『人を捨てても』
◆◆◆◇◇◇
幻想種とは人の怨念や魔術の禁忌に至った者がなると言われる、突然変異種だとされる。
古来より伝わる数多の伝承にその存在は記されていて、悪魔の災害とも呼ばれた。
「煌炎!」
「ガァガ、ガアアッ!」
ロキの腕が炎を切り開き、マーカジュラの火炎弾がその体を焼く。
幻想種と化したソレは徐々に自身の体も焼き溶かし、手応えをなくして行った。
ドロリ。
肉も骨も臓腑も焼き尽くし、真っ赤なマグマだけがその場に広がる。
「やった…カ?」
しかし、そう簡単に終わるとはマーカジュラ自身が一番思っていない。
案の定、マグマからパチパチと花のような火花が吹き始め、徐々に勢いを増していく。
「ガアア!」
見かねたロキがマグマに斬りかかった。
高密度の爆発は、世界の音を飲み込んでから唸りをあげる。
薪が爆ぜるのとは全く別物の、魔術でしか起こせないレベルの爆発が上がった。
「オ、オイ!」
「ウ――グウウ…」
ローブはほぼ燃えちぎれ、金の留め具だけを掴みながらロキも吹き飛ぶ。
「アー、コノカラダは具合ガ良さソウダ」
呻き声を飲み込み、ロキが体を起こすとその視界に見えたものは…炎。
赤…いや最早白く眩く燃える炎が人の形を成して立っていた。
「オイ…悪魔」
「『なんだ、気付いていたのか』」
マーカジュラの小声に答えるロキ。
だが、普段はまともな声を出せないロキ、そのはっきりとした言葉は別の誰かのものだった。
「二度の近距離での爆発の時だロ、不自然な獣声だしやがってヨ!」
「『いや?この身体ではあの声の方が自然だ――』」
刹那、精霊と少年の間を炎の鞭がしなり、穿たんと伸びる。
「ナニ シャベッテンダァ!オイッ!」
炎が鞭のように、槍のように、波のように、矢のように、さまざまな形状となって矢継ぎ早に精霊たちへ襲いかかる。
避ければ爆発。爆発避けても次の爆発。爆発の隙間に炎の矢が吹き荒れる。
二歩目は一歩目より早く、三歩目は二歩目より早く踏み出さないと連鎖爆発にすぐさま飲まれてしまう。
耳の奥に焼きつく爆音、視界を潰す炎の光。
「ウアアアッ!」
マーカジュラの支援も受けつつ、豪炎を掻い潜り、男性にロキが襲いかかる。
燃え盛る壁が阻もうともロキの左腕は魔術を破る悪魔の腕。
魔術を破壊するその腕でも完全には炎を消し去れない、切り裂くように直撃を避けるのが精一杯だ。
ロキのローブは既に右手に握りしめている金の留め具とわずかな布を残し燃えてしまっている。
下に着ていた服も燃え、既に半裸のロキの体は熱気だけでもダメージとなってしまう
何度炎の壁を超え迫ってもなお、人の殻を失った男性は自信を巻き込んで爆発を起こす。
赤い痕がロキの体に目立ち始める。
「オイ悪魔、記憶はあるのカ?」
「『勿論だ、私も彼も同じものを見ていた』」
「そうカ、ならトレスまで魔女が開けて逃げタ!そこまで追い込むぞ悪魔!」
「『――ロキだ。この体の名前はロキだ』」
「フン、そうかヨ。ロキ坊とは呼ばないがそれでいい、案外気のいいヤツだナ!キャハハ!」
「『羽虫風情が…お前だってここにいる理由はないだろう』」
手を叩き魔法陣を構えるマーカジュラ、ロキも低く構える。
「精霊サマに理由なんて求めるのは馬の耳に説教だゼ。オレは、オレ達はやりたいようにやるだけの存在サ!」
炎と炎がぶつかり合う。
火の粉が飛び交い、爆発音が木霊し、空気を裂く。
理性などそこにはなく、狂気がぐつぐつと溢れて燃える。
ロキの意識を乗っ取り身体を突き動かす悪魔も、マーカジュラもそこで戦う理由など誰にも理解はできないだろう。
だが現実として今、彼らは戦っている。
それを願った誰かのために――。
◆◇◆◇◆◇
「マテアナ!聞こえるかい、マテアナ!」
沼地を、その家の周りを離れて仕舞えば恐ろしいほどに静かな夜だった。
