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モドキの弟子  作者: こばかい
18/34

『忌むべき今と遠くなってしまったいつか』

◇◇◇◇◆◆


街の北部にそびえる山の中腹に位置する宿から大通りを通って、中央へ向かい、そこから西の外れにあるユリの屋敷へと向かう。

 足元まで伸びた真っ黒なローブに同じ色をした三角帽子、手には青い鉱石がついた杖を手にしたアテナを先頭にユリ、ロキ、マテアナと並び歩くその姿は嫌でも人々の視線を集めた。

 皆が遠巻きに見つめる。ユリを知る者は沢山いるが、同様に街のものならその屋敷で起きた事件も知っていた。

「魔女になったというのは本当なのね」「可哀想だが恐ろしく思えるのも本音だな」「娘には近寄らない様に言わなきゃ」「あのユリちゃんの後ろの子は妹か?顔がよく見えないな」

 様々な声がユリには聞こえた、こちらに聴こえないように小声で話している声のはずなのに、やけに鮮明に聴こえてしまう。

「ユリ、あのパン屋は行ったことあるかい?」

 アテナが視線で、通りの左側に見えたパン屋を示す。

「え?あ、はい、よく通ってましたよ」

「そうか。何がおすすめなんだ?」

「そう…ですね、何でも美味しいですが特にベーコンチーズパン…ですかね、家族で行くと必ず買ってました」

「よし、宿では朝食を取らずに出てきてしまったからな。ちょっと待っていてくれ」

 そう言うとアテナは一人、店の方へ足を運び始めた。

 かつん、かつん、と杖の先で石畳を叩きながらアテナが歩みを進めると、遠巻きに見ていた人達は一定の距離を保つように離れて行った。ただ一人を除いて。

「すまない、店に迷惑をかけるつもりはなかったのだが…。ベーコンチーズパンを六つ貰えるかな?」

 店の前からアテナが近寄ろうが離れなかった人は、恰幅の良い、少々強面な女性だった。

 そのエプロンと髪から漂う酵母の匂いにその女性が店主だとアテナは判断し、正解だったようだ。

 睨みつけるようにアテナを一瞥した店主は、ゆっくりと口を開く。

「…六つだね。一つ180フィル(※フィルは通貨の単位)だから1080フィルだ」

「では2000フィルで。釣りは迷惑料だと思って取っておいてくれ」

「あぁ?要らないよ、そんなのは。魔女だろうとなかろうと、魔女のモノマネでもバケモノでも、貰う金は一律だ。私が売ると決めた客に何一つ変わりはないのだからね」

「そうか…綺麗なお方のようだな、店主さんは」

「主人にもそんな事は言われたことはないよ。やっぱり魔女って奴は変わってるんだね。ちょっと待ってな」

 そう言って、お釣りをアテナに手渡すと女主人は店の中へ入って行った。

「全部入れちゃっていいのかい?」

「二つだけ別の袋に入れてくれ!」

「あいよー」

 そんなやりとりを終え、店から出てきた店主はアテナにパンが入った袋を手渡す、その際――

「なぁ、あの子はどうなるんだい」

 一瞬、ユリの方を見てそう尋ねた。

「さあね、それは彼女が選ぶ事さね。――だが、あなたみたいな人が居るというのは彼女に取って大きな事だがね」

「街のやつなら大体が同じさ。ただ魔女になって怖い存在になったのか、危険な存在になったのか、それとも変わっていないのか、それが『わかっていない』から距離ができてしまうのは無理もないよ。だがあの子が、ただ魔女になっただけだってんなら、私にとってユリは『よく家族でパンを買いにきてくれたお得意様』さ。腹の中にいる頃から知っている、いつもうちのパンを美味しいと言ってくれた子の記憶はそう簡単に変えられないさ」

「…それは彼女も喜ぶだろう」

「それなら嬉しいが…ああ、引き止めてすまんね。ほらパン六つ、ちょうど焼き立てだよ」

「ありがとう、では。」

小さく頭を下げると、アテナはユリたちの元へ戻って行った。

「オイ!アテナ!オレの分がナイゾ!」

「あんたは私のを半分あげるよ」

「その二つはアイツラのだろう?妖精こそ半分でイイダロヨ!」

はいはい、とマーカジュラをあしらいながら、アテナはパンを一行に配る。

「ほらユリ、ロキも、アツアツだから気をつけるんだよ」

「あぅ。」「はい、ありがとうございます…」

 ユリの家へ歩みを進めながら、全員がそれを口にした。

 サクッと、小気味良い音を鳴らしてパンの表面を開いていく、香ばしい香りが一斉に溢れ出し、チーズが尾を引いて柔らかく伸びるとそれにはチーズとベーコンの脂が滴っていて、それを逃さぬまいと次の口が進み、さらに次へ。

