7話 判別「メス」
それらを目にしてイツキは固まっていた。
ショックを受けたのだろう。無理もない。
僕には分からぬが、同胞の死というのは相当な恐怖を与えるものであろうから。
それが一面に広がるこの"ヒトの死体"である。
街の大通りを通行しようとする大勢のエルフ族を模った石像。
脇の露店で今となっては何だったか分からない品物を売ろうとしているニンゲン族の石像。
ワーグを連れて散歩中だったのか綱を持っているオーク族。
綱の先には何も繋がっていない。
建物の窓からは、談笑しているエルフ族の姿が見える。
それら全てが魔王によって石化されたヒトの死体なのだ。
イツキが感じている衝撃はどれほどのものだろう。
昨晩モモの木の根元で野宿した僕たちは朝早くに出発し、そして街に辿り着いたのだった。
「ここはかつてはエルフ族を中心としてヒトが多く住まう街だった」
イツキに説明する。
「そう、なんだ……エルフって本当に耳が長いんだね」
エルフ族は皆見目麗しいと記録されている。
これは製造者の入力した記録だ。
イツキの目にもこのエルフたちの死体は見目麗しく見えているのだろうか。
僕には分からない。
「イツキ、どうする。ずっとここに立っているか?」
僕は単純にイツキの意思を確認するためにそう聞いた。
「あ、ああ……いや、行くよ。
せっかく街に着いたんだから、何か見つけないと」
「街中にワーグが棲み着いている可能性もある。注意」
「ああ、分かった」
僕とイツキらは適当な家に入ってその中で物資を漁ることにした。
平時であれば窃盗であるが、もう法を守らせる存在もいなければ、法を守る意味もないのだ。
家の中に入ると、今ではエルフの一家がテーブルに着いていた。
食事を摂っている最中だったのだろう。
イツキはその居間に立ち入るのは流石に気が咎めたのか、階段を上がって二階へと向かった。
僕もその後に続く。
二階には寝室と思しき部屋が何部屋かあった。
イツキが寝室の箪笥の中を探る。
「あった……虫に食われてたりするけど、着替えがたくさんあるよ!」
イツキは泥と汗で汚れた服を着替えるようだ。
「シロちゃんも新しい服に着替えるか?」
僕は首を横に振った。
「僕はいい」
「そっか、シロちゃんの服可愛いもんな」
イツキの言葉に自分の纏っている衣服を見下ろしてみた。
縁にレースのついたワンピース。きっと、これは可愛いのだろう。
「じゃあオレは適当に暖かそうな服に着替えるぜ。
別に見た目は気にしなくていいから楽ちんだな」
そう言ってイツキはその場で服を脱ぎ始める。
僕の視線があるとイツキにストレスを与えてしまうだろうと思って後ろを向いた。
「ん? 何後ろ向いてんだよ、女の子同士なんだから気にすることないだろ?」
イツキのその言葉に、僕は振り向いた。
イツキの性別がメスであることをその時になって僕は記録したのだった。
着替えを終えたイツキはもこもことしたセーターに包まれていた。
どうやら外はイツキには寒いと言える気候だったようだ。
「いろいろ探してみたけど、食べれそうな物はなかったな……」
「やっと見つけた物の大概は劣化が酷かった」
とある家の玄関前の石段に二人で座りながら見つけたものを報告し合った。
「あれ、見間違いかな……あそこに」
ふとイツキが街中を指差した。
動かぬ雑踏の中に何かを見つけたのか。
僕がそちらを見てもイツキがそこに何を見つけ出したのか判然としなかった。
「ほら、あそこ……生きてる人がいる! 赤い髪の人!」
「イツキ、僕には赤い髪のニンゲンは確認できない」
それは見間違えだと指摘しようとした。
有機生命体にはありがちな誤謬だと。
「いや、間違いない。あっちに行っちゃう……追いかけないと!」
だがイツキは走り出してしまった。
僕もイツキを見失わないように走る。
生きているヒトなどいない……イツキを除いては。
イツキは一体、何を見つけたというのか────