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モドキの弟子  作者: こばかい
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『施術』


 夜明けはこの場所では曖昧だ。

 年中離れることのない灰色の雲と霧が日光を遮ってしまい、生きている草花も乏しいこの地では森の朝の胎動と呼べる夜明けの光合成もない。

 清涼な風などこの沼地には無縁であり、まるで世界の淀みが溜まり続けている様な場所だ。

「はぁ…」

 そんな陰気な空気を恨めしく吐き出しながら今日もバシアスとカイゼは沼地を歩く。

「あんなボロいベットなら馬車で寝たほうがよかった」

 要求された金を用意するために近くの大きな街へ従者を送り、自身は下手に目立つのを避け村でも安い宿を借りていた。

 そんな主人の愚痴も朝から聞いていてもそれはそれ、長年の付き合いのカイゼは流しつつも応える。

 気候こそ寒くもなく暑くもないが、じっとりと背筋を這うような湿気で少し悪寒を覚える程度だろう。

 この沼地へ来て3日目の朝、600万フィルの入った鞄を後生大事に抱えたバシアスとカイゼは再び濃霧の湖を歩き、魔女の家の扉を叩いた。


「では、はい確かに600万だね。じゃあ、引き受けるとするさ、どうやら時間が惜しいのだろう?さっさとはじめるかね。」

 最初の日と同じリビングでアテナはバシアスから渡された金を確認し終えると手早く二人を別の部屋へ案内した。

「じゃあ、この前言ったその薬を飲んでベットの上に寝ておくれ」

 魔女が案内した部屋は壁が全て漆黒で塗られていて、そこに取ってつけた様に真っ白なベットと金属の器具が置かれていた。

「いくつか良いかな。」

 バシアスは最後の条件を口にした。お互いの信頼と信用のための条件だと言って。

「術中はそこの従者とそいつをこの部屋に残したまま。はいはい、わかったから早く寝てくれ」

 聞き終えた魔女アテナは気にせず承諾し、ベットへ促す。

 アテナの言った「そいつ」とはバシアスの生み出した焔の鳥だった。

 尾の長い鳥をかたどった火炎に『第三のトリルアイ』という術式をかけ、もしもアテナが術中に不審な様子が見受けられた場合はその鳥がカイゼに知らせる、そういう為の条件だ。

 寝転がった醜いほどに大柄な肉体にベットが軋み、霊蝋薬を飲むと途端に蝋燭の火のように淡い輝きが揺らめき始めた身体は力を失い静かに眠る。

「そんな事が出来るのなら私のところまで来る必要はなかったのじゃないかい?」

 魔女の問いかけに焔の鳥の喉元が揺れた。

「それとこれとは別だ。なによりも私一人では失敗した場合の対応が何もできない、それは私個人だけではなく国の機能が滞ってしまう――それだけは避けねばならない。魔術を学ぶ時間を作れないのも一つだがな。」

 そうかね――そう淡白に呟いたアテナはバシアスの身体の傍に立ち、左手を心臓部の上の空中に置いた。

 この世界で魔女と人間を見分ける一番簡単な方法は左手だ。人の道から外れ、魔の道へ至った者の左手の爪に模様が生まれるが常であり爪の内側から消えることのなく浮かぶその模様こそが魔女の証。

 その他にもあるが、身体的にはっきりとでる部分は左手だろう。

 そしてその左手こそ魔女が魔術を発現する器官でもある、だからこそ魔女狩りの鉄則は〔真っ先に左手を落とせ〕――だ。

 それは魔女アテナもまた等しく、掲げた彼女の指先が夜空の色をした魔力を纏い、それが糸のようにバシアスの身体へ伸びていく。

 漆黒の部屋で翠の目を光らせ見守る鳥もその燃え盛る身体から発する灯りを小さく絞る。

 指から伸びる魔力が夜空の色ならば、それを睨みつけるアテナの瞳は伝説で語られる紅でも蒼でもない、純白の月の様だろう。

 霊蝋薬によって視認出来る様になったバシアスの魔力から流れを読み、魔力を通す魔幻を手の震えとも取れる様な微細な力加減で、アテナの魔力が掴んでいく。

 呼吸の乱れすら許さない――そんな極限まで集中した彼女から滲む汗を時折、暗闇の部屋でもフードを深く被っているロキが側に置かれた椅子を使って拭き取っている。

 淡い金色の揺れめきが深い紺色の魔力によって別の物へ編み上げ、頭部へ運ばれていくその光景は練り上げ形成されていく飴細工の様だ、と鳥の使い魔にあるバシアスの意識はその美しさに引き込まれていた。


