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100歳の魔女、不老不死のロリになる。  作者: 樹(いつき)
第一章 ノークロース
12/86

平和を愛しているんだ

儂はセンの行動を思案した。

おそらく、奴は自宅に寄っているはずだ。

何を目的にしているかはわからないが、他にこの町で奴と関係のある場所は思いつかない。


この町で起こっている爆破事件は、どこで悲鳴が起こっても不思議ではない状況を起こすための仕込みだ。

町中がまるで地獄の窯を開いたかのように、燃え盛っている。

空が、戦争の時のように、赤く燃えている。


「こりゃ、まずいですねえ」

「ボンバイ、急ぐぞ。奴に逃げられてしまう」


儂はセンの自宅へと走った。

活性剤の効能を最大限に発揮しながら、壁を蹴って住宅街の屋根へと上がり、真っ直ぐに目的地を目指す。

そんな人間離れした儂の動きについてこられている辺り、ボンバイもまた、一級の武芸者なのだろう。


「お前のところのボスの安否はいいのか?」

「ネズミが向かっています。まあ、あの場所は町の中でも奥まったところですから、恐らくは大丈夫かと」

「随分と隠れ家を信頼しているんだな」

「こういう事態のことも考えて作っていますしねえ。たとえ地表が焦土になっても安全ですよ」


屋根から屋根へと飛び移る。

精霊を呼び出すには、この場所へ導くための魔力がいる。

不老不死の儂と言えど、今日は精霊を呼び出しすぎていて、あと一度が限界だろうと感じていた。


センにまだラッセルのような凶悪な仲間がいたら、対処しきれるかわからない。

しかし、それでも、直接向かわずにはいられなかった。


火の手から遠く離れたところにある、センの自宅は、恐ろしいほど静まり返っていた。

灯りがついているところを見るに、中に人はいるのだろうが、強化された儂の聴力でも、談笑のひとつも聞こえない。

留守にしているのだろうか、と一瞬頭をよぎったが、直後、ボンバイが声をあげた。


「アレ、なんですかねえ」


視線の先、屋根の上で、光の球が忙しなく動いている。

あれは初級精霊術で使われるウィル・オ・ウィスプだ。


たしか、彼の娘のシーリントルが学校で精霊術を習っていると言っていた。

それがああして混乱しているかのように、ふらふらと出てきているということは、何かの信号に違いない。


「ボンバイ、派手に侵入しろ」

「はいよ」


ボンバイは躊躇なく扉を蹴り飛ばした。

大きな音と振動が鳴って、道が開ける。

人の気配は廊下の奥からしている。


「奥だ。何をしかけているかわからん。油断するなよ」


ボンバイは頷きながら長刀に手をかけ、儂の前を進んでいく。

食卓には、倒れ伏した女性と、椅子に座った子供と、その他には誰もいなかった。

床に広がる血だまりはまだ濡れており、この惨状がつい先程起こったものだとわかる。

そして窓が開いており、そこから逃げ出したことはすぐに想像つく。


「やはりもういないか! 追うぞ!」

「待ってくだせえ。この子、やばいですぜ」


ボンバイに言われて、その子供――シーリントルの方を見ると、両腕と両足が、既に肘と膝の辺りまで、灰色の石灰岩になりかけていた。


「これ、石化の薬じゃないですか?」

「なんてことだ! これだけ進行していたら、もう治すことはできん!」


手足の先からじわじわと石化する特徴は、バジリスクの体液から精製された石化薬しかありえない。

そのようなものいったいどこに隠し持っていたのか。


儂はシーリントルの首筋に手をやる。

弱々しいが、脈はある。

まだ、この子は生きている。


「ボンバイ! この子の両手足を切り落とせ!」

「何ですって!?」

「早くしろ! 見たらわかるだろう! 石化はどんどん上って来る!」

「……チッ!」


ボンバイは舌打ちしながらも、鮮やかに、シーリントルの上腕から先と、太ももの付け根を切った。

手足を失い、倒れかかった彼女を、儂は呼び出したウンディーネの水球に閉じ込める。


「ウンディーネ! 命をつなぎ留めろ! ボンバイ、手伝いの最後に医療協会のジュイチって眼鏡に言伝を頼む。儂の名前を出して、状況を伝えれば渋々でも来るはずだ。現状維持はこのままでも可能だろうが、いかんせん人間で試したことはない。様子を見てウンディーネに口頭で指示を出すよう言ってほしい。こいつは話せんが指示は聞ける。儂は逃げ出したセンを追う。任せたぞ!」


