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1話 ある男たちの値遇、あるいは日常との別離

 『クリスマス』と聞いたらどんなイメージを思い浮かべるだろうか?

 子供たちなら「サンタさんからプレゼントがもらえる日」だと答えるだろうし、キリスト教徒なら「誕生祭」と答えるだろう。あるいは日本のカップルなら「恋人と過ごす日」などと言う答えが聞けるかもしれない。

 しかし、子供でもなく、キリスト教徒でもなく、リア充でもない僕、二河聖人にこうせいとは、クリスマスのイメージについて聞かれればこう答えるだろう。「ただの平日」だと。

 実際、今日は12月24日、クリスマスイブだが、いつも通り大学へ行って来た。今は丁度その帰りである。

 大学3年の冬であれば、もう就職活動に手を出しているのが普通だろうが、僕は何となく就活をする気にならずに毎日をただ漫然と過ごしていた。

「なんとかしなきゃいけないんだろうけどね。」

 最近は口癖のようにこんな言葉が出てくるようになった。就職はしないといけないという焦燥感と、仕事などという楽しくなさそうなことはやりたくないという気持ちの板挟みになり、結局は現実から逃避するのだ。

 こんな自分が嫌になり、ため息をつきながら自室のドアを開け、中に入る。

 小腹が空いたので、何か食べるものを探して、冷蔵庫を開けたが、入っているのはコーラと酒だけだった。

「買いに行くって言っても面倒だし、お金ないし、我慢するか。」

 これも最近よくあることである。アルバイトでも探すべきなんだろうが、お金のためとはいえ、やりたくないことをやるということ、もし職場に嫌な人がいたら、この2つを思うとアルバイトすらやる気が起きないのだった。

「ゲームでもするか」

 将来への不安で、何事にも身が入らないので、最近はずっとスマホゲームをなんとなくプレイしている。何も考えずに画面をタップする時間は色々なことを忘れられ、この時だけは心が楽になる。こんなふうでも時間は潰れるが、浪費した時間だけ焦燥感は強くなる。

 ふと気が付くと午後10時、またこんなゲームに時間を使ってしまったと後悔しながらコンビニまで夕飯を買いに行く。これもまたいつものことなのだ。

 コンビニに着くと、深夜だというのに客がちらほらと見えた。その客のほとんどがカップルか、仲のいい友人グループといったような雰囲気だった。

「クリスマスイブだもんな」

 誰にも聞こえないような小さな声で呟いた。

 適当におにぎりと菓子パンをレジに通し外へ出る。そうやって意識してみると、楽しそうに複数人で歩いている人の姿が多く見受けられた。

「楽しそうだな」

 実家から出てから3年、クリスマスを誰かと過ごしたことがあっただろうか。

 彼女もおらず、友達も少ない僕は、クリスマスどころか、最後に誰かと出かけたのがいつだったかすら思い出せない。

「惨めだな...。」

 零れそうになった雫を上を向き無理やり戻し、歩き始める。

 なんだか今日は帰る気にもならない。しかし、このまま幸せそうな人々を見ているのは辛すぎる。

「そうだ、あの公園なら。」

 人のいない場所に行こうと、僕はその公園へと歩を進めた。

緑ヶ丘ふれあい公園は、中規模の公園で、地域では有名な心霊スポットである。深夜に行くと幽霊が出るとか、恐ろしい獣が住み着いているだとか、そういった噂が絶えず、街灯もほとんど設置されていないので、普段は誰も寄り付かないのだ。

