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(68)拓也スタート

 逃げるように人の間を縫うように走る。

姉さんと明正さんが……キ、キ……接吻をしていた。

 薄々は感じていたけど、やっぱり明正さんも姉さんの事を狙っていたんだ。

あの積極性、いきなり唇を奪うやり方は正に狼のそれだ。

明正さんは狼だったんだ……!


「はぁ……はぁ……っ」


 わんこ心あります、の出店の前へと到着。

僕の胸に抱かれた柴犬の子犬は大人しい。そして人懐っこい。

先程から僕の手をカプカプとカミカミしてくる。


「いたた……痛くないけど……」


子犬に手を甘噛みされつつ、そっとその出店の暖簾をくぐる。


「ごめんください……」


「あぁ、いらっさい……ってー! 犬! 犬がいる!」


わんこ心ありますの店主は大声を上げながら後ずさり。

そのまま椅子ごとひっくり返ってしまった。ぁ、お面が取れ……た?


「き、きみぃ! 何モノホンの犬連れてきてんの! びっくりするじゃないかぁ!」


「ぁ、はい、ごめんなさい……」


なんてことだ。

この店主……こ、こんな美人だったの?!

昌さんよりも可愛い系……そして色っぽい。


「で……? 何だね、少年。わんこ心ならもう君に渡しただろ?」


「あ、いえ……実はカクカクシカジカ……」


僕は今までのエピソードの一部始終を説明する。

何故僕がここに来たのかも。


「なるほど。君のお姉さんが、本命以外の男と接吻していたと……」


って、えええ! 

そっちじゃない! っていうかそっちは話してない!

なんでこの人……


「ふふふ。私は超能力者。心を読むなんて事は朝飯前さぁ」


「そ、そっちは別にいいんです! 大地さんに突撃させますから! 今は犬が突っ込んでくるのを何とかしたくて……」


「気に入らなかった? 結構好評だったんだけど……一部の犬マニアには……」


まあ、犬好きには堪らないかもしれないけども……

あんな大型犬ばかりに突撃されてたら命がいくつあっても足りません!


「そうかぁ……じゃあ呪い解いてあげるよ」


今呪い言うたな。

明らかに悪意じゃないか。


「善意だよ善意。そう、あれは私がまだ中学生の頃……」


突然何やら語りだすお姉さん。

どうしよう、僕はさっさと昌さんの元に帰りたいんだけども。


「私は自転車に乗って中学校から帰宅していた。その途中、突然モッフモフの……犬種は分からないけど、とりあえずモフモフのデカイ犬が私に突撃してきたんだ。私は自転車ごと横倒しにされた。でも偶然、通りすがりの、これまたモフモフの犬が私を受け止め助けてくれたんだ」


う、うん……モフモフ犬多いな。


「しかし私はモフモフ犬二匹に顔中を舐めまわされ、まるで毛布に包まれたかのように……ワンコ二匹にリンチされたんだ」


じゃれつかれただけだろう。

微笑ましいではないか。


「そんな可愛いものじゃない! 私の制服は犬毛まみれにされ、母親に犬臭いと罵られ……その日、夕飯が私の大嫌いなアボガドだったんだ! 全部犬のせいだ!」


いえ、夕飯は貴方の母親のせいです。


「それ以来、私は犬嫌いになり……同時に何故か犬に狙われるようにもなった。だから他人に少しづつ、この呪いを売って歩いてるってわけさぁ」


やっぱり呪いじゃないですか。

悪意しかないやん。


「人によっては善意なの! この世には犬が大好きで大好きで堪らない人も居るんだから!」


「まあそれは分かりましたから……呪いを解いてください」


「はいはい」


お姉さんは僕のオデコへツンと触れる。

すると胸に抱かれていた子犬が突然暴れ出した! 

うおお! どうした?!


「って、ギャー! こっちくる! 来ようとしてる! 早くどっか行って! その犬連れて!」


「わ、わかりました……っ」


そのまま僕は暴れる犬を抑えつつ暖簾をくぐる。

すると柴犬の子犬は僕の腕から大きくジャンプ! 体を大きく伸ばし、まるで空を飛ぶムササビのように華麗に。


「ぁっ、だ、ダメだよ、また迷子になるよ?」


「フンッ……」


地面に着地した子犬は僕へと振り返り……そのまま駆け出していく。

あぁ、ただでさえ小さいのに! 人に踏まれたら……

 

「ピスタチオーっ! あんた何処いってたの!」


その時、ポニーテールのお姉さんが子犬を抱っこしていた。

子犬はまるで母親にじゃれつくように、お姉さんの顔を舐めまわしている。


というかピスタチオって……犬に付けていい名前か?

