4話 読み上げ「ポムナリカズラ」
睡眠。
不要なデータを破棄・整理するための時間。
万全な状態で動く為には僕にも必要な行為だった。
目覚め。
イツキはまだ隣で生きている。
寝息を立てて安らかな顔で寝ていた。
「うあ……?」
イツキが瞬きして目を覚ました。
「おはよう、シロちゃん」
イツキが僕に挨拶した。
「おはよう」
僕もまた挨拶を返した。
その方がイツキの精神衛生に良いと思えたから。
「さて、シロちゃん。オレ考えたんだけど」
イツキの寝ぼけ眼がすっきりと冴えたころ。
イツキがそう前置きをして話し出した。
「オレは魔法を使えない。サバイバルのための道具も何も持ってない。そこでだ」
僕は頷く。
「人間がかつて住んでいた村とか街とかに行こうと思う。
そこでなら火を起こす道具とか、何かしら手に入れられるはずだ。
そういう場所……廃墟になってるかもしれないけど、あるだろ?」
「うん」
「よし! 一番近い場所で距離はどのくらいだ?」
「ニンゲン族の平均歩行速度なら二日」
イツキがニンゲン族と同じ速度で歩くのかどうかは知らないが、そう答えておいた。
「じゃあとりあえずのところはそこを目指そう!」
そうしてイツキの目的地は定まったのだった。
森に埋もれた道というのがある。
元はニンゲン族の住む街につながる大きな道路だった。
ニンゲンが滅びその道を使用する者がいなくなったので森に呑まれたのだ。
その道を辿っていけば街に着くとイツキに教えた。
「なあ、なんで人間は滅んじまったんだ?」
二人で道を歩いている途中、イツキが聞いてきた。
「<事項E12793>は……いわゆる殺人事件」
「は?」
イツキが足を止めた。
「魔族の長がいた。それは魔王と呼ばれていた」
「魔王……」
その言葉にイツキの瞳孔が開いた。
「魔王は、その膨大な魔力をもってして、全人類を標的にした。
ニンゲン族も、エルフ族も、魔族も、オークも、ドワーフも……
丁寧に一人一人を同時にターゲッティングした。
同時に世界のありとあらゆる場所にいる人類の居場所を探知する能力。
その全てに同時に狙いを定める能力。
そしてその全てに同時に防御不可能な強力な魔術を行使する能力。
その全てを魔王は有していた」
「……」
「魔王は全人類を一瞬にして殺害した。
動機は不明。以降魔王の生命反応は確認できず。
ニンゲン族含む人類の全ては絶滅したものとして記録した。
不幸中の幸いは魔王の攻撃は正確無比だった為に人類以外には被害が及ばなかったことだ」
ここまで話した瞬間、イツキがいきなり抱きついてきた。
「シロちゃん、今までよく頑張ってきたね!」
イツキは何故か僕の頭を撫でている。
この行動にはどんな意味があるのだろう?
「そんな辛いことがあったのに、一人で生きてきて偉いね!」
間近にあって僕を見つめているイツキの瞳は潤んでいた。
何故イツキが涙ぐむ必要があるのだろうか。
ニンゲンの感情の機微を読むことは専門ではないので理解しかねる。
その時、「ぐうぅ」とイツキの身体から音が鳴った。
「あっはは……お腹すいちゃった」
イツキが食事をしている姿は出会ってから記録されていない。
ニンゲン族の基準に照らし合わせて言えばとっくに空腹を覚えているだろう。
「イツキは何を食べる? 肉食、草食、雑食、どれだ?」
「え? えーと、雑食? 人間の食べるもんなら何でも食べれるよ」
それを聞くと僕は頷いて検索を開始した。
記録した中で周辺に存在するであろうイツキの食せるもの……
「あっち」
検索にヒットした中で一番近いもののところへイツキを連れていくことにした。
「イツキ、これ」
食べ物のところにたどり着いた僕はそれをイツキに指し示した。
「な……何これ!?」
イツキは驚いている。
説明を求められたので記録を読み上げる。
「ポムナリカズラ。植物。
ポムという実をつける。美味。
ニンゲン一人が入るほど大きな壺のような黄色い身体。
その入り口を覆う蓋のような葉と、その裏に生えるポムの実が特徴」
実際に近寄ってその壺のような植物に乗っている葉を持ち上げて中身を見せる。
植物の身体の中には無色透明の液体が満ちている。
そして葉の裏、「フタ」と壺状の身体の繋ぎ目の部分。
そこに目玉ほどの大きさの赤いポムの実が何個も実っている。
黄色い大きな植物に赤い実。
ニンゲンならこれを「サイケデリック」とでも表現するのだろうか。
「あ、危ないよシロちゃん! フタがバクッと閉じて食べられちゃうよ!!」
何故かイツキが手を引いて僕の身体を植物から引き離した。
「イツキ、危なくない。ポムナリカズラにそんな能力はない。
実を食べにきた生物がこのツボの中に落とす排泄物を養分としている」
怯えているイツキに静かに説明した。
そしてもう一度葉を持ち上げて、その裏にある赤い実を全てむしった。
「イツキ、ほら」
赤い実を渡した。
「食べていいの?」
「毒はない」
「そうじゃなくて、シロちゃんも一緒に食べよう?」
イツキが数個ある赤い実のうちいくつかを僕に差し出した。
「僕には必要ない。
僕は大気中に満ちている魔力を動力源とする。
もうニンゲンもいないから、常に充分な量の魔力が大気に溢れている」
「そうなんだ! シロちゃんはすごいね!」
イツキの言葉に僕は頷く。
そうなのだ、僕はすごいのだ。