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モドキの弟子  作者: こばかい
12/34

『終幕へ』

◆◆◆◆◇◇


 翌日の晩。

「ロキ、ゆっくり過ごしたかい?」

 再び、マテアナと共に屋敷の前で待つアテナの元に来たロキに問いかけた。

 ロキは笑って頷くと、アテナはマテアナの顔を伺う。

「流石にずっと部屋にいるのも退屈だろうと思ってな、近くの麦畑や花畑などを見て回ったよ」

「そうかい。お守りをありがとうね、マテアナ」

「それで何故、夜まで待ったのだ?別に昼間でも良かっただろう、むしろ今では…」

 マテアナは視線を件の部屋へ向けた、昨日と同じ楽しげな夕食の声が門まで響いていて、それは言外に「最中では酷ではないか?」と含んでいる。

「ユリの魔力は既に枯れかけているからね、最期の夢で魔力使えばあの水晶ももっと弱まるだろうさ」

「…私はお前のそう言うところがやっぱり好きだな。そしてやはりアテナを呼んでよかった」

 まっすぐアテナを見据えてマテアナは笑う。

「そういうのは上手くいってから言うものだ」

「ま、さておきだ。何にせよアテナの事だ、頭のいい作戦ではないのだろうがしかし…」

 歯切れ悪く言い淀むとマテアナは左手に魔力を発現させる。アテナとは違う模様が五本指の爪に浮かぶ、集まった魔力が鳥の形を成してその手に留まる。

 魔女には通り名が付けられ、名を伏せる会合などではそれを名の代わりに使う事もある大切なものだ。

 アテナは『泥沼の魔女』だとか縮めて『泥沼の』とか呼ばれ、そしてマテアナの二つ名は『黒鳥の魔女』。

 その名の通りマテアナが発現させた使い魔の鳥は赤い瞳以外が漆黒に染まり、模倣した形も相まって魔術に明るくない人間が見てもそれがカラスだと分かる事だろう。

 カラスの使い魔が留まる左手をマテアナが払うと、魔力で編まれた翼を広げ屋敷へと飛んで行った。

 ロキの持つランタンから離れた使い魔は闇に溶け込むが、その刹那に屋敷の近くで光が弾ける。

 目を向けると一瞬のことだったが鋭く伸びた水晶にその使い魔は胴を貫かれ、消えるところだった。

「アテナは知っての通りだろうが結晶魔術は濃い魔力を思いのまま操れる、だが本質はそこではなくああやって張ることで防御結界として魔術自体が魔女のルールのもと自由意志で強力な力を発揮する。――特に今は無条件に近く全てを拒絶するのだろうよ。彼女が再び屋敷に戻ってから防御機能は発動したが予想よりも強固だ」

 目覚めて無意識に発現させたからこそ、意識化でコントロールされた魔術ではなくユリの感情がそのまま具現化してるそれは魔女協会の精鋭を持ってせねば立ち行かない程に強かった。

 しかし暫定的ではあっても魔女ユリの担当になっていたマテアナは複数の魔女によって強硬手段によってその水晶の守りを解くことはユリのためにならないと判断し旧知の仲であるアテナを頼った、そして今日を迎えている。

「あんたの言う通り、『頭の悪い』作戦だよ。それに魔術協会の連中とほとんど同じことを私はしようとしている。それでもあんたは私の元へ来てよかった言えるのかい?」

 およそ、二人共がお互いの行動は想像できる、それが魔女同士の旧知と呼べる仲なのだ。人の寿命が遠く霞むほど付き合っていて、「そんなことは考えられなかった」「そんな事をするとは」なんて言うのならそもそもその関係はとうに消えているのだ。

 だが、それでもアテナはマテアナに問う。マテアナが答えそうなことが分かっていたとしても、それでもだ。

 ――いいや、だからこそ。なのだろう。

「おうともさ。同じ手段でも、アテナがやった方が彼女の為になると私は思った。これは私の勝手な幻想であり独りよがりと罵られても構わない。私は私の勝手でユリの幸せを願うのだ。」

 その言葉にアテナはほんの少しだけ口角を上げる。

「そうでなくてはね。私たちは悪い悪い、自分勝手な、他人の事よりも自分の事を優先する、人でなしの魔女だ。ああ、それが何が悪いか。私たちはそうしてまで生きたいと願った、卑しい亡者なのだからねぇ!」

 アテナは言い切り、鼻で笑い飛ばした。

 暴風雨の抜けた朝焼けの様にさっぱりした顔で、彼女は左手に歪な文字の書かれた六芒星を発現させた。

 魔法陣と呼ばれ、高度な魔術に必要な詠唱の一つ。

「マテアナ、あんたは此処に残りな」

「は?嫌だ、私も行くぞ!」

「馬鹿、私達がとちったらあんたが責任持つんだよ!始末書の内容でも考えながら此処にいな!」

 アテナの左手に三つ目の魔法陣が発現した。その濃い魔力は溢れ、流れた力がマテアナの髪を揺らした。

 その迫力に一歩引いたマテアナはやれやれと言いながら頷き、それをアテナは確認する。

「ロキ、マテアナから家の間取りは聞いたね?」

「ああう!」

 轟々と響き始めたアテナの魔術に負けぬ声でロキは吠え、肯定の意を示す。

「よし、じゃあ簡単だ、まっすぐあの部屋へ向かいな、後ろは一切気にしない事だ。それで過保護気味なマテアナに元気になったところを見せてあげなァ!」

「アアァ!」

 ロキもまた左手の手袋を外し、左腕に力を込める。彼の腕ではないから、厳密には違うのかもしれないがロキの感覚では力を込める容量で意識する。

 バキバキバキ、と何かが軋み、割れる音がした。音が鳴るたびに彼の身体に何かがなだれ込み、彼の意識が単一化されて行く。

「お、おい!ロキ君、それは一体――」

 低く腰を落とし、左腕を掲げる。ロキの左目、赤い方の目から魔力が溢れ出し顔が動く度に残像に似た痕を空中に残す。

 大きく呼吸をするロキの姿は最早、人を捨てた、正真正銘の――バケモノだった。

「ユリには傷つけるなよ!じゃあ、ロキ行けえ!」


 アテナがそう声をあげた刹那。赤い閃光が夜闇に走ると爆風が吹き荒れた。


 切り裂く様な鋭い風が屋敷の周りの木々に吹き荒れ、舞い上がった砂埃がマテアナの視界を閉ざす。

 そして一瞬の間を開けてもう一つの物体が突進していった。

「な――!なんだ!」

 必死に風を堪え、強く閉めた瞼をマテアナが開いた時には既にロキとアテナ、そしてマーカジュラの姿は消え、その視界には真紅の一閃だけが強く焼きついていた。

 かろうじて見えた屋敷の外観には神話の大蛇を思わせるほど、大きく太く伸びた水晶がその侵入者に向けて矛先をむけようと狙っている。

「ああ、もう、ただの突撃じゃないかぁ!」

 頭を抱えて嘆こうがそれを聴く人は誰もいない。

「これは本当に始末書の言い訳考えなくてはな。屋敷損壊…それで済めばいいが…ああ、もう…」


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