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 一月一日。

そう、今日は元旦。そんな日に初詣に行こうとする人間は当然ながら多い。私もその中の一人だ。


「兄ちゃん……凄い渋滞だね……」


「そ、そうだな……」


ちなみに、助手席に私、後部座席に琴音さん、拓也、そして……


「すみませんね、俺まで付いてきちゃって」


琴音さんの後輩って……この男の事だったのか!


「いえいえ! 人数は多い方が楽しいですから……。な、なあ? 昌?」


「え、ぁ、うん」


名前は明正。既に琴音さんと明正さんは名前で呼ぶ仲……。

だが私の見立てでは、琴音さんは少なくともただの後輩としか見ていないようだが……。


「明正! 大地さんの車の中で失礼な事しちゃダメっ!」


いや、後輩か?

なんか弟みたいな対応になってる気が……


「うっさい。所で大地さん、いいガタイしてますね。何かスポーツやられてます?」


「ぁ、いえ……今は全然。高校の時はレスリングやってて……」


「あー、それで。いいですね」


いや、なんか……兄貴に興味示してないか、この人。

まさかボーイズラヴの方だろうか……。不味い、ジャンルが違うから苦情が来る恐れがある!

この小説はあくまでヒューマンドラマよ!


 と、兄貴と明正さんが談笑しているのを見て、琴音さんがホッペを膨らませている!

分かりやすいな、この人! そして可愛い。


琴音さんは兄貴の事を結構気に入っている。

そして兄貴も琴音さんの事を気にしている。

つまりは両想い……。だが、この二人は察する能力が絶望的だ。簡単に言えば鈍感。


いや、二人は他人に関する事なら敏感だ。

他人に気遣いが出来る癖に、自分の事となると二の次三の次になってしまう。客商売ならいいだろうが、恋愛では致命的だ。


「ところで昌さん、それ振袖ですよね?」


「ん? うん。オカンに無理やり着せられて……」


拓也は興味深々のようだ。本当なら拓也に着せてやりたかったが仕方ない。

振袖の着付けなど、そんじょそこらの奴には無理だろう。


 まあ、なにはともあれ……車が前に進まない。

今私達は伊奈波神社から数百メーター離れたコンビニの前で渋滞に巻き込まれている。

むむぅ、この調子じゃあ……お昼まで間に合わんな。まあ私と兄貴はお雑煮たらふく食べたからいいけども……。


「拓也、お腹空いてない? 大丈夫?」


「あ、はい。僕達、家でお雑煮食べてきたんで……」


何っ、君たちもか。

琴音さんが作ったの?


「いえ、僕が……」


「ああん?!」


助手席から後部座席にすわる拓也へと威嚇する私。

拓也は「ひぃ!」と体を丸めて防御態勢を取っている!


「拓也……いつのまにそんな料理スキルを……」


「あぁ、実は敏郎さんに教えてもらったんですよ。作り方……」


敏郎……執事喫茶のスーパーコックか。

あの人ならお雑煮くらい作れるか……。


「関東風? 関西風?」


「ぁ、関西風です」


なにぃ! 拓也のくせになまいきだ!


「え、えぇ?! なんで……」


「いや、なんとなく……」


私と拓也がお雑煮について喋っている間、兄貴と明正さんはスポーツ談話をしていた。

なんかすっかり意気投合している。いつのまにか二人ともタメ口になっていた。


「うーん、ラグビーとレスリングのタックルって違うじゃん? 俺数回、一緒に練習した事あるけど……ラグビーのタックル凄え怖いもん」


「いや、それ言うならレスリングも怖いって。下から抉ってくるじゃん」


なんかタックルの話してるし……兄貴は格闘技の話になると止まらない。

そんな中、一人で寂しそうに……スマホで動画を見ている琴音さん。


あぁ! なんかあからさまに音量大きくしだした!


「おい、うるさい琴音」


「…………」


琴音さんは無言で明正さんを睨みつけ、頬を膨らませている。

なんか玩具を取られた子供みたいだ……。


 そんな琴音さんをバックミラーで確認した兄貴は、とたんとソワソワしだした!

