8話 魔力切れ
呆然とその光景を見ていた僕は、ルドルフが倒れ込むのを見て我に帰る。
「大丈夫!?何か怪我とかしたんじゃ-」
慌てて駆け寄り声をかけると、か細い声で苦しそうに返してくる。
「大丈夫、ただの魔力切れだから。動けないだけだよ。」
「それは確かにそうだけど、明らかに苦しそうだし…」
「まあ、そうだね。それはまあ、なんとかなるけど、この状況の後処理、どうしようかな…。」
「僕に出来ることなら、何でもやるよ。だから君は少し休んでて。」
そう言ってどんな指示にも迅速に対応できるようにと立ち上がる。
「ちょっと!キミ怪我してるじゃないか!」
どうやら彼女は今、僕の左上腕部が折れているのに気がついたらしい。
しかし、今は手当てよりも優先することがあり、更に言うと僕は骨折の手当ての仕方を知らなかった。
「いや、それよりも後処理を優先しよう。こうしている間にも時間はどんどん過ぎていくわけだし。」
「そう言うわけにはいかないよ!一旦座って!」
先程とは打って変わった彼女の真剣な声と表情に圧され、指示通りにその場に座る。
すると彼女は唐突に僕の襟首を掴むと、強引に引きよせる。そして-
柔らかな唇が僕のそれにそっと触れる。
唐突なことに思考が追い付かない。
何かを求めるかのように動き回る舌が僕の中へと入ってくる。
途端に僕の中から何かが流れ出ていく感覚がした。
それからどれ程の時間だっただろうか。一瞬にも永遠にも感じられたその時間は、彼女が僕の首の拘束を緩めたことで終わりを告げた。
呆然とし、その場で硬直する僕に彼女は照れながら告げる。
「さ、流石に…動けないままだと…仕事に支障が出るから…魔力を貰ったんだけど…。」
顔を反らしながら喋る彼女の声は少し震えていた。
まだ思考が正常に戻らない僕は 、そんな彼女を見て、とりあえず何か言わなければと、思ったことを口にした。
「事故みたいな物だったけどさ。その…今のは、単純に…その…嬉しかったって言うか…。」
自分で言っていて物凄く恥ずかしくなり、発言は尻窄みになった。
「ふぇ!?え?う、嬉しいって…」
「いや、その、何て言うか、気持ち悪かったらごめん。でもほら、なんかかわいい子にキスされるのなんか初めてでさ。」
なんて言い訳をしながら彼女の方をちらりと覗く。
と顔に手を当てながら「かわいい、かわいいか…えへへ…」と小さな声で言いながらにやけていた。
何だか物凄く羞恥心を擽られ、僕は話を本題に修正する。
「えっと、で、後処理しないといけないんだよね。何をやればいい?」
「ああ、うん。そうだね。そうだった。」
彼女はゆっくりと立ち上がり、衣服を整える。
「まず、とりあえず宝石の袋をちょうだい。」
「オッケー。はい、これ。」
僕は腰に付けていた宝石の袋を彼女へと渡した。
「それじゃあ、まずは生体加速を掛け直すよ。」
ルドルフはそう言うと右手で宝石を1つ取って、左手で僕の右腕を掴み、静かに言った。
「生体加速、範囲1。」
当然の如く、何も感じず、何が起こったようにも思えないが、彼女の持つ宝石がぱっと消えたことから、魔術が成功したことが窺えた。
詠唱って必要ないんじゃなかったの?とは思ったが、今はそれを聞く場面じゃないと判断し、口にはしなかった。
「それじゃあ、今度は袋から包帯を出してほしいんだけど。」
言われるがままに、袋の中に手を入れ、包帯をイメージして取り出す。
恐らく僕の骨折の手当てをするつもりなのだろう。
そう思っていたから、尚更彼女が自分の腕に持っていた棒を当てて、包帯を巻き出したときには驚いた。
意図がつかめず唖然とする。
彼女は包帯を巻き終えると、一つ深呼吸をし、袋から宝石を取り出し、僕の折れた左腕を見つめる。
「転送」
次の瞬間、左腕の違和感や痛みが全て、まるで最初から存在しなかったかのように無くなった。
代わりにルドルフが少し顔をしかめる。
この事から、大方の事情は察することができた。
「ちょっと、何でこんなこと…。別に君が僕の怪我を肩代わりなんてする必要無いでしょ。」
「ううん、ボクじゃこの人をベッドまで運んであげることが出来ないし、キミも片腕じゃ無理でしょ?それに、まだプレゼントは配り終わってないんだから、キミが元気じゃないと、また何かあったときに困るからさ。」
「いや、まあ、そうかもしれないけどさ…。」
彼女の言う理論は全うだし、納得せざるを得なかったのだが、僕は結果的に女の子に怪我をさせてしまった事に、罪悪感を覚えることになったのだった。
「じゃあ、まあ、とりあえず今はこの人を運ぶよ。」
男を近くにあった椅子に座らせ、その前にしゃがむ。
彼の腕を僕の肩から前に回して、自分の腕を彼の太ももの下を通して回し、彼の腕をクロスさせて掴み、立ち上がる事で、僕は一人でこの男の人をベッドへと運んだ。
「へー、何それ。」
「これ?意識がない人を一人で運ぶための背負い方だって、前にテレビか何かで見たんだけど。」
「へー、なるほど。凄いねキミは。てっきりお姫様抱っこでもするかなとか思って頭支える気まんまんだったんだけどな。」
「いや、結構重いしお姫様だっこはキツいよ。あれって持たれる側の協力あってやっと出来るような持ち方だし。」
ベッドに男の人を寝かせ、布団をかける。
一通りの後処理が終わり、そんな下らないことも言い合いながら、残りの今晩起こったことの証拠を片付け、プレゼントを子供の枕元に置いた後、ソリへと戻ったのであった。