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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
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お前に調べてもらおう

眠るシーリントルの隣で、儂は本を読んでいた。

現代に流通するこの国の情報誌だ。

どこかにセンの情報が載っていないか見てみようと、リゲルに取り寄せさせたのだが、犯罪の話などほとんど載っておらず、武芸者や旅芸人、貴族の話ばかりだ。

これを喜ぶ者もいるだろうが、儂にとっては無益極まりない。


「……くだらん」


雑誌を窓際のテーブルへ放り投げる。


――シーリントルをここに寝かせて三日が経った。

まだ目は覚まさないが、身体機能は安定している。

やはり血液の八割をウンディーネの循環液に入れ替えたのは少し無茶だったかもしれない。


シーリントルは安らかに眠っていた。

その寝顔は、とても大きな事件に巻き込まれている悲劇の少女ではなく、どこにでもいるただの女の子だ。

これから先、彼女の人生には波乱しか待ち受けてはいまいと思うと、少しばかり同情の気持ちも沸く。

父が母を殺し、手足も奪い、やがては悪となることを選んで逃亡したなど、たかだか十歳の子供に受け入れられる事実ではない。


シーリントルの寝顔をじっと見ていると、まぶたがぴくりと動いた。


「む?」

「……ッガア!!」


彼女は突然飛び上がり、儂に掴みかかろうとした。

予め隣に控えさせていた滅鬼が、彼女の腕を掴み、ベッドに組み伏せる。


「元気がいいな。その様子なら大丈夫か」


ラッセルの精神が彼女に与える影響は加味していた。

奴が『不気味な男ブギーマン』と呼んでいた別人格が引き継がれるかもしれないということは想定内だ。


しかし、あれの本質は精霊であると儂は見当をつけていた。

精霊はああ見えて繊細で、人間の意識から強い影響を受ける。

だから、彼女の心次第では、手籠めにすることも可能であると踏んでいる。


滅鬼に抑え込まれて、叫び声をあげることもできないようにされているが、手足はじたばたと動いている。

儂の作った手足はちゃんと繋がっているようで、こちらも安心した。


「さて、どうしたものか……」


力では滅鬼に敵わないようだから、このまま治療のために拘束するくらいはわけないが、中身を抑える方法もわからないままではどうしようもない。


「滅鬼、そのままでは首に負担がかかる。口を離して手足を抑えつけてくれ」


滅鬼が手を離すと、シーリントルはまた暴れ始めた。

それを見ると、儂も勘付いた。


「ああ、そういえば奴も顔を隠していたな。もしかして、顔を出していると落ち着かないのか?」


返事はなく、意味のないうめき声をあげている。

本人の意見を聞けない以上、思いついたことは全て試してみた方が良さそうだ。


部屋の中にある壺を持ち上げ、かぶせてみると、その瞬間に嘘のようにおとなしくなった。

相変わらず唸り声はあげているが、手足はだらっとして、暴れる素振りは見せなくなった。


「やはり顔か。あー、シーリントルか? 何という名前なのだ、お前は」

「……もしかして、ロア、ちゃん?」


壺の中からくぐもった声が聞こえる。


「意識が戻ったか? できるだけ自分の状態を説明してみろ。『不気味な男ブギーマン』はどうだ? 自力で抑え込めそうか?」

「あの、私、まだ自分のこともよくわかってなくて……。その『不気味な男ブギーマン』というのは、ラッセル叔父さんのことなの? 私、夢の中で、叔父さんに会って、力をくれるって……」

