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モドキの弟子  作者: こばかい
13/34

『月夜に咲く――』

◆◆◆◆◆◇


 門にあった大水晶を一薙に払い、屋敷の玄関扉を薙ぎ払うまで一呼吸の間もなく押し入ったロキ。

 その距離約三十メートル。扉を破壊し、中を見るとマテアナに聞いていた通り目の前に上階へと繋ぐ大きな二又の螺旋階段があるのを確認し、勢いを殺す事なくその階段へと向かう。

 しかしその侵入者の訪問に水晶の手厚い歓迎が迎える。

 左右の廊下から隙間のない水晶の壁がロキを挟み潰さんと迫った。

 しかしその両壁に一撃ずつ、ロキの左腕がしなると五メートル程の長さの爪痕に似た斬撃痕が五本刻まれ瓦解した。

 次に床から、天井から細い槍が無数にその身体を貫かんと生えるが、跳ね上がり身体を回転させながら上下にも斬撃痕を刻み、破壊する。

 ロキは止まる事なく階段を蹴り上がり、二階へ到達した。

(外から見上げて左の部屋、つまり螺旋階段を上り向きが反転した今は右!)

「――ァァァァァ!」

 ロキは方向を確認すると雄叫びをあげ、その部屋へ進む。

 しかし、その瞬間背後がおろそかになり今まさにその背中を貫かんと水晶の槍が伸びていた!

煌炎アグニス!」

 詠唱が響くとその槍は青く爆ぜて散り、振り返る事なくロキは前で待ち受ける水晶をなぎ倒して進む。

「へい、魔女様ヨ。背中は気にしなくていいって言ってたじゃないかヨ!俺様が守ってやってるじゃねえカ」

「マーカ、こういう時ぐらい働いてくれないとうちでのあんたの立場はなくなるよ」

「ふんム。存外それはあまりいい気はしネェナぁ。しょうがねえ、やってやるヨ!キャキャキャキャ!」

 ロキの後に続くアテナのとんがり帽子からマーカジュラは降りると、体を反転させた。

「そんナ、寝ぼけた魔力じゃ俺様が全てマグマにしてしまうナァ! ――煌炎!」

 無数の腕の形をした水晶が侵入者の元へ伸びて行くが、対峙したマーカジュラの詠唱とともに廊下の空間が青く爆ぜ、そして橙の炎を吹き上げる。

 前方が爆ぜ消えたが、後方から未だ数多の腕が迫って行く。

 そして再び爆炎が上がり水晶は爆ぜ、それでも押し寄せその都度、焔の精霊マーカジュラの詠唱が轟いた。


 ――悪魔の腕はその真の姿を存分に奮っていた。

 一薙、一薙、と迫り来る水晶を払う度に大きな爪痕を刻む。熊の手よりも大きな斬撃に花瓶が割れ、絵画が裂け、それでもロキは進み続ける。

 水晶の弾丸が飛び、角材の形の水晶が迫り、荊棘の水晶が生える。数多の攻撃もロキの身体には一つも届かない――しかし砕けた破片が当たりその顔には細かい傷がいくつも通っていた。

「ゥァァ! ――アァ?」

 視界の片隅、廊下の窓の外で何かが見えた。

 ――それが、巨大な水晶だとロキが気付いたのはその窓に亀裂が入った時。

「桜花五重咲耶――守殻!」

 ロキと窓の間に深い紫色の五重の魔法陣が浮かび、それは貝殻をかたどった巨大な盾となる。

 直後、ロキが押し入った際よりも大きな音が響き、屋敷が根幹から揺れた。

 ぐらつく床に足元を取られ、よろめくも倒れることはなく堪えるロキ。

 真っ直ぐロキだけを狙ったそれはアテナの発現した盾により多方へ裂け、突き刺さる。

 しかし悪魔の腕を持つ彼にだけは届くことはなく体勢を直した彼は、ようやくたどり着いた食堂の扉をその悪魔の腕で引き裂いた。

 

「――お父様!お母様!アジー!これからもずっと一緒――」


 確かにそんな声がロキには聞こえた。

 骨の芯まで溶けてしまいそうなほど、その灯りは暖かいものだった…。

 彼の記憶にはとっくに消えたその温もりの筈だった――それでも何故か喉が潰れそうなほど締まり、目頭が燃え上がる様に熱くなってしまった。

「ああああああああアアアアアアアア――!」

 その左腕に藻の様に絡みつく温もりを振り払いたくて、腕を突き上げた。


 その夜、三度目の轟音だった。食堂はきっと会食なども行われていたのだろう、一つのテーブルで二十人は座れそうな長さの物が三つ並んでいた。

 初めてそのテーブルは夜空を望んだ、ロキによって屋根がなくなってしまったから。

 外へ漏れる明かりも音楽も――そして人の声も、その部屋に敷き詰められた魔力によるもので、ロキが突き上げた斬撃が空中に飛ぶとそれらも伴って星空の中で弾けた。

「な、なに⁉︎貴方またお父様達を――――また?」

 テーブルに一人少女が座っていた。白く透き通った長髪で、少し痩せ気味の少女だった。

「また…?またとは?いいえ?お父様もお母様もアジーもこうしてみんな居て…」

 少女の向かいには大人の男女の、隣には彼女よりも幼い女の子の――遺体が顔から伏せていた。

「え?違う違う!違う!違う違う違う違う!お父様!お母様!アジーも!悪い冗談はやめてくださいって!まさかそんな死んだみたいな――アレ?」

 一人、少女は慌て始め隣いる少女を、前にある二人の男女の体を揺らす。

「死んだ?違うわ、ダッテ、皆んなでいつも通りの夕食を、タベテイテ、それで――ソレデ?」

 徐々に少女の手に力が篭り、不気味な音が響くと少女の手首までその遺体の中へ突き刺さった。

「キャアアアアアアアアアアア!違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違うチガウチガウチガウ違うァァアァァァァァ――」

