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モドキの弟子  作者: こばかい
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閑話『魔女と人々』

 ――じゃあロキ、行ってくるよ。


 イガンカ村は大陸ではほぼ中央に位置するガイナ国領の村の一つだ。

 盛んな流通、目立った観光場所があるわけでもない。

 しかし廃れているとは言い難い、微妙な街だ。

 大陸単位で見ればそんな地域はさして珍しくもないので、知る人とぞ知る、鉄道で過ぎ去る一つの街。

 それでも鉄道駅を中心に賑わい、昼は商人が、夜は酒場が盛り上がる。

 やはり特筆することもない、それなりの街だ。

 村と付いていると田舎臭いと議題に登るくらい、平和な田舎。

 そんなイガンカ駅前のBARの一つ、『ヤドリギ』というお店もまた今宵はそれなりの客が酒を嗜んでいた。

「――♪ ――、――――、――♪」

「ヒュー!やっぱりミネルヴァさんは最高だなぁ!いや、他の曜日の子もそりゃあ美人で歌も上手いがおらぁ断然ミネルヴァさんだな!」

「あれって都会で人気の曲なんだろ?この前仕入れの時によく聞いたよ!すげーな流石ミネルヴァさん!」

 薄まった安酒の杯数と腹を満たす食べ物で思いっきり酔う大衆酒場とは違い、マスターが熟練の技術で作り出す小さな宝箱をしっぽりと味わうBARは雰囲気が大きく異なる。

 日常の英雄譚を語らい、日々の鬱憤をぶちまける大衆酒場も、静かにその空間に流れる雰囲気を味わうBARも、どちらも一長一短。好きなものが好きな方に集まるのが自然の理。

 エールに唐揚げ、ジャズにチェリー。

 ヤドリギではそのマスターのシェイカーから生み出される酒もだが、日替わりで歌う歌手も楽しみの一つで有り、人気の一つ。

 特におおよその店などが休みを迎える週末前、金曜日の夜の歌手は特に人気だ。

 その日は夫だけではなく妻もゴールデンハニー酒を好きなだけ飲める、そこから金曜日と呼ばれるようになったとかなんとか。

「ありがとう。伴奏のマルクスも褒めてあげてくださいね!」

 濃い紫の髪を揺らし、黒く透き通ったドレスには太ももに大胆なスリットがあしらわれていて、その白肌を引き立てている。

 カウンター、テーブル席の奥、薄暗い店内で唯一ライトが照らす壇上で、一曲歌い終えた女性が男性達と休憩がてらに談笑していた。

「なぁ、なんでここの歌手達は左手にだけ手袋をしているんだ?魔女なのか?」

 カウンター席に腰掛けるまだ青い匂いを残した男性が、隣に座る男性に呟いた。

「さあな、本当の所はマスターしか知らないさ。なあ――」

 もう一人の男性の視線がマスターへ向けられた。

 深い紺色のタキシード、首元には赤い蝶ネクタイとクラシカルな正装に近い装いのマスターがそれに応える。

 艶やかな黒髪にあご髭を携えたその風貌は柔らかい印象も与えつつも、大人の格好良さも感じさせる。

「ふふ、そうですね。しかし、秘密がある女性って良くないですか?」

「ははは!マスターにしか言えんなぁ、それは…。うちの母ちゃんなんかガキと遊んで食って寝てるだけだからな!」

「センパイ、そんなこと言ってるとまた締め出されますよ」

「ナゴさん普段はしっかりしてるのに悪酔いひどい時は本当人が変わりますからね。それを認めて愛してくれているのだから、幸せじゃございませんか?」

「母ちゃんの話はいいよ。それよりマスターもう一杯くれ!」

 はい――手慣れた手つきで酒瓶とグラス、シェイカーなどを準備すると小気味よい音を立てて混ぜ合わせていく。

「ああ、それにうちの常連さん達の間では魔女の使い魔が止まるからヤドリギ。なんて言われますね。なんとなくつけたので恥ずかしいお話ですがね…ハニースカッシュ、お待たせしました。」

 グラスを差し出しながら言葉通り照れ臭そうに笑うマスター。

「それにさ――」

 不意に男性達の後ろから声がして、驚いた二人は振り返る。

「それにさ、もしも魔女の使い魔が見にくるって言うのなら是非とも私は言ってやりたいですね。こっちみんな! …ってね!」

 男性達の背後に居たのは壇上で歌っていた女性だった。

 女性はマスターから水の入ったグラスを受け取り一口飲んで返す。

「ミネルヴァ、盗み聞きはいけませんよ」

「すみません、楽しげに話していたのでつい…ね!」

 ミネルヴァと呼ばれた歌手は男性達を一瞥し、イタズラに笑うと壇上へ戻って行った。

「びっくりしたぁ、俺あんな美人に近付いたの初めてですよ!良い匂いがしましたねセンパイ!」

「お前なぁ……わかるぞ。わかるわかる。美人を眺めるのは最高の薬だが、ああも近いと毒になっちまう。心臓止まるかと思った。…しかし、さっきの話の続きだが、月曜のフランちゃんに始まりトトメルちゃん、マリアちゃんといるけど今日のミネルヴァちゃんは間違いなく魔女はないな。」