虫も既に冬の眠りにつき、鳥達もどこかへ旅立っている。
――相性が悪すぎた。
一般人が想像するほど、魔術とは万能ではない。
こと戦いにおいては特にだ。きっと今は魔術装具で固めた連中の方が遥かに戦闘力は高いだろう。
しかし、魔女の歴史において万能と呼ばれる魔女もいる。
星の魔女。そう呼ばれる魔女は有史数千年の中で記録されているのは僅か二十数人。
存命するのはアテナともう一人だけだ。
星の魔女とは魔女の中でも飛び抜けて存在が精霊や妖精に近いとされ、世界の神秘を扱いやすいと言われている。
人を癒す魔術から人を殺す魔術まで、種類こそ無数にあれど普通の魔女は扱える魔術が限られる中でおよそ無限の魔術が扱える可能性があるのだ。
過去、魔女と人間の戦争の歴史の中で、力を奮ったのが星の魔女。魔女が畏怖され、魔術がおよそ万能と思われているのはそれが由来している。
『あ…アテナ?どうした?』
空を漂いながら握りしめた導石という魔術装具を用いてマテアナと連絡を取るアテナ。
「マテアナ!今は何処にいる!」
『今は魔女協会の支部だが…何かあったのか』
「それなら話すより先に星球儀でうちを見てくれ!」
『ちょっと待てよ…ん、はぁ?アテナ!何んだこれは!』
導石は魔力や血といったものを染み込ませる事で、その魔力や血の持ち主に念話のような形ができるというもの。
アテナの脳内にマテアナの驚きの声が響く。
星球儀は任意の土地の魔力濃度を調べるものだが、それがどうなっているかはおよそアテナにも想像ができる。
「幻想種だ、恐らくどこぞの村を焼き払ったのもそいつだろう」
『幻想種だと!そんなものは御伽噺だと!』
「だが現実に起きているのさ、全く頭の痛い話だがね」
『わかった!今すぐ応援を手配して――』
「ああいや、それはいい。」
『は?何を言っている――おい。アテナ、お前は何処にいて、ロキ君や精霊はどうした。そこに居るよな』
「あれはロキじゃないとどうしようもない。あの幻想種の炎は魔術を焼く、ロキと同じ能力だった。」
――相性が悪すぎたのだ。
星の魔女。魔女の歴史において最も高い存在とされる、大陸の歴史において幻想種にも匹敵する存在。
アテナも等しく、その力を奮えばメザイア国以外の国なら一つや二つは落とせるだろう。
しかし、それは魔術があるからこそ。魔術の無効化される魔女など少し寿命の長いだけで普通の人間と変わりない。
『私はアテナの判断には信頼する。それを疑ったことはない。だからアテナ、私は何をすればいい』
「とりあえず事の顛末がハッキリするまでは極秘にしておいてくれ。ロキ達が抑え込めればよし、あの沼地から出るようなことがあれば魔女協会とかボアン教会とか関係なく全力で潰す。でなければこの大陸が全焼するだろうさ」
『ならもう準備した方がいいのじゃないか?動き出してからじゃ…』
「動き出してからなら数万人程度の被害で済むだろうさ。あれはなるべくなら人の目につけたくない。ロキ以上にアレは存在が意味不明だ。悪意のある魔女が真似でもしてうっかり成し遂げてしまったらそれこそ、数万じゃすまない、下手すりゃ本当に大陸から全てが消える事になる」
――だから。
その先の言葉を言わなくてはならないのはアテナにとって何よりも苦しかった。
喉で引っかかる言葉に唇を噛みちぎりたくなる程に悔しいものだった。
それはアテナが魔女になった意味がないと次分自身に突き立てるのと同義だからだ。
それでも、口にしなければならない。
「だから、今はロキ達にかけるしかない。」
『――。わかった、なぁアテナ』
「なんだ」
『悔しいよな』
「ああ…本当にね」
魔女になって、その中でも星の魔女とさえ呼ばれてもなお、己を無力だと思わなくはならない。
その苦しみは魔女にしか理解ができないものだった。




