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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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勝手にやるもん

シーリントルはロアから病院の事務室へと連れて行かれ、少し待てと言われるがまま、ぼうっと部屋の隅に立っていた。

働いている人たちの視線が痛く、居たたまれない気持ちになる。

それに、そもそも自分は入院患者ではなかったのだろうか。

なぜここに立たされているのだろう。

患者なのに。


不思議に感じ、そこから何か考えようにも、浅い思考が具体性を持つことなく脳の中だけでぐるぐると回る。

しばら立ち尽くして、持て余した時間に疲労を感じ始めたころ、ロアが白衣を着た医者を連れてきた。

シーリントルを見た彼は驚いた顔でロアの方を振り返る。


「おい病人だぞ!」

「ああ、そうだった、そうだった。ここの方がお前を探すのに近いと思って、連れてきてしまった」


悪びれる様子もなく、彼女は言う。


「すまん、シーリントルちゃん。病室に行こう。師匠、あとで説教な」

「そうカリカリするな」


彼は迷いなく事務所の奥から車椅子を持って来る。

何だか申し訳ない気持ちになりながら、シーリントルはぺこりと頭を下げた。


「さあ、乗ってくれ」

「あ、ありがとうございます」

「気にする必要はない。君は患者だ。紹介が遅れたが、俺はリゲル。医療協会の副会長をやっている、医者だ」

「私は、シーリントルです」


シーリントルは車椅子を押されながら、彼の方を向いて、もう一度ぺこりと頭を下げる。


「気分はどうだ? 吐き気とか、頭痛とか……」

「今のところは、頭がぼーっとするだけです。風邪の時みたいに……」

「そうか。よかった」


安心したように、彼は優しく言う。

それだけで、彼が自分のことを心配してくれている良い人だと思った。


軽い雑談をかわしながら、大穴の空いた廊下を通り、病室へ戻る。

ベッドに寝かせてもらうと、彼も椅子に座った。

ロアはその間、ずっと黙って後ろからついてきている。

どうやら彼女なりに反省しているようだ。


「――さて、君もまだ疲れているしあんまり急いでやりたくはないんだけど、気になっているだろうから、君の置かれた状況について話させてもらうよ」

「……はい。お母さんとお父さんのこと、ですよね」


拳を握り締めて、覚悟の準備をする。

本当は分かっているが、まだ一縷の望みを捨てきれなかった。

しかし、他の人から、確実な言葉として、聞きたかった。


「……君の母は、残念ながら、俺たちが助けに入った時にはすでに亡くなっていた。助けられなくて、申し訳ない」


リゲルは深々と頭を下げる。


「なんで、そんな、謝ることなんかじゃ……」


シーリントルは慌てて手を振って否定する。

誰かの責任したかったわけじゃない。


「それに私、お父さんがお母さんを殺すところを、見ていました。私の目の前で、お母さんは死にました。大丈夫です。わかってます。ちゃんと、わかってますから」

「…………」


彼は言葉を失ったように、唇を噛みしめた。


「私は、本当に大丈夫です。なぜだかわからないんですけど、お母さんが目の前で死んでも、何も感じなかったんです。本当に、何も。なぜなんでしょう。私、おかしいのかな」

「おかしなことじゃない。心が感情や記憶とかの刺激を遮断して、自己防衛しているだけだ」


もっともらしいことを言って、こちらを納得させようとしていることはわかる。

でも、そんなことで片づけていいこととは、思えない。


「別に、私にも、あの人の血が流れているとすれば、当然ではないですか?」


吐き捨てるように言ったが、シーリントルの中にはその確信が少なからずあった。

だから、言葉にしたのだが、それは彼には伝わらなかったのか、困ったように笑った。


「そんなふうに言わないでくれ。君は君だ。自分の感覚を大事にしてくれ」

「……はい」


やはり、わかってはもらえないのだ。

一時の感情で言っているわけではないのに、それを伝えるための手段を、シーリントルの火照った頭では思いつかなかった。


「一度話を戻そう。君の母親の話はここで終わっていないんだ」

「え?」

「師匠――ここにいるロアが、君の手足を、母親の身体で作った。君も自分の手足に違和感があるはずだ」

「もしかして、この胸の、赤い宝石みたいなのも?」

「その結晶が身体を動かす助けになって、君の手足を動かしている。ロアの作ったものだから、そうそう壊れはしないだろうが、君も傷つけないように気をつけてくれ」

「もしかして、これが、ラッセル叔父さんですか?」

「わかるのか?」

「夢で会いました。そっか。ふたりとも、ここにいるんだ……」


手足と胸が、じんわりと温かくなる。

ひとりじゃない。

そう思うと、とても安心する。


「それと、この処置は、普通は行われない。できれば、他人にもあまり見せない方がいい」

「どういうことですか?」

「ここにいるロアは、見た目とは違って、世界でも有数の天才なんだ。君に施した術は、その技術自体が、大衆には伏せられているものだ。それがバレたら、良くないことがあるかも、しれない」

