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刃の上を歩く者  作者: 竹内緋色
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4 刃の上を歩く者

5 刃の上を歩く者


 廃工場にて、アンストッパブルは苛立ちを顕わにしていた。もう騒ぎも収まったのか、外はとても静かだった。

「どうして。どうして。」

 自分はブレードランナーに勝利した。だが、彼女は中に巣食う奇妙な感覚に蝕まれていた。

 私はあの男に能力を使ったはずだった。

  彼女の精神に作用する能力は、視認するだけで効果を発揮する。それは男と対峙した時にも発揮されているはずだった。なのに、何故――

 彼女は任務に就く前に生活していた場所のことを思いだした。

 それはごくありふれた町だった。彼女はそこで一般人と同じように暮らしていた。

 ある日、一人の少女とぶつかった。

 どうしてそんなことを覚えていて、今さら思い出すのか――

 奈美恵はぶつかった少女に謝り、少女の腕をとった。その時、長袖から痣が見えた。

「ありがとうございます。」

 少女は逃げるように、去っていく。痣の後を隠すようにしながら。

 その時、奈美恵は少女を不憫に思った。きっと親から虐待を受けているのだろう。なら、そんな親、殺してしまえばいいのに。

 そして、次の日、奈美恵は驚いた。ニュースに彼女の顔が映っている。確か、彼女は制服を着ていたから、未成年のはずだ。未成年がニュースに出ることなんてあり得ない。

 そして、奈美恵は急にこの町に移ることになった。きっと奈美恵を騒ぎから遠ざけたかったのだとその時は思った。

 そして、アンストッパブルは気が付いた。どうして男に自分の力が効かなかったのかを。

「そうよ。あいつはあの時、もう、私の能力にかかっていたんだわ。だから、突拍子もない行動に出た。」

 アンストッパブルは十一家殺しの少女のことを思い出し、そして、男が裏切った時の情景を浮かべる。すでに彼女の能力は彼女の知らないところで効果を発揮していた。

「そうよ。そうとしか、考えられない。から・・・」

 どれだけ言い訳しても、彼女の中の不安は消えることはなかった。

 自分の能力が効かない人間がいる。それは彼女の計画の根本を揺るがす恐怖に他ならなかった。


 アンストッパブルは目を覚ます。傍らには少しも動かない冥がいた。アンストッパブルは冥の首筋を触る。脈は打っているが、体が冷たい。そうか、寒かったのだな、とアンストッパブルは気が付いた。だからといって、何かをすることはない。死ぬのなら死ねばいい。もうアンストッパブルには何もかもどうでもいい気分になっていた。どうなっているのかは分からないし、そんなことこそどうでもいい。ブレードランナーを倒してから自分は安心して、気落ちしている、燃え尽き症候群だとアンストッパブルは考えた。

 アンストッパブルは寒さを感じない。よっぽどの極寒であれば体が危険を示すが、エネルギー効率を最大まで引き上げられるよう改造されている彼女たちは寒さを感じることはあまりない。それ故に、窓の外で雪がちらついていることにアンストッパブルは驚いた。

「マズったわね・・・」

 アンストッパブルは雪の下では満足に滑走をできない。雪というのは摩擦が変則的で、加減が難しい。彼女が滑る時、摩擦は完全にゼロではない。調節しやすいように摩擦をある程度加えているのだ。

 アンストッパブルは工場の真ん中に進み出る。

「いるんでしょう?クラフトワーク!」

 アンストッパブルは声を張り上げる。しかし、何の反応もない。が、しばらくすると重い扉を開けて、一人の少年が姿を現した。

「ほう。あの趣味の悪い服は着てきてないのね。」

 クラフトワークを一瞥してアンストッパブルは言う。クラフトワークはその幼い瞳でアンストッパブルを睨むばかりである。

「どうも一人のようね。賢明だわ。他の奴らが来たら、私の能力の虜だもの。それとも、この騒ぎを一人で――いや、そんなわけないか。」

 アンストッパブルはクラフトワークの能力を把握していた。固定の能力は必ず何かを固定しなければならず、それだけタイムロスが生じる。特殊な場合の他は使い道のない能力。

「そんなんだから、工作(くらふとわーく)なんて名前をつけられるのよ。」

 アンストッパブルはクラフトワークをせせら笑う。

「冥はどうした?」

「さあ。そこで寝てるけど生きてるかどうか知らないわ。雪も降ってるみたいだしね。死んじゃってるかも。」

 クラフトワークがアンストッパブルを睨む剣幕に迫力が増す。アンストッパブルは気圧されそうになる自分をなんとか落ち着ける。

 アンストッパブルは一瞬迷う。クラフトワークに自分の精神干渉能力を使うべきかと。クラフトワークはアンストッパブルを倒しても止まらないだろう。そして、冥を殺すだろう。それが改造人間のサガ。人道などあらかじめインプットされていない、人間ではないなにか。

