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モドキの弟子  作者: こばかい
17/34

『新たな夜明け』

◇◇◇◆◆◆


 コンコン。

 アテナが目覚めたのは優しいノックの音だった。

「ん…ふぁ…ぁ〜ぁ。マテアナ勝手に入ってくれー」

「邪魔するよ、ユリとロキ君の様子はどう?」

「ユリは夜中に一度目覚めたよ。」

 部屋に入ったマテアナは椅子を一つ持つと、隣の寝室へ入りアテナの側に座る。

 テーブルに頰杖ついて状態で眠っていたアテナは未だ覚醒しきらない頭で窓の外を望む。

 スモークガラス越しに真っ白に輝く朝日は、優しく瞳を包み空気の色を変えていく。

「薬湯のスープ飲んだらわんわん泣いて、感情的になってたよ。魔力の枯渇の特徴的な症状だが、ああしてマーカが側にいれば早目に回復するだろうよ。魔力量は折り紙つきだね、毎晩あれだけ大騒ぎしてなおある程度の思考は保っていた」

「そうか…アテナが言うのならそうなのだろう」

 一先ずは安心、と言った風に息をつくマテアナとそれをどこか苦い表情で見るアテナ。

「あんたロキの事を引きずりすぎだぞ。他人の言葉など気にしない、自分の感覚を優先するのが魔女ってもんだろ?」

「だがな、常識に囚われて死んだものと決めつけて、アテナが言わなきゃ私はこの子に無限の苦しみを与えてしまうところだったんだ。情けないと――それこそ、アテナがなんと言おうと私は思ってしまうのだ」

「これだから、魔女ってやつは強情でいけないやね」

「お互い様にな」

 ククク、とくぐもった笑いを浮かべアテナは眠るロキを見る、左腕に悪魔の腕を持つ少年を見やる。

「しかし、あの門を守っていた大水晶を始め、何故ロキ君はああもたやすく乗り込めたのだ?」

「ロキの腕の力は魔術を破壊するものなんだよ。本当に男どもの願いが叶ったのさ、この子が公に出れば幾万のサイズベビーが生まれ、その中で五人くらい成功すれば魔女狩りは一年で終わるだろうね」

「そんなにか…恐ろしいな」

「しかもロキはおよそ不死身だからな。五年間何度も殺してやろうと思ったが、毒を与えれば長く苦しんだ先に抗生物質は産む、燃やそうが煮ようが斬りつけようがマグマに漬けようが左腕はビクともしない。あの子が本気で世界を憎んだらオモテもウラも根絶やしにすら可能だろう。」

 淡々と語るアテナだが、それは本当に存在するだけで――成功例としてあるだけで世界を脅かし兼ねない存在だ。

 一瞬だが、マテアナのロキを見る目が畏怖のものに変わるのをアテナは気付く。

 彼に触れる全てがその目をするのだから、見慣れたものだった。

「封印魔術とかどうなんだろうね。魔女をかき集めれば流石の悪魔でも破壊できない封印ができるかもな」

 なぁ?と視線でマテアナに問いかける。

 噛み潰すように口を結ぶと、アテナの視線を避けるようにその目は紫の前髪に隠れた。

「私は…私は!誓ったんだ!彼が生きていることを祝福したいと!主すらも、それを否定しても私は彼の味方でいると!それが私の贖罪であり、魔女になる前から貫いて来た信念なのだ!だから…少なくとも私は彼の自由な生と世界なら彼を選ぶ」

 一度避けたアテナの目を強い眼差しで見据えてマテアナは言い切った。

「主の言葉よりもって…敬虔なのかわからないな、それ。だからあんたは魔女になるんだ。だが、それでこそマテアナだ。私はあんたのそう言うところは気に入ってるよ」

「私はアテナの意地悪なところは嫌いだぞ」

 口を尖らせて拗ねるマテアナ。

「それは良かった。薬草の値段を三割増しにしようかと思っていてね」

「ちょっ!絆創草の薬草はアテナのが一番評判がいいんだぞ!」

「そうか、では五割増しでもいいかもな」

「アテナぁ…」

「冗談だよ。それで…ユリおはよう、お腹は空いてるかい?」

「ん、ユリ起きたのか?」

 アテナの不意打ちに布団がビクッと跳ねた。マーカジュラはその後も丸くなって寝ている。

「は、はい…おはようございま――すっ!?」

「ああ、おはよう…おはようユリ。おはよう、おはよう…」

 体を起こしたユリに、勢いよく飛びついたマテアナはその少女を抱きしめた。

「おーい、引いてるぞ」

 蹴り出され倒れかけた椅子の足を持ちながらマテアナを冷やかす。

「ああ!すまん!」

 マテアナは抱き込んだその腕を離し、ユリの傍で話しかける。「ユリ、覚えていないかもしれないが――」と。

 しかし

「いえ、覚えています。あの時の私を思い出すことはできませんが、不思議と記憶はあります。人形のようだった私に沢山、沢山話しかけて笑顔を見せてくれたことを覚えています、ご飯も食べさせてもらいました…体の汗も拭いてもらいましたね…お恥ずかしい…」

