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伊奈波神社……岐阜市内で恐らく一番人気がある神社である(たぶん)
五十瓊敷入彦命が祀られており、正月になると伊奈波神社周辺は人でとんでもない事になる。まあ、しかし岐阜県は東京や大阪のように人は多くない。あちら出身の人間を連れてきたら「全然人居ないやん」とか言われるかもしれない。
【注意:言われました】
そんな伊奈波神社に初詣に来た私達は、いきなり怪しい出店に入ってしまった。
『わんこ心』という意味不な物に釣られてしまい、呪いのアイテムを手に入れてしまったのだ。
そのアイテム、子犬のヌイグルミを手放そうとすると……何故か大型犬が突っ込んでくる。
「ぁ、昌さん……なんか妙に……今日犬連れの人が多いような……」
「そ、そんなことないだろ……元旦だし、犬だって初詣したいだろうし……」
出店が立ち並ぶ伊奈波神社手前の道には、十メートル置きに犬連れの人が居る……ような気がする。
そういえば……なんか占いの結果も怖かったな。確か拓也は私から離れるな、で……私は……
『わんこに気をつけるんだ。いいね』
わんこ……一杯いるぞ。もしかして噛まれたりしないよな……。
小型犬に甘噛みされる程度でお願いしたい! 大型犬に噛まれた日には……結構シャレにならん事に……。
「なんか喉乾いたねー、ジュース買う?」
琴音さんの言葉に、先を歩いていた私達二人は振り向く。
ふむ、確かに喉乾いてるでござるよ。しかしこういう所で買うジュースは妙に高いしなぁ……どっか自販機でもあれば……。
「昌ちゃん、拓也君、これでちょっと買ってきてくれない? 俺琴音見てるから」
と、明正さんは一万円札を手渡してくる!
い、いや! 悪いでござるよ!
「大地君に注文されたのも買ってきて。俺はそんなに腹減ってねえし……とりあえずジュースだけ頼むわ」
ふむぅ、まあ……じゃあ頂戴するでござる。
「ぁ、昌ちゃん、私リンゴ飴ほしい~」
「ふむ、了解したでござる。大きいのでいいですか?」
「うん。あと美味しそうなのあったら買ってきて」
了解っす、と一旦別れる私達。
とりあえず飲み物を人数分と……リンゴ飴と兄貴の食料と美味しそうな物か。
まあ適当に飲み物を探そうか。
「うーん……お茶ですら二百円とかするんですね……」
「まあ仕方ないっちゃ仕方ないけどな。ぉ、あそこ結構良心的じゃない?」
各種缶ジュースが百五十円! 今のご時世、自販機で買っても缶ジュース結構するからな。
その出店の前まで行き、ジュース五本おくれ、と目の前のプールに手を突っ込む私。
「わ、ちょっと昌さん! 振袖濡れちゃいますよ! 僕が取りますから!」
「ぁ、そう? じゃあ……」
と、子犬のヌイグルミを私が受け取り、拓也がジュースを……って、あれ?
なんか……嫌な予感がするんですけども……。
「わん!」
背後から聞こえてくる元気一杯な犬の声。
恐る恐る後ろを確認……すると……
「ま、待ちなさい! いちご!」
って、ぎゃぁああぁ! 白のサモエドが突っ込んでくる!
どうでもいいけど、また大型犬?! っていうかデカイ! デカすぎる!
「ワフッ! ワフゥ!」
そのままジュースを選んでいる拓也に、背後から飛びつくサモエド!
「え? わぁあぁ!」
「た、拓也!」
そのままプールへと頭から突っ込む拓也。咄嗟に私は拓也を抱きかかえるようにして引き上げる。
当然振袖はびしょ濡れ。
「ゴホ……うへぇ……水飲んじゃった……」
「クゥーン」
この真冬に氷で冷やされたプールに突っ込んでしまった拓也に、モッフモフのサモエドが寄り添うようにくっついてくる! っていうか……やっぱりこの子犬のヌイグルミは拓也が持ってないとダメなのか……。
「あわわわわ! す、すすすみません!」
サモエドの飼い主だろうか。眼鏡をかけたお姉さんが頭を下げてくる。
「急いで着替え……あぁぁあ! っていうか振袖もビショビショ! ど、どどどどうしよう……!」
まあ焦るな。別に振袖濡れたって……
「そ、そんな高そうなの……あぁぁぁ、いちご! 君からも謝りなさい!」
犬に何言ってんだ。っていうか大型犬をアンタみたいな細腕の人が……
「普段はいきなり走り出すような子じゃないんですけども……と、とりあえず、着替えないと風邪ひいちゃう……」
犬の飼い主は相当に焦っている。
まあ私は別に構わないんだが……振袖も少し濡れただけだし。
私よりも拓也だ。上半身はほぼビショぬれで、このままでは本当に風邪を曳いてしまう。
ほら、サモエド! いや、いちご! ちゃんと拓也を温めてなさい!
