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モドキの弟子  作者: こばかい
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『二度と見れない夢』

 有名な絵本に『氷の魔女』という物語がある。愛する王子を殺された姫が魔女になり、その王城と辺り一帯を氷漬けにしてしまう。毎日、昼夜を問わず泣き続けた魔女の声が吹雪となっって吹き荒れ、年中誰も寄り付けない雪山となった。結局、泣き果てた魔女は自身の身体さえも氷漬けにし、泣き声が止むと吹雪も収まり、その場所に再び陽が差し春を迎えると魔女の身体と共に雪は全て解けてしまう。

 魔女を畏怖する話が大多数の中、ただ悲しいその物語は異質で魔女となれば心を失い、人で無くなるのではなく、むしろその身を滅ぼす程の思いが魔女にしてしまうのだと――そう説いた物語。

 列車からさらに馬車へ乗り換え、街の大通りを真っ直ぐ進み、辿り着いたその屋敷を見て、アテナの脳裏にその絵本が浮かんで消えた。

 大きな鉄製の門を覆い茨の様に不規則に突き出したそれは絵本と同じ氷雪…ではなく水晶が何人たりともの訪問を拒んでいる。

 沈み始めた夕焼けに反射してその水晶達は一斉に虹色に瞬く。

 誰もがその幻想的な景色に呼吸を忘れるほど目を惹かれるそれは、一種の魔術にさえ思えるほどに…美しかった。

 時を忘れ、気がつくと辺りは幕を下ろしたように夜の漆黒がなだれ込んだ。

 街から一区画離れ、周りにはその奥から連なる林しかない、それも相まって街の喧騒が僅かに聞こえるその場所は耳鳴りが聞こえるほど静かだった。

 ――いや。

「マテアナ、今はそのユリとかいう魔女になった少女だけがこの家にいるんだな?」

「…ああ、この門も屋敷の玄関扉も彼女が入ってからはご覧の通り水晶で固められ、それから水晶の守りが消えた瞬間は未だない。」

「じゃあ、じゃあなんで――」

 ロキも見上げて黙るその灯りをアテナもまた指差し、見上げる。

 広大に囲った柵に負けず劣らず大きなその家は二階建てで、水晶の間からでも一階に六部屋程度はあるのが窓の形状、配置などから見て取れる。

 二階も廃屋の蔦が如く水晶が伸びているが、見上げるアテナ達から見る最も左の部屋だけは何も見受けられず、綺麗なままなのがかえって不自然だった。

 そして何よりも、その部屋には――

「声、それも男の声もするな」

 そう呟くマテアナもその光景を目にするのは初めてだった。

「ああ、大人の男女それに少女の声だね。まるで楽しい楽しい家族での夕食だ。」

 煌々と瞬く部屋の明かりが等間隔に置かれた窓から漏れ、時たま明かりが揺れると人影が伸びたりもした。

 間違いなくその部屋には四人はいる、そう確信できる。とアテナは思った。

「あの部屋は食堂らしい。あの家に遊びに行った事のあるユリの友達がそう言っていたよ」

「何故あんな所に?不便だろう」

「なんでもあそこから見る庭の花畑は御主人夫婦自慢のものらしく、季節ごとに移り変わる花々が見ながら食事ができるそうだ。特に黄色のパンジーが一面に広がる春は街の人も見にくるほどらしくてな…ともあれ設計からそうしたのだから余程の力の入れようだろうさ」

 マテアナはその花畑の庭があるであろう場所を指差すが、夜闇に隠れてしまっている。

 レコードの音楽に乗って笑い声が響く、それはどこまでも明るく、ここに確かにいると謳っている様に。

 それを眺めたアテナは右手を唇に当てる。これは彼女の考える時のおきまりのポーズだ。

 それを知っているロキもマテアナも静かに彼女の言葉を待つと、少ししてその手が離れる。

 元より淡い色の唇がさらに白くなっていて、徐々に色が戻っていく。

「明日の晩、ユリに会いにいくとしようかね。それで、マテアナ」

「なんだ?」

「酒瓶二本、種類はなんでもいい持ってきておくれ」

「ん、今か?」

「勿論。そして戻ってきたらロキを宿に連れていっておくれ」

「構わんが…アテナ、その酒は何か意味はあるのか?」

「いいや?ただ飲みたいだけだよ。私は今晩、ここで夜を明かしたくなったのさ」

 マテアナは正直な物言いに少し困った顔を浮かべるが、微笑んで頷く。

「お前はこういう奴だったな」

 そう言い残して街へ酒を調達しに向かい、再び戻ってきたマテアナはロキを連れ宿へと歩き出した。


◆◆◆◇◇◇


「じゃあロキ君、二人部屋だから広過ぎるかもしれないけど自由に使ってくれ。何かあれば隣の部屋だから来てくれて構わないからね。」

 マテアナに宿部屋に案内され、荷物を部屋の脇に置くと大きなツインベットの一つに二人腰掛けロキは部屋の説明を受けていた。

「ここの宿は源泉掛け流しの大きな浴場が人気なのだけど、申し訳ないそれは我慢してくれ。」

 その言葉にロキは肌を隠すために手袋を付けた左手を上げ笑う、――こんな腕だから、と言わんばかりに。

「魔女協会の支部ならそんな事を気にしなくていいのだけどな。そのかわりルームサービスはじゃんじゃん頼んでくれていいよ、経費で落ちるから!向こうのテーブルにある注文用紙に記入して、扉についてる箱に入れてくれれば私の部屋に届くよう伝えてあって、届いたら注文用紙のあるテーブルに転送しておくよ」

