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モドキの弟子  作者: こばかい
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二話『白き少女は陽だまりの夢を見る』

 今日も霧は深く濃く佇み、呼吸のたびに鼻腔が濡れると僅かに泥と草の香りがした。

 フードの付きの足首まで覆う真っ黒なローブを着た少年は、今日も庭に生い茂る数多の草花から指定されたものを採取すると玄関へ戻ろうと向かう。

 するとノックの音が大きく響く、湖の水面の上に存在する魔女の家を徒歩で来るためには湖畔の支え合う二つの倒木、その右側の木を叩かねばその道は開かれない。

 魔女の家を叩いたのではなく、魔女の家への道を開くためのノックだ。

 ローブの少年、名をロキという彼は玄関脇にある切り株に薬草を置き、来客を待つ。

「やあ、出迎えとは…君があの時の少年だね。元気に動ける様に迄なったのか、それは――それは良かった。」

 細身ながら高身長のその人は、皺一つない黒のスーツの下から真っ白なシャツをのぞかせていた。

 男性的な喋り方ではあるが彼女は魔女だ――そうロキは魔女の特徴である左手に浮かぶ模様を見て確信する。

 しかしロキにはその親しげな人物に面識はなく、頭を傾げてしまう。

「ああ、すまない。私はマテアナだ、黒鳥の魔女とも呼ばれている。私は魔女協会の役員でもあるから、アテナに何かあった時など気軽に頼ってくれ」

 マテアナは自身の腰ほどの身長のロキに合わせて屈むと、フードの上からその頭を撫でた。

 一瞬ロキの左手に視線を向けたが、少年も気付きその腕を後ろに隠す。

「すまない…失礼な事をした。」

 マテアナは咄嗟に少年を抱き寄せるとその耳元で囁く。

「――本当にいつでも頼ってくれ。アテナ以外なら必ず私を頼ってくれ、世界は君に残酷すぎる呪いを与えてしまった。自分を大切にして幸せになってくれ、世界中が君をバケモノと罵っても私は君を守る事を誓おう。」

 その言葉が何を意味するのか、どういう感情が込められていたのか、それをロキには一切測ることは出来ない。

 ただ彼が目覚め、自我を取り戻してから優しい言葉をもらったのはきっとアテナ、そしてマテアナが二人目だっただろう。

 ロキはその薄く香水の香る紫の髪と腕の中で小さく頷くと立ち上がったマテアナは一つ石を手渡した。

「これは『導石』と言ってね、強く握って念じてくれれば私にそれが伝わるんだ。君のそのローブにある金の留め具もアテナの導石だ。」

「なんならそのまま連れて行ってもらっても構わないよ?」

 玄関扉が開かれ、その奥からオレンジの髪を揺らしながら現れたのはこの家の主人、魔女アテナ。

「この子が望むなら私は構わんぞ。だが見てみろ、子供にこんな捨てられた子犬みたいな顔させるものではないぞ、アテナ」

「キャキャキャ!しょうがないゼ、憎まれ口一つ言っておかなきゃ照れも嫉妬も隠せない魔女サマなのサ!」

「マーカ!あんた消しとばされたいのかい!」

 家から飛んできた精霊マーカジュラはロキの頭の上に乗るとキャキャキャと笑った。

「やっ、ぱりい、ない方がい、い?」

 フードの下から青と赤のオッドアイがアテナの顔を覗く。

「はぁ…。いいかいロキ、前にも言ったが子供や精霊の一匹や一人くらい、居ても居なくても変わりないさ。だから行きたい所が出来たら、いつでも行ってしまいな。でもまだその場所がないのならうちに居ればいいさね」

「お前は真面目すぎるんだヨ!ガキはガキらしく甘えておけってキャキャキャ!」

 マーカジュラはロキの頭をバンバンと叩くとロキも「ありがとう」と微笑んだ。

「ああもう、やりにくいね!マテアナ、何か用事があるのだろう、早く中に入りな!」

「ああ、それではお邪魔させてもらうとするよ」


◆◇◇◇◇◇


「――で、その少女はどうして魔女になったんだい?」

 場所は既に揺れる列車の個室へと移り、向かい合う四人席にアテナとマテアナが向かい合い、アテナの隣に座るロキとその頭の上にいるマーカジュラは眠っていた。

「珍しい話でもないがその少女、名をユリというのだが、その少女の家は地元では有名な富豪でな、屋敷は城とも呼べるほど大きいのだ。そしてその家に――」

「強盗か。さしずめ両親を目の前で殺されたってところかい」

 話の腰を折られたマテアナは少し不満げにアテナに視線を向けた。

「ああそうだよ。両親、それに妹だ。恐らく姉妹は奴隷として売り払うつもりだったのだろうが縛っている途中に妹が強盗に噛み付いたか何かで殴打され、だな。」

「そりゃあ、凄惨だ」

「全くだよ…なのだが、問題は長女の魔女堕ちだ。年齢がまだ十歳。しかしその【結晶魔術】は凄まじく、犯人集団の内三人が今も全身飲み込まれていて、家屋はさながら剥き身の採掘鉱山の様だったよ」

「結晶魔術か、意図して鉱石質の魔力を発現させ固めたり突き刺したりできる魔術だね。それにしても十歳とは若い。よくもま、心が壊れずにいたものだ。」

「ユリの最初の結晶魔術は水晶でね。透き通るそれはそれは綺麗なものだよ。」

「そうなると協会的な呼び方だと結晶魔術式水晶…となるのだっけか。それにしても水晶とは才能に恵まれたものだ。叶うのなら一生知りたくもない才能だが」

「水晶は難しい。…そう聞くが金鉱石や電気石などと何が違うのか魔術畑の異なる私にはさっぱりだ。」

「それは【魔術装具】の話だろう?そもそも結晶魔術は前例が少ないからな。結局のところは鉱石を産むわけではなく鉱石の様に固めたり、硬くして伸ばしたり縮めたり出来るだけさね。鉱石そのものを魔術で加工するのとはそれこそ畑違いだろう」