まあ、ちょっとかわいいけど……。


 そのまま子犬は飼い主らしきお姉さんと共に人混みの中へと消えていく。

まあ、無事に飼い主が見つかったのなら良かった。


さて、じゃあ僕は……どうしよう。

よく考えたら、明正さんが姉さんの事を好きなのは……まあ、別に悪い事じゃない。

いや、でも姉さんが好きなのは大地さんなんだ。ポっと出の明正さんに姉さんを奪われるなんて……。


「……でも明正さんも姉さんの大学時代の後輩なんだし……」


明正さんは姉さんの事をずっと好きだったのか?

正直、姉さんは明正さんの事を便利な後輩程度にしか見ていない。

我が姉ながらヒデぇ。


 でも姉さんも今回の接吻で……流石に明正さんの気持ちが分かった筈……。

もしこれで姉さんの気が変わって……明正さんと付き合う事になったら……。


僕と昌さん……ものすごく微妙な空気に……


不味い、それは不味い。

姉さんにはなんとしても大地さんと付き合って欲しい。


でも、でも……本当に姉さんが明正さんの事を好きになっちゃったら……それは仕方のない事なんじゃないか?

僕がどうこう言う資格なんて無いし……


「ど、どうすれば……いや、どうなっちゃうんだ……」



  

 ※




 《一方、昌さんは……》


 拓也が死亡フラグを連発して走り去ってニ十分弱。

大丈夫だろうか。途中で転んで泣いてたりしてないだろうか。


「昌、一度琴音さんの所戻るか。色々買ったし」


私が迷子の女の子を母親の元へ連れて行っている間、兄貴は出店でショッピングを楽しんでいた。

大量のタコヤキ、オコノミヤキ、イカヤキ、クシカツ……などなど、両手にビニール袋を山の様に持っている。それ全部食う気か。


「琴音さんも育ちざかりだから……沢山食べないと」


「兄ちゃん……なんか言い方がいやらしい」


「え、なんで?!」


それは自分で考えたまえ。

というか私は巫女の仕事中だし……。

まあ見回りという意味合いで琴音さんの所へ行くか。


「兄ちゃん、荷物半分持とうか? その脇に挟んだ犬のヌイグルミが可哀想なので」


「ぁ、そう? というかコレ持ってないと犬に突撃されるって……凄いな。どんな仕掛けなんだろ」


仕掛け云々は……まあ置いておいて、とりあえず私は拓也の方が気がかりなんだが。

 そのまま兄貴の荷物を半分受け取り、琴音さんの元へと赴く。


お、いたいた。

しかし何だろう……琴音さんと明正さんの……なんというか雰囲気がおかしい。

何処かよそよそしいというか、お互い顔を合わせないようにしてるというか……。


 二人の近くまで寄り、話しかける私。

すると琴音さんは如何にも無理やりに作った笑顔で私の巫女姿を褒め称えてくる。


「昌ちゃん可愛いーっ! それどうしたの? コスプレ?」


「いえ、正真正銘の巫女です。知り合いにヘルプを頼まれて……それより拓也見ませんでした?」


すると途端に二人とも無言になり、目を泳がせている。

むむ、何があったんだ。


 しかし兄貴はそんな二人の空気に気づいているのかいないのか、おもむろにたこ焼きを広げて二人へと。


「明正君、食ってみ? めっちゃ美味いぞ」


「あ、あぁ……うん……」


やっぱり何かおかしい。

明正さんと兄貴は車の中でかなり打ち解けた筈だ。

しかし今は……明正さんの方は何処か、兄貴に対して初めて会った時よりも態度がしどろもどろだ。


 私はそっと琴音さんへと耳打ち。

何かあったのか? と。


「……え、えーっと……その……あ、あきらちゃん! 男女別行動しよう! 私突然そんな気分になってしまったので!」


「え?! あぁ、うん?」


私はチラチラと明正さんと兄貴にアイコンタクト。

一体何があった、と。

しかし明正さんは目を逸らし、兄貴は兄貴で頭の上にハテナマークを浮かべている。

あぁ、兄貴は二人の微妙な空気さえも気づいてない。


まあ琴音さんが男女別行動をご所望なんだ。

とりあえず今は従っておこう。


「じゃあ、そういうことで……兄貴、帰る時携帯に電話して」


「ん? ぁ、昌、カステラとかヤキソバとか食う?」


食うでござる。



 ※



 琴音さんの車椅子を押しながら、とりあえずヒト気のない神社の裏手へ。

しかしそれでもカップル達やら、少しヤンチャそうな学生がチラホラと見える。

だがここなら、二人でヒソヒソ話をしていて誰かに聞かれる事は無いだろう。


「で……琴音さん、何があったんですか?」


「あー、うん……明正にキスされちゃった……」


成程。

それであんな微妙な空気だったんだな。

それにしてもいきなりキスとは……あの明正さん、結構積極的……


「ってー! キス?! キスって……何処に?!」


「ど、どこにって……その……唇……」


ま、マジか!

