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モドキの弟子  作者: こばかい
28/34

『招かれざる客』

◆◆◇◇◇◇


――変わらない日々など存在しない。

 毎日、同じように見えても時間は何かが変わり移ろいで行くのが世の常。

 終わりの音は誰にも気付かれずゆっくりと――


「これか、魔女の家の入口の木とか言うのは」


「――ッ。なんだコレ?」

 ビリビリと空気が震える。

 世界の底から地獄の釜が開いたかのような嫌な嫌な存在感だ。

 その違和感に一番に気がついたのは精霊マーカジュラだった。

「オイ!アテナ!」

「――分かってるよ」

 アテナもまたその異変に気付いてリビングの中から耳を澄まし外の様子を窺っている。

「ロキ?」

「ウゥゥ…」

 二階からゆっくりと降りてきたロキもその左の眼は赤い光を放っていて、既に臨戦態勢に入っていた。

「誰か来たようだね…」

 魔女はそう呟くとゆっくりと自然体を保ったまま玄関へと歩き、ロキとロキのフードに乗ったマーカジュラもその後に続いて行く。


 霧に閉ざされたその場所はどっぷりと闇に沈んでいる。

 風が吹いた――。

 僅かに見えた揺らめきは魔女の家の前へとやってきた男の姿を見せる。

「誰だいあんた。それにまず、どうやってここまで来たのさ」

 魔女は問う。夜遅くに、それも挨拶なしに踏み込んで来た無礼者へ。

「あんたが悪い魔女か?」

「質問に質問で返すのはよくないね。しかもそんなに敵意丸出しなのもよくないよ坊や」

「俺は三十を超えてる!坊やなんて歳じゃねえ」

「なら尚更さ。三十にもなってその精神性は理解に苦しむね」

「キャキャキャ!んだ、コイツ!親の腹から大人のサイズで出てきたのかヨ!」

「煩い!煩い!俺はお前が街で言ってた悪い魔女かって聞いているんだ!」

 激昂する男性を他所に魔女は沼地に張った結界を確認する。

「あいつが歩いて来た所だけぱっくり消失している?痕跡すら残さず綺麗に?」

「何をぶつぶつ言ってるんだよ!お前は悪い魔女なのか?そうなんだよなぁ!」

「――煩いよ。第一なんだい『悪い魔女』って、さも良い魔女が存在するみたいな口振りじゃないか」

「じゃあ、俺ノ ユウシャサマノ テキ ナンダナァ!」

「な――!」

 闇の中、男の腕が金色に煌めいた。

 それはマーカジュラの身体と同じ高密度の魔力で生み出される炎の色だ。

 崩れた雄叫びが男性から上がり炎の柱がアテナへと向けられる。

「桜花二重天之――」

 アテナも防御の魔術を発現しようと構える、しかし――

「グアア…アアアアア!アチィアチィ熱イ、熱イ熱イ熱イィ!!」

 炎が輝いたのも束の間、倒れ込んだ男性は腕を掻き毟りながらうずくまった。

 痛い――熱い――と叫びながら転げ暴れる男性にアテナは狙いをつける。

 アテナの家は家の敷地と庭部分以外は地面ではなく、湖畔の倒木から続く道や男性が立っている部分は特殊な鉱石を溶かした液体によって構成された魔術で作られ、厳密にはその部分は湖の水面には触れていない。