「そんなに、危険なんですか」

「そうとも。何せホムンクルスの手足だからな」


我慢して聞いていたであろう、ロアが割って入る。


「ホムンクルスって、教科書で見たことがあります」

「既存の生命を元にした人工生命体だ。お前の手足には生命ひとつ分の力がある。それに、胸に埋まっている生命結晶体も、同じくだ。お前はひとりにして、三つの命を持っているわけだ」

「えっと、だとすると、私って、どうなっているんですか?」

「端的に言うと、人間ではない。人間の区分ではない、と言った方が正確か」

「師匠」


リゲルがロアを制するも、彼女は無視して続ける。


「お前が一度目を覚ました時、お前の精神は、ラッセルの影響を大きく受けていた。お前自身も、先程の滅鬼とのいざこざで感じたのではないか? もはや、以前とは異なる身体であることには」

「……たしかに、身体が軽くて、まるで羽根になったような気がしました」

「羽根か。身体の重さと力とがまるで釣り合っておらんから、そう感じるのだろうな。まあ、じきになれるだろう」


ロアは身を乗り出して、紅の瞳でシーリントルの顔を覗きこむ。


「お前はこれからふたつの道を選ぶことになる。その身体をできるだけ元の状態に戻すかどうか。そのままでもいいと言うなら、この町で暮らし続けていてもいい。まあ、父親があれだけのことをしでかした後だから居づらいかもしれんが、お前の責ではないしな。その後のことはその時に考えればよい。しかし、その身体をどうにかしたいと思うのなら、儂と共に来い」

「ロアちゃんと、一緒に……?」

「お前の状況はかなり特殊だ。正直に言うと、儂にもお前がこの後どうなるかわからん。暴走は小康状態にあるが、いつまた精神が荒ぶるか、誰にも予想はできん」


彼女は真剣に言う。

きっと、事実を淡々と伝えているのだ。


「ひとつ、聞いてもいいですか?」

「何だ?」

「お父さんは、これからどうなるんですか?」

「奴の件にお前を関わらせる気はない。どうなったとしても、関わるべきではないと儂は考えている。儂は、事件性のある出来事に親族を絡ませることを良しとは思わん。余計な感傷は判断を鈍らせるからな」


「父のこと、私にやらせてはくれませんか?」

「駄目だ。儂とて、そのくらいの分別はある。お前の体はたしかに人間離れしているが、まだ子供だ。それに、さっきも言ったが、たとえ大人であったとしても、お前をこの件に関わらせる気はない」


シーリントルはムッとして口を尖らせる。


「ロアちゃんだって子供じゃない」

「あのな、儂はな……。いや、今は関係ないことだ。とにかく、お前は駄目だ」


頭ごなしにそう言われ、シーリントルはむくれてそっぽを向いた。


「だったら、勝手にやるもん。ひとりでお父さん探す」

「はあ?」

「だって、そうでしょ? 私が勝手にやる分には、ロアちゃんにも、リゲルさんにも、迷惑かからないし」

「そういうことじゃない。子供の遊びとは違うのだぞ」

「遊びじゃない。私は、お父さんを探す。探して、なんでこんなことしたのか、聞き出す。この身体なら、できるはずだし」


この人並み外れた力さえあれば、何でもできる気がしていた。

決して万能の力ではないけれど、力不足で解決できないことはないのだから。


「そんなことのために手足をつけたのではないぞ」

「そんなこと、ではないでしょ? お父さんのやったことは、大きな事件だよ」


そう言うと、ロアは額を抑えて黙った。


「師匠、負けだ」

「勝ち負けの問題ではなぁ!」

「いいだろう。治療の名目であれば医療協会の支援も受けられるし、街道を通れば無理はしなくても旅はできる。それに師匠、家なくなっただろ。先の騒ぎで爆発炎上して。これからの生活も考えないといけないんじゃないか?」

「…………」


ロアはちらりとこちらの顔色を伺い、納得いかないように頬を膨らませているが、反論はしない。

シーリントルは笑顔を見せた。


「よろしく、ロアちゃん。すぐ退院できるようにがんばるね」

「何だ、変な流れだぞ。おい、リゲル」

「師匠、旅の計画表を作ってもらうぞ。必要な物資の計算と馬車の調達、それに道程。公に提出する書類だからな」

「待て、おい。儂はまだ何も……」


ロアの文句をリゲルは聞き流し、曖昧に笑った。


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