 クラフトワークが前に突き進む。それを感じ取り、アンストッパブルは地面の摩擦を無くし、同時にクラフトワークの精神も抵抗を無くす。それでもクラフトワークが止まらないことはアンストッパブルには分かっていた。だから、拳銃を取り出す。自分に近づかれては、アンストッパブルは無抵抗に殺されてしまう。接近戦で、なおかつ対人に関しては最強なのかもしれなかった。

 銃の引き金を引く。それとともに、銃身の中の抵抗を無くす。回転をかけたタイミングで、摩擦を無くす。そのことにより、銃弾の回転数は何倍にも増す。そして、次は飛び出した銃弾にかかる空気抵抗を無くす。彼女の手から放たれる銃弾は戦車なみの威力を発揮する。

 目にも止まらぬ速さで銃弾がクラフトワークに向かって行く。

 クラフトワークは銃弾を固定して受け止めるつもりだったが、咄嗟に避ける。銃弾が地面に深く突き刺さり、砂が舞う。クラフトワークは普段の数倍の速さと威力を持った銃弾に恐れをなす。一瞬でも能力の使用のタイミングを見誤れば、死は免れない。少しかすっただけでも体が吹き飛ぶに違いない。

「これで偵察係てえのはおかしな話だ。」

 なおかつ、地面の摩擦は消されている。足元に集中しつつ、目の前の銃弾に気を付けるのは至難の業に思えた。

 だが、銃弾を躱されたアンストッパブルも目の前の光景を驚かずにはいられなかった。クラフトワークは銃弾を避けた。避けることができたのだ。

 それは自らの銃弾の速さを自負していたというわけではない。銃弾は至近距離では曲がることはなく、また、抵抗を無くした彼女の弾丸はより直線的となる。だから、銃身の角度をよく観察すれば避けることなど容易い。だから、そういうことではなかった。

 こいつ、心の抵抗を無くしたはずなのに、避けやがった。心に抵抗をかけた?数時間と経ったならいざ知らず、どうして心にブレーキをかけられる。単なる本能か?だが、突進するタイミングで抵抗を無くしたはずだ。今、立ち止まっているのはおかしい。こいつ、心を固定した?いや、あいつはそんな力はないし、むしろそんな力があれば、突進に固執するはず――

 ぞろぞろとアンストッパブルの体から嫌な何かが這いずり回ってくる感触がこみ上げてくる。

 アンストッパブルは自身の心に能力をかける。

「そう、私はもう止まらない。止まってなんていられない。」

 止まった瞬間に自分は世界の餌食となる。アンストッパブルは恐怖していた。恐怖?アンストッパブルは自身の心の抵抗を無くす。

 そして、停止しているクラフトワークに向けて、銃弾を全て撃ち尽くす。

 その銃弾は全てクラフトワークの目の前で停止、いや、固定された。

「こういうのは二番煎じみたいで嫌だが、仕方がない。」

 クラフトワークは目の前に迫りギリギリで停止した銃弾を一つ抓む。エネルギーは相殺されておらず、保存されている。だから、無理矢理、手と銃弾を固定し、銃弾を地面との相対固定に切り替える。そして、銃弾の向きを無理矢理変える。