「ふむ……。儂の推測だが、その人格は精霊に近いものかもしれん。お前は精霊術を習っていたのだろう? コントロールする感覚は掴めそうにないか?」

「精霊と同じ……。やってみる」


シーリントルの静かな息遣いが聞こえる。

精霊に身体を乗っ取られる事例は、稀ではあるが無いわけではない。

現に儂も身体の一部を明け渡してその力を振るうことができる。

『精霊纏い』と言う技術だが、たいていは肉体の方が耐えられない。

逆に言えば、肉体が耐えられるなら、精霊と“同居”することも可能なのだ。


じっと様子を伺っていると、扉がノックされて、リゲルが顔を覗かせた。

シーリントルと儂を交互に見て、首を傾げる。


「……どういう状況だ?」

「静かにしていろ」


額にシワを寄せながら、リゲルはそっと扉を閉めて壁際に立った。


「や、やっぱり無理、かも。身体が、いうことを……」


シーリントルの腕が震え出す。

暴れようとするのを必死に押さえているのだろう。


「力で抑えつけようとするな。犬を躾けるように、どちらが主人であるか思い知らせてやるだけでよい」

「それ力づくだろ……」

「やかましい」


リゲルの余計な一言を一蹴する。


「シーリントル、お前はウィル・オ・ウィスプをどうやって使役した? 今のように相手の自由を奪おうとしたか? ゆっくり思い出せ」


意識を失いかけながら、屋根の上で漂わせるという精密な動作をしていた。

間違いなく、彼女には才覚がある。

儂はそれに賭けた。


シーリントルの息遣いがどんどん荒くなっていく。

震える右腕を左手で掴んで、前屈みになる。


「うー、うー!」


吐息はうめき声となっていく。

どうやらもう限界のようだ。


「滅鬼、壺を外せ」


儂が壺をとらせると、歯を食いしばっているシーリントルが、睨みつけるように滅鬼を見た。

その眼差しは獣そのもので、知性など感じられない。


「シーリントル、もう一度抑えるから少し力を抜け。やたらと咬筋力の強い精霊のようだ。その調子では奥歯が砕ける」

「ま、待って。モウ少シ……」

「駄目だ。それ以上は力に身体が耐えきれん」


そう言って滅鬼に合図を出そうとした時だ。

シーリントルが、そっと手を伸ばして、滅鬼の腕を掴んだ。


「……出来タ」

「いや、精神が汚染されている。それは成功とは言えない」

「出来タ。出来タ。出来タ」


ぶつぶつと、同じ言葉を繰り返す。

ラッセルが袋を被った時と同じように、言語能力が著しく低下している。

失敗だ。


「こうなっては仕方がない。滅鬼、抑えていろ」


全身から力が抜けているのか、抵抗する様子も見せず、シーリントルはベッドに仰向けに転がされて、両腕を抑えつけられる。


「シーリントル、儂が今から強制的に精神からそいつを引き剥がす。多少痛いかもしれんが、当面はこうするしかない」


胸の上に手を置いて、生命の結晶に描かれている魔術式を少しだけ書き換える。

暴力性を抑える術式は初めから書き込んでいたのだが、これを完全に封印すると逆にシーリントルからも怒りの感情を奪うことになってしまうため、少しは残していたのだ。

しかしこうなってしまっては、一時的措置とはいえ、怒りの感情を彼女から取り上げてしまうしかない。

それによって起こりうる弊害は、儂が何とかすることに決めた。


術式を書き換えると、シーリントルの身体が大きく跳ねる。

水の流れを突然せき止めるようなものだ。

苦しくないはずがない。

声もなくしばらくもがいて、やがてシーリントルはおとなしくなった。


「どうだ?」

「……わか、らない。頭が、くらくら、する」


どうやら大丈夫そうで、儂は大きくため息をついた。

ゆっくりとマッサージをするように彼女の体内の魔力の流れを整えて、精神を回復するために儂の魔力を分けてやると、途端に寝息を立て始めた。

摩耗した精神の回復には眠りが最も効くことを考えて、十時間ほど眠るように魔術式を書き足したのだ。


「……もういいのか?」

「リゲル、まだいたのか」

「いちゃいけないのかよ。精神から無理矢理人格を剥がしたんだろ? 大丈夫なのか?」

「多少の影響は出るが、儂が責任を持つつもりだ。まあ、いずれ、成長すれば元に戻るだろう」

「ってことは、この子は師匠が引き取るのか?」

「そうなるだろうな」


引き取るというほど大仰なことではない。

完治するまで一時的に保護するだけだ。


「しかし、一番はこの娘の気持ちだ。シーリントルにいくつか選択肢を用意しておけ。父親がアレだけのことをしたのだから、この町ではもう暮らせまいな。とにかく、まだしばらくは退院できないし、お前も色々と調べものがあるだろう」