 そう言うと、照れ臭そうにユリは目を細め笑った。

「そっか!そうかそうか!私はマテアナだ!」

「わっ…ちょっ…まって…」

 再びユリを抱きしめたマテアナを流石に見かねたアテナが引き剥がした。

「お前は子供見たら抱きしめないと気が済まないのかい。黒鳥より幼児愛者の魔女にしたらどうだ?」

「そんなのただの変態だろう!私はただ子供が好きなだけだぞ!」

「墓穴掘ってるぞシスター、いっぺん懺悔してやり直してきな。第一お前の絶壁じゃ男でも喜ぶやつは少ないだろうて」

「なにおう!そりゃあ、小さいほうかもしれないが…アテナだってそこまで変わらないだろう!」

「魔女に女性らしさなど不要だろ、何言ってんだい」

「言い出したのはアテナじゃないかぁ!」

「はいはい、いいからちょっとどいてくれ。話が進まない」

 二人のノリについて行けないユリの顔に手を伸ばしすアテナ。

 目にかかった白銀の髪を額に手を当てる形で髪を持ち上げ、その瞳を見据える。

 太陽を中天に置いた空の色をした透き通るブルーの瞳、そしてその上に紫の二重円の紋様が浮かんでいた。

「ユリ。私たちに何か見えるかい?」

「見える…?」

 ユリを見据える琥珀の瞳。ベッドに腰掛ける二人の魔女をユリはゆっくり眺めた。

「――ぁ。」

 見えた。

 彼女達の心臓部で揺らめく何か。

 そしてユリには、それが『 』と理解してしまう。

「見え…ます…」

「そうか。それ以上はいいよ、それがどういうもので、その目をどう使うかは今後知っていけばいいさ」

「――今後」

 ユリの顔が曇ろうとそれだけはアテナも、マテアナも、魔女ならば誰もが通る道だ。

 それを知っているからこそ、彼女たちは口にする。

「とは言っても魔女の生き方など自由なものだ。世界を見て回ってもいい、工房を造り魔術を学んでもいい。魔術技工士など社会に関わってもいい、マテアナの様に魔術協会で魔女と関わるのもいいだろう」

「ですが…」

「オイオイ、寄ってたかって大人二人が少女をいじめちゃいけないゼ?そんなことをしても若さは吸えないのだからナ!キャキャキャ!」

 布団が返され埋もれていたマーカジュラがその燃える体を這いずり抜け出すと、ふわふわと飛び跳ねた。

「マーカ!」

「おおコワイコワイ!シワガ増えるゾ!」

 楽しげに空中を跳ね、少女の髪の裏に隠れたマーカジュラを、ユリが手を回して優しく撫でた。

「若芽の魔女は手の潤いも違うナ!オレは炎の精霊マーカジュラだ、アテナの様にマーカとかマーとか呼んでクレ!」

「マーカさん…あの、夜とても暖かったです」

「ソカソカ!若いってのは魔力の回復も早いのカ!なぁアテナ!」

「はぁ…そうだね、一晩でこれだけ話せるならマーカの補助あっても立派なものだよ」

 相手にするのも諦めたアテナが肯定する。

「そうなの…ですか?」

「オマエ、魔力の底尽きるまでユメを見てたからナ!魔力を通す魔幻も壊れかける寸前だったんだゼ!」

「ユリは特殊なタイプだからそれも影響したのだろうが、それでも君は特筆するものがあるのかもな」

 魔術協会に属するマテアナもまたその性質を認める。

「シカシ、心なしか顔付きも昨夜よりスッキリしてないカ?」

 頭上からマーカジュラが覗き込むと、空色の瞳が丸くなりきゅっと閉じた。

「実はあの後、また夢を見ました」

「キャキャキャッ!オマエは夢ばかりみてるのナ!」

「前はそんなこと無かったのですけどね」と頰を掻くユリを横目にマテアナがアテナに顔を近づける。

「アテナ、あの後とは?」と小声でマテアナ。

「夜中に一度起きたと言っただろ、おそらくその後の事さね」と返すアテナ。

 目を細めて笑う顔はどこかぎこちなく、どこか作った様な笑みだった――だが、言葉を続けるユリの表情は徐々に柔らかな印象をまとい始める。

 憂い、笑い、悲しみに、喜び、相反する感情が混ざり合った混沌がそのままユリの表情となっていた。

 しかし、それが何故か自然な表情だとマテアナの目には映る。

 それは、再び屋敷に戻る前の表情無き表情だったユリを知っているからか、はたまた魔術協会での経験故か。

「その夢というのが、大空には雲一つなく今にも目の前に落ちてきそうなほど大きな太陽が沈んでいて、地上で視界いっぱいに広がる黄色のパンジーの花畑を焼き尽くす――そんな美しい景色の場所に私はいました。」

