2話 定義「イセカイ人」
「生け……なんだって?」
イツキは言葉を上手く聞き取れなかったようだ。
僕はもう一度言う。
「生ける幻獣魔獣大全。
存在理由は幻獣・魔獣その他生けとし生けるもの全ての記録」
「……?」
イツキは理解できなかったようだ。
知能レベルは存外低いのかもしれない。
「えーと……長い名前なんだな!
なんか呼びづらいし、あだ名で呼んでもいいか?」
「好きなように」
「えーとじゃあ……うーん……髪の毛が白いからシロちゃん、でどうだ?」
シロちゃん。
イツキの言葉に僕は自分の外装を見下ろした。
白い髪。白い肌。ニンゲン族の少女を模した華奢な身体。
ついでに言えば瞳は赤いはずだ。
僕は思考した。
「うん。シロちゃんで、いい」
イツキの知能レベルを考えればそれが適切であると思えた。
「なあ、シロちゃんはなんでこんなところにいたんだ?」
こんなところ。
問われて、辺りを見回す。
深い森の中。葉がそよぐ微かな音と翼ある者たちの鳴き声が聞こえる。
「生けとし生けるものの記録のため」
「な、なるほど。シロちゃんは学者さんか何かなのかな?
この近くに住んでるところがあるのか?」
「僕には拠点はない」
「え……じゃあ、人間の住んでるところは? 村とか、町とか」
イツキの問いに答える。
「存在しない。<事項E12793>……ニンゲン族はノゲルド歴3424年にいわゆる『絶滅』をした」
イツキは目を見開いた。
「絶……滅? 嘘だろ?」
「僕が虚偽の申告をするメリットはない」
僕がそう言うと、イツキは力を失ったかのように地面に膝をついた。
「そんな……! せっかく異世界に召喚されたって言うのに、既に人間が絶滅した世界だなんて!」
「イセカイ?」
それはノゲルド語にはない語彙だった。
「そう、異世界! オレは異世界から来たんだよ!」
イセカイ。イセカイという場所がイツキの出身であるらしい。
ならばイツキは「イセカイ人」であると名付けるのが妥当であろう。
新種。イセカイ人。
そう記録して僕は頷いた。
その時、ポツリと水滴が地面に落ちた。
イツキが泣いた訳ではない。
それは天から降ってきたものだった。
「あ、雨だ」
イツキは天を見上げた。
雨足はすぐに強まって、地面はまだら模様から一面ずぶ濡れになった。
「雨宿りになる場所を探さないと! シロちゃん!」
イツキは僕に向かって手を差し出した。
その意味が分からず、僕は首を傾げた。
「一緒に行こう!」
そう言ってイツキは僕の手を取って走り出した。
イツキと僕は一緒に走る。
僕の存在理由は記録。
新種である「イセカイ人」、イツキのデータを集中的に収集することは重要であると思考する。
このまま、イツキについていこう。
僕はそう思った。