「そうだな……。それに、師匠に聞きたいことがたくさんあるんだが、今大丈夫か?」

「構わん。滅鬼、この娘に何かあれば報せろ。ああ、部屋ではなく廊下で立っていろよ。目を覚まして一番にお前を見るのは可哀想だ」


滅鬼は了承したとコクリと頷く。


儂はリゲルと共に病室を出て、事務所へと向かった。

ここは儂が訪れた協会支部とやらのちょうど裏手にある。

二階が渡り廊下でつながっており、そこで初めて儂が裏口からここへ入ったことを知ったものだ。


事務所では人が大勢せわしなく働いており、あの時は休日であったことがよく分かる。

しかしながら、儂にとってはこういう騒がしいところはあまり居心地のいいところではない。

リゲルもそれをよくわかっているようで、喧噪から壁を一枚隔てた中庭へと儂を案内した。

無いよりはマシ程度の少しばかりの草花と、大きな一本の木が風に揺れている。


「ここはわざわざ作ったのか? 植物はあるが精霊の気配がない」

「そうだな。自然物じゃなくて、人の手で植えられたものだ」


人の手で育てられた植物に精霊が宿るには百年単位の月日がかかる。

精霊を住ませることも可能だが、それは行っていないようだ。


「精霊がいると植物が伸びすぎて手入れしにくいって理由もある。――それより、センとかいうやつの話だ。犯人はひとりって話だが、よくこれだけ大掛かりな犯行を成し遂げたもんだ」

「大がかりではあるが、準備さえ整えていれば決して難易度は高くないぞ」

「準備って、竜火草の油を樽二十個分も準備すること自体の難易度はえげつねえぞ。そのための金額だって馬鹿にならねえ。いったいどうやって……」

「手持ちの情報でそこまで理解することは不可能だ。仲間がいると考えるのが最も安易だが、ラッセルは奴のことを嘘と逃げるのが上手いと言っていた。そんなやつが他人と手を組むとは考えにくい」


「嘘つきは他人を信用できないもんだしな。それが本当なら手がかりが全く残っていないとは考えられない。流通ルートの捜査はすでに始まっているし、そのうちどこの誰が関わっていたかは明らかになるだろう」

「そういえば、お前もそこそこな地位についていたのだったな」

「そうだよ。俺は医療協会の副会長だぞ。もっと興味を持ってくれ」

「それがどれくらい凄いのかわからん」

「だよなあ……」


肩書きだけを聞いてもピンと来ない。

現世に浸かっていればそのうちわかるだろう。


「ところで、お前は『五星団』って奴らのことは知っているか?」


その名を口にすると、リゲルの顔が訝し気なものに変わった。


「なんで師匠が五星団のこと知ってんだ?」

「センが言うには、五星団とやらが魔力大結晶を狙っているらしい。集めて世界を転覆させるのが狙いだと」

「なんだと?」


リゲルの眉がぴくりと動く。

彼にとっても重要な話のようだ。


「五星団ってのは、国の行く末を占う中立機関だ」

「『星読み』か?」


夜空に浮かぶ星を見て、未来を占う星読みの技術は古来より権力者に重宝されてきた。

それが儂の知らない間に徒党を組んで、この世界を裏から支配しているらしい。

技術の継承や利益追及を考えれば当然のことだが、そういう誇示の仕方はあまり好ましくない。


「魔力大結晶ってのは、ここ数十年のうちに発見された新しい資源だ。今でも一般に存在は伏せられてるけどな。火、水、風、土の四つのでけえ魔力結晶が、四か所に分けて隠されている。全部手に入れたらそりゃもう、この世界で一番強い力になるはずだ。だが――」