 記憶の情景を噛み締め、改めて焼き付ける様に言葉を選ぶユリはまるで色とりどりの色鉛筆で塗り絵を埋めていく子供の様だった。

「私の前にはお父様とお母様、そして妹のアジーがいて…みんな、みんな優しく笑っていました。とても穏やかなその顔を見ていた私は彼らの、いえ私の家族の最後の顔がその顔に上書きされてしまい、魂を抜かれた様な感覚になってしまいまして…ただその顔を眺めていました。」

 黄色のパンジーという言葉は全員思い出す事があったが、今は彼女の言葉を静かに待っていた。

「はじめにお父様、次にお母様、最後にアジーが一言だけ…『ありがとう』と…そう言い終えるとその姿はどんどん遠くなって最後は沈む夕焼けの瞬きと共に消えてしまいました。それが――なんと言えばいいのでしょうかね。悲しいはずなのに、あの晩の様に喉が締め付けられたみたいに声が出なくなってもおかしくない…筈なのに」

 彼女は言葉を紡ぐ、およそ見知らぬ誰かだ、魔女たちは仕事なだけで本心では心底どうでもいいのかも知れないと、頭の片隅に浮かびながらも続ける。

 自分の心と、そして家族への決別も込めて、言葉にする。

「なのにそれを見送った私はすごくスッキリしていて、今は…凄く…温かい気持ちでいっぱいなんです」

 言い終えるとユリはふう、と一息漏らして呼吸を整えた。

――そうか。

 そう呟いたのはアテナだったろうか、マテアナだろうか。

 家族を目の前で惨殺された少女、魔女になってまで続けた夕食に終止符を打たれて一夜。

 まだ齢二桁を過ぎたばかりの少女が「すっきりした」など、ただの強がりか、狂気か、一般に考えれば異常な事だ。

 しかし、マテアナもアテナも一般から外れた存在――魔女だ。

「それで、その家族との別れは済んだと?」

 アテナが問うた。

「いいえ…きっとあれは本当に夢だったのだと思います。お父様は何かにつけて『ユリが心配だよ』が口癖で、妹もそれが移ったのか私の心配ばかりしてました。お母様は対称的に『何でもやってみな』っていつも言っていましたが…そんな二人が『ありがとう』の一言で終わるわけないですから。…だからあれはただの、私がみたかった家族との別れなんだと思います」

「そうか…じゃあ行こうかね」

「お、おい!アテナ行こうか…っていきなり何処にだ?」

 マテアナの言葉を無視したアテナは立ち上がると、上着を手にする。

「マーカ!ロキはどうなんだい」

「ンー、多分とっくに目覚めても良さそうだがナ!ウデが気を使ってるンじゃねえノ」

「おや、案外気のいいやつなのかね。」

「捻くれた同士気が合うカモナ!」

「はいはい、まぁ無理に起こすこともないかね」

「ソウカ!オレは起こすけどナ!」

 マーカジュラはロキの顔へ飛んでいくとユリにしたのと同じ様にその額にキスをした。

「オットット。過保護な奴ダナ!」

 急速にロキから距離をとったマーカジュラを追う様に黒いモヤが伸び、炎の精霊はそれをかわした。

「ん…んぁ…」

 時間を待たずロキは瞼を開く。

「全く、捻くれてるのはあんただよ。マーカ。」

「うぁ…おは、よ、う」

「おはようロキ、怪我は…うん、綺麗になってるね」

 ロキの側へアテナが近づくとその顔や腕に巻いた包帯を外し、その具合確認すると小さく頷いた。

 水晶の刃や破片によって生まれた無数の切り傷は一晩で治癒していて、その肌は綺麗なものだからだ。

 ロキは隣のベッドにいる少女の視線に気がつくと、掛け布団を目元まで持ち上げその体を隠した。

「じゃあ、ロキも起きたことだし行こうとするかね。ユリの服は…マテアナの部屋にあるんだよな?」

「い、いや、そうだが!だからアテナ!どこに行くんだよ!」

「ん?そりゃ、お別れさ。まぁ、あとは――魔女ユリの凱旋と言ったところかね」

「はぁ?」

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