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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第二章 マーナガルムと雷の魔女
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ごめんなさい

目が覚めると、視界には白い天井が広がっていた。

頭がぼんやりとしていて、思考に霞がかかったようだ。


シーリントルは、喉の渇きを感じて、視線を動かす。

サイドテーブルには水の入ったグラスが置いてあった。


ゆっくりと手にとって、口へ運ぶと、まるで乾いた砂に沁み込むかのように、水分が体に取り込まれていくのがわかった。

いったい、どれだけの時間を眠っていたのだろう。


「……痛っ」


体を少し動かすだけで、全身が引きつったように痛む。

そういえば、と石化したはずの手足を見ると、少し白みがかった肌の色をしているものの、きちんと怪我もなく繋がっていた。

安堵から力を抜いて、ベッドへ、ぼふん、と体を預ける。


「私、生きてる……」


なんだか、長い夢を見ていたような、そんな気持ちになった。

記憶もひどく曖昧で、おぼろげにしか思い出せない。

父と母のことを思い出すと、涙があふれそうになるが、不思議と悲しみが心の内で止まってしまう。

心の出口に戸締りをされたような感覚がして、シーリントルは胸の辺りをキュッと掴んだ。


胸元に硬い石の感触がして、覗きこむと、体の中心に赤い石が埋め込まれている。

先端が少し見えているだけで、その石のほとんどは体内に沈んでいるようだ。

なんとなく、これが自分の命を繋いでいることを感じた。


(心臓、みたいなものなのかな……)


ぼんやりと、そんなことを考える。

体中が痛くて、ベッドに寝転んだまま、シーリントルは何が起こったのか思い出そうと頭を働かせていた。


家に帰って、それから、母と父の姿を見て、父が母を殺した。

それは覚えている。

そのあと、何が起きたか、覚えていない。

母はどうなったのだろうか。

死んだと思い込んでいたけれど、こうして自分が病院らしき場所に運ばれているところを見るに、どうやらあのあと誰かが来て助かったのだ。

もしかしたら、母もここにいるかもしれない。


(そう思いたいのに……)


どうしても、母が生きているとは思えなかった。

きちんと調べたわけでもないのに、シーリントルは確信めいたものを感じていた。

だからこそ、心のざわつきが少ないのだろうか。

悲しみの涙よりも、これからどうするか考える方に、思考が切り替わっていた。


頭が冷静になっていくと、体の痛みがより鮮明に伝わってくる。

上腕とふとももがとにかく痛む。

それに、胴体の中心、石のあるところも痛い。


落ち着いて、仰向けに寝転がったまま、右手を顔の前にかざす。

まるで自分の手じゃないみたいだ。

いやきっと、自分の手ではないのだろう。


ここでじっと待っていたら、何が起きたのか説明してもらえるのだろうか。

シーリントルは痛みに顔をしかめながら、体を起こして、窓の方へと歩く。


「高い……」


ここは三階か四階のようだ。

遠くに見える景色から考えると、ここは町の中央にある協会支部と隣接している大病院だ。

町のあちこちが壊れている様子が、ここからでもわかる。

これだけ壊れているのだから、たくさんの怪我人が出たに違いない。


その景色を見ても、シーリントルにはまだ実感がわかなかった。

あの日、普通ではないことがこの町で現実に起こったのだ。


(あれ、身体が……)


歩き始めて気がついた。

痛みがなくなって、全身が羽根のように軽い。

眠っているよりも動いている時の方が調子がいいのだろうか。


ゆっくりと手すりを伝いながら、部屋を抜け出る。


「え」


廊下には、石の彫像のような、甲冑を来た何者かが立っていた。

額からは二本の角が生えていて、そのうち一本は欠けている。


彼は、何も言わず、その重くて硬そうな腕を、ぬっと伸ばしてきた。

シーリントルは思わず跳び退く。

その行動に反応したかのように、今度は、彼は素早く距離を詰めてきた。


「な、何!?」


こちらを掴もうとする腕を躱しながら、シーリントルは廊下の端へと追い詰められていく。


「なんでこんなこと――」


喋りかけていたのに、聞く耳も持たず、石の甲冑は突っ込んできた。

掴まれることは避けたが、凄まじい力押し出され、廊下の壁を突き抜けて、シーリントルは彼と共に病院の外へと飛び出た。


何が何だかわからないが、全身の神経が危険だと告げている。

このまま地面に頭から落ちたら、今度こそ死ぬ。

空中で彼を蹴り飛ばし、身体を反転させ、猫のように四足で着地する。


「はあ、はあ……」


彼は背中から落ちたのに、何事もなかったかのように、すぐに手をついて立ち上がった。

息切れもしていない。


(逃げないと!)