 魔術装具。魔女によって魔術を施された防具や武器をそう呼び、人間と積極的に関わる魔女の殆どは魔術技工士と呼称され重宝されている。

 【魔術士】と呼ばれる男性は、この魔術装具の武器や道具を用いる事で魔女でなくともある程度は神秘を扱えるのだ。

「しかし幼子の魔女に透き通る水晶の魔術か。皮肉なものだ」

 窓の外はぐんぐん景色が流れていくが、それを望むアテナの瞳は曇天と霧に包まれたあの家で見上げるよりも曇っているようにマテアナには見えた。

「そうだ…な。今までの魔女の最低年齢はあんたと数人の十六歳。魔女になるにも達観した精神を持つ者と言われ、何よりその心の強度は年齢によって生まれるものだ。だから魔女になる人の平均は三十半ば過ぎ…あの歳でそれ程のしっかりした精神を持っているのなら、本当に普通に生きていれば立派になったものだろうと悔やむよ」

「魔女になるきっかけはそりゃ千差万別さ。しかしそのほとんどが世に出れば凶悪事件として新聞の一面を張れるレベル、そうでなければ魔女堕ちなど起こりえない。魔女になりたいなどと気の狂った事を言う奴がたまにいるが全く、こんな芝でも隣から見ればいいものなのかね」

「ああ――全くだ」

 魔女とは人間の神秘を捨て、世界の神秘を得た者と言われる。

 アテナはそれを濡れ雑巾の様だという、強く絞って捨てた水の代わりに別の何かを吸い取ったのだと。

 その捨てたものはアテナにしろ、マテアナにしろ、魔女になったものにはどんなに魔術や世界の神秘に触れようとも二度と手に入らない物だ。

 しかしその事の大きさは普通の人間には当たり前のもの過ぎて理解されない。

 その事から魔女と人間は相居れず、人間が魔女を忌み嫌う事を魔女もまた良しとしてきた歴史があるのだ。

 だからこそ、魔女二人にはその齢二桁で魔女なるという事の重大さが理解できる。

 ――心が壊れて、死んでしまった方が楽だっただろうに。とさえ思ってしまうくらいには。

「しかし、やはりと言ったところか、警官達がその屋敷に行った時には結晶と流血、死体だらけの廊下でユリは天井を見上げて立っているだけ、だったそうだ。」

 注文した紅茶が届き、受け取ったマテアナは一口含むと砂糖を入れ、スプーンで混ぜると窓の側へ置いた。

 ふうと窓の外まで突き抜けてしまいそうなくらい重い息を吐いて。

「病院へ搬送される際、ユリは『何も変えないで』とだけ言ったそうだ。病院へ運ばれ、駆けつけた魔女協会の人間もユリを正式に魔女だと判定し、特別療養棟…まぁ、隔離されて過ごしていた。その間ユリは一言も喋らず、窓を眺めているだけだったよ。」

「それはもう心が壊れてしまったのではないかい?」

 横で寝返ったロキの膝にあるズレたブランケットをアテナが直し、マテアナに言う。

「それは一緒にいた協会の医師も思ったさ。ただ資産の処理とか魔女に関する法律もある程度の年齢を想定しているものだから、かなりややこしい事になってね。それでも療養から二週間、安楽死の準備なども考え始めた頃に再びユリが言葉を発したのさ、『家に帰りたい』と。」

「ふむ…それで帰したと?」

「流石にすぐには帰さなかったさ、ゆっくりと彼女に起こった事と現在の家の状態を説明した。しかし彼女はそれ以降は言葉を発しなかった。彼女の言葉もあり凄惨な事件の現場はそのままだった、ほとんど水晶漬けでいじれるとこも少なかったのもあるがね。そして、我々は彼女、魔女ユリを家に連れて行った。私が関わり始めたのも彼女が二言目を発した頃だ」

「それでその家に閉じこもってしまい、私のところに来たと?」

「その通りだ、アテナの言葉なら何かしら聞いてくれそうな気がしたからな。」

「私を買い被りすぎだよ。それに、魔女になれるのなら自身の身の振り方は時間がなんとかしそうなものだけどね」

 アテナが鞄からサンドイッチを取り出し、マテアナにも渡した。チーズにレタス、そしてハムをシンプルに挟んだそれはシンプルと言うよりも素材の味でしかなく、お世辞にも美味しいと呼べないものだった。

 だが、それをロキが作ったものだとアテナが伝えるとマテアナは頰を綻ばせて完食した。

「ご馳走さま。それで件の家だが、それは実際に見た方がわかるだろう。そろそろ着く頃だしな」

 白煙を上げ、唸りを上げて進む列車は物静かとは言い難い、架線の摩擦が直接伝わってくるような衝撃が身体に続く――しかしその空間はその全てが心地よく、蠱惑的な魅力を持っていた。

 アテナの家のあるイガンカの村に見えた一面に輝く麦畑はすでに遠く、見える道の往来もどんどん賑わっていく。

 ガイナ国首都【ファスリ】を過ぎ二駅目の場所へ辿り着くまで、久方振りの再会に二人の仕事の話に留まらず会話は止まることはなかった。


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