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不老不死

何度季節が巡ったことだろう。

両手足の指を使っても数えるには足りないほどの年数をかけて、儂はある秘薬を作る――否、作った。


その昔、不老不死は、権力者の悲願だった。

老いることも死ぬこともなく、永久的に生き続けたいと、人々は願った。

そして、儂もそのうちのひとりだ。


枯れ木のようにしなびた手の甲をさすり、糸紡ぎ車に残った糸くずのような銀色の髪をかきあげる。

すでに視力も衰え始めているものの、深紅の輝きは失われていない。

天蓋の大魔女ロアと呼ばれて久しいこの体は、すでに肉体としての限界を迎えていた。


もちろん、賢しい儂は、産まれた時からこうなることをわかっていたし、人が死から逃れられぬことも知っている。

だが、それはまだ誰も到達していないだけで、その先は存在する。


――観測されていないものは、全て存在する。

“それ”がないと証明できるまで、儂は続けることにした。


才能を持ちながらも若くして狂気に身を捧げたと揶揄されようとも続け、そしてついに“それ”の存在を証明した。

不老不死の秘薬は、同様の理論で、副次的にもうひとつの秘薬を生み出した。

それが『若返り薬』。


そう、不老不死になろうとも、このようなしなびた体ではまるで意味がない。

不老不死と言えば、ツヤツヤでピカピカの体で生き長らえることを、誰もが想像しているに違いないのだ。


儂は慎重に自分の年を計算して、ちょうど二十五歳くらいになるよう分量を調節した。

――準備は万端。

目の前にはふたつの薬を合わせた金色の液体がある。


さあ、いざ飲むぞと手に取って、ふと、思った。

『果たして二十五歳は若いのか?』と。

考えてみれば、学校を卒業して社会に放り出される年齢は十八やそこらだ。

そこからは荒波に揉まれ、どんどん老化は加速していく。

七、八年も働けば、二十五歳と三十歳の違いなどなくなる。

明確に若いと胸を張って言えるのは、二十歳よりも、以前ではないだろうか。


儂は悩んだ。

今から分量を測り直すのは不可能だ。

なぜなら、もう混ぜてしまったから。


しかし、そこへ若返り薬を追加することは可能だ。


不老不死の秘薬は一年に一度しか手に入らない花の蜜を使っているため、ここで廃棄すれば次は来年にしか作ることができない。

すでに三桁にまでさしかかった我が身は、その時まで健在だろうか。


――欲が出た。

若返りの薬を三滴、追加で垂らした。

一滴で二年の計算だ。

もし一滴三年であったとしても、十六歳。

十九と十六の違いなどたった三年、微々たるものだ。


――それでは。


儂は興奮に震える手で金色に光るコップを掴むと、薬を一気に流し込む。

まるで度数の高い酒を飲んだ時のように、熱いものが流れていくのがわかる。

胃の中が、燃えるように熱い。


次第に意識が朦朧としてくる。

これは予測の範囲内だ。

麻酔成分による意識の混濁が始まった。

身体の変化には恐らく激痛が伴うだろうと予測して、十二時間ほどは眠れるようにしておいた。


次に目が覚めたとき、儂は若かりし頃の体で、さらにもう老いることもないのだ。

――もちろん、薬が効きすぎて死んでいなければの話だが。


歪んだ視界が徐々に暗転し、儂は机に突っ伏した。






「さむ……」


足の指に冷たさを感じて、儂は目を覚ました。

なぜ眠ったのか思い出せず、目をこすりながら体を起こす。

乾燥しているのか、目やにがぱりぱりと張りついている。


いつもより随分と机が高く感じる。

それに、ローブがまるで毛布のように大きい。

ようやく、思考がはっきりとした。


「……あっ! そうだ薬!」


椅子から飛び降りて、埃を被った姿見の鏡の前に立つ。


「お、おおー!」


たしかに、若返っている。

肌はピカピカだし、髪もツヤツヤな銀色だ。

腫れぼったかった目は大きく開いて、赤い瞳がルビーのように光っている。


興奮してくるくる回り、また、鏡を見る。

夢を見ているのではないか、と頬をつねると、ちゃんと痛い。


「やった、やったぞ!」


喜んで飛び跳ねる。

飛び跳ねるなど、何年ぶりだろうか。

激しく動いても足腰が変な音を立てる様子はない。


「……いや、待て。変だ」


十八歳とは、これほど背が低かっただろうか。

手足も短く、棚の上が見えない。


さすがに、そんなことはないはずだ。

儂は自分がどうなったかを理解した瞬間、喜びは一瞬で絶望へと変わった。


「子供に、なっている……」


十歳くらいだろうか。

とにかく、戻りすぎた。


儂は絶望した。

不老不死のため、二度と老いることはない。

つまり、年数を重ねても、これ以上成長しない。


愕然としながら、迂闊にも三滴加えた自分を呪い、落ち着こうと火を焚いて湯を沸かす。


――そして数時間後、儂は燃え盛る屋敷の前に立っていた。

なぜ、こんなことになってしまったのだろう。

工房も屋敷も、何もかもが燃えている。


子供に火を使わせてはならない。

そう言い聞かされた者も多いだろう。

儂は子供だが子供ではない。

だから、大丈夫だと思った。


まさか、紅茶の葉をとろうとして隣の油壺を落として割り、驚いて飛び退いたせいで大きすぎるローブの端に火がつき、消そうにも水瓶の中に手が届かず、床に広がった油に引火。

為すすべもないうちに、実験道具のガスや火薬へと燃え移り、爆発、炎上。


パニックになった儂は、精霊を呼び出すこともできず、慌てて外へ飛び出した。

不死なのだから火傷してでも資料くらいは持ち出すべきだった、と空を舞う黒い破片を見て思う。


十歳の少女となった儂は、年老いた体と共に、薬の製法や住処の全てを失った。





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