そして微かに車が進む。だがほんの数メートルだ。マジか……伊奈波神社まで何時間かかるんだ、コレ。


「……うーん。昌、これ歩いて行った方が早いな。琴音さん大丈夫ですか?」


「え?」


兄貴は歩いて行く事を提案。そして琴音さんは車椅子だ。たしかにこの辺り道が悪そうだからな……お尻痛くなるかもしれぬ。


「いやいやいやいや! 大地さん残して私達だけ先にとかありえないですから!」


琴音さんは必至に説得する!

だが現実問題として、車は全く進まない!


「このままじゃあ一日車の中ですよ。何しにきたのか分からないし……」


「で、でも……」


しょんぼりする琴音さん。

なんだったら琴音さんだけ車の中に残しておくというのはどうだろう。

つまり……二人っきり!


だが私と拓也だけならともかく、今は明正さんが居る。

明正さんが琴音さんの事をどう思っているか分からない。下手にそんな事を提案しようものなら……


『お前ら足ツボ地獄に堕としてやろうかぁ!!』


とマッサージされてしまうかもしれない。何せこの人は整体師みたいだし……。


仕方ない、兄貴の提案に私も乗ろう。

このままじゃあ本当に何をしに来たか分からん。


「琴音さん、とりあえず私達は降りましょう。兄貴お腹空いたでしょ? なんか買ってきてあげるよ。何がいい?」


「オコノミヤキ……タコヤキ……タイヤキ……ヤキソバ……イカヤキ……」


どっかの呪文のように注文してくる兄貴。

いや、そういえば兄貴……お雑煮の餅、計十個食っといて……まだ食う気か。


「じゃあ、あっちついたら一度連絡するから。はい、皆降りて!」


私自ら兄貴を生贄にするムードを作り出す。

だがこれは兄貴が望んだ事だ……。兄貴は自ら無限の回廊を進むことを決めたのだ!


 とりあえず琴音さんの車椅子を用意する私。

んで、拓也は琴音さんの体を支えつつ、地上へと。


おぉ、琴音さん大分良くなった? なんか自分で歩けてる気がする。


「じゃあ大地君、悪いけど先行ってるわ。今度埋め合わせすっから」


「ういういー」


なんか明正さんと兄貴はいつの間にかマブダチになっている!

なんてこった……これがスポーツ系男子の日常か。ウェイ系とはまた違った非現実性を感じる。


 そのまま私達は四人で伊奈波神社へと徒歩で向かう。

歩道も結構人居るな。しかし歩けない程でもない。


「ぁ、なんか出店が見えてきましたよ。こんな所からもう出てるんですね」


拓也が目を輝かせる!

ふむぅ、何か欲しいのがあったら買ってあげるわ!

さあ、何が欲しいんだ!


「わんこ心……」


ああん? なにそれ。


「いえ、あそこの屋台……わんこ心ありますって……」


何それコワイ。

わんこ心ってなんだ。


「ちょっと行ってみましょうか。面白そうだし……」


「えぇ……」


あの出店……なんか一人も客居なくて不安すぎるんですけど……。

これだけ人でごった返しているというのに、その店の周りには誰一人としていない。


「じゃあ俺と琴音待ってるから。二人で行っといでー」


ってー! 明正さんが逃げた!

表情があからさまに引きつっている! おのれ、琴音さんをダシにして回避するとは卑怯な!


 しかし拓也の目の輝きに負け、二人だけで渋々出店へ。

なんか妙に長い暖簾(のれん)を潜りつつ、出店の中へと。

そこには……


「いらっしゃい」


うほぅ! なんだこの人!

出店の中には、変な民族衣装的な物を身に着けた人が待ち構えていた!

一言でいうと蓑虫……ハニワのような仮面をつけていて、顔は分からないが声からして女性か。


「あの、わんこ心ってなんですか?」


拓也は興味津々に蓑虫へと質問。

蓑虫はよくぞ聞いてくれた、と子犬のぬいぐるみを拓也へと手渡した。


「実は私、犬が大嫌いなんだよね。子供の頃に噛まれて以来、愛くるしい姿の裏に垣間見える狂暴な野生の心におびえているのサ」


ふ、ふむぅ。

で? わんこ心ってなんだ。


「わんこ心とは……すなわち、わんこの心……」


まんまやん。


「つまりは占いさ」


つまり……?