早口でまくしたてるように言い、返事を待たずに儂は窓から飛び出した。

足跡も、匂いも辿れる。

予想通り、町から外れた森の中へと続いていた。


感覚を研ぎ澄ませば研ぎ澄ますほど、風上から漂って来る爆発物の匂いや音が儂の追跡を邪魔する。

センは儂がどうやって人を追うか知っていた。

かく乱するために、町に火をつけたのだ。


あまり悪態を突きたくはないが、歯噛みせずにいられなかった。

捕まえて頬のひとつでも叩いてやりたい。


森は真っ暗で、儂の目でもそう遠くまでは見えない。

それに、色々な匂いが混ざって、その中でセンの匂いだけを探すのはそう簡単なことではなかった。


森へ入って十分ほど経ったころだろうか。

不意に、木の上から音が聞こえた。


「あー、あー。聞こえる?」

「セン!」


声の位置から彼の匂いはしない。

そこにはいないが、声は聞こえる。

音声を遠くから飛ばしているのか、あの魔法電話とやらの技術を使って喋っているのだろう。


「どこにいる! 貴様、これだけのことをしでかした責任はとれるのだろうな!」

「悪いけど、しばらく会えない。次にやることがあるから、忙しいんだ」


声は複数の場所から聞こえていた。

初めからここに儂をおびき出すつもりで、すでに仕込んでいたのだ。


儂の能力を測り、逃走するための手順を整えていた。

儂が五感を研ぎ澄ませられること、精霊を出せる回数、その力の上限。

彼なりに計算し、作戦を練って、この状況を作り出した。


完全に出し抜かれたことをまずは認めなくてはならない。

儂はこやつに騙され、まんまと逃走させるしかないのだ。


「……今回だけは負けを認めてやろう。儂はもう今日はお前を追わん。シーリントルを治療してやらねばならんし、儂も貴様よりも優先すべき事項が山のようにある。だが、お前の目的と理由を聞いておかねば帰るわけにもいかん。お前はなぜ儂と接触した? 今にして思えば、初めから怪しい点があった。初めて会ったあの時、お前を追っていたのは明らかにここの組織の人間とは違う毛色をしていた。まるで狩人だったではないか。あれはラッセルの仲間だな?」

「ご明察。その通り、彼らにお願いして、演技をしてもらった。君を表舞台に引きずり出すのは骨が折れたよ。住処を探すのだって、容易じゃなかった」

「表舞台?」

「俺の狙いは君を今現在の世界へ連れ出すことだったんだ。ああ、彼らを探してももう無駄だよ。すでに『不気味な男ブギーマン』が始末したからね」


儂は眉をひそめる。

まるで意味がわからない。


「どういうことだ? 儂がここに来ることで、お前に何か得があったか?」

「これからだよ。簡単に言うとね、今、この世界では破滅を望む人間たちが、裏で動いている。それに対する抑止力になってほしいんだ」

「わけがわからんな。お前のような人間が、なぜそんなことを気にする?」

「俺は、平和を愛しているんだ。でも、それを自ら叶えるだけの力をもたない。俺は考えたんだよ。どうしたら“俺の敵”に一番迷惑をかけられるか。すでにこの世界から引退した“混沌”を呼び戻せばいいんじゃないかって思ったんだ。言ってみれば、虎の尾だね」


