迷いこむ壁
「おい、おいおいおいおいおいおいおいぃぃ!!!崩れてるぅ!!橋崩れてってるぅ!!!!」
「すごいなぁ!・・・映画みたいだ」
「呑気に後ろ向きで走りながら写メとってないでちゃんと前向いて走れや森野ぉ!!」
崩壊が始まった石造りの橋の上を林と真木は必死に駆け抜け、その少し後ろを森野が後ろ向きで走りながら崩れ落ちる橋を手に持っていた携帯電話のカメラ機能で何度も撮っている。既に焼き肉屋は闇夜に呑まれて見えなくなっていた。
「つーかお前何でそんなに無駄にバック走速いの!!?」
「すごいだろこれ。前向いて走るより速く走れる」
「いや・・・!それは本当にす・・・うおお!?!!」
薄暗くてはっきりとは見えないが確かに橋の終わりが見えてきていた。三人ともそのことには気づいたらしく森野のバック走にも勢いが増していた。
「ふっ・・・!!ほっ・・・・・!!・・・・・・・ぐゥ・・・・・!!うおおおおおお!!!」
全速力で橋を駆け抜け、なんとか渡りきった。地面は石畳みになっているがすぐ崩れるということはなさそうだった。
「・・・・はぁっ!・・・・・・はぁっ・・・・おい・・・・・お前ら無事かよ」
真木が点呼を取ると少し離れた所で森野と林の返事が聞こえてきた。その後しばらく誰も話す事はなく数人による呼吸音のみが聞こえていた。
「分かった事がある・・・・・・・・・・どうやら、ここは本当に俺の家までの帰り道じゃなさそうだな」
「まだそんな事考えてたのかお前は」
「しかし後ろの橋は完全に崩れちまったからあの焼き肉屋に戻るのはもう無理だ。とにかくもう前に進むしかないだろう」
それは真木も分かっていたがまだ内心ここは大人しく救助を待った方がいいのではないかと思っていた。しかしここでじっとしていたらまた地面が崩れ出したりなどして命の危険に陥るのではないかと思うと自然と体が前に動いていた。
「・・・よし、とりあえず電波が届いている所まで移動しよう」
暫く歩いてみて分かった事だが今自分達は既に何処かの敷地内に入っているようだ。まるでビルのような建物。空高く突き刺さっているかのような高さ。壁に使われているグレー色のパネル等はよくビルをによく使われているものだとなんとなく判断できたがその建物には入口がなければ窓もない、全面壁になっている建物がただ建っている。それが自分たちが立っている石畳でできた道に沿うように並んで建っている。道自体もとても入り組んでおり迷路のようになっている。どう見ても自然に出来たものではなく人為的に作られたものだった。
「やばいぞ・・・完全に迷ってる」
「おい、・・・・・お前ら・・・とりあえず・・・んおあっ!?」
真木が言い掛けた所に突然林のズボンのポケットから電話の着信音が聞こえてきた。林は自分の携帯電話の液晶画面を急いで見てみると自分が良く知る人物の名前が映っていた。
「も、もしもし?」
林は最初驚きはしたがすぐに気を取り直して警戒したような様子で手に持っている圏外表示のスマートフォンに耳を当てゆっくりと話した。
今いる三人の中で何故なのか唯一電話が繋がったのだ。これもいつまで繋がるか分からない。せめて今自分たちが置かれている状況だけでも伝えたかった。
『は?もしもし?!ちょっと今どこにいんの?!』
林の妹、美雨の声が電話の向こうから大きく聞こえてきた。どうやら約束をすっぽかされて怒っているようだが今は受話器の向こうから話してくるこの声に林は安堵し、息を吐いた。
「今なんか周りで変わったことあるか?」
『ん?別に、兄貴が来なかったことくらい。』
「あーそうか。いや、すまん、悪い。もしかしたら俺たち、しばらく帰れそうにない。」
林は悪気があって言っている訳ではないのだが自分でもとても可笑しな事を言っていると自覚しているので空いている手で頭を掻きながら申し訳なさそうに電話口に話す。そう話すと電話の相手も心配している様子が一層加わった口調で聞いてきた。
『え、なんで?ちょっともしもし?兄貴いまどこにいるの?!』
「わからない。」
『え?』
「ここが、どこかわからん。」
林が言い終わったと同時に通話がプツンと切れてしまった。その後また通話を試みたが圏外の通知の音声がむなしく流れてくるだけだった。結局自分たちが置かれている状況をほとんど説明できなかった。しかし林は少なくとも自分たち以外は無事そうだと確認出来ただけでも良かったと思ったら、少し気が楽になった。
「どうやら俺たち以外は無事みたいだ」
「・・・そうか」
それを聞くと真木も大きく安堵の息を吐いた。
「それで?さっき何か言い掛けただろ」
「おう、何か書くものないか?尖った金属類でもいいが」
真木が言うと林がペンライト付きボールペンを、森野がマイナスドライバーを出してきた。
「・・・何でドライバーを携帯・・・いや、やっぱりいい」
真木は二人からボールペンとドライバーを受け取ると近くの壁に近づいた。まずはボールペンで壁に印をつけてみようとする。しかしその壁には全く色がつかなかった。試しに自分の手に文字を書いてみたら普通に書ける辺りボールペンの故障ではないようだった。次にマイナスドライバーで壁に傷を付ける事で先ほどと同じように印を付けようと試みる。しかし壁には全く傷が付けられなかった。力が足りないのかと思い林や森野にも手伝ってもらったが結果は変わらなかった。
「・・・地面の石は?」
「今やった。結果は同じだ」
森野の言葉で真木と林一気に脱力してしまい地面に座り込んでしまう。ここまでくると一体誰が何のためにこの場所を造ったのか。そして何故自分達だけこの場所に来てしまったのか。さっきまではその辺の焼き肉屋にいたはずなのに。真木が思考を巡らせていると耳に違和感のある音が入ってた。真木は思わずその場から立ち上がって近くの壁に耳を当ててみる。それは徐々に迫るように聞こえてきた。人間ではない、今までの人生で聞いた事のない獣の様な鳴き声。何者かを追い立てるような低く圧力のあるその音は何層にも重なって聞こえてきていた。それはこの声の主が一匹や二匹だけではないという事を教えてくれていた。
「おい・・・壁の向こうに何かいる」