 クラフトワークの右の親指と人差し指が吹き飛ぶ。だが、銃弾は向きを変えている。

「まずい!」

 アンストッパブルがその場から離れた瞬間、高速の銃弾が彼女のいた場所に飛来した。

 アンストッパブルは摩擦のない地面を転がる。そして、彼女の位置にだけ摩擦を加える。

「どうして!」

 彼女には理解不能だった。どうしてそれほどまでに冷静でいられるのか。どうして、自分はこんなガキに恐れをなしているのか。

 アンストッパブルは震える手で再び銃弾を装填する。銃弾が何個か震える手から落ちる。

 アンストッパブルは心の抵抗を抑え、なんとか震えを解こうとする。しかし、震えは止まらない。

 その手で引き金を引く。銃弾はまたしてもクラフトワークの目の前で止まる。

 クラフトワークは決意したような目で、アンストッパブルを睨む。それが、アンストッパブルにはどうしても恐ろしさを抱かないわけにはいかない。

「これは禁じ手でね。まず、物事には相対と絶対があることを理解してほしい。」

 まるで教師が生徒に教えるような口ぶりでクラフトワークは続ける。

「俺たちは相対の世界で生きている。重力があるかぎり、人は地球の上で動ける。つまり、地球の上で固定されているんだ。」

 アンストッパブルは再び銃弾を装填する。最後の銃弾だった。取りこぼした銃弾がころころ転がり、クラフトワークのもとまで転がっていき、足にぶつかって、再びアンストッパブルのところまで戻ってくる。

「でも、事物には絶対的固定という概念も存在する。例えるなら、宇宙空間だ。宇宙空間では慣性の法則は通用しない。つまり、動いているものはずっと絶対的に動き続け、動いていないものはずっと絶対的に固定されたままだ。」

 アンストッパブルは身の危険を感じ、その場を飛び去る。その瞬間、クラフトワークに固定されていた十四発の銃弾が一斉に飛び出す。そして、全て、アンストッパブルのもとに飛来する。

「地球は西から東に動いている。それも物凄い速さで、でも、太陽を回る速さの方が圧倒的に早い。」

 工場の壁には大きな穴が空いていた。そして、その先の山には、大きな風穴が、冗談のように空いてしまっている。

「その計算が難しくってね。だから、碌に使えないんだ。」

「くそがああああああ!」

 アンストッパブルは奇跡的に生きていた。だが、足は引きちぎれてしまっていて、碌に戦うことができない。

「君が自分から移動してくれなければ――」

「なんでなんだよ!」

 アンストッパブルは叫んだ。

「どうしてお前は無抵抗にならない。どうしてそんなに冷静でいられる。どうして、どうして!」

「それはね、アンストッパブル。」

 声自体は柔らかいというのに、クラフトワークの顔は少しも動きはしない。

「俺は何もかも怖い。自分が死ぬのも、誰かが死んでしまうのも。自分が何かをするということでさえ恐怖を感じている。だから、お前の能力なんか効かないんだ。」

「どうして、どうして!」

 アンストッパブルは摩擦を調節する。微妙な力加減で、目的のものが彼女の手の中に向かって来る。

 それは動かない冥だった。

「どうして私の中の抵抗も消えないんだ。どうして私はお前を殺せないんだ。私にはできないことはないんだ。どうして、どうして!」

 クラフトワークはゆっくりとアンストッパブルの元まで歩いていく。

 アンストッパブルはこみ上げてくる恐怖を、ひたすら抵抗を無くすことで払拭しようとする。でも、クラフトワークが一歩進むたびに、消えかけていた不安がこみ上げてくる。それを何度も何度も消そうと、抵抗を無くす。

 クラフトワークはアンストッパブルの前まで近づいた。そして、難なく冥を抱き上げる。

「つまらない最期だ。三文小説でもこうはいくまい。」

 アンストッパブルはただ、虚空を見つめていた。

 意識はある。だが、そこにはもう、意思はない。

 彼女は自分の中の抵抗を全て無くしきった。それ故に何かに抵抗する意思を無くしてしまった。

「頭から君は間違えていたんだ。抵抗を無くしながら、必死で世界に抵抗していた。それは抵抗を無くされたはずの人々もそうだ。抵抗を無くせば、戦う意思も、何かをしようとする意思さえ消し飛んでしまう。何もかも矛盾していたんだ。」

