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モドキの弟子  作者: こばかい
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『見る者』

「キャキャキャ、ガキがガキらしく泣き喚いているぜ、魔女さんヨ」

 タオルを蒸していた鍋の下、揺れていたかまどの炎が一つ大きく爆ぜ膨らんだ焔が十センチ程の羽の生えた人の形へ変わった。

 それは『妖精』または『精霊』とと呼ばれる只人には知覚することのできない存在だ。

 妖精はゆらゆらと金粉を撒きながら魔女の周りをぐるぐると飛び回ると、口元に手を添えてさながら童子の様に笑いながら言葉を発した。

 魔女の前には大きな水晶が置かれ、その中には草原で咽び泣くロキの姿が映し出されている。

「あんたも静かにするなんて事ができるんだね。」

 まぶたの上のタオルをどかしながら魔女は言う。

「あのデブは臭すぎたもんでナ!しかしあれだけの脂の塊が歩いていると熱で溶かしたくなる、火の精としての衝動を抑えるのに必死だったぜ。キャキャキャ」

「おや、お前は火の精だったのかい?てっきりお喋りの精だと思っていたよ」

「お前ナ…これでもそこらの魔女よりも格の高い精霊の『マーカジュラ』様が付いてやってるんだぜ?まぁ、数十年経ってもお前の見識は改まらないから今更だがナ!それよりほら、お前さんの可愛い可愛い子供がイジメられて泣いてるゼ」

「あいつもいい加減に覚えるべきなんだよ。何度傷ついてもああして人と関わろうとして、その度傷ついて――それでも手を差し伸ばしてしまうのだから呆れたもんだ。」

 カップの水面に向けて、やや憂いだ表情でアテナは呟く。

「キャキャキャ!確かにそうなんだけどヨ、普通の人間は恐がるだけであんな激昂はしないゼ?」

「あの何とかって男はスプリガンだからさね。魔女でも無いのに魔術を扱える存在だからロキの身体に潜む存在も見えていたのさ。それが悪魔だとは夢にも思わなかったのだろうけどね」

「ダナ!ロキ坊が理性を失って悪魔のヤロウが暴れたらあんな奴の心臓がどうとか関係なくブチ殺されてたところだったろうにナ!」

「そうだろうさね…そうやって我慢できるのはロキがまだ人間らしさを保てている証拠だろうさ。 ――あの子が泣いているのもそうさ…痛む心があるのだからね」

「だけどヨ、人間たって5歳かそこらの心にこの現実はキツすぎるってもんダロ?精霊の俺にはわからねえガ、何十年と生きた人間だったとしても世界中の人間からバケモノだと指を指されてなお、心ってやつが痛まなきゃいけないんだからナ!キャキャキャ!」


 ――その通りさ。


 水晶を直視するのを避け、見下ろす様にアテナは視線を向けると再びタオルを顔に乗せた。


「あの悪魔の腕があるからロキは死なない、死ねない。どんなに心が傷つこうとそれを捨てて正真正銘のバケモノにはなれない。」

「せめて目覚めなければ幸せだったかも知れないゼ?なあ、人体錬成の長けた魔女サンヨ」

「ああ、そうさね。せめてが私が殺せたら良かっただろうさ」

 目を開こうとタオルが魔女の視界を黒く塗りつぶしていて、その瞳に映るのはいつかの景色だった。

 燃え落ちた瓦礫の山と並べられた焼死体の数々、大人も子供も等しく死んでいるとアテナの知り合いの魔女が言う。

 しかし、たった一人だけアテナの目には生きている様に見えた。

 左腕以外はほとんどが炭となっていて、左腕も真っ黒に染まった一人の子供の遺体を、それでも生きていると無理矢理自宅に引き取ったいつかの景色が、今なお昨日ように思い浮かんでいる。

「だけど、あれはただの拾い物だよ。ボロ雑巾が捨ててあったと思ったら中々面白い布地だったから拾って針を通したくなった様なものでしかないさね。目覚めるか、殺すまでは手を尽くしたが、その後はあいつの自由だよ。わたしにとってはあんたもだが、いついなくなっても気にすることはない些事でしかないよ」

