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モドキの弟子  作者: こばかい
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『モドキの弟子』

 視界いっぱいが桜に染まるどこかの山に魔女が一人、空へと誘われるように舞い上がる花びらを眺めていました。

 背中まで伸びた夕陽色の癖っ毛を一つに束ね、深緑のカーディガンをドレスの上から羽織った彼女はアテナという魔女だ。

 空を舞う桜の花びらが幻想的な空間を作り出す。息を飲むような景色をしかし魔女は大空の彼方に視線を向けるかのように天を仰いでいる。


「師匠、元気かい」


 桜の木々のなかで一つだけ一回りも二回りも大きな桜の木があり、彼女はそれに背中を預けながら師匠と呼んだ。


「今年は弟子と変な精霊を連れて来たのだがね、うるさくて仕方ないよ。師匠がいたらなんて言ってるかね…はははっ、酒瓶手にして笑っている姿しか思いつかないね…――なぁ、師匠、そこからみた私はどうだったよ」


 木にもたれ、大きく広がる枝を下から見上げて呟く。

 返事は無い。それは酷く当たり前だ、知らない誰もが見たらその木は周りよりも少しだけ大きく育っただけの桜の木なのだから。

 その木が元は一人の魔女だったと知るものはもうこの世界で片手に限られた者だけ。

 魔女が迎える終わりの一つ。

 そも人が魔女になる時、人間が持つある神秘を失い代わりに世界の神秘を体に秘める事で生物の輪廻から外れた存在――魔女になる。

 その人が持つ神秘とは『子を孕む事』だ。

 それが起因してかは定かではないがこの世界に男の魔女はいない、だからこそ魔女なのだ。

 生を持ち、殻に応じた時間を生きる中でその事を特別に思う人間はそうはいない。

 だから魔女は理解されない。

 たかがそのくらいで、とその孤独を理解されない。

 失って、身体中が凍りついたような孤独を感じて初めてそれを理解でき、理解した時にはもう二度とそれは手に入らないものと知る。

 魔女が得る世界の神秘とは毒のようなもので、長くいればただの人間をも変質させてしまう。


 魔女の子。モンスターチルドレン。


 それはその魔女の孤独から攫われたり、買われたり、様々な理由で変質した人間を指す言葉だ。

 人として生きて知った温もりや、当たり前や、描いていた未来を捨てきれず忘れられず、はたまたそれでも愛し合い…形は魔女でも人それぞれだが、魔女と長く共にいる人間の最後は決まっている。

 知性を失い、身体を失い、感情を失い、人間としての全てがドロドロに溶けて異形の魔物へと変わるのだ。

 だから魔女のほとんどが孤独を受け入れ人里離れて静かに暮らしたり、受け入れられず魔物を産み出してしまうのが現実であり、世界が魔女を嫌う歴史の真実。


「師匠は今年も綺麗に咲いたね。桜ってのは小さな傷でもすぐに腐ってしまうというのに…その有り余るエネルギーは変わらないね。」


 アテナは呆れたような口振りで、それでも嬉しそうに笑う。

 彼女の記憶の中に確かにある、師匠がまだ人間の姿で共に大陸中を旅をしていた頃のなんでもない日常の光景を思い浮かべて…笑っている。


「さっきも言ったけど弟子を取ることに決めたんだよ。師匠といるといつも面倒ごとばかり寄ってきたけれど、そんなところが移ったのかね」


 ロキをアテナが家に持ち帰った時、それは体のほとんどが真っ黒なただの炭素の塊になった焼死体だった。

 だけど、それでも生きていると確信したアテナは大陸中の知識をあさり、彼の蘇生または殺す方法を10年弱もの間模索し続けた。

 アテナの試みは結果的には全て失敗だ。殻となる身体を作れても魂が根を張らないことには何も意味をなさず、それに至るという事は世界の創造神にでも成り代わらないと不可能な事だ。