「クゥン」
拓也にスリスリと甘えるように寄り添う大型犬。
元々、拓也は犬好きだし……まんざらでも無さそうだ。
「どうされました?」
そこへ、新たな登場人物が!
むむ、巫女さん……!
も、萌える……本物の巫女さんが話しかけてくれた!
「……? 貴方は……もしかして飛燕さんの所の……紗弥さん?」
ギクっと背筋が震える。
ま、まて……何故その名前を知っている。
まさか……あのクリスマスパーティーに居たのか?!
「え、えっと……貴方は……」
「忘れちゃった? 大手化粧品メーカーの……」
ぁ、思い出した! 頭を盛りに盛ってた……大手化粧品メーカーの社員さん!
【注意:(56)話参照してクダサイ】
「あらあらあら、久しぶり~。どうしたの、びしょ濡れになっちゃってー……」
「い、いえ……実は……かくかくしかじか……」
「あらー、そうなのー。じゃあとりあえず着替えないと……ちょっと来なさいな」
ついてこい、と手招きする……えっと、確か藤堂さんだっけ。
どうやら着替えを貸してくれるみたいだ。私は拓也の手を引きつつ、サモエドから引き剥がす。
「あ、あの……私はどうしたら……」
サモエドの飼い主は混乱している!
いや、どうするもこうするも……別にクリーニング代請求するつもりは無いし……。この振袖、オカンのやし……。
「私達はもう大丈夫ですので……もう、いちごちゃんを暴走させないように気を付けてください……」
それだけ言って、私は拓也の手を引き逃げるように藤堂さんの後を追う。
それにしても藤堂さんが巫女さんだったとは……。
※
《一方……大地は》
「ど、どういう事だ……」
俺は今、かつてないピンチを迎えている。
あの『わんこ心あります』という出店を訪れた時から、何故か犬に喧嘩を売られまくっている。
「このヌイグルミを手放そうとしたら……いやいや、そんな事あるわけ……」
「うぅ、ママ……ママ……」
その時、俺の目の前に現れる幼稚園くらいの女の子。トボトボと泣きながら一人で彷徨っている。もしかして迷子だろうか。
「……大丈夫?」
放っておけず、話かけると幼稚園児の目線は俺の持つ子犬のヌイグルミに。
うっ! 凄いもの欲しそうな目で……。しかし、このヌイグルミを手放せば……また犬が襲ってくるかもしれない。
だ、だが……偶然だ、そんなの。俺はそんな非科学的な事は信じない!
「こ、コレあげる……」
「……ありがと……」
女の子は子犬のヌイグルミを抱きしめ、泣き止む。
俺は瞬時に周りを警戒。すると案の定……
「キャン!」
犬が襲ってきた!
しかし今度は小さい! 子犬の柴犬だ!
「クゥーン……」
柴犬は俺の足にすり寄ってくる。
リードが無いな。首輪のみだ。
「……わんわん? お兄さんのわんわん?」
「いや、違うぞ」
そっと子犬を抱き上げてみる。
むむ、大人しいな。つぶらな瞳が俺を見つめてくる。
「ハフッ。ゥーン……」
「ふむ……」
とりあえず迷子の子供の親と……この子犬の飼い主を探そうか。
そういえば……あの占い師に……
『困った事があったら、とりあえず坂を上るといいよ』
とか言われたな。坂を上ると言う事は……このまま神社に向かえということか。
とりあえず……あの占い師の事を信じてみるか。
こうして犬に襲われるようになったのも、あの占い師のせいだという気もしないでもないが。
そのまま女の子と手を繋ぎ、もう片方の腕で子犬を抱きかかえる俺。
もしかしたら実際の子犬でも、ぬいぐるみと同じ効力があるのだろうか。この子犬を抱きかかえていれば、犬には襲われないようだ。
「お兄さん、お兄さん」
「ん? どうした」
「おしっこ」
ああん?! トイレ?!
一人で行け……ないのか?!
いや、また迷子になられたら面倒だ。っく、こんな時昌が居てくれれば……。
「ぁ、大地さん居たーっ」
その時、俺の耳に飛び込んでくる天使の声が。
琴音さんだ。明正君が車椅子を押しつつ、こちらに向かってくる。
「結構早かったね……って、その子……何? もしかして隠し子?!」
「違う違う! 迷子みたいで……」
「うー……おしっこー……」
げ、不味い。
このままでは……
「じゃあお姉さんと行こっか。明正、トイレまでGO」
「へいへい」
あぁぁ、琴音さんが来てくれて助かった……。
早くあの子の親を探さねば。そしてこの子犬の親も……
「フン……っ」
子犬は俺の腕に抱かれながら、結構大人しくしている。
柴犬の子犬か……飼い主は一体どこに……
「ピスタチオー……何処ー?」
その時、何かを探している女性が俺の背後を通り過ぎていく。
ピスタチオって……ナッツのおつまみだよな。
まさかまさか、この柴犬の……名前ではないよな。
「ワフっ……」