ちょっと日本語を勉強し直してきてほしい。

作者の日本語も相当に怪しいが、この蓑虫も……。


「というわけで悩める少年少女よ。君たちの今日一日を占ってあげよう。五百円いただきます」


ちゃっかり料金を請求してくる蓑虫。

私は財布から千円を出し手渡す。


「はい、おつり。では……ハァー!」


五百円玉を受け取りつつ、私と拓也は蓑虫に注目……。

拓也は大事そうに受け取った子犬のぬいぐるみを抱きしめている。


「ヤキソバ……オコノミヤキ……ワタアメ……リンゴアメ……タコヤキ……カステラ……クシカツ……」


お腹が空いているのだろうか。

妙な呪文を唱える蓑虫。その瞬間、出店が微かに震えている事に気が付いた。

いや、さすがに気のせいだよな?


「フフゥ、結果が出たよ。少年、君は今日一日、隣の美少女から離れてはならぬ」


隣の美少女って私の事か!

どうせなら美少年って言われたかった! くそぅ……振袖なんか着てるから……。


「そして美少女、君は……わんこに気をつけるんだ。いいね、“わんこ”に気をつけるんだ」


なんで二回言った。


「その子犬のぬいぐるみはお守り代わりだよ。今日一日、手放してはならぬ。手放したら最後……恐ろしい事が君たちの身に降りかかるだろう」


なんだ、恐ろしい事って……。

良く分からんが、こういう事言われると不安になってくるな……。

拓也も子供のようにぬいぐるみを力一杯抱きしめている。


 結局、途方もなく不安な気持ちにさせられただけで出店を出る。

なんだったんだ、一体……。


「おかえりー。なんだったの?」


琴音さんの質問に、私と拓也は同時に首を傾げつつ……そっと琴音さんへと子犬のぬいぐるみを手渡そうとした瞬間……


「す、すみませーん! 誰か、誰かー! その子を止めてー!」


ん? 神社の方からなんか巨大な影が……ってー! セントバーナードがリードを引きずりながら走ってくる! や、やばい! 轢かれる!


 拓也はビクっと子犬をぬいぐるみを抱きしめた!

するとセントバーナードはピタっと立ち止まり……トコトコと飼い主の方へ。


「ふぉぉぉぉ! ダメじゃないかっ! いきなり走り出しちゃ!」


飼い主らしき白衣を着た女性はセントバーナードのリードを取り、そのまま「すみませんでしたー……」と去っていく。


「あ、昌さん……今、このぬいぐるみを手放そうとした瞬間に……」


「いや、さすがに偶然だろ。なんだったらもう一回試してみれば?」


拓也は多少不安そうに、再び琴音さんへとぬいぐるみを手渡そうと……


と、その時! 


「ま、待て! まつんだチミ!」


今度はモフモフのグレートピレニーズが向かってきた!

どうでもいいけど大型犬多くね?! 


 拓也は再び子犬のぬいぐるみを抱きしめる!

するとグレートピレニーズは立ち止まり、飼い主の元へと帰っていく。

な、なんだ、まるでダルマさんが転んだ状態だ。このぬいぐるみを手放そうとすると大型犬が突っ込んでくる……。


「あ、昌さん……」


「お、おちつけ……とりあえずぬいぐるみは拓也が持ってなさい……」


琴音さんはひたすら?マークを頭の上に浮かばせていた。

なんか物欲しそうに子犬のぬいぐるみを見つめている。


「それ、あの出店で貰ったの? 私も欲しい~、明正、私達も……」


「だ、ダメ! 姉さん早まらないで!」


「そうです! あの店は絶対行っちゃダメ!」


私達は全力で琴音さんを止めつつ、早く行こうと伊奈波神社の方へと急ぐ。

うぅ、一体なんなのだ。このヌイグルミ……呪いのアイテムか何かか?




 ※




《一方、大地は……》


 なんの嫌がらせかは分からないが、昌達を降ろした瞬間に車が進み始めた。

奇跡的に駐車場も開いており、無事に俺は車から降りたつ。


「ふおぉぅぅぅぅ。やっと大地に立てた……俺の名前は大地だ」


自分で良く分からん事をいいつつ、背伸び。体を捻って背中の骨を鳴らしつつ、とりあえず神社の方へと歩き出す俺。


「人すげえ……って、なんだあの店……わんこ心? なんか面白そう」


こういうの琴音さん好きそうだ、と思いつつ……出店の中に。


後々俺は後悔する事になる。


この出店の中に入ってしまった事を……。

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