 抵抗の戻った地面をクラフトワークは進んでいった。

「恐怖を消すにはさらなる恐怖で上書きするほかない。」


 冥は目を覚ました。

「冥!」

 冥は誰かに強く抱きしめられる。

 確か、自分は廃工場にいて、凍えていたらいつの間にか眠たくなって――それ以上のことを冥は覚えていなかった。

「パパ?」

 間の抜けた声で冥は言う。

「冥。心配したんだぞ。誘拐されたかと思って。友達の家に泊まるんだったら、ちゃんとそう言ってくれよ。分かったな。」

 冥の父親は怒っているのか泣いているのか、喜んでいるのか分からないので、冥は返答に困ってしまう。

「ここは?」

「先輩の家だ。」

 そこに、父親の声を聞きつけたみんなが現れる。クラフトワークにはなに、その両親、そして、静と慶。

「先輩。ご迷惑おかけして申し訳ありません。」

 父親ははなのパパに頭を下げる。

「いやあ、マサキって聞いて、もしかしたらとは思ってたけど、マサキくんの娘さんだとは。僕はてっきりマサキが名前だと思ってたから、てっきり。」

「冗談ですよね。」

 冥の父親は苦笑いする。

「s、そ、そうだよ。じょ、冗談さ。ははは。ははははははは。」

 あからさまな嘘に、冥は笑ってしまう。

 そして、冥は意を決して、父親に詫びる。

「ごめんなさい。パパ。私、勝手なことして。それに、ママのことでずっとくよくよと――」

「僕だって悪かった。」

 冥の父親は再び冥を抱きしめる。

「僕もママの死から逃げていた。冥からも逃げていたんだ。だから、これからは一緒に乗り越えよう。なるべく一緒に時間を過ごそう。パパのことが嫌いで仕方なくなるまで。」

「そんなことあるわけないよ。」

 冥は涙がらに父親は強く抱きしめる。

 窓から風が吹く。春の温かい風だった。

『幸せはすぐそこにあるんだ。あれほど自分の娘を思っている父親がいるのだから、君はとっても幸せなんだ。』

 そして、最後に風は冥にこう告げた。

『お前の父親は俺がビビるほど怖いんだぜ。』

 冥はなんだかおかしくなって、笑ってしまった。


「まったく、割に合わない仕事です。」

 P3はくたびれた様子で、傍らの年下の男子に言う。

「給料ははずむとさ。」

「あれですよね。それ、ブレードランナーの預金ですよね。」

 もらえるだけマシだろ、と少年は吐き捨てる。

「一つ、聞いていいですか?」

「なんだ?」

 春の風を謳歌していた少年にとってP3は邪魔もの以外の何者でもなかった。

「どうしてあなたは変わったんです?いつものあなたなら、この町ごと破壊させていたはずです。」

「君こそ。」

「恋です。」

「恋、か。」

 自分が春の風に喜びを感じるのはそのせいか、と少年は理解した。

「恋は混沌の奴隷なり。」

 少年は、意味もなく、そう呟いた。


「やあ。クラフトワーク。元気だったかい?」

 廃工場を訪れた少年に男は声をかける。だが、少年は黙ったままだった。

「君が聞きたいのはどっちについてだい?」

 男は一瞬、傍らで糸が切れたように座り込んでいる女に目を向ける。

「どっちもだ。」

 少年には似つかわしくない重苦しい声で少年は短く答える。

「そうだね。まず、このポンコツは回収する。で、気になってるのはあの天然能力者を我々がどうするか、だろう?それとも、君をどうするか、の方が大事か。」

「拓真。結論だけ言え。」

 少年は男のだらだらとしゃべる癖を知っていたので、釘を刺す。男は罰の悪そうな顔をして言う。

「結論は、どちらもノータッチだ。」

 それだけを聞くと、少年は去ろうとする。

「天然の能力者、特に、第一次性徴から二次性徴に至るまでの能力者は、大抵能力を失ってしまうんだ。だから、僕たちはそれを止める改造をする。だから、その子もそのうち普通に戻るさ。もしかしたら、今回の事件で一皮むけて、能力が無くなってしまっているかもしれない。」

 少年は去っていった。

「子は親から巣立つっていうけど、これほど早いとはね。僕らも親から巣立つときが近いのかもなあ。」

 アンストッパブルはもう、二度と止まることはできない。滑りゆく先は永遠の地獄だった。

 やっぱり、四月の雪はいいものではない、と拓真は思いながら、吹き抜ける温かい風に頬を緩ませた。


「一体、あれは何だったのかしら?」

 静は弾の病室で夢見心地に呟いた。

「悪い夢でも見てたんだよ。」

 はながそう言うので、そうなんだろうと、静は思い返す。町は何事もなかったかのようだった。みんな、何かしら足に不調を訴えて通院しているが、誰も何も覚えてはいなかった。そして、病院という言葉で、弾が入院していることをみんな思い出したのだ。