「そうなんですか?」

「ああ、さっきの言葉もそうだがミネルヴァちゃんの魔女嫌いは有名なんだ」

「この前、フランさんの時に連れてきてもらいましたが…断然魔女っぽくないですかミネルヴァさん」

「そうなんだよ!そのギャップがいいんじゃねえか!」

 なるほど…流石っす! と、気の合う先輩後輩の話の種は様々な方向に飛び交い、マスターはそれを眺めながら、別の客の注文に応えていた。


「それじゃ、何かリクエストありますか?」

 壇上に戻ったミネルヴァは辺りを見渡しながら言う。

 これもこの店ではお決まりのルーティンだ。

 流行曲を歌いながらリクエストを募る、その際に客を指定して聞くこともあるので指されたくない人はカウンター席やカウンター近くのテーブルに座ると、そんな具合に。

「十四番のお兄さん、どうだい何か聴きたい曲ありますか?」

 各テーブルには照明石という魔術装具が置いてあり、任意で光らせたりできる魔術が施されている。

 コントロールはカウンターの中でマスターが行い、『十四番』とアテナの言葉を聞いてそのテーブルの照明石を光らせた。

 十四番テーブルに向かい合った男女が軽食と共にお酒を楽しんでいる。

 男性は襟のズレたスーツを着ていて頼りなさそうな見た目そのままに、いきなりのミネルヴァの言葉にあたふたとしていた。

 男性とは違いしっかりと綺麗に服を着こなした女性はそれををニコニコと見ていた。

「あっ…えっと、あの…星恋唄とか…」

「星恋唄か。素敵ですね、私も好きですよ。ではマルクスさんの準備ができる前に、アリスちゃん!手拭きを十四番さんにお持ちしてあげてください!」

 動揺のあまり酒を零してしまった男性、給仕として配膳などで動き回っているアリスという女の子から手拭きを受け取ろうとした。

 だが、それを席を共に座る女性が代わりに受け取り新たな酒を頼むと、男性の側へと向い溢れた酒を拭う。

「素敵な女性じゃないですかぁ、いいですね。」

「ミネルヴァちゃん!俺なら優しくするぞ!」

「ええー、私アレクさんを担いで帰る奥様の真似はできないですよ?」

 ミネルヴァの客いじりに周りの客もにこやかにその席を眺め、動くこともできない男性はあはは…と笑うしかなかった。

「お、マルクスさんの準備もできましたね。ではミシェル・アレクトで星恋唄」


 元は民謡だったものを、アレンジした歌は数年前に大陸全土で流行った曲で、暖かく優しい、生命と星の息吹を恋に例えた曲だ。

 曲に合わせ、少しずつ店内の灯りが消えていく。


 ――一つのテーブルを除いて。


 赤く灯続けていた十四番テーブルの照明石だけが店内の明かりになる。

 曲も二番を終え、ラストへ向けた間奏へと差し掛かった。

「本日は十四番テーブルに座るクレアさんのお誕生日だそうです!皆さん少し静かにお願いします!ではアズカルさんどうぞ!」

 いきなりの言葉に今度は十四番テーブルの女性が戸惑う。

 状況を飲み込めないまま、赤く光る照明石が目の前の男性だけを照らす。

「クレア、誕生日おめでとう…ぼ、ぼくと結婚してくでにゃいっか!」

 噛んだ。噛んだ。男性なら誰もが恐れるところで噛んだ。

 これは…と周りから同情の視線が向けられ始めた中で

「はいっ…お願いします…!」

 大粒の涙を溢れさせながら、男性の差し伸べた手を取った。

 おおお!と声が上がり、明かりが一斉に灯る。

「当店からのおめでとうケーキでございまっす!」

 奥からロウソクの灯るケーキを給仕のアリスが運ぶ。アリスが小柄なのもあってそのケーキはとても大きく見えた。

 新婦となった女性はふーっとロウソクの火を言われるがままに吹き消す。

「もう一度大きな拍手を!おめでとうと!」

 普段は砂時計の音でも聞こえそうなほど静かな店内だが、この時ばかりは盛り上がった。

 素知らぬ誰かであっても誰もがその二人を祝福する。

「残念でしたケーキもあったのですがそれは私がちゃんと頂きますね!しかしクレアさん…いや、奥様、大丈夫ですか?雰囲気的に断れなかったとか後で言っても大丈夫ですからね!大事なとこ噛んでましたし!」