彼は愉快そうに笑った。

寄りにもよって人を混沌呼ばわりとは、大層な口を叩くものだ。


「今、その虎の尾を踏んでいるのは、貴様だが?」

「俺なんかに構っている暇はすぐになくなるよ。魔力大結晶というものを知ってるか? この世界に存在する、火、水、風、土の魔力が形となった、巨大な結晶だ。奴らは、それを狙っている」

「奴らなどと言っているが、お前もその仲間でないと証明できまい」

「嫌だなあ、仲間だったら教えていないよ。彼ら『五星団』はその結晶全てを手中に収めて、この世界の転覆を狙っている。止めて欲しいとは言いわないけど、彼らが好き勝手にやっていると、ロアさんも嫌な思いをするんじゃないかと思って、こうして話しているんだよ」

「ムカつく言い方だな。自分のためだろう」


長い間、現世から離れていた儂は『大魔力結晶』も『五星団』という名前も聞いたことがない。

知らない間に、知らないものが発見され、知らない連中がそれを狙っている。

そんなものに巻き込まれたくないが、こいつのせいで関わらざるを得なくなってしまった。


「フン。まあ、今はどうでもいい。その件ならあとでいくらでも調べられる。それよりも、貴様はなぜ家族を殺した?」

「それは個人情報だよ。それに、シーは君が助けただろう? そうなるように、時間の調整をしたつもりだよ」

「母は死んでいたぞ」

「それこそ、君たちには関係のないことだ。ともかくこれで、シーの関心は全て俺への復讐へと向くはずだよ。上手く育てて、俺を殺せるようにしてね」


シーリントルを計画に使いたいから、助けられる時間と方法――それも後遺症の残るもの――を選び、わざと生かしたのだ。

こいつに人道を解く気はないが、儂とは人間に対する感覚が違う。

儂を含めて、自分以外の全てを、玩具だとでも思っているのだろう。


「……貴様、どこまで人を馬鹿にすれば気がすむのだ?」

「あはははは、その反応も含めて全て順調。さっきも言った通り、俺は次の計画があるから、そろそろ会話を切り上げるよ。まあ、君に直接接触することは、しばらくの間ないと思うから、何か最後に言い残したいことはある?」

「くたばれ」

「ありがとう。じゃ、またね」


センの声はそれっきり聞こえなくなった。

静寂を鳴らす森の中で、儂は思い切り地団太を踏んだ。

これほど腹が立ったのは久しぶりだ。

いくら儂が人心に疎いとはいえ、見事に自分の心情を隠し通し、逃げおおせた。


思えば、奴の家庭は特別貧乏ではない。

奴が借金をした理由などをもう少し深く探っていれば、早くに気がつけたはずだ。


ボンバイの組織の目と儂の目をラッセルに向けさせるため、まだ明るみに出ていないものを含めて、いくつもの手順を踏んだに違いない。

その結果、奴とは関わりのないところで、儂とボンバイはまんまとラッセルを追ってしまった。

どこで気がつけばよかったのか、と繰り返し考えてもわからないほどに完璧な隠蔽だった。


悔やみながら、儂はシーリントルのところへと戻った。

ボンバイはジュイチを呼び、ボスのところへ戻ったようだ。

事情を飲み込めていないであろう彼は、シーリントルの入った水球を眺めていた。


「ジュイチ、忙しいところすまないな」

「ロア氏、数日ぶりです。今、町は大変な騒ぎになっています。でも、ちょうどリゲル氏が到着したので、もうしばらくすれば騒ぎも収まるでしょう。幸い、火の手が上がったのは人のいない場所ばかりだったようで、怪我人もまだ報告されていません」