 つまり、謎の男性の真下はアテナの放した妖魚呼ばれる普通の魚とは大きく異なった生命がうようよと泳ぎ回る湖が広がっている。

「しかし、狙ってアレを下に落とすのは神経を使うな…」

 のたうち回る対象。

 アテナの試みは一歩間違えれば魔女の家を全て沈みかねない事だった。

「…よし!」

 アテナの左手に魔力が浮かび、男性の足元にも同じ夜空色の模様が浮かぶ。

 刹那、男性の身体は深く沈み、真下から銀色の鱗が瞬いた。

「グ――ギャアアアアアアアアアアアアア!ウデガ!オレノウデガアアアアアア!」

 近くに光源となるマーカジュラがいるせいか奥の闇は一層濃い。

 状況を伝えるのは音だけで、男性の呻き声とべちょ、べちょ、という音が響く。

 アテナが男性へ近づいていく。

 淡く見える男性は水底へは落ちなかったようだが、妖魚に腕を噛まれたようだ。

「朝死んでいても不快だからね、弔いくらいはしてやるよ」

 そう左手に魔力を貯めた瞬間だった。


 ――ああ、でもこれで熱くない。


 声が冷たくこぼされた。

「アテ、ナァ――!」

 爆音が轟く。断続的な光が目の奥に焼きつく。

 男性の周囲五メートルを滅する爆発だった。

「アテ、ナ…だいじょ…」

「バカだね!それは私の台詞だよ」

 間一髪、ロキが乱暴にアテナの体へと突進し、自身の体もろとも転がり離れたおかげで爆発には巻き込まれなかったのだ。

 アテナは無事だったが、ロキはアテナを掴んだ左腕と左半身の背中側が焼けている。

 急いでアテナは治癒の魔術をかける、幸いローブの布が燃えただけだった。

「フザケンナ!俺の事を認めない馬鹿な同僚や上司も!」

 男性は両腕が無くなっていたが、それよりも異常だったのが体液だ。

 どろり、ぐちゃり、と溢れる血液のようなもの。

 怒りに暴走し始める男性から溢れるそれは瞬時に燃え上がったのだ。

「このクソみたいな世界もだ!せっかく、死んで生き返れたってのに誰も俺に優しくしねえ!ふざけんな!俺が勇者になるんじゃないのかよ!」

 重油を振りまくかのような男性。

――いや、最早、人間だった何か。

 腕を繋いでいた肩口からも火を吹き、眼からも炎が頰に流れている。

 口から火の粉が溢れ、その声が上がるたびに体内からだろうか、くぐもった爆発音が響く。

「フザケンナ!フザケンナ!フザケンナアア!」

 左肩の炎が膨らみ竜巻状に伸び、その先はアテナへと向いた。

 爆発音を皮切りに、ごうごうと螺旋の炎が瞬く間にアテナを貫かんと伸びる――!

「桜花二重天之――宮柱!」

 詠唱と共に左手を炎の槍へと向ける、紫の閃光は水となり上下に壁のように伸びた。

 横の長さは十メートルにも達しようという大きさの水の壁に炎の槍は阻まれた。


 しかし。


「な――」

 水の壁を炎が燃え上がったのだ。

 瞬く間にアテナの魔術を燃やし尽くし、その炎は壁を発現させていたアテナの左手に喰いかかる。

 それはまるで、ロキの左腕の魔術を破壊する特性と同じ様だった。

「痛ッ!」

 魔術『宮柱』をすぐさま解いたが、炎の足は早くアテナの左腕に軽い火傷を負わせた。


「あんた可愛いな、俺の嫁になれよ」

 人が変わった様に男の口調は冷静なものへと変わった、しかしその内容はぶっ飛んでいる。

「世迷い言かい?それとも酔狂なのか?どちらにせよ正気じゃないね、魔女に求婚なんて」

「何、異世界勇者にヒロインがいないのはおかしいだろ?ああ、でもガキ持ちか、初めてがいいが、まあイイダロウ」

「言ってることがさっぱりだ、とりあえず会話出来る様になれば彼女もできるだろうさ。尤も、口から火を吹いて炎の涙を流すやつに惚れる人間など私は寡聞にして聞いたことがないがね」

「ワかっタ。じゃア、ガキかラ コロシテヤル」

「ロキ!」

 一秒も掛からずロキの前へと詰め寄ると男性は先程と同じく自身の周りを爆発させた。

 ドゴン、ドゴン、と二回の爆発音。

 二回目の爆発の刹那、アテナの眼前に金色の物体が地面を三度跳ねながら吹き飛び、赤い閃光がそれを追った。

「ウガァ!ゴアアア!」

 少年の咆哮が火の粉を散らす。

 ロキが男性を蹴り飛ばし、その体をロキが追ったのだ。

 悪魔の左腕は死神の大鎌と等しいほどの刃となり男性の身体へと振り下げられる。

 しかし男性もマグマに似た高温の液体を吐き応戦する――その様は化け物同士の戦いだった。

「アテナ、オマエはここを離れロ。アレはもう人じゃない、オマエ達の言葉で言うのなら幻想種って奴ダ」

「マーカ?」

「これは魔女程度ジャ、どうにもならないゼ。オマエはオマエでできる事をシロ」

 冷たい口調。凍てつくような現実をアテナに突きつけたのは精霊マーカジュラだった。

 普段からは想像のできない冷静なその様子と、魔術が通用しないという実感で、アテナも現状は嫌という程に分かっている。

「そうだな、私も死にたくないしね。――第三区画トレスまでの結界を開いておくよ、マーカならわかるだろ」

「アレカ!アレの苦しさはオレが肌身を以て知っているゼ、キャハハ!」

「じゃあね、マーカ」

「ああ、ロキ坊にはそう言っておくヨ」


 桜花三重道俣――黒御鬘。


 アテナの左手からつるが彼方へと向かい、魔女は空の闇へと消えた。

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