 それでも、女性はいいえ!いいえ!とかぶりを振って応える。

「私もこの人しかいないですから!」と大粒の涙と共に変わらないにこやかな笑顔で。

「じゃあマルクスさんも頑張って間奏繋いでくれたのでラスト行きますよ!今日は二人の挙式の入場曲も決めてもらいましょう!恋愛曲メドレーです!」

 ヒューヒューと店内は大いに盛り上がった。

「よーし!今日は私のおごりさね!みんな飲んでくさだーい!」

「「「「おおおおおーーー!」」」」



「うう、頭痛え。ミネルヴァちゃん悪いな…馬車代…」

「いえいえ、結局皆さん酒代ちゃんと払ってくれましたから。あ、でも馬車の中で吐かないでくださいね!高くつきますから!じゃあおやすみなさい」

「おう…ぅ、おやすみぃ…」

 真っ白な朝日が一日の始まりは元気よく告げる。

 最後の客を見送り、これから寝るミネルヴァはそんな日差しを睨み付けると扉の札をCLOSEに変え、中へと戻った。

「勢いとはいえ、奢りなんて言われては困りますよ」

 戻った途端に発せられた言葉に少し不満げな表情を浮かべた。

「本気で払うつもりだったよ。最近ちょっと大きな収入があったもんでね」

「おや、珍しいですね」

 カウンター内でグラスを磨くマスターの前にミネルヴァは座る。

「そうともさ、あんたが真っ先に隠した酒も飲みたかったのだがね」

 そう視線を向けた彼女、夕日と星空の中間の濃い紫をした髪はすでに赤く燃える夕焼け色になり、顔も少し変化する。

 それはイガンカ村近くの沼地に住む、泥沼の魔女アテナだった。

「あれは飾ってるだけですので」

「もう一本隠したろ、それは?」

「これは店が終わったらミネルヴァ…いえアテナさんと飲もうと…」

「おや良い心がけじゃあないか」

「…と思っていたのですがもうこんな時間ですからね、やめにして帰って寝ましょうか!」

 その言葉に出した手を引かずにいられぬアテナを見てクスリと笑うとマスターはバックヤードへ一度入り、店に置いてあるものよりも背の高いカウンターチェアを取り出した。

「シグルド、魔女をからかうのはいつか痛い目を見るよ」

 カウンターの中に椅子を用意したマスターのシグルド、大人でも高身長だった彼の姿は一変して幼児ほどになっていた。

「いやいや、こんな私に付き合ってくれる魔女なんて今はもう、アテナさんくらいですから」

 顔を隠す様に前髪が伸び、両手の甲から軟骨質の骨が伸びる。

 これは【悪戯小人グレムリン】と呼ばれる種族の特徴。

 グレムリンはウラ側の住人だ。手の甲から伸びる骨も自在に駆使し道具の開発や整備などを得意としている種族で、オモテにいるウラの住人の中では一番多い。

 大陸には人間以外のウラ側の種族も様々な理由で暮らしている、しかし魔女の特性として人間のそばに居続けるとモンスターチルドレン――魔女の子と呼ばれる只人を怪物へ変質させる特性があるため、それ

ウラ側の住民の存在を隠匿させている。

 コトコトコト…二つのグラスに少し滑りけのある酒が注がれ、炭酸水で蓋をし、ゆっくりと一混ぜ。

「どうぞ。」

「ん…うん…旨いねぇ」

 アテナがグラスを置くと複雑な表情でグラスを回し続けるシグルドが目に入った。

「なんだい、急に静かになったから寂しくなっちまったかい?終わりに呑もうってのも珍しいしね」

「今日は妻の命日なんですよ」

「おや…ここに来る様になってそれなりだが初めて聞いたよ」

「いつもは特に何もないですから、妻が好きだった花を飾るくらいです。…先日、娘が良い人を見つけた様でして…それで特別にです」

 氷が溶け、グラスの縁を叩くと軽い音がなる。

「――そうか…どんな方だったのさ」

「そうですね…昔は色々な事を思いましたが今は花だったと、それがしっくりきますね。小さく可愛く咲いていて、愛でていたら種を残してあっさりと枯れてしまいました。」

 扉のブラインドを落とした店内に朝日は入らず、薄暗い店内にはカウンターの明かりだけが瞬いている。

 表情を隠す前髪だが垣間見える瞳は穏やかで、遠くの何かの景色を映しているようだ。

「まぁ、人間よりも寿命は長いとしても死なんてそんなものさ、前に家族を目の前で殺されても元気を装っていた魔女もいたよ。あんたと同じ様にやけに物分かりの良さそうな表情をしていてね、わたしには到底わかりっこないな。そういうの」

