこれを狙っている、と儂はみている」

「何のために?」

「さあな。儂はあいつの言葉をほとんど信用していない。だが、五星団と儂らを対立させたがっていることと、魔力大結晶に何らかの目的があることは確かだ。用途は不明だが、な」


シーリントルには彼女の言っていることのほとんどがわからなかったが、とにかく、父が自分たちと同じ場所に向かっている可能性があるらしい。


「……でも、ロアちゃんはそんなこと言って、本当は大結晶を自分の目で見たいだけじゃない?」

「うん? そうだな。その通りだ。随分と短い間に儂のことを理解したのだな」

「時間がある時に、リゲルさんが話をしてくれたの。これから一緒にいる人がどういう人かわからなかったら不安だろうって」


ロアは眉をひそめる。


「何を話したのだ」

「そりゃ、まあ、色々と」

「おい、あいつ余計なこと言ったのではないか?」

「ロアちゃんが変わり者だってことはわかった」

「あいつ、次に会ったら仕置きが必要だな……」


実際はそれほど多くのことは聞いていない。

新しい薬を作っては人で試したり、動物の性格を調べるためだけに狭い箱に閉じ込めたり、成果が出たもので自分の身体を改造したりしたという短いエピソードをいくつか聞いただけだ。

リゲルが言うには、稀代の変人で、それが許されるくらいの天才であるとの評だ。


大魔女ロアは、自分が使っていた教科書には載っていないが、地域によっては授業で教えることもあるらしい。

とにかく、凄い人物で、この旅はシーリントルにとって決して悪い結果にはならないはずだと言っていた。


シーリントルも、彼女が頼りになる人だとは、なんとなく思っている。

精霊に関しては学校の先生よりも、感覚的に理解している様子だった。


だから、シーリントルも、ただ治療だけの旅で終わらせる気はない。

精霊をちゃんと使えるようになって、その力で父を捕まえるのだ。


「そういえば、聞いていなかったんだけど……」

「何だ?」

「えっと、その……」


聞きにくいことを言葉にする決心をする。


「お父さんを、もし見つけたら、どうするの?」


父を捕まえるのは自分でありたい理由のひとつに『他の誰にも殺させないため』がある。

だからもし、ロアがそうなら、彼女ともどこかで決別しなくてはならないと思っていた。


「どうって、そんなことは決まっている。奴にまずは平手打ちだ。そして詫びさせる。今回の件で迷惑をかけた全ての人間に、ひとりずつ、誠心誠意な」


意外な答えに、シーリントルは目を丸くした。


「どうした? 固まっているぞ」

「え、だって、そんなことで済ませていいの?」

「馬鹿言うな。儂にとって、これよりの精神的苦痛はない。だから、奴にも罰になるはずだと考えている。おかしいか?」

「いや、絶対、死刑になるって思ってた」

「お前がそのつもりなら、止めんぞ」


彼女はあっさりと言う。

シーリントルにしてみれば肩透かしもいいところだ。


「儂の考えだが、死んで当然の人間などというものは、この世界に存在しない。誰もが、生きるために存在している。死刑制度は、死を望む人のためのものだ。やり場のない感情を沈めるためにな。だから、お前が父の死を望むのであれば、儂はそれも構わんと思う。感情の否定は、人間の否定でもあるからな」

「私、怒りの感情を否定されてるけど?」

「ははは、そうだった。お前はすでに人間ではなかった」


先に、彼女が変な人だと聞いておいてよかった。

初対面でこんなこと言われたら、さすがにピリッとはしていたかもしれない。


いや、それもできないのだった。

どの道、彼女の言うところの人間の規範からは外れているのだ。


「私、お父さんを殺したくない」

「一応、聞こう。それはなぜだ?」


馬車がガタンと揺れる。


「あの人は、死んじゃダメな人だと思う。ロアちゃんの話じゃないけど、お父さんを殺したら解決するってことじゃないと思うの。だって、これだって、もっと大きな事件の一端なだけかもしれないんでしょう?」

「お前は母を殺されたのだぞ」

「……お母さんが殺されたことはつらいよ。でも、私の知らない理由や状況があるのかもしれない。だって、まだ何もわかっていないんだよ。お父さんの目的すら」

「なるほど、お前は儂が考えているよりも思慮深いようだ。そこまで考えているのなら、儂から言うことはないな。父を見つけたらお前の好きにするといい。どうしようとも、お前の選択に従おう」


ロアは愉快そうに笑う。

今この状況を一番楽しんでいるのは、彼女なのではないだろうかと思うほどに。


「それより、どうしてロアさんは魔力大結晶のことを知らなかったの? すごい人だったんだよね?」


話題を変えるため、シーリントルは次に気になっていたことを聞いた。


「ん? ああ、そもそも儂は魔力結晶というものも知らん。おそらくは『ギフト』なのだろう」

「ギフト?」

「精霊からの送り物をそう呼ぶ。元々この世界に存在していたが、ある日突然、その存在に気がつくことがある。それがギフトだ」

「……どういうこと?」

「今座っているところの材質は、何だ?」

「えっと、木、かな」


座席の木目を手で撫でる。

伝わる感触は間違いなく木材だ。


「そう。今は木だ。それがある日突然、別のものに見えるようになる時がある。例えば、それは巨大な生き物の一部かもしれないし、有毒な鉱物かもしれない。だが、儂らには木材としか認識できない。ギフトが起こるまでは、な。くくっ、これはまだ少し難しいか」

「トマトが実はお肉だった、みたいなこと?」


必死に理解できる物に置き換えて、頭に浮かべようとする。

植物の先に大きなお肉の塊がぶら下がっている姿を。


「ああ、間違っていない。噛み砕いて言えばそういうことだ」


馬鹿にすることなく、ロアは言った。


「要するに、変化が起こるのは我々の方ということだ。それは元々この世に存在していて、気がついていないだけだ。魔力結晶もそういう類のもので、大結晶もその時に気がついたのだろう。見てみたら、意外と知っているものかもしれん」

「そう、なんだ」


ぼやっとした返事をする。

ロアの言う通り、少し難しい。


「時に、シーリントルよ。お前、成績は良い方か?」

「悪くはないと思う。精霊術は、クラスで一番だよ」


少し胸を張って言う。

今となっては少し虚しいことだ。


「それは良きことだ。これから向かうシュナ魔法学校というところは、言うならばエリート校だ」

「へ?」

「人生を勉学に捧げた貴族連中が、地獄のような競争を勝ち抜いて、そこに立っている。そこへ、お前は特別に編入することになる」


血の気が引く音がした。

そんなところに、大して才能も持たない平民が、試験も受けずに入ることの恐ろしさは、容易く想像できる。


「ひょっとして、私ヤバい?」

「ヤバい」


ロアも頷く。


「ええ、どうしよう。だって、私だけ勉強についていけないんだよね? ……あ、そうだ、無理に授業を受ける必要もないんじゃない?」

「校舎内には学生以外の立ち入りができん。何日滞在するかわからない以上、授業には出る必要がある。逆に不審がられるのでな」

「え、あ、どうしたらいいの」

「そこでな、儂は考えた。皆の前で実力を認めさせたらいいのだ。どうせなら、良い方に目立とうではないか」

「具体的には、どうするの」

「それについては後で落ち着いてからゆっくり話す。難しいことはさせんから、安心しろ」


どう安心すればいいのだろう。

全てが彼女のペースで進んでいく。

ちょうど、この馬車と同じように。


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