あの男……こんな人の多い場所で、しかも神社で! 

しかしこれで兄貴は完全に抜かされたな。

どうせ兄貴は今もフレンドリーに明正さんと会話しているに違いない。

琴音さんを取られるという危機感などコレポッチも持ち合わせていないだろう。


「昌ちゃん……私どうしよう……」


「どうしようって……琴音さんは……」


兄貴の事、好きなのか? とか聞いてしまっていいんだろうか。

正直琴音さんと兄貴はかなりいい雰囲気だった。

しかし別に付き合っているというわけではない。兄貴は基本的にバカみたいに奥手だから……会話以上の事はしてないだろう。


でも、琴音さんは「どうしよう」と今悩んでいる。

つまり……兄貴の事は友達以上に見てくれていると言う事でいいんだろうか。


「琴音さんは……兄ちゃんの事、好きなんですか?」


ぎゃー! 聞いちゃったよ!

どうしよう! DOUSHIYOU!


「好きだよ……」


瞬間、神社の裏手に流れる風。

木々を揺らし、葉のザザザ、という音が耳に響いてくる。


「……琴音さん……義龍村に住んでた頃から……ずっと?」


「……昌ちゃん……何処まで知ってるの? 大地さんは……本当に思いだしてないの?」


琴音さんは私の顔を見つめてくる。

私はどうこたえるべきだろうか。嘘など付けない。ついても恐らく見破られる。

ここは……本当の事を……言うべき……


「エヘヘ、お姉さーん」


その時、神社の裏手に潜んでいたチョイ悪系の学生が私達の所に!

げげ、しまった。これはナンパという奴か。


「可愛い巫女さんも居るーっ! ねえねえ、お茶しないー?」


なんて古いナンパだ!

というかここは神社だぞ……お茶する所なんて……


「僕が車椅子押すからさぁ、ほらほら、どっか遊びに……」


学生が私の腕を引っ張ってくる。

するとその時、ビニール袋の中に入っていたであろうヌイグルミが地面へと落ちる。

ん? このワンコのヌイグルミ……兄貴の?

なんでここに……


「ワン!」


「あ? って、おいおいおいおいおい! なんだアレ!」


すると神社の裏手に、まるで正義の味方のように五匹のワンコが横一列に並んで迫ってきていた!

しかも全部見事に大型犬! いや、中央の犬の背中に子犬が乗っかっている。あれって拓也が抱っこしてた子犬じゃ……


「すげえ! シャメ撮ろうぜ!」


ナンパ男達は喜んで犬達のシャメを撮り始めた。

私も一枚撮りたいんだが……と携帯を袖から出そうとすると、さらに犬達の奥から鬼の形相のお姉さんが……。


「ピースーターチーオー……お前ぇ……何度迷子になったら気が済むんだぁ!」


その怒号で犬達はおろかナンパ男達までもが腰を抜かした。

なんだあの……ポニーテールに眼鏡のお姉さんは……別の小説の人じゃないか?


「ワンコ共! 整列!」


お姉さんの命令で大型犬と一匹の子犬達は横一列に整列する。

すげえ、ブリーダーか? あのお姉さん……。


「そして解散! ピスタチオー! お前はピヨチクの刑だー!」


「ヒャン!」


あぁ、でもあの子犬、嬉しそうにお姉さんの胸に飛び込んでいったぞ。

ピヨチクの刑って何だ。凄い恐ろしそうな刑ではあるが。


「な、なんか凄かったね……」


「そ、そうですね……えーっと、何の話してましたっけ……」


そうだ、なんだっけ……忘れてしまった。

琴音さんに最後、なんて聞かれて……


「いや、大した事じゃないから……た、たこやき……たこやき食べようか」


「あ、そうですね」


琴音さんは膝の上でたこやきのパッケージを開け、私に一つ、あーんしてくれる。


「あーん」


「アーン……」


ふぉぉぉ! 熱い! 熱いでござるよ!

フワトロ……タコがものすごくプリプリ……


「美味しい?」


「ふぁい……」


琴音さんと一緒にたこ焼きを食す。

なんかいいな、こういうの……琴音さんは私じゃなくて、兄貴と一緒に……


「うおおおおおおお!!」


「うぁああああああ!!」


と、その時……聞き覚えのある二人の男の叫び声が聞こえてきた。


まさか……この声は……兄貴と明正さん……?


え、なにしてんの?


 

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