 しかし、魔女が周囲にもたらす変質と不死身の悪魔の腕が絡み合った事でただの骸はロキになり、今日を迎えることになる。

 悪魔の腕を持つ事自体がこの世界の今まで存在し得なかった事であり、つまりはアテナが『人間用に』培われた大陸の知識で作った身体を、魔女の性質が変化させた。

 本来であればそれは魂を汚染し人を暴れるだけのモンスターに変えてしまうが、悪魔の部分が魂を守り、それに合わせて身体も変質した奇跡によってロキは目覚め、身体を動かすようになり、かろうじて言語を話せるまでなった。

 本当にただの偶然が重なっただけの奇跡の存在がロキだ。


「あれはもう人ではないけどね、それでも私はあいつを弟子にすると決めた。人を辞めた魔女と人になれなかったバケモノ、どうだい?なかなかに狂っているだろう?」


 魔女の子、実験の子、呪いの子。

 魔女に並んで世界で最も忌むべき存在と言われる中で、

『魔女によって変質を遂げたバケモノ』――魔女の子

『闇教会などに呪いなどの実験台にされた人間だったバケモノ』――実験の子

 その二つの性質を持つ事で生きているロキ。

 彼はもうどう頑張っても人間には分類できない、異形の怪物だ。

 それでも知性や感情といった人間の部分も残している異常(イレギュラー)でもある。


「世界のことなんて私には知った事ではないけどさね。 ――でも、私は知っている」


 魔女は目線を落とす。

 なだらかに盛り上がったその場所から少し離れた草原を駆け回る少年を見下ろした。

 春を迎えた山林は命に満ち溢れ、青々とした草花や桜の花が明るく世界を彩っている。

 その中を少年もまた生き生きと走っていた。

 蝶を追いかけ、少年のまわりをふわふわと漂う精霊にちょっかいかけられ追いかけたり、綺麗に咲く花を見つけては立ち止まったりしながら。

 少年と魔女の目が合うと彼らは魔女の元へと駆け寄ってきた。

「お、なか…すい、て、しまいまし、た」

 やって来た少年は少し照れながら言葉を口にする。

 それはとても拙く、獣の声と言われた方がまだ理解できそうなほどにイビツだ。

「そうさね、ご飯にしよう ――でも、先に」


 少年の肩を抱き寄せ桜の木に振り返ると魔女は再び見上げる。

「師匠!こいつが私の弟子のロキだ、見守ってやってくれ。 ロキも挨拶しな」

「う、ん。 はじめ、まし…て、アテナさ、んには、お世話にな、って、ます」

「是非ともアテナの昔話とか聴きたいもんなんだガナ!キャキャキャ!」


 アテナが炎の精霊マーカジュラを咎め、それでもマーカジュラは楽しげに笑う。

 それを見て、言葉は多くなくともロキも笑っている。

 そんな最中、風が強く吹いた。

 ザワザワと大きく広がる枝を目一杯に揺らしたその風は花びらを誘って天高く舞い上がって行った。

 まるでそれは大空を泳ぐ龍のように、彼らを祝福するかのように遠く、遠く、伸びていく。


「じゃあ、挨拶も済ませたし食べようかね」


 アテナはシートを敷き、近くに置いてあったバスケットからサンドイッチを取り出しロキとマーカジュラに手渡す。


「「「いただきます」」」


 これから何年も続くことになるアテナたちのこの場所での花見。

 その第一回はロキがアテナの弟子になった報告から始まった。


 人をやめ世界から嫌われた魔女、

 その弟子は世界の誰もが忌むべき呪いをその身に宿したニンゲンモドキのモンスター、


 魔女と人間もどきの弟子。


 世界中の誰も知らずとも、世界中の誰もが理解せずとも、その日常はこれからも続いていくのだろう――。


モドキの弟子をここまでご覧いただきありがとうございます。これからも更新は続けて行きますが、少し期間は空いてしまうと思います。時々この小説を思い出した時や私の他の小説を見てくださった時などちらりと見に来て頂ければ幸いです

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