「あぁ、りがと、う」

 ロキの言葉に優しく目を細めるマテアナだったが、その表情はすぐに哀しそうなものに変わった。

「本当ごめんな。こんな隔離するみたいなやり方は心が痛いが、君のためでもあり宿の人のためなんだと理解してくれたら嬉しい。恨むなら私を恨んでくれ……本当に。私は君に……」

「あぅ、あ?」

 畏怖する視線、嫌悪する目つき、怒りを含んだ眼光、彼を軽蔑する言動はアテナの元で目覚めて生活する中で沢山あった。

 しかしマテアナがロキに向ける目は他の人とも、アテナのものとも異なっていた。

 だからこそロキはその意味が汲み取れず頭を傾げるしか出来ずにいる。

 ロキ自身が、第三者が自分を見て抱く思いを理解して納得していると、そう思っているからこそ、マテアナがそれ程に気を使ってくれるのがむず痒く、自分の言葉でしっかり話せないもどかしさが込み上げていた。

「一先ず晩御飯を注文するといい、先に湯に浸かる方がいいかな?この部屋にもそこのガラス扉から出れば露天風呂があるからな! ……できれば沢山話がしたいがアテナに言われたしまった事だし、私は部屋に戻るよ。」

 ベットから立ち上がると扉へ歩いたマテアナは一度振り返り、「おやすみ」と言うとロキも精一杯の「おやすみなさい」を返した。

 獣の声と言われた方が納得できるその言葉をしっかり聞き遂げて、一度深く頷くとマテアナは部屋を出る。

 パタン、と静かに扉が閉まる音を聞いてロキは腰掛けた状態から、シーツの上へ倒れ、天井を見上げた。

 マテアナの言うアテナの言葉とはこの宿へ向かうためアテナと別れる際、「ロキも明日の晩は働いてもらうからゆっくり休んでいるんだよ」という言葉のことだ。

 一人になったロキはおもむろに左手の手袋を外し、ローブの留め具も外した。

 白い天井に左腕を透かすと彼にある、彼の物ではない左腕が良く映える。

 真っ黒な悪魔の腕、とは言ってもおよそ扱う分には不自由は感じていなかった。多少は指の部分が刃物の様になっている以上、掌に食い込まないために強く握らないなどあるが、その程度。

 明日働くのはこっちだよな――そう思い浮かべて少しグーパーした。

 広い部屋を独り占めしてもあまりいい気はしせず、外から湯の流れる音や虫の鳴く音が聞こえるほどに部屋は静かだ。

 言われた通りご飯でも頼もうかな――そう上体を起こした時だった。

 バンバンバンと窓が叩く音が響いた。部屋はベットルームと客間に部屋の中央にスライドする仕切りで分かれ、ベットルームの窓からは露天風呂に繋がり、一方は曇りガラスの先に柵が掛けられていて夜風に当たれる造りになっている。

 叩かれた窓はベットルームとは逆の客間の曇りガラスの窓で、部屋こそ一階だが山の中腹に位置する宿で、人がくるとは想像し難かった。

 恐る恐る窓へ近寄ると、「俺ダ!ロキ坊!」と声が外から聞こえその声に聞き覚えのあるロキは窓を開く。

 夕焼けの瞬きの様に煌めく『精霊魔力』と呼ばれる、自我を持った世界の神秘が恒久的に振りまくそれを伴いながらマーカジュラは部屋の中へと入った。

「ヨ、俺も煩いから帰れって言われてナ。まぁ、砂漠に一人放置された所でピンピンしてる魔女よりも寂しくて死んでしまいそうなお前を見ている方が面白いってもんダ!キャキャキャ!」

 いつもの様に子供みたいに両手拳を口の前に揃え笑うマーカジュラ、その姿に安堵の息を漏らすロキだった。

「とりあえず飯だナ!話は聞いてたぜ、マテアナがお前に愛の告白か、私がお前の親ダとか言い出しそうだったので入れなかったけどナ!」

 頷いたロキはテーブルに向かうとマーカジュラにメニューを開いて貰いながらペンを手にし、注文用紙に記入するとそれをマーカジュラが部屋を出入りする扉に付けられた箱に入れる。

「よし、次は風呂ダ!露天風呂付きとは上部屋だな、キャハハ!」

「ちょっ、と、待っ、て」

 マーカジュラはローブの裾を引き、ベットルームへロキを誘った。


 かぽーん。


「うぁ?」

 何処かで桶でも落としたのだろうか心地よい木の跳ねる音が響いてくる。

「あぁー、温泉はいいナァ。同じ湯でも他所で浸かると格別ってものよナ!なぁ…ってなんだその顔はロキ坊。炎の精霊様が湯に浸かっているのが未だ不思議なのカ?いつも見てるじゃねえかヨ!」

 人型の炎が歩いて、飛んで、そんなマーカジュラは湯にも浸かる。優しく揺れる湯面の中で揺れるマーカジュラの身体、というのはロキにとって見慣れられるものではなかった。

 ま――、左腕を湯に落とすと温もりと共に筋肉が心地よくほだされていく、その感覚がその腕とロキが繋がっていると実感させ、ロキもまた人の(精霊の)事は言えたものではないかと完結する。

 湯船の周りは四方木の板で囲われているが上部には何もなく、さながら星空が屋根の様だった。

 一面の星空を見上げるロキはその景色の虜とかしていた。アテナの家から見上げる空はいつも曇天で、思えばあの家を離れるのはこれが初めてのことだとロキは気付く。

 中天に座す月よりも輝く表情で、瞳一杯に星を映すロキを見てマーカジュラは上機嫌に鼻唄を鳴らした。

 楽しげなその歌に周りの魔力も踊り出すかの如く揺らめき始める。もしかしたら光虫や他の精霊、妖精も参加していたのかもわからない。

 ――ひっそりと誰にも知られない世界の神秘達の幽玄な舞踏会が星空の下に開かれた。


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