 両手を開きおどけて魔女は言う。

 その姿により声を大きく精霊は悪戯に笑った。

「キャキャキャ!冷淡で残酷で人でなしだナ。ま、そういうめんどくさい所が好きなんだがヨ!」

「めんどくさいってなにさ。…でも当たり前だろ?私は魔女だよ。人であることをやめた、悪い悪い魔女だ。まぁ、ロキは骨が折れた程度なら直ぐに回復してしまうだろうし、泣いてさっぱりしたら帰ってくるさ」

「そうだナ…あいつの場合、そのくらいで死ねたら嬉しいだろうサ」

「…きっと…そうさね」

「しかしあの豚男、頭の足らない奴だったナ!隠しているつもりなのだろうガ感情全て顔に出てたぜ。政には向かない愚王ならそりゃ革命の風が向いてくるのも当然ダ、キャキャキャ!」

「貧困にあえぐ六割以上の国民を《一部》と言えるのはきっと、王の器なのだろうさ」

 さて、と呟きながらアテナは立ち上がり台所へ立つと流しにカップを置いた。

 客人二人が来た2日とも手のつけられなかったカップの中身を流し、冷めきった自分のカップに残った最後の一口を口にすると「ああ、冷えると一層まずいね」と魔女は呟く。

「だけど嫌いじゃない、不思議なものだ」

 そして鍋を手にし、食糧庫を開く。

 それを眺めていた精霊もイタズラに笑い、かまどの炎を強める。魔女は『気にすることはない些事』と言いながらも、それでも人間二人と精霊一人分の食事を用意するのだった。



◇◇◇◇◇◇


 朝焼けの陽は薄く、濃い霧が視界を閉ざす。

 湖に浮かぶ煉瓦造りの一軒家、その玄関の前にひとりの少年が立つ。

 フードを深く被った少年の手には輪に縛られた紐、それにトゲトゲとした針葉樹の葉が吊るされた飾りをつけた杖があり、遅れて家から目をこすりながら出てきた炎の精霊マーカジュラが息を吹きかけると葉が燃え始める。

 乾いた針葉樹の葉がパチパチ、パチパチパチと小気味良い音を立て燃えていく。

 葉の燃える音が広く広く、小石を落とした水面の様に広がり少し経った頃、葉を下げていた紐ごと大きく燃え上がり、火球となった炎が屋根の上程の高さまで上がると爆ぜて消えた。

 これは「確認した。」と言う合図で、時を待たずして大きな翼のついた人型の影が佇む霧を濁す。

 ロキの体躯の二倍、およそ2メートルを超えている男がロキの前に立つ。

「よ、毎度」

 へこたれた帽子のツバをあげながら男は目を細め、微笑む。

 顔も身体も黒い羽根に埋め尽くされた男は『ハドウィン族』と呼ばれる種族で、その一番の特徴は大きな翼だろう。

 ハドウィン族もまたスプリガンと同じく、裏側の住人だ。

「おや?わざわざアテナさんもお待ちとは珍しいっスね」

 瞼をパチクリさせるとその小さな瞳は扉の脇の切り株に座る魔女を驚いた素振りで覗く。

 魔女アテナは手にした本を閉じ立ち上がる、長く伸びた夕焼け色の髪がふわりと揺れた。

「キリタス、あんた前回早朝に確認サインだしてやって来たの日没だった事、忘れたとは言わせないよ。」

「悪かったスよ!『表側』にある行きつけの菓子屋が限定メニューなんて出してるもんだから食べたら満足しちゃって……ああ、いや、でもだから詫びのお菓子も持って謝ったじゃないスか!」

