四話『魔女の弟子』
――ああッ!畜生!畜生!畜生!
ぶつける先を見つけられない怒りを顔いっぱいに浮かべる男性がいます。
服は土や泥にまみれ、至る所が千切れていて、軟弱なのが伝わってもうどうしようもないですね。
息は荒く、背後を気にしながらもつれた足を懸命に動かす惨めな男性を宙に浮かぶ三つの黒い影が追っています。
「ふざけんな!俺がなにしたって言うんだよ!なんなんだよこの世界は!俺は…俺ァ!」
ついに躓いた男性は抵抗の意思を示したいのか、ただ自分の状況が理解できないお馬鹿さんなのか、それはわかりませんがその追っ手に向かって吠えます。無様です。
その声など影は一切気にする素振りも見せず剣を手に、投擲の構えをします。
なんというか鳥をかたどったのか趣味の悪いお面を着けていますが最近の人間内での流行りなのでしょうか?大分趣味が悪い。今更ですが。
「ッ、待てここから先は――」
「そうだ、あの魔女の結界に近い。だが!」
「まぁ良い管轄外だ」
窮鼠猫を噛みません、蛇に睨まれたカエルなど網の上で踊り焼かれる蛸と同じです。
捉えたに等しい狸など皮を売ることは当たり前、身を今晩煮るか焼くかそこまで考えられるもので、男性はそれに等しい状況でした。
しかし、コソコソとご相談を終えた黒い影たちは剣をしまって、踵を返す様です。
「しかし、ただでは見過ごせぬ。」
そう言った影の一つが呪いの込められた針を投げました。
今にも漏らしてしまいそうな彼の前世はチキンだったのでしょう、ぷるぷると震えて喚く事しかできない男性の二の腕を針がかすめて薄い傷を残します。
「ああ!血が!血がぁぁ!」
かっこ悪いですねー。あちらの世界では男はどっしり構えるものじゃないんですか?全く、なんでこんな人間を寄越されたのか。甚だ疑問で仕方ありません。
虫の泣く声など余程の酔狂でなければ気に止める人間はいないでしょう。美しもなくただ煩いだけですし。
追っ手の影はとうに夜の闇へと消えてしまいました。きっちりとどめを刺していただければ良いものを…雑な仕事ですね。
さて、万事休す、その図太いゴキブリ生命力を何故前の世界で発揮しないのか。
私も疑問で疑問でどうでもよくなってきたのですが、それでも私は彼を見届けねばならないのです。
ま、おそらくそう長い時間はかからないでしょう。
喚き倒れていた男性もやっと動物並み程度の理性は取り戻したのか、立ち上がり遠く輝く街の灯りを目指して歩き始めました。
――ああ!そういえば今はここに星の魔女がいるのでしたね。
ふざけんな、ふざけんな、と馬鹿の一つ覚えのように繰り返して…オウムにでも生まれ直した方が彼のためなのではないかと思わせる男性。行動次第ですが、やはり、先は短そうですね。