「いいから、早く帰れよ。ただでさえ喧しいのに、お前らがいると余計にうるさい。」

「俺としては、ずっと弾にここにいて欲しいけど――いたっ。」

 慶は弾に思いっきり尻を叩かれる。

 静は弾の手の届く範囲で軽口を叩いた慶の自業自得だと思った。

「そうね。そろそろ帰りましょう。」

 静の言葉に皆が帰る。

 そんな様子をクラフトワークはずっと聞いていた。窓の外の木の上から密かに眺めていたのだ。帰り際、一瞬、慶は窓の方を見て、クラフトワークにウインクをする。

 クラフトワークは吐き気を催し、半刻の間、その場から動くことができなかった。

 そして、黒い衣装を纏ったクラフトワークは弾の部屋の窓に腰を下ろす。

「お前は――」


 冥は通学路を急いでいた。

 あの人にぶつかるんじゃないか、と期待しながら、道路を飛び出す。あれから一か月が経った。まだあの名前も知らない男の人と出会っていない。出会ったら、一言、感謝の言葉を言いたかった。

 なぜ言いたいのか冥にはわからない。でも、彼は冥にとても大切なことを教えてくれた気がしたのだ。

「危ないぞ。」

 冥は小学生にぶつかりそうになる。冥と同じ黄色の帽子を被った小学生。

「ごめんなさい。」

 冥は頭を下げる。そして、その男の子を見上げる。

「しーちゃん!」

 それは冥の見知った男の子だった。魔法使いの男の子。

「大きい声でその名前を言うなよ。」

 普通の男の子と変わらない姿で顔を赤くする少年は、もう、魔法使いには見えなかった。

「学校に通うの?何年生?」

「一応、四年生・・・」

「わあ、しーちゃん、お兄さんだ!」

 冥は嬉しさのあまり、男の子の手を握って、通学路を駆けだす。男の子は、仕方がないといった風に、少女とともに通学路を走って行った。


 彼は老人を前にしていた。老人といってもまだ六十のはずで、白髪交じりで髭を剃り、髪をきちんと整えている。だが、顔は疲れ切った老人そのものだった。彼は老人が何故疲れ切っているのか、その理由を知っていた。

「アライスト・トトノイ様。」

 彼は絶望に打ちひしがれている老人に話しかける。

「加賀くんか。」

 トトノイと呼ばれた老人は干からびた身体を彼に向ける。

「例の物はできたか?」

「はい。」

 彼は手に持っていたアタッシュケースをトトノイの前で開ける。そこには緑色の液体が何本も入っていた。

「これが例の活性発展薬。通称AX-0、アクシオです。」

 トトノイは魚のように腐った目をほんの一瞬だけ光り輝かせる。

「これが、人類の希望、か。」

「ご提供いただいた試験体、いえ、ご子息にお一人、適合なさるかたがいらっしゃいました。ローファ・トトノイ。日本名、整朗花です。」

「そうか。では、その子の戸籍を塗り替えてくれ。我が子では無くすのだ。」

「それは一体――」

 彼は老人に賛同しているわけでもなく、ただのビジネスパートナーであった。だから、少し出過ぎた質問をしたと思い、口を慎まねば、と自分に言い聞かせる。

「彼女は私とは違う、別の可能性を見せてくれるかもしれない。ただ、それだけだよ。」

 彼は老人に頭を下げて、部屋を出る。

「いけすかない爺だ。」

 そう吐き捨てて、廊下を歩いていった。


 帰り道、冥は不思議な老人に出会った。

 筒のような長い帽子を被り、目は帽子に隠れて見ることができない。顔にはいかにもといった風な白いひげを生やしている。

「おじさん、だあれ?」

 黄昏るように夕陽を眺めていた老人に冥は話しかける。老人は冥に気が付くと優しそうな声でこう言った。

「ボクはテーマパークの従業員、いや、魔法使い、かな。」


What’s your name & was it & will be it.

Fine.


滑り落ちるのは雪の日のように


 疲れた、というのが大きな感想でした。実はこの作品は『バラバラ死体知りませんか』と少し繋がりを持たせていて、そこと『クラフトワーク』との整合性やらなんやらで疲れはててしまいました。針に糸を通すような緻密な作業。苦手です。

 さて、ジョジョの五部をお好きな方なら、クラフトワークの語源や能力についてご存じかと思われます。ちなみに、クラフトワークというのは英語だとcraft workとなり、工作なのですが、ジョジョはスタンドの名前を海外のロックバンドからとっている場合が多く、今回はドイツのロックバンド、kraftwerkからとっていて、その意味は発電所なのです。サイケデリックな音楽が特徴的だそう。なので発電所なのね。

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