第4貝 「成人式」
「おめでとう。今日は成人式か。お前も1人前だな。」
今日は成人式。
男手一つで私を育ててくれた、ちょっぴりぶっきらぼうな父も、今日は嬉しそうだ。
「お母さん。見てやってくれ。この晴れ姿。嬉しいじゃないか。」
父が泣いているように見えたのは、私の気のせいだったのだろうか?
物心つく前に、母は既にいなかった。
写真立ての中の母は、いつも笑顔で私を見守ってくれていた。
「そうだ。これ……お母さんが、お前が成人したら渡してくれって言われてたプレゼントだ。」
父が小さな箱を私に手渡してくれた。
「なにこれ?ちょっと臭うんだけど……。」
嫌そうな顔で箱を見つめる私。
「いいから開けてみろ。」
父も漂ってくる臭いに顔をしかめた。
恐る恐る蓋を開けると、中に入っていたのはサザエとつぶ貝の貝殻だった。
「なにこれ?」
私には意味がわからない。
父もキョトンとしている。
「ま、まあ……あれだ。よくあるじゃないか。先立ったお母さんが、ビデオで解説するみたいなあれだよ。きっと。ほら!ビデオここにあるし!」
慌てて、父がビデオの映像を出した。
「ほ、ほら!お母さん映ってるじゃないか!」
確かにお母さんが映っていた。
写真じゃないお母さんを見るのは初めてだ。
ビデオは古いものなのか、音声が入っていない。
母の仕草を見ながら、何が言いたいのかを考えてみる。
映像の中の母がサザエの貝殻を手に取り、耳にあてた。
何か言っているようだ。
「お母さんと同じようにやってみなさい。」
父が言うが…このサザエと映像のサザエ全然違うよね?
少なくとも、こっちは20年経ってるし。
迷う私に、ビデオの音声が突然聞こえてきた。
「わぁ~!波の音が聞こえる~!」
いや……お母さん。汁垂れてるからね。汚いからね。
「じゃあ次は、こっちのつぶ貝で……。」
母が大ぶりのつぶ貝を耳にあてる。
……と、父が突然涙を浮かべ始めた。
「ううっ……。だめだろ!つぶ貝じゃあ、波の音聞こえないんだよ!汁たれてるじゃないか!汚いんだよ!」
箱の中には、サザエの貝殻と一緒につぶ貝の貝殻も入っていた。
お父さんとお母さんが私に何を伝えたいのかは、全く分からなかった。
しかし、箱の中の異臭の原因が、腐ったサザエとつぶ貝の中の醤油だと言うことは分かった。
しかも、何かがモゾモゾと動いており、カビらしきものもある。
私は迷わず殺虫剤を箱にふりかけ、そのままゴミ箱に捨てた。
つづく