 魔力を生み出し、魔幻を伝い魔力を巡らせる、本来『裏側』の住人であるスプリガンにとって人間の心臓と呼べる部位の移植は日没を過ぎた頃に終了した。

「ロキ。新しいのをおくれ」

「あ、い。これ、を」

 リビングにある来客用の革張りの長椅子に深く腰掛け、アテナは新しくローブの少年から受け取った蒸しタオルを瞼の上へ置き、冷えたタオルを少年に手渡すと深く息を吐いた。

「ふうう……流石に歳なのかね。眼が疲れていかん。歳とったのは今更なんだがなぁ…」

「も、うにち、ぼ、つ。しか、たな、い」

「開始が夜明け頃だったから?そうだね、魔女になっても未だ人間の殻というのは不便――すまない、嫌味のつもりではないよ、ロキ」

「うぁ?」

 アテナの言葉の意図を汲めずか、それとも察してなのか、ロキは首かしげて微笑んだ。

 そしてまた新しい蒸しタオルを瞼に乗せながら待っていると、二人の男が部屋に戻って来る。

 目を覆う様に包帯を巻いたバシアスとその足取りを支えるカイゼだ。

「とりあえず、そこに座って包帯を取りな」

 アテナに促され、カイゼが手を取りながらバシアスが座り、包帯を外す。

 ゆっくりと開いた瞼は金色の光を発し、それを拭う様に瞬きが繰り返された。

「霊蝋薬の効果は少なくとも1日は残る。足りなかったり損なった部分を足先や臀部から継ぎ接ぎしたから特に、身体の自然修正が働くまでは翡翠眼は使わないこと。これは2日程度だろう。」

「そうか」

「ま――」

 アテナはバシアスの肩で静かにとまっている鳥を見やり、言葉を続ける。

「そいつに結構魔力を込めていた様だし単独活動でも1日半は持つだろうさ。お陰様で細い魔幻が見えにくかったさ」

「それは悪かったな。事前に行ってもらえれば配慮したのだが」

「そちらは時間がなかったのだろ? ――まぁいいさ。なにかそちらはあるかい?」

 皮肉のやり取りすら気怠そうにアテナは言い終えると、せっせと蒸しタオルを作っているロキに冷えたタオルも注文した。

「肉体活動は何か気にすることはあるか?」

「特にないね。全身を駆動するレベルの大魔術を使うなら別だがね、先に言った通り全身の魔幻も不安定だし体力もそれなりに消費している、お前さんの普段がどういうものかは分からないが普通に過ごしていれば平気さ。」

 そうか、と呟くとバシアスは立ち上がり、カイゼから上着を受け取ると玄関へ向かう扉に手をかける。

「世話になった。話に聞いた通りの良い仕事だった感謝する。」

「そりゃどうも、外に出たらあんた達の馬車のすぐ側に出るよ。」

 木造の廊下が軋む音を上げる。

 無意識に力のこもった足取りはその巨体の重さで一層露骨に現れていた。


――それは彼の視界の淵が金色のモヤに溶けて不鮮明だからではなく。


――肩に乗せた使い魔の擬似視界に意識を張っているからでもなく。


――その思考はすでに次のことで埋まっていたからだ。


 国のこと、身の危険、その他多くの気に食わないことが彼の思考を縛り、振り切れないしがらみが増えていく感覚。

 強く踏み込む足に乗ったそれは、ただの向かう場所のない憤りだった。

 静かについて来るカイゼを確認してバシアスは玄関の扉に手をかけ、開く。

 からん、からんと時間が戻ったかの様に、扉に付けられた鈴は相変わらず気の抜けた音を立てた。


――眠った後くらいは、穏やかに。


 そんなリビングで魔女が呟いた言葉は彼らには届くわけもなく、扉の先に待っていた白く濃い霧の壁に二人の客人は吸い込まれていった。


「ロキ、関わらないほうがいい――って聞いてないね」


 それを追っていった少年にも。


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