 慌てて腕を引き抜き、元に戻そうとする少女だが、触れば触るほどその身体だったものは崩れて行く。

「ロキ、お疲れ、ありがとう。ここからは私とマーカの番だ」

 扉があった場所からその少女の様子を遠巻きに見つめていたロキの肩をアテナが叩いて言う。

 過呼吸だった呼吸が整い始め、その瞳から溢れてた赤い魔力の残影も消えた。

「結晶魔術も収まったから――おっと。少し休んでな、触れただけでもあんたには辛いものだったろうからね」

 張り詰めた神経が解けたのかロキはよろめき、アテナがその体を支えると瓦礫を払い、寝かした。

「オイオイ、まだ俺様も休めねえのカヨ!」

「あら、マーカ、あんたはここから先が楽しみだったのじゃないのかい?」

「ふふン!その通りだ、邪魔と言われても付き添うゼ!キャハハハ!」

 一歩、一歩、静かにしかし堂々と炎の精霊を肩に乗せた魔女は新たな魔女の元へ歩を進める。

「違う違うの!これは…違う!私は違う!これは違う!今日も明日もこれからも私達は――!」

 明かりは消え、楽しげな喧騒は無くなった。その部屋だった場所にあるのは冷え切った夜風と一人の少女の戯言だけ。

 その少女がもう一人の人間の存在を認識できたのはあと一歩で手が届く、というところまで来た時だった。

「な、なによ貴女!あ、貴女も私の家族を奪いに来たのね!」

「ああ、そうさ。悪い魔女の私が今度こそ君から家族を奪う。そうなると私はさながら死神さね」

「――――っ!」

 泣き腫らし、衝動のままにかきむしったその少女の顔は赤く、魔女を睨みつける様に目を確かに開くと目尻には再び雫が、今にも溢れそうなほど溜まっている。

組成エレメンツ――!」

 突き放す様に左手をアテナに向けるユリ。

 その白く幼い、小さな手の爪にははっきりと文字の様な模様が浮かんでいる。

 ――少女は間違うことなく、魔女だった。

 詠唱に呼応して、魔力が集まり鉱石質に変化して行く。

「え――?」

 しかし、集まった魔力は一瞬の光を残して霧散する。

「な、なん――」

「そりゃそうさ、十日も飲まず食わずで魔法で作った夢を見ていたんだ。今のが最後の絞りカスの魔力さ」

「オイ、アテナよ。この子ぶっ倒れて聞いちゃいねぇゾ?」

 ユリは既に気を失って倒れていた。瓦礫の転がる床に広がった白銀の髪が頰に流れた涙を攫う。

 その涙は、月光を跳ね返し煌めく。


 ――夜露に濡れる白き百合の花が如く。


「おい!アテナ!どうなっている!」

「おお、マテアナ来るなと言ったが丁度いい」

瓦礫を掻き分け、食堂の部屋へと追いついたマテアナはアテナの元へ近ずく。

「丁度いいって…結晶魔術が消えて静かになったと思ったのに何も反応がないから心配になっ――ユリ?」

 マテアナはアテナの足元で横たわる少女の名を口にする、静かなその姿に一つの答えを持って。

「アテナ…」

「そう悲しそうな顔をするな、生きるものを埋葬なんてしたらそれこそ神への冒涜だぞ。その子もロキも疲れて気を失ってるだけだ。」

 マテアナは即座に屈むと少女の身体を確かめた。弱々しくもその肺は確かに膨らみ、呼応して唇も小さく開閉している。

「ああ、良かった…。」

 深く安堵の声を漏らすマテアナをアテナは複雑そうな顔で見つめる。

「とりあえず子供二人を運ぶよ。私はロキを、マテアナはユリを。」

「運ぶって…どこにだ?」

「宿だよ、こんなところに寝かすわけにもいかないだろう?私の部屋はツインベッドだそうだし寝かせるには丁度いいだろうさね」

「そう…だな!よしわかった! ――だがその前にアテナ!」

「うん、なんだい」

 ロキを背負ったアテナはマテアナの言葉に振り返る。

「つ、痛いな」

「そりゃ沁みるだろうよ!傷を消毒してるのだから!」

 アテナの頰に伸びる切り傷に消毒液の浸みた綿を押し付け、鞄から取り出した掌ほどの大きさの葉を傷に当てる。

 押さえるマテアナの手が魔力の光を生み、その手が離れるとその葉は透明なジェル状となって薄く張り付いた。

「ありがとうよ。【絆創草】だっけか、これ」

「ロキ君も傷だらけだが、これは包帯ぐるぐる巻きの方が良さそうだな」

 ユリを両の腕で抱え、先に歩き出していたアテナへ追いつこうと瓦礫を避け小走りに走るマテアナ。

「――こんなに軽くなってしまって」

 そんな呟きは足音で消えてしまうほど小さなものだった。


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