『魔女の知らせ』
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「なんだい、最近よく来るじゃないかマテアナ」
沼地にある巨大な湖の上に浮かぶ魔女の家の玄関口で話す紫髪の魔女と橙髪の魔女。
紫の魔女はマテアナと言って魔女協会に属している魔女だ。
魔術協会とは大陸全土に存在する魔女を監視するのが目的の集団。
大陸にはもう一つ魔女を監視する集団があるが、魔女協会は一重に監視と言っても魔女で構成された助け合いの役割が強い。勿論、世界を混乱に貶める魔女を排除したりもするがそれは他の魔女の権利を守るためだ。
「最近村が一つ全焼する事件があってな。規模が規模なんだが【ボアン教会】が仕切っていてね、中々情報を流してくれないのだ。だからこうして注意喚起行脚だよ。全く。」
ボアン教会とは魔術教会と対の立場の組織だ。
元より魔女と人間との歴史は争い、束の間の平和が訪れ、また争う、その繰り返し。
最後の戦争から百年もの間、今の平和は保たれているがその大きな要因がこの二つの組織の存在だ。
魔女協会は魔女で構成されたほぼ女性の集団なのに対し、ボアン教会は女人禁制の完全男集団。
魔術装具という魔女の手で魔術をかけられた装備を扱う国家を超え独立した治安組織とも言える。
一般にはあまり認知されていないが魔女の中で人を何百と殺す力を持つ者は魔女の歴史でもほんの一握りで、多くの魔女は最高級の魔術装具で身を固めたボアン教会の実行部隊よりも弱い。
だからこそ二つの組織がお互いを監視しつつ、余計な干渉はしない事で作ってこられたのがこの百年。
魔女協会は魔女が恐れられるのを良しとして、その分孤立した魔女に気を配る。
ボアン教会は魔女の畏怖を広める半面で、安全な魔術装具の普及や販売などで魔女と関わる。
それでもやはり些細な揉め事や嫌悪感情は無くなる筈はないが。
取り決めた相手の範囲には過度な干渉はいつ大戦の火へと変わるかもわからないそういう微妙な関係のままでもあるのだから。
「それはご苦労なこったよ」
「まぁ、アテナなら心配は要らないだろうけどな。だが、お前はそういう厄介な事柄を寄せ付けやすいだろう?私はアテナの無事は心配ではないが古くからの知り合いというだけで何かと事後処理を押し付けられやすい!私の心配はそっちだ」
何が得意げなのかわからないが何故か胸を張るマテアナとはぁ、とだけ答えるアテナ。
「ま、私のところは何もないよ。この前ヨルグが来たくらいさね」
「あの死神なら私たちのところにもきたぞ!最後の挨拶だと言ってな。短い間だったがユリを沢山助けてもらったし、感謝は尽きなかった。」
「そういやユリはどうなんだい?今日は連れてないようだが、中々べったりだそうじゃないか」
「誰に何を聞いたのかは知らないが、まぁ、うむ。よくやってくれているよ。元々大人びている頭の良い子だったのだろう、暇さえあれば協会の書庫で分野問わずに学び、私の仕事について回っていても見識深いわ、知識欲もあるわで特に古い魔女には好評だよ。勿論、魔女としての力もさっき言ったように妖精達の助けもあって成長著しいしね」
マテアナという魔女がまだ普通の人間だった頃は、孤児院で働くシスターだった。
慈しみ深く、敬虔だった彼女の人間性は魔女になってからも変わっておらず、彼女は子供の話をする時が無意識なのだろうけど一番良い顔をしていることをアテナは知っている。
「それで今日はリフレッシュも兼ねてしばらくは休養と身体検査のために休みだ。この近くにはいるけどね。数ヶ月程度では変質は起きないだろうけどあの子は特別若いから慎重に、誰もがアテナみたいに図太くはないからな。」
「そうか、それは賢明だね、あんたの口は賢くはないけど」
「そっちはどうだ?ロキ君の様子は」
「んー、まぁぼちぼちだね。身体の様子は良さそうだけど最近友達が遠くに行ってしまって傷心中さ」
――傷心。
その言葉やこの沼地での友達、そういった部分に疑問が無いわけではないがマテアナはあえて深くは聞かなかった。
アテナが語らないのなら、とこの二人の長い付き合いが言葉にせずとも理解をもたらす。
魔女はその成り立ち故に魔女同士でも関わり合うことを好まないことが多い、だからこそ付き合いの長い魔女同士というのはこういうった距離感には敏感なのだ。
「そうか。では、私はそろそろ別の魔女の元へ向かうよ」
「うん、じゃあね」
マテアナはその通り名に相応しい一羽の黒鳥を発現させ、左の人差し指と中指に鳥の足を掴ませ掲げる。
「――そういえば、お師匠さんの所には行っているのか?」
「ああ、次の春にも行くよ」
「そっか。あの景色はロキ君も喜ぶだろう」
そう言い残して魔女は鳥に掴まれ、沼地の霧の中へ消えて行った。
「どうだか――ね。」
本格的な冬を迎えた大陸、そのほぼ中央に位置する国の外れにひっそりと暮らす沼地の魔女。
冷たい風は波音と共にアテナの髪を揺らして果てなく流れていった。