「アテナさんは頑固で感情的ですから。昨晩だっていつもの口調出てましたよ」

 お互いに二杯目を注いで喉を鳴らす。

「私に若い子の演技させる方が無理な話さね」

「そうですか?結構ノリノリに見えますけども」

「そんなわけあるかい。そりゃ歌は好きだけどさ…それはともかく、ウラには帰っているのかい?」

「んー最近だと娘が彼氏と会わせたいと言ってきた時くらいですね。こっちで一人でいるのも中々楽しいですし、娘もとうに独り立ちしていますから。まあ、この話はもういいですよ、アテナさんも早めに帰らないと待っている子がいるのでしょう」

 アテナを急かすとシグルドはファイルを取り出し開いた。

「マタキリのお爺ちゃんはやはり酒の飲み過ぎだそうでまた中和する丸薬が欲しいそうです。あと風邪薬と吸熱草と栄養酒、それとあの飲むと温まる…」

「薬湯漬ね、了解。」

「あとは湿布も急に出始めたらしい。これが街医者の要望ですが、薬草店の方に何か新しいのは出しますか?」

 要望書、薬草店の在庫を書かれた紙を受け取り、一通り目を通すとアテナは頷いて懐へしまった。

 イガンカ村の側に住む魔女アテナ。彼女がこの村の近くへ住み着いた時に交渉の末に決まった薬草店での一部薬類の販売。

 怖がっていた住民にも長い月日の果てに徐々にその効能が認められ、今では街の医者にも評判とされている。

 アテナが週一回、このBARに立つのもこの時のためであった。アテナの趣味もあるが。

「麦やら米やら、野菜やら。この時期が農家の一番の頑張りだからね、肩や腰には来るだろうさ。販売は特に変わりなくでいいね。」

「それにしてもあまり、魔女嫌いを過剰にやられると逆に疑いの目が向きますよ。些か心配です」

「いいのさ。魔女は嫌い、だが薬は教会も監視しているから安心だろう、それでいいのさ。まぁ、ここの店にはリスクしかないだろうけどね」

「うちは大丈夫ですよ。他の歌手の子が心配ですがそれはそれ、どうにかなりましょう」

「いいのかい、そんな事言ってしまってさ」

「ええ、勿論」

 長い髪を掻き分け不敵にシグルドが笑う。

「悪いマスターだね」

「おや、村でも評判の怖くて悪い魔女様にそう言って頂けるとは光栄の至りですね。レディ」

 その顔につられて魔女も笑う。

「ふふ、若い子ならともかくレディと呼ばれて嬉しい歳じゃないよ」

「そう言われましても、私から見たらアテナさんも可愛い若芽ですので」

「ふん。それで一本空けてしまったが次は出て来るのかな?」

「いやぁ、私も歳ですので今日はもうお開きにしましょう。はい、これが来週分の預かったお金と先月分の給料と歌響石です…あ、あとこれを」

「これは…クッキー?」

 歌響石は魔術装具の一つで魔術によって歌が封じられていて、専用の道具で歌が再生されるというもの。

 そして金の入った袋と共に渡された透明な小袋、口をリボンで縛られたそれには小さなクッキーが沢山入っていた。

「昔から作っていましたが最近特にお菓子作りに凝っていまして、あの子にあげてください」

「どこで聞いたのやら。あんた一人暮らしに慣れすぎると枯れていく一方だよ」

「結構噂になってますよ、魔女が子供を産んだってね」

「あれは私の子供じゃないよ。第一、魔女が子供を産んだなんて話は寡聞してに聞いたことがないね」

「では弟子ですか?それは珍しくないと聞きますが」

 その一言に少し戸惑うアテナ。

 手を顔に当て思案するも納得のいく言葉は見つからない様だ。

「なんだろうね、ただの拾い物だから考えた事もなかった。ただあいつにはいつも言ってるよ、出て行きたくなったらいつでも行きなって。つまり――宿り木程度さ。」

「…あまり上手くないですね」

「うるさい。じゃあ、私も帰るよ。」

 グラスを奥へ置き、立ち上がると扉へ向かった。

「ええ、お疲れ様です。また来週に」

「お疲れ、ニケロトのプロポーズ上手くいってよかったね」

「そうですね…ああいうのは老いぼれとしても生きる元気になります」

 髪の下の表情を探る様に少しの間その顔を眺め、アテナはドアノブを押し込む。

 朝日が雪崩れ込み、扉の輪郭を曖昧にする。

 視界がまどろむと、次の瞬間に魔女の姿は消えていた。

 それを確認して一度頭を下げ、シグルドは店じまいを始めた。


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