5話 読み上げ「セイレーングリフォン」ほか
「イツキ、満腹か?」
「うん! 見た目以上にお腹が膨れるねポムの実って!」
房になっていたポムの実を全て食べてイツキは満足げにしている。
「じゃあ森に埋もれた道に戻ろう」
そう言うとイツキが手を差し出してきたので、僕はイツキと手を繋いで道へと戻った。
舗装された石畳の道はところどころを成長して生えてきた木の根に破壊されている。
往時には道幅はかなり広く、馬車と馬車がすれ違い合えるくらいだった。
今では苔むした道を時折小動物が横断していく。
「あ、うさぎ! うさぎみたいなのがいた!」
イツキが小動物を示して言った。
「あれはコビトユキケートス。肉食の両生類」
「両生類!? あれ蛙なの!? もこもこだったよ!?」
「そう。雪のように白い体毛が特徴」
「今女の人の歌声が聞こえた! 生き残ってる人がいるんじゃねえか!?」
「イツキ、違う。あれはセイレーングリフォンの鳴き声。
ヒトが生きていた頃は、あの鳴き声でヒトを引きつけて食っていた。
今となっては意味のないことだが、今でもあのグリフォンはああして歌っている」
そんな風にイツキに見えたものや聞こえたものについて教えながら道を進んでいった。
「やっぱり早く街につかないとな。
木の実とかなら取れるけど、動物を獲るための武器も何もないし。
オレ、肉も食いたいよ」
雑食ならそうだろうとイツキの言葉に頷いた。
「あれは……?」
イツキがまた何かを見つけたようで、前方を指差した。
イツキが指差した方向には人影のようなものが見えた。
「……」
黙って道を進んでいく。
その人影は道を進んだ先にある。
説明せずともその正体は近づけば自ずから明らかとなる。
「なんだこれ、道の上に……石像?」
それは一見、精巧に作られたニンゲンの像に見えた。
荷物を背負った行商人の像。
肩の上が苔むしており、そこに停まっていた小鳥が僕たちが近づいた為に羽ばたいて飛び立った。
「イツキ、違う。これはニンゲンの死体だ」
「は……?」
端的に説明したが、やはりイツキには理解が難しいようだった。
補足する。
「魔王が殺害に行使した魔術は石化だった。
それは呪いではなくまさしく攻撃のための魔法であったから……
もう二度と元には戻らない」
「魔王は、何故こんなことを……」
「全て死んでしまった後となってはもう分からない」
「……」
イツキは暫くの間立ち尽くしてニンゲンの死体を眺めていた。
この死体はいつかその面立ちも分からぬほど風化して、崩れ去りいつしか土に還るのだろう。
「あ」
イツキが突如として声を上げた。
「この人の背負ってるかばんだけ石になってないよ」
イツキの言う通り、カバンを背負うための肩紐だけが石になってるくらいで、カバン本体とその中身は無事であるように見えた。
「それほど魔王の魔術は精確に行使されたのだろう」
イツキは何かを煩悶するような表情を浮かべたかと思うと、「よし」と頷いた。
「この人には悪いけれど……かばんの中を漁らせてもらおう」
イツキは背伸びして後ろから行商人のカバンの中に手を伸ばした。
マッチ一箱、文房具、包帯、ナイフ、アルコールが入っていると思われる瓶が一本。
それ以外は動物に荒らされるなどしたのか使えそうになかった。
「マッチを持っていると言うことは、この行商人は魔術が使えなかったか使えたとしても苦手だったのだろう。イツキは幸運だった」
「文房具は置いていってもいいかな……お酒は怪我した時に消毒とかに使えるかな。それとも古いお酒なんかかけたら逆に危ないかな?」
「消毒に効果があるかはともかくとして、経年による濃度低下の影響は少ないと思われる」
「そっか。一応持って行こう」
イツキは紙とペンだけカバンの中に戻した。
そして包帯とマッチの箱をポケットに入れ、ナイフをベルトに挟み込み、アルコールの入った瓶は手に持った。
そして行商人の死体をそこに残して、僕たちは森に埋もれた道を先へと進んだのだ。
僕たちは途中で何回か休憩を挟みながら、道を辿って歩いてきた。
次第に陽は傾き、辺りは夕暮れの色へと染まっていく。
「ふう、疲れた」
道のすぐ脇に生えている大きな木の根元に腰を下ろし、イツキは一息ついた。
「昨日みたいに洞穴は見つからないし……今日はここで野宿しようと思う」
その意見に異論はなく、僕は頷いた。
「でも、あのなんだかって言う肉食動物とかが来たら怖いし焚き火をしたい。薪になるものを集めるの、手伝ってくれるかい?」
「うん」僕は了承した。
イツキと共に道を外れて森の中へ入り、地面に落ちている小枝などを拾い集める。
夕陽は見る間に木立の奥へと沈んでいき、辺りは暗くなっていく。
どこか遠くから、ブルーテールの角笛めいた遠吠えが響く。
「寂しいけど……綺麗な世界だね」イツキが呟いた。
僕にはどうしてイツキがそう思ったのか理解できなかったけれど、イツキがそう言うのならきっとそうなのだろうと思えた。