「人のいない場所だけ、だったのか?」

「ええ。明らかに爆発物を用いた放火だったのですが、悪戯だったのでしょうか」


彼は興味もなさそうに言う。

それは意外な結果だった。


人を殺すことに躊躇いがないことは、センの様子を見ればわかる。

それにも何か目的があったのだろうか、と思考を巡らせるも、今はその時ではないと考え直す。


「ロア氏、彼女に早く処置をすべきでは? このまま施設へ運べるなら、僕が直接施術してもよろしいですが」

「……あ、ああ、そうだ。すぐに運んでも問題ないか?」

「ええ。僕の権限でどうにかしましょう」

「お前意外と権限あるんだな」

「そう褒められましても」

「母の遺体は任せてもいいか? この娘の治療にその身体も使う」

「治療に使うとは……。いえ、今は無駄話に時間を割いている場合ではありませんね。急ぎましょう」


ジュイチは母親の遺体を専用の袋で包んで背負った。

ふと、儂の脳裏で無関係だと思っていたものが、繋がる。

母の匂いと、テーブルに置かれたスープの匂いが、同じだ。


もはや怒る気力も失せた。

何が平和を愛する者だ。

所業は邪悪そのものではないか。


その時、嗅覚を意識したからだろうか、さっきまでは気がつかなかった異臭に初めて気がついた。

センの匂いを追うことに必死で、無意識に感覚から除外していたものが、もうひとつあったのだ。


「おい、ジュイチ、そっと動け。これはマズい」

「なんです? ……あっ」


ジュイチも足元を見て、感づいたようだ。

床が、まるで雨上がりの地面のように濡れている。


これは竜火草の実からとれる可燃性の油だ。

見た目には流血の跡に混じって全くわからないようになっていた。

独特の甘い匂いが部屋中に蔓延しているところをみるに、僅かな火花でも発火を起こし、爆発、炎上することだろう。


「せめてノームが健在なら安全に除去できるのだが……。ひとまず、お前から出ろ。同時に出てぶつかりでもしたら洒落にならん」

「わかりました」


無駄口を叩く暇がないことは彼も承知している。

丁寧に素早く彼は部屋から玄関へ向かう。

その後ろ姿を見て、儂はウンディーネにシーリントルを運ばせる。

ウンディーネならば、火花を起こすことは万が一にもない。

そして、その後ろを儂はゆっくりとついていく。


ここまでくれば、儂にも予測はついている。

自分の子供へギリギリ死なないように時間の調節をして薬を打ちこむような男が、安全な脱出手段など残しているはずがない。

娘を助け出せたタイミングで、この家は抹消する気に違いないのだ。

だから、必ずこの家のどこかに、時限装置が組み込まれている。


それが五分後か、十分後か。

娘がこの家を出て、衛兵たちによる立ち入りが行われるまでの、わずかな間。

その計算をして、何かしかけているはずだ。


儂は最も火の起こりそうな台所に目をやる。

ここも魔石による炊事を行っているはずだ。

だとすれば、その回路に弁のようなものをつけて、火を起こすことは技術的になんら難しくないだろう。


儂にできることは、それを解除することではなく、安全に皆を退避させることだ。

爆発が起きたくらいで儂は死なない。

もちろん、痛いのは嫌だが。


「おい、もう出たか!? 破片には気をつけ――」


喋っている途中で、突如、発光は起きた。

音が聞こえなかったのは、一瞬で鼓膜が破壊されたからだろう。

地響きすら感じることなく、儂は砕け散り、暗闇の中に埋もれてしまった。


「ロア氏!?」


――遠くで、声が聞こえる。

ロア、は儂の名前だ。


どうやら運よく頭部がちぎれて開いた玄関から爆風と共に押し出されたようだ。

そして、鼓膜はすぐに再生できていることがわかる。

自分の姿は見えないが、かなりグロテスクなことだろう。


それにしても、散り散りになっても思考ができるように頭部を頑丈に改造しておくべきだったか。

これほど高頻度で細切れになって死ぬなどとは予想していなかった。


状況を確かめたくても、目から入って来る情報を上手く処理できない。

脳も欠損しているのか、まるで思考が表皮を滑っていくような感覚を味わっている。

体を集める速度だって、遅い。


「ロア氏、それ、どうなっているんですか?」

「あー、ジュイチ。儂は、少し、遅れる」


うにうにと蠢く肉片を見て、ジュイチは迷っていたようだが、すぐに歩き始めた。

判断力が高くて助かる。

さて、早いところ自分の体を回復させねば。


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