 公園に着くと、案の定人の気配はなく、その場には静寂が満ちていた。 

 ここに来るまでに大分体が冷えていたので、自販機でコーヒーを買ってから、座りながら落ち着いて夕飯を食べようとベンチを探す。

 自分でもあまり入ったことのない公園でベンチの場所も把握していないので、スマホの明かりを頼りに公園中を捜索する。

 この公園は東西南北と中央の5区画からなるのだが、西から中央に足を踏み入れた時、違和感が僕を襲った。

 違和感の正体はすぐに分かった。街灯のないはずの東区画から光が見えるのだ。

 誰かいるのか?こんな時間にこの公園に?肝試しでもしているのだろうか?色々な考えが頭をよぎる。

 好奇心から僕は物陰に隠れて光の正体を見てみることにした。

 中央区角の植え込みから顔をのぞかせ、目を凝らす。

 対象の光のおかげでその周辺にあるものの輪郭だけは見ることができた。

 一つは人の姿をしていて、もう一つは中型で四つ足の動物の姿をしているように見える。

 僕の思考は途端に混乱する。

 なんだあれは?角が生えてるから犬じゃないし。どれかって言うと鹿みたいだけど…。まさか獣が住み着いてるって話本当だったのか?と言うかその獣の横で平然としているあいつはなんだよ。幽霊とかじゃないだろうな…。

 先ほどまでの好奇心はどこへやら、恐怖心が俺の心の全てを支配した。

 本能が告げてくる、逃げろという指示に従い、僕はその場を後にしようと振り向く。しかし――

「うわっ!」

 僕は足元の木の根に足を取られ転んでしまった。

「誰だ!」

 間髪入れずに例の人影の方から男の声が聞こえてくる。

 逃げなければと思うのだが、恐怖で足が固まって全く動いてくれない。

 後ろから何者かが近づいてくる足音が迫ってくる。

 その者は僕の後ろから横へと来て、前へと回った。

 僕はあまりの恐怖に目を伏せる。

「お前、見たか?」

 男の声が話しかけてくる。何をかは分からないがとにかく見たとは言ってはいけない気がする。

「…み…見てないです。」

「…ま、冷静に考えればこんな聞き方して見たとか言う奴はいないわな。」

 男の声は笑っているように聞こえた。

「とりあえず顔上げな。」

「は…はい…。」

 顔を上げるのは怖いが、指示を無視するのも怖い。俺は意を決して顔を上げると目に飛び込んできたのは全身赤と白のコーディネートのお兄さんと、赤い鼻のトナカイだった。

「…え?」

 お兄さんは柔和な笑みを携えつつ問うてくる。

「まずさ、君こんな夜中に何やってたの?」

「えっと…一人になりたくて…。」

「なに家出?って年でもなさそうか何かあったの?」

「いえ…あの…。」

 いろいろと疑問点が多すぎて思考がまとまらない。僕の脳内の処理が終わる前にお兄さんは勝手に話を進めていく。

「彼女に振られたとか?まあ、人生いろいろあると思うけど、人間万事塞翁が馬、しんどいことのあとにはいいことあるって。」

「いや、別に振られたわけではないんですけど。」

「あ、そう。んで、まあ本題に入るんだけど。もう君見ちゃってるでしょ、俺の恰好とこいつ。」

 お兄さんは赤い鼻のトナカイを指さす。

「ええ、まあ。」

「でね、これ一般人に見られるとなかなかまずいんだよね。」

 僕の中でとてつもなく嫌な予感がした。

「だから、一応見られちゃったときの処理をしなきゃいけないんだけ―――」

 話を聞き切る前に俺は一目散に駆け出す。殺されるやつだこれ!

「ちょっ!待てって!ルドルフ頼んだ!」

 お兄さんが腕を前に振ると隣にいたトナカイがすっ飛んできた。マジかよ。

 あの体格のタックルが飛んで来たらひとたまりもない。ってかトナカイ早すぎね?

 次の瞬間には僕はトナカイに服の首根っこを咥えられ、子猫のようにお兄さんの前に連れていかれる。

 お兄さんは少し困った顔をしていた。

「話は最後まで聞けって。ええっと、処理をするんだけど、お前は2つから選べる。」

 処理とか言う単語が不穏すぎて頭に入ってこないし、選べるって言ってもどうせ絞殺か溺死かくらいだろう。

「まず一つ目だが、Aクラスの記憶処置。」

 記憶処置か、殺されるよりはましだな。てかAクラスって何だ?Bクラスとかもあるのか?