そう思っても、背中を向けてはいけない気がしていた。

先程もそうだったが、瞬発力なら彼の方が上だった。


(でもなんで、私、こんなに身体が動いて……)


これこそ、本当に自分の身体ではないような感覚だ。

全身が羽根のように軽くて、考える前に手足が動く。


「あなたを倒さないと、逃がしてくれないってこと?」


恐る恐る対峙してみる。

さっきは逃げるのに必死だったが、動きはちゃんと見えていた。

喧嘩などしたこともないが、今の自分なら、きちんと集中すれば、倒せるかもしれない。


シーリントルに戦う意思を感じたのか、彼はじりじりとすり足で距離を詰めてくる。

怖いという気持ちが起こる前に、シーリントルは本能の弓に弾かれたようにして動いた。


地を蹴る感触と、眼前に迫る相手がほとんど同時に感覚を刺激する。

あまりの速さに、手段を考える余裕どころか、思考する時間すらない。

上手から多い被さるように動いた相手の胸の中心に、反射的に拳を突き出す。


ドガン、と到底人体からは起こりえない音と衝撃が響く。

重そうな石の身体が、少しだけ宙に浮く。


シーリントルには、全てがゆっくりに見えていた。

思考は全く追いついていないが、身体は自然と動く。


彼の頭を空中で掴む。

防御の姿勢もとる間もないまま、彼は頭部を地面に叩きつけられ、大地にひび割れを起こした。


「……あっ」


シーリントルは小さく声をもらした。

制御できないどころか、敵を倒すために最適な動きを、身体が勝手に判断した。

息切れもしておらず、手も震えていない。

戦ったという実感すら、わかない。


「生きて、る?」


シーリントルは、怖さを感じながらも彼に触れようとする。

すると、彼は跳ね起きて、シーリントルと距離をとった。

先程とは様子が違い、眼光が赤く光り輝き、折れた角の断面にもルビーのような光が見える。


死んでいなかったことに安堵すると同時に、ひりひりとした空気を肌で感じる。

怒っているのだ、とシーリントルは思った。

あれだけの衝撃でも、傷ひとつついていないということは、先程までは本気ではなかったということだろう。


「ご、ごめんなさい! 私、あなたと争うつもりじゃなかったんです!」


今更、彼を説得しようと試みる。

彼は、今度は慎重さを捨てて、ずかずかとシーリントルへと歩み寄ってきた。


(ど、どうしたら!?)


戦いたくないが、背を向けることもできない。

シーリントルは唇を噛みしめて、拳を構える。

心の底から逃げ出したいのに、身体はそんな様子を見せない。


動けなくなるまで戦うしかない。

覚悟を決めた、その時だった。


「――止まれ!!」


怒号にも似た叫びが聞こえる。

病院の、廊下に開いた大穴から、銀髪で黒い服の少女が見下ろしていた。

石の男は、彼女を見上げて、歩みを止めた。

両腕も力なくだらんと垂らし、赤い光も消えている。


どこかで見たことのある少女は、廊下から飛び降りる。

彼は駆け寄って彼女を抱き止めて、優しく降ろした。

彼女はシーリントルに深々と頭を下げた。


「すまん。少し目を離していたうちに、暴走したようだ」

「いえ……」

「儂のことは覚えているか? 一度目を覚ました時に会っているが」

「すみません。わかりません……」

「では、もう一度、自己紹介をしよう。儂は名をロアと言う。精霊術師兼、薬師だ」

「あ、ああ、はじめまして。シーリントルです」


シーリントルよりも少しだけ背の低い彼女と握手をする。


「記憶が曖昧になっているのか?」

「はい……。私、どうなったんですか? お母さんとお父さんは……」

「その話は中でしよう。――まったく、派手にやってくれたものだ」


彼女は困ったように、ひび割れた地面と病院の大穴を見つめた。


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