「今更、そんなものを手に入れる必要がない、だろう」

「そう、そこだ。五星団が直接的な力を手に入れる動機がないんだ。やろうと思えば公の機関を操ることだって可能だ。それに、そんな邪な考えを持っている者はあそこにはいない」


「ほう、やけに信用しているな」

「俺も付き合いがあるからな。あれは言ってみりゃ狂人の巣だ。星を読むこと以外に興味がないから、星読みなんかできるんだぜ」

「そこには同意する。少なくとも、儂は一晩が限界だしな。星読みのように一度に七晩も続けられん」


そんな無欲、あるいは星に関してだけ貪欲な彼らが、どうして大きな力を欲しがるのか、儂には一切理解ができない。

きっと、星読みに勝る大義があるに違いない。


「ともかく、その件はお前に任せてもいいか? そもそも儂ではコネもないからな」

「たしかにその格好じゃあ、な」


リゲルは儂の体を上から下までじっくりと見て、鼻で笑った。


「おう? 何だ? この素晴らしく恵まれた体格に何か文句でもあるのか?」

「師匠って、いつも重要なところで適当するよな。才能人の考えることは俺には分かりかねるね」

「おうおう、馬鹿にしておるな。小さくなっても儂は儂だぞ。精霊使役を駆使しして、お前にいやがらせをすることもできるんだぞ」


「仕返しのやり方が見た目と同じじゃねえか……」

「ははは、子供の姿なら何をやってもよいのだ。子供のやることくらい許せ」

「それはやられた側が言うことだぜ。ま、師匠のミニ化くらいで俺はどうとも思わないし、楽しそうならそれでいい。それぞれやりたいことやってるわけだしな」


さっぱりとした返答をする。

まったく、良い弟子に育ったものだ。


「それと、魔力大結晶とやらだが、守りは万全なのか? まさか野外に放置してあって、二、三人の警備兵が守っているだけとは言うまいな」

「そりゃそうだ。現存する最大の魔力結晶体だからな。守りは万全、そのうちのひとつはあの狂死郎が守っている」

「狂死郎が。それはまた、酔狂なことだ」

「なんでも飯と酒で快諾したらしいぜ。あいつっぽいよな」

「奴も変わらんな。ならば儂でも会いに行くのも容易か。当面の問題が片付いたら向かうとしよう」


そう言うと、リゲルは少し悩んだような表情をして言う。


「シーリントル、連れて行くのか?」

「そうだな。ここで立ち止まって治療を続けていては、事が大きくなりすぎるかもしれん。さっきも言ったが、この町にもう彼女の居場所はない。歩けるようになったら旅立つつもりだが、何か意見があるのか?」

「これは医者の観点からだが、あの娘は、身体は平気でも、心がどれくらい消耗しているか想像もできない。はっきり言うが、師匠はメンタルケアが下手だ。一緒に行かせるのは反対だ」

「……随分とはっきり言うな」


儂は口を尖らせる。


「そうショックを受けないでくれ。だいたいの人間はそうだからな」

「わかった。ならば、こうしよう。何よりも彼女の治療を優先する。そして、治ったうえで、日常に戻るか儂についてくるか選ばせようではないか」

「治療にあてがあるのか?」

「昔の馴染みを訪ねてみようと思う。魔術に長けている奴でな。儂よりもいい考えが浮かぶかもしれん」

「その人は、まだ生きているのか?」


たしかに、儂の年齢を考えたら、同年代の知り合いはくたばっていてもおかしくない。


「それも含めてお前に調べてもらおう。医療協会副会長どの?」


儂がニヤリと笑うと、リゲルは心底嫌そうな顔をした。


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