「そして2つ目が、俺らの組織で日給2万のアルバイトをする。」

「…え?アルバイト?」

「お、そっちに興味があるかい?やっぱりいつの時代もサンタクロースは憧れなんだなぁ。」

 お兄さんは何かに思いをはせるように遠くを見る。何となくは察してたけどやっぱりこの人サンタクロースのつもりだったんだな。

「んじゃあ、アルバイトしてもらうとして、記憶処置は無しの方向で。あれ結構面倒だし使わなくてよかった。おまけに人材まで確保できて今日の俺はついてるな。」

 お兄さんはいつの間にか手に持っていた怪しげなスプレー缶をポケットに閉まった。一体何をする気だったのだろうか。

「さて、面倒な書面の契約はとりあえず後に回して、今は忙しいから早速手伝ってもらうぞ。」

 そう言って公園の西側へとお兄さんは向かう。

「ちょっと!」

「ん?どうした?」

 お兄さんは僕の呼び掛けに不思議そうに振り返る。

 流石にこれ以上訳のわからないまま訳のわからないことをやらされるのは避けたいと思い、勇気を出して叫ぶ

「アルバイトとか記憶処理とか、それ以前にあなた何なんですか!」

 僕の渾身の叫びを聞き、お兄さんはキョトンとした顔になり、やがてそれは苦笑に変わる。

「え?ちょっとちょっと、そこまで俺らの知名度低い訳じゃないでしょ。と言うか俺1回言わなかったっけ?サンタクロースって。」

「いや、サンタクロースって本当にいる訳じゃないでしょ、端から見たらあんた完全に不審者ですよ!」

 僕がそう口にした瞬間、場の空気が凍りつくのがわかった。

 お兄さんの顔から一切の笑みが消える。

 十数秒の沈黙の後、お兄さんは徐に口を開いた。

「居るぞ…。サンタクロースは…。」

 形容しがたい彼の悔しさと悲しさ、諦めの混じったような複雑な表情に、僕は何も言えなくなる。

「日本じゃなかなか受け入れてもらえないんだよな…。良いことしても気付かれないで、たまに悪目立ちすりゃ不審者だの変質者だので総叩きさ。」

 再びの沈黙が訪れる。よくは分からないが地雷を踏んでしまったらしいが、沈黙が重たすぎる。何か話題を変える切っ掛けを探そうと彼から目を切った時、唐突に僕たち二人のものではない声が響いた。

「三田、気持ちは分かるけど今は我慢して。仕事中だし、あまり時間も無いよ。」

 僕は慌てて辺りを見渡す。誰の気配もしなかっただけに一層怖い。

「ああ、済まないルドルフ。仕事に戻ろう。」

 お兄さんの今の言葉が引っ掛かり僕は彼を見る。

「え?ルドルフって確か…。」

「ん?ああ、こいつの名前だよ。俺の相棒。」

「君もアルバイトになるんだったら今日はボクと行動することになるから、ヨロシクね。」

 先ほど聞こえてきた声と同じ声が聞こえてくる。

「動物が…喋って…」

「そりゃサンタのトナカイだからな、喋るくらい何てことないだろ。」

 「別にサンタのトナカイだからって訳でも…まあその認識でも構わないけど。」

 お兄さんが自慢げにルドルフが少し面倒くさそうな声色で言う。

 急展開過ぎて付いていけない。ああそうか、これは夢なのか。サンタクロースが居るなんて夢を見る辺り、僕も子供だな。しかし折角の夢なんだったら別にサンタの手伝いくらいやってもいいか。そう思い僕はアルバイトの申し出を了承することにした。

「ああ、そういうことですか。それだったら仕方ないですね。では僕は何をしたらいいでしょうか?」

「お、なんか急にやる気になったな。よし、じゃあ早速だが、サンタクロースのクリスマスの仕事と言えば?」

「子供たちにプレゼントを配る、ですか?」

「そう正解。今日のお仕事はそれだけ。それじゃ、そこのトイレとかでこれに着替えてきて。」

 そういって渡されたのは紙袋だった。

 恐らく中にはあの赤い衣装が入っているのだろう。

「わかりました、じゃあ着替えてきます。」

「おう、あんまり時間もある訳じゃないから、なるべく早く頼むな。」

「了解です。」

 紙袋を抱えて僕は公衆トイレに入ったのだった。

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