「コレ美味いナ!」

「ああ!本当に美味い!」

 声を上げて喜ぶマーカジュラとマテアナ、静かにコクコク頷きながら頬張るロキとユリ。

 反応の仕方は人それぞれ個性が出る、しかしその表情に一切の違いはなかった。

 そんな表情もまた良いアテだな、とアテナは心でつぶやきながら新たな一口を運んだ。

 大陸には様々な文化があり、国や州や村ごとに宗教や神話、童話や口調も変わる。

 アテナはどこかで聞いた、大海原を二つに割って作った道を歩く神の話を頭に浮かべていた。

 ユリを見つめる群衆とまっすぐ開けられた道を眺めて、だ。

 あるいは魔女になった聖女を火刑場へ連れて行く姿かな、とも思いながら。

 群衆の視線は突き刺さるように鋭く、冷たいもので、ユリもそれを感じていた。

 ロキが笑みを零して頬張る姿を見てユリも嬉しそうに笑う。

 緊張に凍てついていたその顔は少しだけ柔らかくなり、それをアテナは悟られぬように確認するとまた一口パンを噛み締めた。

「…美味いね。」

 中心部で大通りを曲がる。レトロモダンな、いかにも『魔女です』という姿をしたアテナを先頭に歩く一行は、往来の増してきた通りでも異質な空気を放っていた。

 カツン、カツン、とアテナの杖先はやはり小気味よく音を立て進んで行った。


◇◇◇◇◇◆


――登って行くと少しずつ見えたその場所は、祭りの際などでは打ち上げ会場にも使われた事もある屋敷は、ただの瓦礫の山となっていた。


「――ッ。…あはは…」

 辿り着いた少女の家だった物の前で、乾いた笑いだけがそこに響いた。

 眼前に広がるそれは少女にとってはおよそ現実離れしていた事だろう。

 しかし、これまでの事を思えばそれほど驚きも出来ないのかもしれない。

「ユリ、済まないな…私がアテナを連れてきたばかりに…」

 マテアナが申し訳無さそうに頭を下げるとユリは手を振ってそれを否定した。

「あ、いえ!私の結晶魔術?ですか、あれで既にうちは倒壊寸前だったのが今ならわかります。アテナさんとロキ君には感謝しかないですよ」

「というかマテアナ、随分な物言いだね」

「そりゃだって!魔術なんて言われ方をしているが物を破壊したり、爆破したりできる魔女なんてほんの一握りだ!アテナならそりゃそれも出来るだろうとは思ったが…いやアテナらしいと言えばらしいのだが…それでももう少し魔女らしいやり方があるのではと思ったんだ!というか、あそこにいるのはもしかして…」 

