『悪魔と少年』
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その場所を僕は知らなかった。…だけど知っているような気がした。
「よ。ガキ。」
なんて軽く声をかけられた。
僕はとりあえず周りを見渡す。
黒と白の二つに別れた世界、僕は白にいて誰かが黒い方に立っている。
『ぼくの事?』
「他に誰がいんだよ」
その通り誰もいない。だけどぼくにも少し考える時間が欲しかったのだ。
「お前と会うのは二回目だな。もっとも、八年以上昔にあっただけだがな」
『そうだっけ、『 』は5歳だからおかしくない?』
「5歳だったのは昔だろ。それに『 』じゃなくて今のお前の名前はロキだ」
『ロキ…ロキ…ああ、そっか。でもじゃあ、ぼくが君と話すのはおかしくない?君が話すべきはロキの方の僕でしょ?』
僕も彼も、ここから同じ世界を見てきた二人だった事を思い出した。
昔、僕が死にかけた時、たまたま彼が助けてくれたから僕は生きることはできたのだ。
それは人間の僕に悪魔の彼の魂を分けてもらう事で実現した。
「俺とお前の魂が混ざってどちらでもない誰かがいて、俺もお前は見ているだけだったから身体を動かしてたのは別のやつだって言いたいのか?」
『うん、だって君は…さっきは、そりゃ緊急事態だったけどそれ以外は意識を出してない。僕もそう。ならば、他の誰かが動かしていたんでしょ?』
「違うな。」
あっさりと僕の言葉は否定された。
「俺が体へ出たことで、おそらくはお前と俺の記憶が混同したのだ。だから丁度いいと思ってお前をここに呼んだ、今ならそれができるから。」
『そっかー、よくわかんないや』
「魂のお前はいつも適当というか、年相応だよな」
『それもわからないなぁ』
「まあ良い。それでロキ、お前は死にたいか?」
彼、と言っても顔なんかわからない。もしかしたらないのかもしれない。
でも僕もまた、彼とそろそろ十年の仲だから、なんとなくわかる。
「ね、悪魔さん。悪魔さんはなんで僕に聞くの?別に僕が死んでも生きても、特に何もなくない?」
「いいや。」
また二つ返事で否定した。
なんて奴だ。
「昔、お前と俺は契約を交わした。お前が生きたいと言ったから俺はそれを叶え、対価ももらった。ただロキとして生きたお前はあの時と気持ちが変わっているかもしれないからな、契約更新の確認のためにきてもらったわけだ」
『うん。変わらないよ、僕は生きたい』
間も空けず二つ返事で返してやった。やったぞ。
「本当にいいのか?世界中の人間たちに化け物だと言われて蔑まれて、遠巻きに不気味がられて生きるんだぞ?」
『いいよ、それで。だけど世界中じゃない、居ていいと言ってくれた人がいたから世界中じゃない。』
「あの魔女だってお前の、いや俺の力があるからこそ秘匿し、監視しようとしているだけかもしれないんだぞ!お前に行き場がないと知っているからこそ、どこへでも行けなんて言ってるだけだぞ!」
結局は、彼は気遣ってくれただけだ。
僕の事を…そう昔から――。
『なんだぁ、あははは!』
「な!何がおかしいんだ!」
『いやほら、最近友達だったかもしれない子がいなくなったでしょ?肉体でもそう思っていたんだけど、最初で最後の友達だと思ったんだ。でも、ほら、すぐ近くにいたよ、友達!』
「お前何言ってんだ、俺は悪魔だぞ?悪魔の友達を持つ人間なんて聞いたことがないぜ」
『いいじゃん!だって僕は化け物だよ?バケモノと悪魔ならおかしくない!』
「まぁ、そんな事はどうでもいい。本当にいいんだな、じゃあ早く出て行け。それに戻っても生きているかは知らねえぞ」
『うん、そうするよ。――じゃあね、また来るよ』
「二度と来んな」
彼は見えないところへ行ってしまった。
でも確かに居てくれている。
全くお人好しな悪魔さんだ。マーカさんやアテナさんもそうだが、人間より優しくないか。
――なんて、思えて笑えた。
目の前に扉が見えた。あの先へ行けば元に戻る、元のロキに戻る。
でも多分、何かは変わってしまう。ここでの記憶もなくなってしまうのだろう。
魂だけでは記憶の更新は行われないからだ。
思い出した昔の名も、自分の中にいる友達も、忘れてしまうと思うと少し寂しい。
だけど。
『ロキのお目覚めのようだ。 ――ありがとう。』
届いて居たらいいな。
そう願って、魂の僕はまどろんで身体へと帰っていった。




