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モドキの弟子  作者: こばかい
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『振り返るのは白き魔女』

◇◇◇◇◇◇ 


「もう一週間か。早いものだな」

 母屋は全壊、その瓦礫は未だ残ったままだ。

 マテアナは再びこの屋敷へ訪れていた。

「おはようございます」

「や、おはようユリ。気分はどうだい?」

「うーん、なんとも言えないのが本音ですね。時間が経てば寂しさも感じてくると思ったのですが」

 一週間、マテアナがこの屋敷から離れている間も少女はそこで暮らしていた。

 母屋は壊れていても一人部屋の置かれていた別棟は無事でそこで寝泊まりしていたのだ。

 帰ってきた彼女の願いをマテアナは了承し、約束の一週間が過ぎ彼女を迎えに来ていた。

「町長さんも了承してくれたよ。この土地は行政の物となり、建物は建て直され行事などで使われるそうだ。この庭もまた維持してくれるとさ」

「ありがとうございます」

 すっきりとしたユリの表情にもう迷いはない。

 彼女が考え、選んだ道。

 それを叶えるためにマテアナはこの一週間動き、短い期間ながらその手腕を振るった。

「とりあえず魔術協会に来たいとの事だが、本当にいいのか?」

「ええ、ご迷惑でなければ。私はもっと世界を見たいです、そのワガママの中でなにか力になれるのなら喜ばしい限りですから」

「魔女の生き方は自由だ――なんてこれはアテナの口癖だが、本当にその通りで何か見つかったら気ままに生きるといい。魔術協会としたら人手が増えるのはとても嬉しいがね」

 瓦礫のそば、大きくレンガで囲われた庭には茶色の土が敷き詰められている。

 少女はその庭の方へ歩き出した。

「いつもこの時期は来年の春へ向けて球根を植えたり、土を耕したり、家族総出の冬支度の一つでした。」

「そうなのか」

「ええ、妹のアジーは虫が苦手なのですけど、土中から眠っていた芋虫を掘り返してしまった時は涙目になりながら別の場所へ埋めてあげたりと、去年の事なのに遠い昔のようです」

「…ここの庭はレルスターさんが管理するそうだ」

「ああ!有難うございます!彼女の一家は昔からこの庭を管理してくださっているので安心です」

「ユリ、今更だが全て無くさなくてもいいのだよ?帰ってくる場所一つあるだけで心持ちは大きく変わるものさ」

 未だどこか晴れないマテアナの顔をユリが下から覗き込む。

「そんな事ないですよ。魔女のいた家を呪われたと隔離されてたり、墓だって用意して貰えない事も多いと聞きます。そんな中で家族のお墓用意して頂けて、この家も街の皆さんが使ってくれるのならとても嬉しいです。何より――」

 少女は庭の奥を見る。彼女が一週間を過ごしていた別棟から一匹の黒い影が走ってくる。

「おっふ――!」

 勢いを緩めないまま影は――ユリの使い魔ダリタンはマテアナの腹へタックルを決め、腰から倒れた魔女の頰を舐めた。

 全身を包む黒毛の中にユリと同じ銀の線が通った大型の犬の形をした妖精であり、ユリの使い魔は名をダリタンという。

「だめよダリタン!すみませんマテアナさん!」

「ははは、大丈夫だ。そうだな君もいるものな【墓守のホルスターグリム】。」

 大型犬の妖精ダリタンを引っ張りあげ、マテアナからどかしたユリ。

「ふう…。それじゃ、行こうか」

「――はい。」

 ユリの手に荷物はない。

 残しておきたいものは全て家族の遺体と共に眠っている。

 ただその手に顔を潜り込ませる彼女の星だけがいつまでも寄り添うだけだ。


「ユリ!」


 森から連なる高台にその家はあった。

 街から坂道を登るその道からは朝日も夕焼けも一番に降り注ぐ。

 林に挟まれた一本道、ユリとマテアナの踏み出した先に三人の少女が立っていた。

「ユリあの子達は?」

「学院の同級生と先輩です」

 ユリが一歩踏み出す、マテアナはユリには続かない。

 別れも、思い留まっても、どの道を選ぼうと彼女の人生だから――。


「おはよう、コトハ、マーシャ、サナ先輩。どうしたの?」

「おはようってそうじゃないでしょ!」

 一番背の高い子がユリの落ち着きように取り乱す。

「あなたの家あんなになって!家族も…なのに!貴女はどこかへ行ってしまうの!?」

「ええ」

「なんで!帰る場所がないならうちに来てよ!貴女が一人になる必要はないわ!」

 ユリは左手を向ける。魔女の一番わかりやすい証を見せながら彼女は言う。

「あら、モンスターになってしまいますよ?」

 屈託のない笑顔を向ける。

「それでも――!」

「それにね?」

 それでも食い下がらない少女達、声を出しているのは年上の子だけだが並ぶ子達も同じ顔をしている。

 しかし、その先の言葉を魔女は遮った。

「「ひっー!」」

 少女の影から使い魔が現れる。

 白光の朝日すら飲み込まれ、黒き魔力を纏ったそれはユリに寄り添う。

「それにね、私が…家族も家も失った私が――ここに残る理由もないの」

 禍々しい魔力を放ち、紫の模様を目に光らせる少女は…間違いなく魔女だった。

 少女達は黙る。

 理由は無いとそう彼女が言ったからだ。

 余計なお世話、ありがた迷惑だとしても、心配で噂を耳に駆けつけた友達にそう言ったのだ。

 一歩。

 一歩。

「じゃあ、さようなら」

 少女達を背に小さく呟く。

「――ッ!それでも!」

 声に、肩を一瞬に跳ねさせたユリ。

「……それでも…いつでも、いつまでも私は待ってるから…」

 涙声。詰まって詰まって、それでも押し出すように吐き出した言葉。

 一歩。

 魔女の少女は応えない。

 少しずつ少女の背は離れていき、マテアナも少女達に小さく頭を下げてユリの元へ駆けていく。

 アテナとロキと歩いた大通りは避け、ユリの親しんだ裏道を通って駅へと向かう。


 朝は早く、人通りの少ない街をあっさりと抜け列車を待つ二人の魔女。

「ううっ…うううっ…」

「使うかい」

 ハンカチを受け取る魔女。

 何度泣いても、何度詰まっても、絞られるように喉が閉まり、涙が溢れてくる。

 ゆっくりと歩かないと、少女達を背にした時からユリの目から涙が溢れてしまいそうだった。

 列車の待合室。一息ついた途端に一斉にそれは決壊し、幾度も伝っていく。

 横に座るマテアナも「あれでよかったのか」とは言わない。

 必死に涙をぬぐい、肩を揺らし、嗚咽を漏らしている彼女が選んだ事だから。

「優しいな君は」

「そ…んな、事ないですよ」

 百合の花はその大きな花びらを落として散る。

 皮肉なことに透き通った銀の髪を持つ少女もまた全てを捨て


「わたしは悪い魔女ですから」


 そう笑顔で言い切る。


――後に雪白の魔女と呼ばれる少女の旅立ちだった。


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