 軽く何度も頭を下げながら肩から下げた鞄からいくつも入った筒状に縛った新聞の一つをアテナに渡しながら弁解する、ハドウィン族発行『凛星海新聞』配達員のキリタス。

「前回の遅れは水に流したとしても今回遅れないとは思えるわけがないだろう。人間相手なら『謝れば良いや』と開き直るだろうから一切無視して上に直接苦情を入れてる所だよ。菓子は美味しかったがね」

「姉さんの御温情痛みいるっス…」

 新聞を受け取り、硬貨を手渡すとアテナは縛りを解く。

「久々に一面がオモテっスよ!ドンハで革命が成ったんス!なんと国王と王子はウラから追放されたスプリガンの一家の子孫で、しかも革命のリーダーがその王子でして!」

 興奮抑えられずと言ったキリタスだったが、軽く目を通しているアテナの横顔に言葉が詰まった。

「アテナさん?」

「ん、なんだい」

「いや、悲しそうにも嬉しそうにも見える表情だったので。なにかあったんスか?」

「いいや?なにも…なにもないね」

「それならいいんスけど…あ、やべ、じゃあ俺は次の配達に行ってくるっすわ!」

 思い出したように慌てて鞄の留め具をかけ、キリタスは翼を広げる。

「キリタス!」

「は、はい!」

「気が向いたらまた菓子を持って来ておくれよ。少し良い茶葉くらいは用意してやるさね」

「了解っス!ではまた宜しくお願いしまーす!」

 男の翼が霧が大きく割りながら消えていく、再び空間を埋めるように霧が戻り、静寂が湖を包んだ。


 家の中へ戻ったアテナは3人は腰掛けられる革と棉の長椅子に座り、星海新聞を開く。

 翼を持ち、千の森を超え万の郷を往くハドウィン族が隔週で発行するその新聞は、人間の住む表側も太古からの神秘を持つ隣人達の住む裏側も幅広く取り扱っている。

 一面の見出しには『圧政からの解放――民の為に全てを投げ打った英雄の壮絶な最後!』と書かれていた。

 文字をたどるアテナの琥珀色の眼が薄く差した朝日を反射させたカップによって煌めく。

「…あいつら来てから一ヶ月くらいか」

「ナナ!そういえばあいつらより少し前に若い男が来たよナ!」

 輝きを振りまきながら炎の精はアテナに言う。

「んん、そんな事あったかい?」

「ああ!来ていきなり『今度来るだろう男の依頼を断ってほしい!』とか言い出した奴ダ!」

「そうだったかね…ああ、槍をあげたあいつか。訳の分からない事を言い出す割に羽振りは良さそうだったからね、依頼を受ける代わりに槍を渡したのさ」

「その槍はなんなんダ?」

「さあね、まだ私が放浪してた頃に一時期一緒にいた女から貰ったものでね。当人曰く狙った相手を必ず殺す槍、だそうだ。彼女が手にする本物は一軍全てを殺す槍で、その模造品らしい」

「何だそれ!そんなものが出回っているのなら人間は既に皆殺しだナ!」

「その女は二言目には殺し合おう!と言い出す以外は死んだ様な枯れた女でね。元は師匠の知り合いだが、私が会った時には身体も失って、亡霊が神のように奉られていたよ」

「奉られていタ?」

「偶にいるのさ、魔女の中でも不死やらで時間を持て余した奴がその知識と技術のために封印されちまうことが。その類だろうさ、戦神かはたまた禍ツ神か、何に成り果てたかは知らないがね。」

「そんなものを渡してよかったのカ?」

「その槍が本当に必殺なのかも分からないし、第一そんな物を使う予定もないしね」

「ナナ、あんたドンハで何をしたんだ?じゃなきゃ王子も王様もわざわざ来ないだろうヨ」

「昔、なにかやってたかもしれないが――こう長く生きているとね、曖昧になってしまっていかんね」

 新聞から目を離し、精霊を向いておどけるアテナ。

「キャキャキャ!悪い、悪い、酷い魔女サマ」

「ああそうさ、私は悪い泥沼の魔女、アテナさ」

 不敵に魔女は笑うと新聞に目を戻した。

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