「おや?こと太古より伝わる文献での魔女はそれはそれは神に等しいやりたい放題さ。それを思えば十分に“らしく”ないかい?」

 不敵に笑うとアテナはさらに歩みを進める。

「オ!やっときたかアテナ!オイラ待ちくたびれちまったヨ!」

 アテナの視線の先、馬車で訪れる客も迎えれる程に大きな門だった場所の瓦礫に一人の大男腰掛けていて、その肩に止まっていたウィルオウィスプがアテナの元へ飛んできた。

「悪いね、詫びではないが朝食だ。ヨグルにも渡しておくれ」

「オ!人間のメシは久し振りだ!オイラ達精霊は食べなくても良いけどな、オイラは人間のメシ

大好きだ!」

 アテナからパンの入った袋を受け取ると、からんからんとランタンを弾ませながらウィスプは一緒にいた男の元へ戻って行った。

「オイ、アニキ起きろ!アテナがきたぞ!」

 頭の上に乗ったウィスプが頰杖をついて眠る男を揺らして起こす。

 ゆっくりと立ち上がった男はウィスプからパンを貰いながら、アテナの元へゆっくり歩き出した。

「おい、アテナ!あれが…」

 追いついたマテアナ達がその人を示す。

「ああ、そうか。初めて会うのだったね。あれが死神だ。ユリも世話になるだろうからよく見ておきな」

 その言葉に全員が歩いてくる男に目を向ける。

 全身黒装束の様な格好に、木の枝に垂れる蔦のようにあちこちに黒いものが垂れていた。

 フード深く被っていたり足元が千切れていたりとロキと似たような服装だが、相手は人ではなくアテナ曰くそれは死神。

 千切れた布らしきものが翻ってもその先にあるのも漆黒。

 全身が黒ずくめなのではなく、影が実態をもって動いていると等しいものだ。

 2メートルは超えているだろう大柄な黒い影、その手には身長を超える鎌を手にしている。

 死神を見て漆黒以外の色といえば、月光が如き輝きを放つ鎌の刃とフードの様に顔を隠す黒の下から時折見える赤い眼光くらいだった。

 死神とアテナの距離があと一歩あのところまで来た。

 近くなればなるほど幽鬼の様な姿が見て取れる。

「やぁ、ヨルグ。後ろの魔女がマテアナ、ロキは一回見てるよな。そして、件の少女だよ」

 顎をいっぱいに上げ挨拶の言葉をかけるアテナを、ヨルグと呼ばれた死神は鋭い眼光を光らせ見下ろす。

「久し振りだねアテナ。ああ、紅葉が燃える今の季節は特に、その栗色の髪はよく映える」

「ふん、私も口が裂けても若いとは言えないが、それでも古き隣人に褒められても嬉しくないよ」

「私はそろそろ還る身だが、娘の様なアテナが反抗期とはこれはこれで嬉しいものだ」

 その声は深く、慈愛に満ちた優しい声だ――そうマテアナは感じた。

「ふむ、このパンは美味しいな。」

 アテナの後ろにいたユリへ視線が向けられると驚いたのか、不意にマテアナの腕に捕まって隠れてしまった。

「すまない、私は怖いよな。」

「いえ!あの…あの…すみません…」

「気にすることはないゼ!コイツを怖がらない生ける朴念仁ナンテ、アテナぐらいもんダ――ッギャア!」

 ロキの頭に居たマーカジュラがユリの方へ飛び出した瞬間にアテナが左手向け、指先が灯ると発現した魔力が腕となり、精霊を掴んだ。

 すぐさま、実体が火柱の様に上がりその腕から逃げ出す。

「マーカ、うるさい。まだパンの事怒っているのかい?」

「フン、口より手が早いのが許されるのはガキまでだゼ! ……あのパンは美味かったケドサ」

 ロキの頭を覆うフードの縁には少し凹みの癖がついていて、そこへ定位置の様にマーカジュラが体を転がし手を乗せた。

「白雪の髪を持つ我らの姫、そして我らと似て異なる祝福の魔女よ。焔の精の言葉は正しい、私は君たちの言うところの『死神』。その呼び名の通り、死を運び、死者を導く、死を纏い、死にまつわる存在だ。私は特に長くいる、纏わり付いた死の香りは生きる者の本能が嫌がって当然だ」

 ずるり、そんな音を立てそうなくらいに死神ヨルグの足元が崩れ、ユリより低くロキと同じほどの高さと変わって少女の前に立つ。

「姫よ、名を聞いてもよろしいか?」

「姫? …私はユリです」

「ユリか…良い名だ。そして良い眼をしてる」

 中天を超えた太陽は未だ過ぎた夏の熱量を僅かに残し、その陽射しはくっきりとその死神を照らす。

「さて、何はともあれ。ユリさんには沢山の話をしなくてはならない、まだ目覚めたばかりの君には特にきつい話かもしれない。それにこれは先の短い私の老婆心だ、隣にいる祝福――確か黒鳥の魔女だったか。彼女やアテナに教えてもらうも良い。まだ若芽の君には雨も風も日々変わる日差しも、季節も、君の幹を太くさせる経験は沢山あるだろう。だから聞かなくても良い、それでも――」

「き、聞きます!お願いします!ああ、すみませんお話途中で…」

 ぐるぐると漆黒の体が蠢き出し、死神の体は最初の大柄なものへ戻った。

「ありがとう、冥の姫。その前に向こうの森に移動しても良いかな、陽射しは苦手なものでね」


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